第19話 テスト一日目の放課後。『金平糖、まだたくさんあるしね』と彼女は微笑む。
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
昨日の一撃で完全にライフを削られた蓮ですが、いよいよテスト本番です。
ピリついた教室の空気の中、湿度マシマシでお寺の匂いを漂わせる健気なリナの破壊力にご注目ください。
それでは、第19話開幕です!
高校最初の中間テスト、いよいよ一日目の朝。
試験当日の教室の空気は、いつもの賑やかさが嘘みたいに、いつもより少しだけピリピリと静まり返っていた。
この進学校では、中間テストは三日間にわたって実施される。
効率主義の学校方針ゆえか、テスト専用の配席替えすら行われず、普段の座席のままで試験に突入するのがこの校舎のルールだった。
自分の席に着くと、長机の上に何気なく置いたシャープペンシルの音が、やけに大きく響くような錯覚に陥る。
窓の外はあいにくの曇り空で、遮られた光が、静かな室内に優しく広がる。
俺が最後の悪あがきとして数学のワークを開いていると、すぐ真横から、すっと小さな影が落ちた。
「……おはよう、蓮」
すぐ左隣の席。
そこには、いつの間にか登校してきていたリナが静かに佇んでいた。
誰もが見上げる185センチの、圧倒的な金髪美貌。
外は小雨でもパラついているのか、彼女の美しい金髪の毛先が、ほんの少しだけしっとりと湿っていて。
5月の外の冷たい空気を、そのまま教室の境界線へと連れてきたみたいだった。
「おう、おはよう。顔色悪くねえな。大丈夫か? 緊張してる?」
俺がノートから目を上げて問うと、リナは青い瞳をきゅっと細めて微笑む。
「……ちょっとだけ、心臓がドキドキしてる。でも、昨日蓮に教えてもらったあの文章題のところは、もう絶対に大丈夫」
そう言って、リナは安心を確かめるように数学のワークを自分の豊かな胸の前でぎゅっと軽く抱きしめた。
その一つひとつの仕草が、いつものお淑やかな大和撫子の所作よりも、さらに少しだけ慎重で、初々しく見える。
(おいいいいいいい! テスト前のその健気すぎる『大丈夫』の笑顔、ガチで破壊力高すぎて俺の緊張が一瞬で吹き飛んだわ! 髪から香るお寺の朝の匂いも、湿度マシマシで脳をバグらせにきてるだろ!)
俺の脳内全細胞が限界突破のパニックを起こす中、キーンコーンカーンコーン──と、非情にも試験開始を告げる長いいつものチャイムが鳴り響き、教室内の張り詰めた空気が、一度だけ大きく揺れ動いた。
ガラガラと前扉が開いて入ってきた担任の藤川先生が、無機質な教壇の上で、ペラペラと解答用紙と問題用紙の束を配り始める。
上から順に紙が擦れ合って手元へと回ってくる音が、水を打ったように静まり返った教室内に、淡く、じわじわと広がっていく。
「よし、始め」という藤川先生の短い合図とともに、俺はひとつ深く息を吸い込んで、目の前の問題用紙を勢いよくめくった。
そこからは、時間がゆっくりと流れていった。
教室内にはただ、数十人ぶんのシャープペンシルが紙の上をガリガリと滑る、凄まじい音だけが雨のように延々と続いている。
カリカリと、ひたすら数式を解き進める中。
ふと見上げた窓の外の曇り空は、二人の高校生活の行方を祝福するかのように、雲の隙間から、少しずつ明るく輝き始めていた。
高校最初の中間テスト、その容赦のない一日目の二科目がすべて終わると、教室内の張り詰めていた空気は一気にガタガタとゆるんだ。
学力上位層がひしめくこの進学校において、テストの難易度は容赦がない。
「あー……終わった、まじで燃え尽きたわ……。数学、平均点いくつになるんだこれ」
「なぁ、英語のあの最後の長文、あれ無理だろ。学年順位一桁狙う奴しか解けんねん」
