第12話 朝イチの不意打ちゼロ距離おはようと、授業中の甘酸っぱい視線チキンレース
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!
前回の第11話では、部活動紹介でのリナの圧倒的な空手演武の格好良さと、体育館裏での二人きりの密やかな労い(『おつかれ、蓮』の衝撃)をお届けいたしました。
今回はその翌朝、教室内での二人の距離感の変化を描く日常回となります。みんなの前では完璧な高嶺の花である一軍女子のリナが、蓮の前でだけ見せる無自覚乙女なギャップと、もどかしすぎる視線のチキンレースをどうぞお楽しみください!
翌朝の教室の空気は、いつもより少しだけ静かに感じられた。
ガラガラと扉を開けて、自分の席に着いた瞬間。すぐ左隣の席に座っているリナが、ふっとこちらのほうを振り返った。その金髪碧眼の気高い美貌が一瞬だけ俺の視線を捉え、静まり返っていた朝の教室の空気が、まるで彼女を中心に鮮烈に色づいていくかのような錯覚さえ覚える。
ほんの一瞬だけ、上品にお淑やかな会釈をして、彼女はすぐに手元のノートを開いて視線を落とす。誰もが見上げる圧倒的な金髪美貌。そのあまりにも絵になる美しい仕草だけで、昨日、体育館裏の冷たい廊下で囁かれた二人だけの秘密の声が、俺の胸の奥でまた静かに、けれど激しく揺れ動いた。
(……アカン。『おつかれ、蓮』のリピート再生が朝から脳内で一向に止まらないんだが?)
動揺を隠すように、俺はカバンからプリントを出すフリをして、慌てて視線をそらす。自分が完全に落ち着きを失って右往左往しているのは嫌というほど分かっていたけれど、こればかりは自分の理性ではどうしてもどうしようもなかった。
一時間目の予鈴が優しく鳴り響くと同時。左隣の席から、リナがすっと少しだけこちら側に身を寄せてきた。彼女の動きに合わせてかすかに揺れたおさげ髪の可憐な軌道と、衣服越しでも伝わってくるかのような密やかな温もりが、逃げ場のないゼロ距離の緊張感となって俺の五感を激しく揺さぶる。
「……おはよう」
周囲の喧騒にかき消されそうな、本当に小さな小さな声。それなのに、なぜか教室のガヤガヤとした雑音よりも何倍もはっきりと、俺の鼓膜の奥深くまで遮るものなく真っ直ぐに届き響いていた。
(おいいいいい!朝イチの不意打ちゼロ距離おはようは破壊力が天元突破してるだろ!)
脳内全細胞が緊急警報を発令する中、俺は声にならず、マヌケに深くうなずことしかできなかった。リナはすぐに真っ直ぐ前を向いて、開いたノートの端を白く細い指先でそっと押さえながら、凛とした佇まいで静かに次のページをめくっていく。
そのお淑やかで洗練された指先の美しい動きが、すぐ真横の視界に入ってしまい、俺としてはどうしても気になって仕方がなかった。担任の先生が教室を出ていくとすぐに、一時間目の授業の開始を告げるチャイムが鳴り響いた。それは現実に引き戻される合図であり、同時に、隣の金髪美少女を意識し続けなければならない過酷なチキンレースの幕開けでもあった。
ガラガラと扉を開けて数学の教科担当の先生が入ってきて、それまでの騒がしさが嘘のような張り詰めた空気の中で、静かに一時間目の授業が始まった。黒板にチョークが当たる規則正しい音が、静まり返った教室の中に心地よく響き渡る。
リナは真面目にノートを取りながら、時々、ほんの一瞬だけこちらのほうを横目で見てくる。すぐ隣から注がれるその透き通った視線に気づくたび、俺の胸の奥がふっと熱くなった。
なんでそんな、捨てられた子犬みたいな顔でこっちを見るんだよ、って叫びたくなるのに。チキンレースに負けて目をそらすのは、いつも俺のほうだった。気合を入れて握りしめたシャーペンでノートに書く文字が、情けないくらいに少しだけ震えていた。
一時間目の授業の途中、俺のすぐ前の席に座っている男子生徒が、ノートをペラリとめくる音がした。その紙の擦れる乾いた音が、やけに大きく耳に聞こえた。
すぐ左隣の座席にいるリナは、真っ直ぐ前を向いて授業を聞いているはずなのに。やっぱり時々、ほんの一瞬だけこちらの様子を窺うように、横目でこっちを見てくる。その透き通った視線とカチ合ってしまうたび、心臓のライフがゴリゴリと削られていく。
先生が黒板に複雑な数式を次々と書きながら、「おい、ここテストに出るから大事だぞー」と、どこかのんきな声を響かせた。前の席の男子が小さくうなずいて、カリカリとシャーペンを走らせる。
周りの連中のそのあまりにも自然な動きが、逆に、俺一人がすぐ隣の金髪美少女を意識しまくっている落ち着かなさを、はっきりと際立たせていた。リナがまた、ほんの一瞬だけ、美しい横目でこっちを見てくる。その吸い込まれそうな碧眼と視線がカチ合ってしまうたびに、俺の心臓の残りライフは完全に臨界点を突破し、風前の灯火となって激しく明滅を繰り返していた。
(いや、まじでなんでそんな顔するの!?俺の心臓の残りライフはもう風前の灯火なんですけど!?)
