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第14話 別に歩幅を合わせてるわけじゃない(夕日の光を宝石に変える大和撫子)

いつもお読みいただきありがとうございます。

 

昼休みの選択授業決めから、少しだけ地続きの放課後のお話です。

 

教室内での『一軍としての顔』と、俺の前だけで見せるリナのウブな本体のギャップを楽しんでいただければ幸いです。

 キーンコーンカーンコーン、と。


 昼休みのチャイムが鳴り響いた瞬間、張り詰めていた教室の空気が、一気にほどけていった。


 周囲にいつもの賑やかなざわつきが広がっていく前、俺たちの長机の上には、提出を迫られた二枚の選択授業希望用紙が並んでいる。


 つい数秒前、周りの女子たちが去った直後の教室内で、リナが俺の耳元へ落としていった「一緒がいいな」という、ウブで純粋な大爆弾の余韻が、まるで禅寺の大きな鐘の音のように、俺の胸の奥深くにまでいつまでも心地よく響き渡っていた


 彼女の実家の禅寺にちなんだ『書道』の欄に、俺の震える指先が希望のチェックを入れた瞬間、すぐ左隣の座席の気配が、まだ午前中の授業の静けさをじっと引きずったまま、周囲の一軍女子たちが見せる羨望とはまったく違う、驚くほど純粋で熱い歓喜となって、俺の右腕のすぐ近くで静かに弾けた。


 リナは教科書を閉じたまま、そこからピクリとも動かない。


 真っ白な希望用紙の端に触れた彼女の白くて細い指先が、同じ『書道』を選んだ俺の筆跡を見て、ほんのわずかにプルプルと震えている。


 周りの目を気にして言い出せなかった熱い気配が、彼女の吐き出す呼吸よりも静かに、けれど確かに俺のすぐ隣で結論となって結ばれた瞬間だった。


「……沢木くん」


 ざわつき始めた教室の中で、俺の名前を呼ぶ彼女の鈴を転がすような声は、決して周囲の雑音に飲まれたりせず、俺の鼓膜を甘く震わせた。


 二人の選択授業が同じ『書道』に決まった直後、本当に小さいのに、俺の耳の奥深くに、そのまま真っ直ぐ落ちてくるみたいに鮮烈だった。


(おいいいいい! 同じ授業選んだ直後の、教室での不意打ちの名前呼びはまじで心臓に悪いだろ!)


 リナは上品に、すっと立ち上がる。


 俺もそれに誘われるようにして、慌てて自分の席を離れた。


 歩き出すとき、窓からの暖かな春の光に照らされたリナの185センチの大きな影が、一瞬だけ俺の体に優しく重なり、まるでお寺の柔らかな法衣に、その身体ごと深く包み込まれたかのような、言いようのない心地よい感覚が全身を支配した。


 ガラリと出た廊下は、教室の中よりも思ったより静かだった。


 リナは何かを迷うように、お淑やかな足取りでゆっくりと廊下を進み、渡り廊下の窓際の端のところで静かに足を止めると、まるで自身の高鳴る鼓動を落ち着かせるかのように、窓の外にどこまでも赤く広がっている眩しい夕陽をじっと見つめ続けた。


 春の優しい光が、彼女の金髪に触れて、夕日のようなブロンドが少しだけ淡くきらめく。


「……昨日の、あれ」


 彼女の唇から、その言葉がぽつりと落ちた瞬間。


 俺たちの間の空気が、緊張を孕んで少しだけキュッと締まった。


 リナは白くて細い指先を軽くきゅっと握りしめたまま、恥ずかしそうに視線を下に下げている。


 お母さん仕立ての上品な巾着袋を大事そうに抱える彼女のその沈黙が、どんな言葉よりも先に、俺の胸の奥深くに直接触れて、心地よい熱を響かせた。


「帰りに……言ったやつ。その……声、ちょっと……やわらかかったかもって、思って」


 緊張でリナが小さく息を吸う音が、すぐそばでかすかに聞こえた。


「変じゃ……なかった?」


(変なわけあるかボケェ! さっきの『一緒がいいな』からの『書道決定』だけでも破壊力が高すぎるのに、昨日の帰り道の余韻まで重ねてくるのはライフがゼロだわ!)


