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第5話:静かに深まる距離──お寺育ちのギャップ萌えヒロインと、初めての名前呼び

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!

前回の第4話では、お箸を忘れたクラインさんとの甘酸っぱいお昼休みをお届けしました。

第5話となる今回は、高校3日目の「体育」「清掃」そして「放課後」のお話です。

185.4cmの抜群のスタイルを誇りながらも、5歳からの空手で鍛えられた凛とした走りを見せる彼女。ですが、蓮の前でだけは見せる表情がどんどんウブになっていき……?

誰もいない放課後の廊下で訪れる、二人の関係が大きく動く瞬間をぜひお楽しみください!

 体育の時間。


 男子は1500m持久走、女子は800m走。


 春のグラウンドは風が強い。

 ザザッと乾いた砂がランニングシューズに当たる音が、不快に響いていた。


 スタートの笛がけたたましく鳴り響くと、男子が一斉に走り出す。


 1500mという距離は、運動がそこそこの俺にとっては普通に長い。


 周回の重なりとともに、肺が焼けるように呼吸が徐々に重くなっていく。


 三周目に入ったあたりで、限界が近づく意識をなんとか繋ぎ止めようとした。

 ふとグラウンド脇に並ぶ女子の待機列の方へ、視線を向ける。


 すると、185センチで嫌でも目立つ金髪美少女──リナが、じっとこちらを見つめている。


 目が合った瞬間。

 彼女はきっちりとしたお寺育ちの礼儀正しさで、ちょこんと上品に小さく会釈をしてきた。


 ……なんで1500mを必死に走って、息も絶え絶えになっている最中に優雅な会釈なんだよ。


 シュールすぎてツッコミを入れる余裕すらない。


 いや、応援のつもりなのかもしれない。

 どんな動作でも可愛いから、してくれて全然いいんだけど。


 お陰で一緒に走っている前後の男子たちから、「おい、なんでクラインさんがお前に……」

 という邪推のデスビーム(視線)を浴びる。

 精神的な意味でも呼吸が苦しくなった。


 男子の走行が終わり、続いて女子の800m走が始まる。


 リナがスタートラインへと立つ。


 強い風に吹かれて金色のストレートヘアが綺麗に揺れた。

 体操着の袖が彼女の長い腕に対して少しだけ長く、萌え袖っぽく見える。


 一軍女子らしい自然な着崩し感。

 それがありながらも、背筋がピシッと伸びた佇まいは相変わらず凛としている。


 笛が鳴り、リナが静かに走り出した。


 特別トップを争うような猛烈な速さではない。


 だが、5歳から空手で鍛え上げられた強靭な体幹のおかげだろう。

 ブレが一切ない、無駄のない美しい走り方だった。


 トラックのカーブの手前、歩道側で休んでいた俺の前をリナが駆け抜けていく。


 すれ違うまさにその瞬間、リナがこちらをちらりと見つめた。

 ほんの少しだけ唇を動かす。


(がんばって)


