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第16話 『図書室の特等席と、藤色の巾着袋から溢れるカラフルな思い出』

高嶺じれです。

いつも応援いただき、本当にありがとうございます!

前回、中間テスト1週間前を迎えて、放課後の図書室へと足を運んだ蓮とリナ。

今回は、あの中学の過酷な受験期を並んで戦い抜いた二人の「思い出の特等席」での、静かで少し甘酸っぱいお勉強タイムのお話です。

いつもとは少し違う、リナのちょっと真面目で熱い一面と、カバンの奥から取り出された「とある小さなおやつ」を巡る二人の特別な距離感を、どうぞお楽しみください!

 すっと放課後の図書室の扉を開けて静かに中に入ると、古い紙の繊維とインクが混ざり合った、どこか懐かしくて静かな匂いがふわりと空間全体に広がった。


 窓際から差し込む放課後の西日が少しずつ弱くなって、長机の上に落ちる二人の影が、オレンジ色の光に照らされながら柔らかく床の上へと静かに伸びていく。


 リナは迷うことなく、お気に入りの場所であるまっすぐ窓際の特等席に向かった。


 誰もが見上げる185センチの圧倒的なスタイルと、神々しいまでの金髪美貌。


 中学の過酷な受験期に、いつも隣同士に並んで死に物狂いで勉強していたときのあの心地よい距離感が、高校生になった今も、そのままこの特等席に地続きでずっと続いている。


「ここ、本当に落ち着くよね」


 彼女は丁寧な所作でカバンを置いた。


 その鈴を転がすような声は静かだけど、高校に入学したばかりの、あの何かと慌ただしかった4月の上旬の頃のような、環境の変化に対する“遠慮の気配”は、5月中旬の今ではもう完全に消え去っていた。


 俺が「はいはい」と向かいの席に座ると、リナはいつもの慣れた手付きで英語の長文読解プリントを長机の上へと滑らかに広げてみせた。


「ねえ蓮。この段落の私の日本語訳、ちゃんと合ってるか見てほしいな」


 そう言って、自分の綺麗な文字が書き込まれたお気に入りのノートを、長机の向こう側からこちらへと丁寧な手付きで優しく押し出してくる。


 彼女の書く文字はどこまでも丁寧で、大事なところには小さな可愛い付箋が几帳面に貼ってあった。


「……お前、相変わらず細かいな。参考書の見本かよ」


「蓮が雑すぎるだけ。男の子って、みんなそうなの?」


 すかさず言い返してくる彼女の声が、どこか少しだけ楽しそうに心地よく弾んでいた。


 俺がノートを覗き込もうと、グッと身を乗り出した、その時。


 すぐ近くでリナの長い金髪が、彼女の細い肩にさらりと触れた。


 夕方の淡い光をひとつだけ、宝石のようにキラリと拾い上げて、お淑やかに静かに揺れる。


(おいいいいいい! 距離が近くて、またお寺の朝みたいな良い匂いが直撃したんですけど!?)