 脳内で絶叫を上げるものの、いざ本人の185センチを超える長身から繰り出される上目遣いの青い瞳を真っ直ぐ前にされると、昨日の帰り道の光景がそのまま鮮烈に蘇ってしまい、俺のへっぽこな心臓は完全にキャパシティをオーバーして激しく脈打ち始めた。


 あの柔らかい「おつかれ、蓮」の余韻が今も耳の奥にこびりついて離れない。


「いや……」


 何か、格好いい男らしい返事を言おうとしたけれど。


 喉が完全にカラカラに干からびていて、言葉がそれ以上どうしても続かなかった。


 リナは、俺のその茹でダコみたいな分かりやすすぎる反応を見て。


 少しだけ安心したように、ほっと細い肩の力を抜いた。


 その無防備で優しい仕草が、静かに俺の胸の奥を激しく揺さぶる。


「……なら、よかった」


 そう呟いた彼女の声は、昨日よりも、さっき選択授業を一緒に選んだ瞬間の声よりも、さらに少しだけ甘くて、俺の耳のすぐ近くで心地よく溶けるように響いた。


 物理的な二人の距離は変わっていないはずなのに、彼女がまとう大和撫子の気配だけが、確実に俺のすぐ内側へと滑り込むように近づいていた。


 それからしばらくの間、二人とも何も言葉を発しなかった。


 窓際の廊下の穏やかな静けさが、ゆっくりと熱を持った体に染みていく。


 やがて、リナがまた静かに歩き出す。


 俺も少しだけ遅れて、彼女の眩しい後ろ姿についていった。


 185センチの彼女と、普通の男子の俺。


 185センチの彼女と、普通の男子の俺。お互いの歩幅はまったく違うはずなのに、何だか二人の距離は、不思議と少しも変わらないまま、まるで見えない糸でお互いの速度を優しく縛り合っているかのような心地よい歩調のシンクロを見せていた。


 ガラガラと教室の扉を開けて戻ると、さっきまで遠のいていたいつもの賑やかなざわつきが、一気に俺たちの耳へとまるで現実を引き戻すかのように激しく押し寄せてきた。


 でも、自分の席のすぐ左側から漂うリナの優しい気配だけは、さっき二人で『書道』にチェックを入れたあの温度と、誰もいない廊下で交わした甘い空気の温度をそのまま残していた。


 トスンと席に座ると、リナはまた静かにノートを開いた。


 ページをそっと押さえる彼女の細い指先が、いつもよりどこか、ゆっくりと、愛おしそうに動く。


 お寺の作法のようなその小さな、上品な手の動きが、すぐ左側からずっと届いて離れない。


 俺は自分の机の上で、弁当を開けるフリをして、完全に落ち着きを失ったまま箸を持った。


 胸の奥の深いところで、さっきリナが残していった「一緒がいいな」の熱と、昨日リナが残していった声の柔らかさが、いつまでも静かに、愛おしい熱を帯びたまま激しく揺れ続けていた。


 昼休みが終わる、少し前のこと。


 リナがパタンとノートを閉じた。


 その革の擦れる静かな音が、教室のガヤガヤとした雑音の中で、なぜか俺の耳にだけは他のどんな大声よりもはっきりと、深く染み渡るように聞こえた。


 ふっと、リナが少しだけこちらのほうを見た。


 本当に一瞬。


 目が合ってしまう直前に、彼女の吸い込まれそうな青い瞳の視線がそっと恥ずかしそうに逸れる。


(おいいいいい! だから今のチラ見は反則だって!)


 でも、彼女の残していった甘い気配だけは、俺の真横にしっかりと残ったままだった。


 そのまま、午後の授業が始まった。


 教壇に立つ先生の声が黒板に当たって、そのまま俺の頭の上を虚しく通り過ぎていくばかりで、隣のリナから漂うお香のような甘い気配にすべてを奪われた俺の脳内には、まるで無意味な環境音のひとつのように虚しく跳ね返るばかりだった。