 声自体は風と周囲のざわめきにかき消されて聞こえなかった。

 だが、彼女の真っ直ぐな青い瞳の強さで、何を言ったのかはっきりと分かる。


 ……自分も走っててキツいだろうに、すれ違いざまにそんな破壊力抜群の口パクを残していくな。


 心臓に悪い。


 いや、俺のためだけに言ってくれたのは男冥利に尽きる。

 めちゃくちゃ嬉しいんだけどさ。


 教室に戻ると、男子の騒がしさから逃れるようにリナが俺の席へと近づいてきた


「……おつかれさま、沢木くん」


「おう、リナもお疲れ。800m、お疲れ様」


「ありがと。沢木くんの1500m、風と一緒に走ってるみたいで、私、ずっと見てたよ」


 そこまで一気に言ったあと、リナはハッと我に返ったように、一瞬だけ長い睫毛を伏せた。


 恥ずかしさが一気に押し寄せてきたのだろう。

 カーディガンの萌え袖の中で、細い指先がもぞもぞと小さく動いている。


「……い、今の……ちょっと恥ずかしいこと言いすぎたかも。その……変に聞こえちゃってたら、ごめん。変じゃなかったら、いいんだけど……」


 白く透き通るような彼女の頬が、見る見るうちにほんのりと林檎色に染まっていく。


 普段の圧倒的な一軍女子としての余裕は影を潜めていた。

 完全に自分の大胆な発言に大照れしている、純情な乙女そのものだ。


 その破壊力抜群のギャップに胸を撃ち抜かれる。

 お返事をしようとした俺の喉が、少しだけキュッと詰まった。


「……別に。変じゃねぇよ。普通に嬉しかったし」


 言った瞬間、自分でも自覚できるほどに声が少し低く、ぶっきらぼうになってしまう。


 完全に動揺を隠しきれていなかった。


 急に恥ずかしくなり、視線を合わせられなくなる。

 ほんの一瞬だけ、窓の外へと横を向いた。


 俺のそんな不器用な反応を見たリナが、胸いっぱいに小さく息を吸う。


「……そっか。変じゃなかったんだ。よかった……」


 リナの顔に、ホッとしたような、どこか嬉しそうな柔らかい笑顔が広がる。


 窓際の特等席で二人だけの世界を作ってしまっている。

 そんな自覚が急に芽生えてきた。


 俺の胸の奥は静かに、けれど激しくざわついていた。


「……ありがとな、リナ」


 リナにだけ聞こえるようなボリュームで呟く。

 それは自分でも驚くほど優しくて、素直な声だった。


 清掃の時間。


 今週は偶然にも、俺とリナは同じ廊下の担当だった。


 まだ数人しかいない廊下の端で、リナが長い箒を手に持って静かに佇んでいる。


 制服ブレザーの濃紺の下に重ね着したカーディガンの袖が、今はいつもより少しだけ長く見えた。


 美しい手首がすっぽりと隠れて、白い指先だけがちょこんと覗いている。


「……沢木くん、こっちから一緒にやる?」


「別にいいけど」


 二人で並んで廊下を掃き始めると、リナのカーディガンの萌え袖がふわっと揺れた。

 俺が握っている箒の柄に、一瞬だけ優しく触れる。


「あ……」


 リナは慌てて「ごめんなさい」というようにはにかみながら、すぐに袖を直した。


 だが、すぐにまたすとんと落ちてきて、再び彼女の細い指先を隠してしまう。


「……ごめんね。今日、ちょっとカーディガンの袖が長くて……。お寺の作法だと、こういうのはだらしがないって怒られちゃうんだけど」


「別に。清掃中だし、誰も見てないから気にしなくていいだろ」


 なんでそんな大真面目に謝るんだよ。


 お寺育ちの礼儀正しさがこんなところで出ているのが、最高に微笑ましい。


 いや、怒られるどころか、目のやり場に困るくらいにめちゃくちゃ可愛いからだ。

 謝る必要なんて一切ないんだけどな。


「……ふふ、沢木くんの箒の掃き方って、すごく静かだね」


「そうか? 普通だろ」


「ううん、全然違うよ。お父さんの禅寺でも、お庭を掃く時は音を立てないように心を整えるの。沢木くんの掃き方、すごく丁寧で綺麗だから、なんだか見ていて心が落ち着いちゃう」


 箒の掃き方に静かだの心が整うだの、そんなお寺基準の感想があるのか。


 いや、最強の一軍女子であるリナが、俺の普通の所作をそんな風にじっと観察している。


 そして嬉しそうに言ってくれるのは、やっぱり胸の奥がくすぐったくなるくらいに嬉しいんだけどな。


 委員会の時間。


 といっても、まだ正式にどの委員会に所属するか決まっていない時期だった。

 今日の活動は、一種の“学級活動の雑務”をこなすだけだ。


 教室の後ろで、仮の学級委員長が大量のプリントの束を両腕に抱えたまま、途方に暮れていた。


「これ……誰か手伝ってくれない? 職員室の学年主任に届けるやつなんだけど、一人じゃ持てなくて」


 その声を聞くや否や、リナがそっと美しく手を挙げる。


 普段は誰もが憧れる一軍女子。

 だが彼女の根底には、お寺育ちの親しみやすさと礼儀正しさがある。

 だからこそ、こういう雑用でも自然に体が動くのだ。

 