 脳内全細胞が緊急警報を発令する中、俺は必死に数式を睨みつけて声を絞り出す。


「……ここは文頭に“however”があるから、前の文章とは完全に逆の意味になるだろ」


「あ、やっぱりそうか……。訳してて、なんか違和感があったんだよね」


 リナはシャープペンシルを持ち直して、迷いのない滑らかな手付きで文字を綺麗に書き直す。


 そのグッと自分の世界に入る凄まじい集中の仕方は、あの中学の受験期の頃とまったく同じだった。


 リナはペン先を動かしたまま、釘を刺すように上目遣いでこちらを静かに睨む。


「数学は後で一緒にやるからね。絶対に逃げないでよ、蓮」


「逃げねえよ。お前と違って、俺は去年だって数学の過去問から逃げなかっただろ」


「……それは、まあ。あの時は、ずっと一緒にやってたし」


 言いながら、リナはふっと、少しだけ嬉しそうに深く澄んだ青い瞳を細めた。


 その柔らかい笑い方が、高校に入学したばかりの、あの慌ただしかった4月の上旬の頃よりも、俺の目にはずっと自然に映っていた。


 それからしばらくの間、パラリとページをめくる静かな音だけが図書室の中に静かに続いた。


 部屋全体の穏やかな静けさが、俺たちの間に、ゆっくりと心地よく落ちていく。


「蓮」


 不意に名前を呼ばれて顔を上げると、リナがプリントを細い指先でそっと押さえたまま、深く澄んだ青い瞳で真っ直ぐに俺のことを見つめて言った。


「今年の中間テスト、……私は、ちゃんと良い点数を取りたいの」


 彼女が紡いだその“ちゃんと”の言い方が、いつもより少しだけ真剣で、熱を帯びていた。


「取れるだろ。お前、中学の去年よりも明らかに集中して授業聞いてるしな」


「それは……蓮がすぐ隣にいるからだよ」


 サラリと、とんでもない大爆弾発言を落とした後。


 リナはハッとしたように、慌てて視線をノートの文字へと落とした。


 耳まで真っ赤にして猛烈に照れているのが、すぐ目の前だから一発で分かる。


 けれど、お寺育ちの大和撫子らしく、その動揺の隠し方だけは妙に自然で、どこまでも上品だった。


「……去年の受験のときも、そうだったし」


 その掠れるような愛おしい言葉が、放課後の図書室の静けさの中に、優しく静かに落ちた。


 窓の外のオレンジ色の光がだんだんと弱くなって、夕暮れの空が、少しだけ青い群青色へとその美しい姿を静かに変え始めていく。


 リナは次のページをゆっくりとめくりながら、もう一度、こちらを眩しそうに見上げて言った。


「ねえ蓮。今年も……また私と一緒に、頑張ろうね」


 彼女が紡いだその“頑張ろうね”という優しい響きは、あの中学の過酷な受験期の延長線みたいで。


 でも、あの頃のお互いをライバル視していた関係とは、確実に何かが少しだけ違っている。


「……おう。当たり前だろ」


 俺が照れ隠しに短くそう返すと、リナは「ふふ」と、満足そうに小さく笑った。


 そのあまりにも美しい笑顔が、五月の穏やかな放課後の光の中に、静かに、そして優しく溶けていくのを俺はただ見惚れるように見つめていた。


 英語の長文読解をまるまる一段落終えたところで、リナがパサリと机の上にペンを置いた。


「……ちょっとだけ、休憩にしよ」


 そう小さく呟いて、彼女は手元の通学カバンの中を静かに、お淑やかに探り始める。


 その一つひとつの動きが、いつもよりもどこか慎重で、少しだけもったいぶっているようにも見えた。


 やがて、カバンの奥から、小さな“巾着袋”がすっと取り出されて長机の上に静かに置かれた。


 それは綺麗な淡い藤色の生地で、端っこのほうに小さく上品な刺繍が几帳面に施されている。


 窓際を通り抜ける春の風に乗って、どこか実家の禅寺の朝を連想させるような、お香に似た落ち着いたお寺の香りがふわりと漂ってくるような袋だった。


「それ、中学のときから前から使ってたっけ?」


 俺が不思議に思って何気なく聞くと、リナはハッとしたように、ほんの少しだけ自身の美しい青い瞳の視線を恥ずかしそうに斜め下へとそらした。


「……うん。ずっと家にあったやつ。お母さんが昔、私のために手作りで作ってくれたやつだと思う」


 彼女の紡ぐ声はどこまでも静かだけど、白くて細い耳の裏がほんのりとピンク色に照れて赤くなっているのがすぐ目の前だからよく分かった。


 リナが巾着の細い紐をゆっくりとほどくと、中からカサリと、小さくて可愛い透明な包みが出てきた。


「はい、蓮のぶん」