 板書の文字をノートに写しようとしても、動揺のせいで手がゆっくりとしか動かない。


 すぐ左側から、サラリとページをめくる音がした。


 彼女が立てるそのあまりにも小さな音が、先生の授業の声なんかよりも何倍もはっきりと脳へと届く。


 リナは真っ直ぐ前を向いたまま、一度だけ長い金髪を優しく耳にかけた。


 そのお淑やかな大和撫子ムーブが、視界の端で静かに、美しく揺れた。


 黒板の数式がやけに遠く見える。


 先生の声が頭の上を上滑りしていく。


 そんな退屈な授業の中、すぐ左隣から漂うリナの気配だけが、ずっと、熱いくらいに近かった。


 やがて授業が終わり、休み時間になっても、リナは席を立とうとはしなかった。


 ノートを開いたまま、白い指先でペン先を軽く揺らしている。


 その小さく悩ましげな揺れが、なぜか気になって仕方がなかった。


 便箋を繰るような静けさをまとった彼女の隣で、俺は高鳴る鼓動を隠すように、次の準備をわざとゆっくりと進めることしかできなかった。


 そして──放課後のチャイムが鳴り響いた。


 終礼が終わり、教室の中にいつもの賑やかなざわつきがまた広がる。


 窓の外の西日が少しずつ傾いていって、放課後の誰もいない俺たちの長机の上に、細く長いオレンジ色の綺麗な夕日の影を優しく落としていく。


 ネジを巻くような規則正しいお寺の所作を思わせるリナは、すぐには立ち上がらなかった。


 すぐ左隣の席で、スクールカバンを閉じる愛おしい動作を、俺の様子を伺うようにいつもより明らかに意識しながら、わざとゆっくりゆっくりと行っていた。


 彼女が細い首を傾げるたび、夕日のような金色の髪がブレザーの肩に触れて、サラリと静かに揺れた。


 お母さん仕立ての上品な巾着袋をカバンにしまうそのお淑やかな仕草から、どうしても目が離せない。


 俺が自分のカバンに教科書を詰めて、帰り支度をしていると、すぐ左隣にいるリナがほんの少しだけ、お寺の作法のように丁寧だったノートを片付ける指先の動きをピタリと止めた。


 それはまるで、俺が席を立ち上がるのを、静かにじっと待っていたように見えた。


(……待って、今まじで俺の動きに合わせて動きをシンクロさせたよね!? 可愛すぎかよ!)


 けれど、彼女はそのまま、表向きはすんとしたポーカーフェイスのまま、何も言わずにすっとその美しい長身をお淑やかに立ち上がらせた。


 ガラリと教室の扉を開けて廊下に出ると、夕方の少し冷たい空気が肌をツンと刺した。


 窓から差し込んでくる西光が徐々に弱くなっていく中、リナの185センチを超える圧倒的なプロポーションから薄暗い教室の床の上へと、まるでお寺の境内に佇む神木を思わせる長く美しい一本の影が、俺のつま先を優しく捕らえるようにして静かに伸びていた。


 リナは、お淑やかな足取りのまま、歩く速度を少しだけ落とした。


「別に、お前の歩幅に合わせてるわけじゃない」と言いたげに真っ直ぐ前を向いているけれど、二人の歩く距離が自然とぴったり揃ってしまった。


 トスン、トスンと、薄暗い校舎の階段を一緒に降りてしていく。


 その階段を一段ずつ降りるたび、リナの美しい金髪がふわりと優しく揺れて、窓からの夕日の光をひとつだけ、宝石のようにキラリと拾い上げた。


 その眩しすぎる瞬間だけ、俺の周りの時間がゆっくりとスローモーションになった気がした。


(おいいいいい! 髪の毛一本にいたるまで一軍美少女のオーラが出まくってるだろ! 隣を歩いてるだけで心臓のライフが削れるわ!)


 激しく鳴り響く心臓を必死に押さえながら、俺はすぐ隣を並んで歩く彼女の甘い気配に、ただひたすらに翻弄されて胸を高鳴らせ続けるのだった。


 ガタゴトと賑やかな靴箱の前。


 リナは自分の靴箱を開け、上履きを脱ぎかけるその滑らかな動きを、ふっと途中で止めた。


 それはまるで、後ろからゆっくりと歩いてきた俺が、自分のすぐ真横へと並び立つのを、大和撫子らしく静かにじっと待っていたみたいだった。


 トン、と俺が隣に並んだ瞬間、彼女は前を向いたまま、桜色の唇をかすかに動かした。


「……今日、ありがとう」


 周囲の生徒たちの喧騒に今にもかき消されてしまいそうな、本当に本当に小さな声。


 それなのに、昼休みに聞いた声よりも、さっき誰もいない廊下で交わしたあの囁きよりも、ずっと柔らかくて甘い熱を帯びた彼女の本当の肉声が、俺の鼓膜を甘く震わせながら、脳髄の最も深いところへとダイレクトに真っ直ぐ染み渡るように届いた。