「大問三のひっかけ、一体なんなんだよ……。容赦なさすぎだろ……」
クラスのあちこちから、絶望と恨み節の混ざった悲鳴が次々と沸き上がる。
俺は次の日の科目の準備のためにスクールカバンを閉めながら、すぐ左隣にあるリナの席のほうへと視線を向けた。
リナは使い込んだ数学ワークをカバンへとしまいながら、ふぅ、と小さく愛おしい息を白くついていた。
その細い肩の力が、午前中よりも少しだけストレートに抜けている。
俺が「よっ」と席へ近づくと、リナはハッとしたように眩しい瞳の顔を上げた。
「……蓮。一日目の大変なところ、なんとか無事に終わったね」
「おう、お疲れ。初日は難関の数Iと英語だったし、ここを乗り切ればもう勝ったも同然だろ。明日の暗記系に向けて、ここからは肩の力を抜いて、気楽にいこうぜ」
「ふふ、気楽に……本当にそんな風にできたらいいんだけどな」
俺のいつも通りの適当な励ましに、リナは少しだけ嬉しそうに目を細めて笑う。
教室内の空気は、完全に待ちに待った“放課後”の色へと一変した。
窓の外のグラウンドからは、特別に短時間だけの練習を許可された運動部たちの元気な声が、初夏の乾いた風に乗ってかすかに聞こえる。
開けっ放しの窓の外には、薄い夕方のノスタルジックな気配。
俺がスクールカバンを慣れた手付きで肩にかけると、帰り支度を終えたリナが、すっと吸い寄せられるように近づいてきた。
「……蓮。このあと、いつもの図書室、行く?」
「もちろん行くに決んでんだろ。昨日お前と約束した、あの数学Aの確率の続き、今日中に全部片付けるって言ったしな」
「うん。……よかった。私のカバンの中に、金平糖、まだたくさんあるしね」
そう言って微笑んだ彼女の紡いだ言い方は、昨日のあの帰り道の約束のトーンとまったく同じで。
でも、初日の試験を一緒に戦い抜いたからこそ、昨日よりもほんの少しだけ、嬉しそうに弾んで聞こえた。
二人並んで静かな廊下へと出ると、大きな窓から差し込む夕方のオレンジ色の光が、廊下の床の上にゆっくりと長く伸びていた。
中央階段の踊り場を降りるとき、夕日の光で引き延ばされたリナの185cmの長い影が、俺の影のすぐ真横へと、ぴったりと愛おしそうに重なり合う。
すっと図書室の扉を開けて中に入ると、古い紙とインクの、あの落ち着く静かな空気がふわりと空間全体に流れてきた。
いつもの窓際の一番奥にある、二人の指定席。
長机の上に、お互いの対策ワークとノートを広げる。
パラリ、パサリとページをめくる心地よい摩擦音だけが、昨日と全く同じように、静まり返った室内へと淡く響き始める。
リナは手元のカバンから、あの淡い藤色の巾着袋を取り出すと、長机の真ん中の場所へと、そっと宝物のように置いた。
「……よし。蓮、今日も明日の一日のために、一緒にがんばろ」
「おう。明日も赤点取ったら洒落にならんからな」
俺は照れ隠しにそう頷いて、愛用のシャープペンシルを右手に握った。
勉強机の大きな窓の外では、高校最初の中間テスト一日目の、静かな夕方の色が、二人の距離をじはじはと縮めるように、ゆっくりと深く沈み込んでいった。
第19話をお読みいただき、ありがとうございました。
テストが終われば、いつもの図書室で二人の時間。
「金平糖、まだたくさんあるしね」と嬉しそうに微笑むリナ、もう友人未満の距離感を完全に超越していますね……! 影がぴったり重なる描写には、書いていて思わずニヤニヤが止まりませんでした。
明日はいよいよテスト2日目、暗記系勝負へと突入します。
図書室での二人きりの対策がどう実を結ぶのか、引き続き見守っていただけると嬉しいです!
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次回の更新は明日【金曜日の18:01】を予定しています。お楽しみに!