「あ、クラインさんありがと! ……あともう一人、男子で誰か……。沢木、一緒にお願いしていい?」


「え? あ、ああ、別にいいけど」


 リナに続くような形で、気づいたら俺も名前を呼ばれて巻き込まれていた。


 委員長からプリントの山を半分に分けて受け取るとき。

 リナのカーディガンの萌え袖がまたしてもすとんと落ちて、白い紙の端にふわっと優しく触れた。


「……ごめんね、沢木くん。今日、なんかカーディガンが馴染まなくて着崩れてて……。いつもはもっと真面目にしてるんだけど」


「気にすんな。それよりこれ、結構重いから落とさないように気をつけろよ」


 ネクタイを緩めたりスカートを膝上にしたりと、一軍女子の自然な着崩しを楽しんでいるはずだ。

 授業態度や礼儀が超真面目なリナは、だらしなく見えていないかと本気で心配しているらしい。


 なんでそんなことでいちいち恐縮するんだ。


 いや、萌え袖で一生懸命にプリントの束を抱えている姿は、過保護なお父さんが見たら気絶するくらいにめちゃくちゃ愛らしいんだけどな。


 誰もいない静かな廊下を並んで歩きながら、リナが胸いっぱいに小さく息を吸った。


「……こういう臨時の手伝いって、正式な委員会活動が始まるまでの間だけなんだって」


「へぇ、そうなのか」


「うん。私、まだどこの委員会に入るか全然決めてなくて……」


 リナはプリントの重みでずり落ちそうになるカーディガンの袖をきゅっと押さえた。

 少しだけ長い睫毛を伏せて、寂しげに視線を落とす。


 185センチの長身が、今はどこか小さく見えた。


「……沢木くんは、もうどこに入るか決めた?」


「いや、俺もまだ全然。適当に楽そうなやつにしようと思ってんだけど」


 俺の答えを聞いた瞬間、リナは安心したように小さくうなずいた。


 その首を傾げるような仕草は、今日のどの瞬間よりも静かで、どこか可憐だった。


 職員室で無事にプリントを渡し終え、教室へと戻る静かな廊下の途中だった。

 リナが俺の歩調に合わせるようにして、歩幅を少しだけ細かく狭めてくる。


「今日ね……体育も清掃も、こういうお手伝いも、全部一緒だったね」


「そうだな。何だかんだで、ずっと一緒にいたな」


 リナはカーディガンの袖の中で、細い指先をそっと動かした。

 何か重大な決心をするみたいに、胸いっぱいに小さく息を吸い込む。


「……ねえ」


「ん?」


「……蓮」


 不意に鼓膜を揺らしたフレーズ。

 一瞬、廊下の時間が完全に止まったみたいだった。


 いつもは「沢木くん」と呼ぶ彼女の唇から零れ落ちた、俺の下の名前。


 リナは185センチの長い上体を少しだけ屈めた。

 萌え袖の手を胸の前できゅっと握りしめながら、下から俺の顔を覗き込んでくる。


 10センチの身長差があるはずなのに、彼女がわざわざ体を縮こませて首を傾げてくる。

 そのせいで綺麗な青い瞳は完璧な「上目遣い」になり、俺を真っ直ぐに捉えていた。


 白い肌が、耳のあたりまで一気に真っ赤に染まっていく。


「……呼んでみたかったの。高校に入ったら絶対にこう呼ぼうって、ずっと心の中で練習してたから」


 圧倒的な一軍女子のコミュ力は、どこかに吹き飛んでいた。


 リナは完全に余裕をなくし、上目遣いのまま消え入りそうな声で俯いてしまう。


 そのあまりにも健気で純情な乙女の破壊力。

 俺の心臓は今日一番の爆発音を立てて暴れ狂っていた。


 窓の外から春の強い風がまた吹き抜ける。

 リナの濃紺のブレザーとカーディガンの袖が、ふわりと柔らかく揺れた。


「……蓮。また明日ね」


 恥ずかしさに耐えかねたように大股で歩き出す直前、彼女が振り返って愛おしそうな声を紡いだ。

 それは今日のどの瞬間よりも深く、俺の心の中心にまで届いていた。

第5話をお読みいただき、ありがとうございました!

体育の時間の不意打ちの口パク、清掃時間の萌え袖、そして放課後の誰もいない廊下での、上目遣いからの「蓮」呼び……!

ずっと心の中で練習していたリナの健気さと、心臓が限界突破している蓮の甘酸っぱさに、裏方(作者)もニヤニヤが完全に止まりません。

高校3日目にして、二人だけの秘密の距離感がついに動き出しました。

ここから5月〜6月の運動会編に向けて、二人の新しい日々をさらに糖度を上げて描いていきます!

【作者からのお願い】

「リナの上目遣い『蓮』呼びの破壊力が凄まじすぎる!」「これからの二人が楽しみ!」と思ってくださった方は、ぜひページ下部の【ブックマーク登録】や、評価の【☆☆☆☆☆(星)】をぽちっと押して応援していただけると、執筆の凄まじい原動力になります!

連載初期の皆様の応援一つ一つが、この作品の大きな支えになります。どうぞよろしくお願いいたします!

次回の第6話もどうぞお楽しみに!

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