 わざわざ何に対しての“ありがとう”なのか、その理由は言葉にはされなかった。


 外履きに履き替えるその流れるような気品ある動作を見つめながら、俺の脳裏には、さっき廊下で「変じゃなかった?」と尋ねてきた彼女の姿が鮮明に浮かんでいた。


 昼休みのあの窓際で、恥ずかしさを堪えながら答え合わせをしてくれた彼女のウブな心を知る俺には、言われなくてもすべてが痛いほど伝わっていた。


(おいいいいい! そんな可愛いこと言われたら、俺の心臓のライフがもう完全にマイナスに突入して今すぐここで気絶するハメになるだろ!)


 開け放たれた生徒玄関からそのまま校庭の外へと並んで一歩を踏み出すと、夕方の少し冷たい春の風が、肩を並べて歩く二人の上を、まるでお寺の五色幕を静かに揺らすときのような厳かで優しい手触りを残しながら、どこまでも穏やかに通り過ぎていった。


 校門へと続く緩やかな坂道を、二人で並んでゆっくりと歩いていく。


 交わす会話は、もう何一つとしてなかった。


 けれど、185センチを超える圧倒的なプロポーションを誇る金髪美少女と並んで歩くこの静かな沈黙は、彼女のまとう凛としたお香のような甘い気配が二人の空間を優しく満たしているせいか、俺にとって少しも重苦しくなんて感じられなかった。


 リナは真っ直ぐ前を向いたまま、一度だけ、自分の高鳴る心臓を落ち着かせるように、お寺の作法のように凛とした大きな深呼吸を静かに整えた。


 制服のブレザーに包まれた彼女の胸が、小さく上下に揺れ動く。


 お寺の作法のように凛としたそのお淑やかな動きが、なぜだか俺の視界の端に、やけに強く鮮烈な印象としていつまでも残って離れなかった。


 やがて、校門の大きな影が地面の上に長く伸びて、放課後の床を這うリナの美しい影と、俺の足元の影が、一瞬だけ恋人同士のようにお淑やかに重なり合った。


 夕日の位置が変わるにつれて、その愛おしい影の重なりが、ゆっくりと、まるで二人の心が離れるのを拒むかのような名残惜しそうな余韻を残しながらほどけていく。


「……また明日」


 くるりと背中を向けたまま、振り返らずにリナがぽつりと呟いた。


 その声は、昼休みのときのどんな囁きよりも、二人の心の距離がグッと近づいたみたいに、ずっとずっと、俺の耳のすぐ近くで心地よく溶けるように聞こえた。


 リナの大きな背中が、夕方のオレンジ色の眩しい光の中にきらきらと溶けていく。


 彼女の姿が完全に視界から見えなくなっても、すぐ隣から漂っていたあのほのかなお香に似た香りとウブな気配だけは、俺の胸の奥深くに、いつまでも残ったままだった。


 言葉にならない、けれど確かな愛おしさが、今日の終わりを迎えても、俺の胸の奥深くにいつまでも消えずに、心地よい熱となって静かに揺れ続けていた。


 それから、俺たちの穏やかな日常は、完璧な高嶺の花として周囲に頼られる『一軍のリナ』と、俺の前だけで見せる『ウブな本体』の愛おしい黄金比に翻弄され、お互いの心の距離を不器用に測り直しながら、瞬く間に数週間という大切な時間を積み重ねていくこととなった。


 完璧な高嶺の花として周囲に頼られる『一軍のリナ』と、俺の前だけで見せる『ウブな本体』の愛おしい黄金比に翻弄されているうちに、季節は最初の試練を連れてきた。


 ――高校最初の中間テスト、一週間前。

第14話を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。

 

廊下での甘酸っぱい答え合わせから、放課後の靴箱での「ありがとう」まで、二人の不器用なシンクロムーブをお届けいたしました。

 

お寺の作法のように凛とした仕草の中に、蓮の歩幅や動きをじっと待ってしまうウブさが詰まった、個人的にも大好きなエピソードです。

 

ここから二人の距離はさらに測り直され、次回からはいよいよ高校最初の関門、中間テスト一週間前へと突入します。

 

平日は【18:01】に手動で最新話を投下しておりますので、明日の更新もどうぞお楽しみに。

 

引き続き、感想欄での温かい応援や評価をいただけますと、軍師・沢木蓮の参謀役としても執筆の大きな励みになります。

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