第18話 『明日、がんばろね』という反則級の応援。
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
前回の放課後図書室での甘いひと時から一転、今回は現実的なテスト前のお話。
一軍女子としての完璧なオーラを纏いつつ、蓮の隣ではウブな表情を見せるリナをお楽しみください。
それでは、第18話開幕です!
高校最初の中間テストを一週間前。六限の終わりのチャイムが鳴り響いた。
教室全体の空気はいつもよりほんの少し静かで、どこか気怠く沈む。
試験対策ワークのページをめくる摩擦音と、シャーペンが必死に紙をなぞる音。
西に傾いた窓から入る春の光はすでに弱く、机の影が床の上へと長く伸びる
「あー……クソ、英語の長文まじで終わらん……」
すぐ前の席に座る男子が、頭を抱えて小声でつぶやく。
「ちょっと、数学Aの確率のところ、今回のテストで絶対に出るよね」
すぐ後ろの席の女子グループが、プリントをめくりながらそんな噂を囁く。
終礼が始まるまでの、そのくらいの、“テスト前特有の、小さなざわめき”。
俺は数学のノートを開いたままペンを動かすのも忘れて、昨日あの放課後の静かな図書室で起こった出来事をぼんやりと思い出していた。
口の中で優しく溶けた、あのカラフルな金平糖のほのかな甘さが、今もまだほんの少しだけ、自分の舌の奥に残っているような気がしたからだ。
「……蓮」
不意に、すぐ真横から鈴を転がすような声がして。
俺がハッとして顔を上げると、そこにはいつの間にかリナが立っている。
誰もが見上げる185センチそこらの、圧倒的な金髪美貌。
彼女は数学のワークを自分の豊かな胸の前でぎゅっと愛おしそうに抱えながら、白いおでこの眉を少しだけ困ったように寄せていた。
「昨日の数学の公式の解説なんだけど……もう一回だけ、ちゃんと確認しておきたいところがあって。……いま、少しだけいい?」
「おう、いいよ。どこが分かんなくなったんだ?」
俺が答えると、リナは俺の席のすぐ横へ静かに椅子を引いて腰を下ろす。
一つひとつの所作がどこまでも上品で、終礼を待つ教室の空気に自然と溶けた。
(おいいいい! 椅子を引いて座ったから左隣がゼロ距離の密着モードだし、お寺のいい匂いが一瞬で鼻腔をジャックした!)
自分の心臓の残りライフが瞬時に削られる中、リナはそんな俺のパニックなど気にする様子もなく、自分のノートを開いて指し示した。
「ここ。この文章題から条件を読み取るところ……なんか、まだ少し不安で」
「あー、ここな。ここは俺のノートのここを見てみろよ。この条件が書いてあるってことは、自動的にこの数式が成り立つってことだから」
俺がペン先でノートを示して説明すると、リナは青い瞳を細めて真剣に追う。
その一生懸命な横顔が、昨日の図書室の夕方よりもどこか少し柔らかい。
「……あ、そっか。なるほど、ここはそういう風に読み解くんだね」
「そう。式に当てはめるとき、そこだけの数字のトラップに気をつければ、後はただの計算だから大丈夫だろ」
「うん。……ありがと、蓮」
彼女の声は周囲に聞こえないくらいに小さかったけれど、心から安心したように、その細い肩の息がすっと穏やかに落ち着いた。
そのとき、教室のずっと後ろのほうでは、部活がオフになった男子たちが、連絡用の掲示板を見上げながらガヤガヤと話していた。
「おい、今年の運動会の団分け発表、来週の月曜にあるらしいぞ」
「へえ。去年は赤団がブッちぎりで総合優勝したらしいぞ。今年はどこだろ」
そんな次のイベントを語る会話が、教室の空気に薄く混ざり合う。
リナがその声を拾って、ちらりと教室の後ろへと美しい視線を向けてから、本当に小さな声でぽつり、とつぶやいた。
「……私、運動会って、あんまり得意じゃないんだよね」
俺は手元のペンを机の上に置いた。
「へえ、意外だな。お前、走るのとか苦手なのか?」
「苦手っていうほどのレベルじゃないんだけど……配置。ああいう、みんなで一斉に何かを競う行事って、……私、ちょっとだけ緊張しちゃうの」
「まあ、リナなら本番走れば大抵の女子より圧倒的に速いし大丈夫だろ」
「……もう。蓮はいつも気楽でいいな」
俺の適当な励ましに、リナは「ふふ」と少し嬉しそうに目を細める。
その柔らかい上品な笑い方が、まるで昨日のあの静かな図書室での時間の続きが、そのままここで再生されているみたいで。