必死に自分を戒めるが、結局、限界を迎えて目をそらすのはやっぱり俺のほうだった。ノートの端に書く文字が、また少しだけプルプルと震えた。
やがて、一時間目の終了を告げるチャイムが鳴り響いた。張り詰めていた教室の空気が、休み時間の訪れとともにゆっくりとほどけていく。
その瞬間、リナがパタンとノートを閉じて、クルリとこちらのほうを向いた。
「……ねえ、沢木くん」
教科書を片付ける俺に向けられた彼女のその声は、さっきまでの授業中の囁きよりも、ほんの少しだけ柔らかくて、どこまでも甘い響きを帯びていた。
と、その甘い二人の空気を遮るように、斜め前の席の女子生徒が「クラインさん、ちょっとここ教えてほしいんだけど……」と遠慮がちに教科書を携えてやってきた。クラスの一軍に属しながらも真面目で優秀なリナは、実は周囲からかなり頼りにされている高嶺の花なのだ。
「うん、ここはね……公式をそのまま当てはめるんじゃなくて、こっちの数字を先に整理すると解きやすいよ」と、リナは一軍女子らしいフランクさと品格を湛えた笑顔で、実に分かりやすく丁寧に説明を施していく。質問した女子生徒は「あ、本当だ! すごい、さすがクラインさん、ありがとう!」と嬉しそうに何度も頭を下げて去っていった。
周囲に憧れられる完璧な高嶺の花としての顔を見せ、女子生徒が完全に離れたのを見届けた直後のことだった。ふいにリナが上目遣いでこちらの様子を窺うように、また小さく身を乗り出してきた。
「このプリントの……ここ、合ってる? 変なこと言ってたらどうしようって、実はちょっと緊張しちゃった」と、リナはきっちりと結ばれたおさげ髪の先端を細い指先できゅっと握りながら、まるで俺の評価だけが世界のすべてであるかのように、潤んだ碧眼でじっとこちらの反応を窺ってくる。
彼女から差し出されたプリントの端が、白くて細い指先でそっと押さえられている。お母さん仕立ての上品な巾着袋が机の横で揺れる中、真横から覗き込んできた彼女との物理的な距離が、今の俺にはやけに近く、息が詰まるほどに鮮烈に感じられた。
俺はプリントを受け取りながら、自分の呼吸が少しだけ乱れるのを、どうしても止めることができなかった。リナが差し出したプリントを確認して返すと、彼女は「……ありがとう」と小さく安心したようにうなずいて、そのまま自分の席のほうへと体を戻した。
カサリと紙が擦れ、彼女の机の上に置かれたシャーペンが、コロリとかスか転がる音がした。すぐ前の席の男子生徒が大きく伸びをして、椅子がギィとわずかに軋む。周りではいつも通りの休み時間が流れているはずなのに、その音が、今の俺には妙に遠く感じられた。
リナは受け取ったプリントをパタンと閉じて、白くて細い指先で端をそっとそろえている。お母さん仕立ての上品な巾着袋が机の横で静かに揺れる中、彼女のその一つひとつの仕草が、さっきプリントを差し出してきた時よりも、どこか一段と静かで、お淑やかだった。
(……おいいいい!プリントをそろえるだけで絵になるとか、お寺の作法が染み付きすぎだろ!)
心の中で激しくツッコミを入れるのに、真横から放たれる圧倒的な大和撫子オーラに俺の目はどうしても釘付けになってしまい、視線が離せなかった。
教室の後ろのほうでは、通路を挟んだ隣の席からわざわざ移動してきた佐伯と、一軍女子の三浦の二人が、何か楽しそうに声を弾ませて話している賑やかな声がした。楽しげに笑い合っているのに、今の俺たちのパーソナルスペースには、なぜかその周囲の賑やかな声が不思議なほどまったく届くことはなかった。まるで世界から二人だけが切り離され、畳の部屋のあの逃げ場のないゼロ距離の静寂が、この教室内にもそっくりそのまま再現されているかのような錯覚さえ覚える。
リナがふっと、小さく愛らしい息をつく。彼女のその、桜色の唇から零れたかすかな吐息だけが、このガヤガヤとした教室の中でやけに近く、鮮烈に感じられた。
次の時間の授業の準備をしようとして、俺は机の上の筆箱を開けた。中のシャーペンを取り出そうとした指先が、ほんの少しだけプルプルと震えたのは、たぶん自分の気のせいなんかじゃない。
その瞬間、リナが、またこっちを見た。ほんの一瞬、横目で視線が交差する。
相手を強く意識しているはずの、その一瞬のあいだに。彼女の桜色の唇がわずかに動いて、何かを言いかけたような、切ない乙女の気配が確かにそこにはあった。
結局、何も言わないまま、彼女の吸い込まれそうな青い瞳の視線だけが、名残惜しそうにすっと正面の黒板のほうへと戻っていった。
(おいいいい!今の『何か言いたげな顔』は反則だろ!?何を言おうとしたのか気になって、俺の脳内細胞がまた大パニックなんだが!?)