 彼女の細い手のひらからこちらへと差し出されたのは──。


 高校生の放課後のおやつとしてはかなり珍しい、飴玉。


 しかも、その透明な包みの内側で優しくきらめいているのは、カラフルで小さな“金平糖”だった。


「……金平糖? おいおい、まじで見た目は100%純ドイツ人美少女なのに、中身は大和撫子全開のチョイスだな」


「うん。勉強をして頭を使ったとき、こういう甘いのがひとつあるとすごく集中できるから。……蓮だって、中学の受験期のとき、私の隣でこれよくつまんで食べてたでしょ?」


 リナにそう指摘されて、俺の脳裏にあの過酷だった受験期の夜の光景がフラッシュバックする。


 確かにあの頃、塾の自習室の長机の上で、リナがこの金平糖を指先でつまんで美味そうに口に運んでいた光景を、俺は今でも鮮明に思い出す。


「懐かしいな。高校に入ってからも、まだお守りみたいに毎日持ち歩いてたのかよ」


「別に、狙って持ち歩いてるわけじゃない。ただ、なんとなくこれがあると……心が落ち着くから」


 そう言って、リナは自分のぶんの金平糖をひとつ、小さな桜色の唇へと運んだ。


 その指先の所作が、お寺の娘らしく妙に“お淑やか”で洗練されているのに、金平糖を噛む表情はどこか小さな子どものようでもあって。


(おいいいいいい! その大和撫子と幼女のハイブリッドみたいなギャップの破壊力はアカンだろ!?)


 脳内全細胞が緊急警報を発令する中、リナはさらに追い打ちをかけるように、カラフルにきらめく金平糖の包みを俺のほうへとグッと真っ直ぐ差し出してきた。


「蓮も早く食べなよ。……高校最初の中間テスト、もうちょっとだけ頑張るんでしょ?」


 小さな金平糖をひとつ、彼女の手から直接手渡される。


 その瞬間、お互いの指先が軽く、チクリと静電気のように触れ合った。


(うおっ……!)


 俺の心臓のライフがゴリゴリと削られたのに、リナのほうはそれを全く気にした様子もなく、すんと自然な動作のまま手元のノートを開き直した。


「ほら、次からは約束通り数学をやるよ。さっき、絶対に逃げないって言ったしね」


「はいはい、分かってますよ」


「……あ。でも、その前に……もう一個だけなら、食べていいよ?」


 そう言って、リナは藤色の巾着袋をほんの少しだけ、こちらのほうへと優しく寄せてくる。


 窓際の特等席で並ぶこの距離感は、あの中学の受験期の延長線みたいで。


 でも、あの頃のお互いを強く意識し合っていたトゲトゲした空気よりも、今の二人の間に静かに流れる空気のほうが、ずっとずっと、柔らかくて甘かった。


 窓の外から差し込むオレンジ色の西光がだんだんと弱くなって、図書室全体の空気は、初夏の夕暮れ特有のどこか切ない青さの中に静かに沈み込んでいく。


 リナは自分のノートに綺麗なペン先を優しく滑らせながら、真っ直ぐに黒板を見つめるような凛とした静けさの中で、どこか恥ずかしそうに小さく呟いた。


「蓮。……今年もまた、私と一緒に頑張ろうね」


 彼女が紡いだその優しい声は、過剰な甘さよりもずっと静かで、どこまでも凛としていて。


 でもだからこそ、これから始まる高校生活のすべての時間の始まりみたいに、俺の胸の奥深くに、いつまでも、はっきりと暖かく残ったままだった。

第16話をお読みいただき、ありがとうございました!

かつてのライバル関係から、高校生活を共に歩む特別な「相棒」へと確実に変化している二人。サラリととんでもない爆弾発言を落とした後に耳まで真っ赤にして照れるリナの「ウブな本体(3)」の可愛らしさが、少しでも読者の皆様に届いていれば幸いです。

そして後半、リナのカバンからお淑やかに取り出された藤色の巾着袋と、優しくきらめく「金平糖」。

お母様手作りの袋から禅寺のお香の香りがふわりと漂う中、指先がチクリと触れ合うおやつタイムの破壊力は、蓮の心臓のライフをゴリゴリに削るには十分すぎましたね。

次回からは、いよいよ約束通りの「数学の猛特訓」へと突入します。

このまま二人の静かな空間が続くのか、それともテスト直前のさらなる大爆弾が待ち受けているのか――。

二人の図書室での空気が最高すぎた!金平糖を直接手渡されたい!と思ってくださった方は、ぜひページ下部の【☆☆☆☆☆】やブックマークでの応援・評価をいただけますと、本日の投稿の大きな励みになります!

次回(第17話)は明日、【18:01】に手動で投下予定です。どうぞお楽しみに!

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