キーンコーンカーンコーン――。
不意に、放課後の始まりを告げる長いいつものチャイムが鳴り響き、教室内の気怠いざわめきが、一度だけ大きく揺れ動いた。
ガラガラと前扉が開いて担任が入ってくると、教壇から短い連絡事項が続いた。
いよいよ明日から、高校最初の中間テストが始まる。
その事実だけが、終礼を待つ教室の空気をほんの少し重くする。
「よし、解散! 明日遅れるなよー」という先生の合図で終礼が終わると、一斉にガタガタと椅子を後ろへと引く騒がしい音が重なり合った。
俺が机の上の数学ノートをスクールカバンへとしまっていると、いつの間にか帰り支度を完璧に終えたリナが、俺の席の横で静かに佇んでいた。
185センチそこらの長身に、カバンを上品に肩にかけ、手元にはあの淡い藤色の巾着袋が大事そうに握られている。
「蓮。私は今日は、このままもう真っ直ぐお家に帰るね。あんまり帰るのが遅くなると、夕方から実家のお寺のお手伝いがあるから」
「あ、そっか。お寺の娘さんも色々と大変だな。誘拐でもされたら目立ちまくって大騒ぎだし、気をつけて帰れよ」
「ふふ、誰も私なんて誘拐しないよ。……蓮も、寄り道しないで真っ直ぐ帰るんだよ? ……じゃあ、明日、がんばろね」
(おいいいいいい! 別れ際のその『明日、がんばろ』の言い方、いつもよりちょっとだけ声が柔らかくて反則級に可愛いんですけど!?)
俺のライフが削られる中、リナはお寺の娘らしく綺麗にちょこんと軽く会釈をして、そのままお淑やかな足取りで廊下へと出ていった。
彼女のローファーの足音がトントンと遠ざかるたび、取り残された教室の夕方のオレンジ色は、より静かに、深く沈み込んでいく。
俺もスクールカバンを肩にかけて、誰もいなくなった教室をゆっくりと後にした。
校舎の階段の踊り場を通りかかるとき、大きな窓から差し込む西光が、世界を燃やすような鮮やかなオレンジ色に変色していた。
その眩しい光の色の中に、さっきまで俺のすぐ隣にいた、リナの美しい横顔が一瞬だけ幻のように浮かんだ気がして、俺は慌てて首を振って階段を駆け下りた。
――夕方。家に帰ると、自分の部屋の空気は、少しだけひんやりと冷たかった。
勉強机にさっそく数学のワークを広げ、愛用のシャーペンを右手に握る。
パサリ、パサリとページをめくる摩擦音だけが、静まり返った俺の部屋に響く。
机に向かってひたすら数学の問題を解き進めながら、俺はペン先を動かすふとした瞬間に、今日学校の教室で見せた、リナのあの表情を思い出していた。
文章題の数式を読み解くところで、白いおでこに細い眉をきゅっと寄せた顔。
そして、俺の解説を理解した瞬間に、「あ、そっか」と嬉しそうに少しだけ緩んだ、あの眩しい青い瞳の目元。
「……あいつ、明日の本番、本当に大丈夫かな」
誰に言うでもなくぽつりと呟くと、静かな部屋の空気がかすかに揺れた。
ふと視線を動かすと、勉強机のすぐ端っこの場所には、昨日、放課後の図書室でリナから手渡された、あの透明な包みに入った金平糖の袋が置いてあった。
カラフルで小さな、星のような形をした透明な粒たちが、部屋の蛍光灯の光を静かに浴びて、キラキラと優しく反射している。
その粒をひとつだけ指先でつまみ、口の中へと放り込む。
カチ、と歯に触れた瞬間、どこか懐かしくて優しい甘さが、俺の口の奥全体へと、ゆっくり、じはじはと広がっていく。
明日もテストが終われば、いつもの窓際の定位置で、二人並んで放課後を過ごす。
今日、教室の席の横でリナと交わしたあの小さな約束が、不思議と、中間テスト前の俺の落ち着かない心を、ストレートに暖かく落ち着かせてくれた。
カリカリと、ページをめくる音とペン先の響きだけが部屋の中に残る。
勉強机の窓の外では、夕方のオレンジ色が完全に消え去り、夜の静寂な気配が、世界の上に静かに、ゆっくりと降りてきていた。
第18話をお読みいただき、ありがとうございました。
別れ際のリナの不意打ち「明日、がんばろね」の破壊力……。
無自覚に蓮의 ライフを削っていくリナ、ピュアすぎて本当に反則ですね。
明日からはいよいよ高校最初の中間テストが始まります。
二人の放課後の関係がどう変化していくのか、ぜひ見守っていただけると嬉しいです!
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次回の更新は明日【金曜日の18:01】を予定しています。お楽しみに!