黒板の前で先生がパサリと教科書を開く。そのページをめくる音が、やけに乾いて耳に聞こえ、休み時間の終わりを告げるようにゆっくりと静かに沈んでいった。
俺も慌てて次の時間の教科書を開いたけれど、上滑りするばかりで、自分の目は文字をまったく追うことができていなかった。すぐ左隣に座るリナの、背筋のピシッと伸びた洗練された美しい横顔が、視界の端にいつまでも強烈に焼き付いて残っていたからだ。
肘まで見える短い袖の、硬く厚い道着から着替えた制服の袖が、長机の表面に少しだけ触れてカサリと微かな布の音が耳に届く。先生の教科書を読む声が響き始めると、教室の空気がゆっくりと、いつもの退屈な“授業”の形に戻っていった。
それでも、さっき目が合った一瞬の彼女の無防備な表情だけは、授業が進んでも、俺の胸の奥深くに、いつまでも熱く残ったままだった。
二時間目の授業の途中、先生の声が一定のリズムで延々と続いていた。黒板に書かれるチョークの音が、ときどき途切れる。そのたびに、教室の空気が少しだけ揺れた。
リナは前を向いたまま、ノートに細い字で書き込んでいる。その手元の動きが、妙に静かだった。ページをめくる音がして、俺も教科書を開き直したけれど、視界の端にあるリナの横顔が、どうしても消えなかった。黒板を真っ直ぐに見つめる彼女の凛とした美貌にどうしても意識のすべてをハッキングされてしまい、授業の内容など文字通り上滑りしていくばかりだったのだ。
先生が問題を読み上げる。クラスの何人かがノートを取る音が重なる。その中に、リナのシャーペンのかすかな音が混じっていた。それだけで、胸の奥が少しざわついた。
チャイムが鳴った。音が消えると同時に、教室の空気がほどけていく。椅子を引く音、弁当袋のガサッという音、誰かの笑い声。昼休みの匂いが広がる。
リナはノートを閉じて、ゆっくり顔を上げた。その視線が、一瞬だけこっちに触れた。何か言うわけでもなく、ただ、触れただけ。それなのに、その一瞬が、午前中のどの時間よりもはっきり胸に残った。
俺は弁当を取り出しながら、その感覚をどう扱えばいいのかまだ分からなかった。弁当のふたを開けたところで、横からすっと影が落ちた。
「……それ、昨日の?」
リナだった。声は小さくて、昼休みのガヤガヤとしたざわめきに今にも紛れてしまいそうだった。
「うん。母さんが多めに作ってて」
そう答えると、リナはほんの少しだけ目を細めた。楽しそうに笑った、というほどじゃない。けれど、その無防備で優しい表情が、俺の胸の奥に熱く残った。
「……そっか」
それだけ小さく言って、彼女は自分の席のほうへと体を戻す。戻る途中で、制服の袖がふわっと柔らかく揺れた。お母さん仕立ての上品な巾着袋が机の横で揺れる中、その袖の揺れをじっと目で追ってしまったのは、たぶん、教室の中で俺だけだった。
後ろのほうの席から佐伯が、「沢木ー、今日パンじゃねぇのかよ」と軽く言ってきた。
「たまには弁当」
そう短く返すと、三浦が横から「昨日のレクで疲れたんだろ」と、淡々とした声で言った。やはり昨日の部活動紹介でのリナの圧倒的な演武の衝撃は、クラスの誰もが認める一大イベントだったのだ。
「……まあ、ちょっと」
二人はそれ以上は踏み込んでこない。クラスの一軍である彼らのその踏み込みすぎない絶妙な距離感が、隠し事だらけで余裕のないいまの俺には何よりも心地よく、ちょうどよかった。
リナは自分の席で弁当を開いていた。こっちを直接見ているわけじゃないのに、真横から放たれる圧倒的な大和撫子の気配だけが、今日の俺にはやけに近く、逃げ場のないほど鮮烈に感じられた。ご飯を口に運ぼうと箸を持つ手が、情けないくらいに少しだけ震えた気がした。
◇◇◇
すぐ真横の席で、蓮が弁当のふたを開けた瞬間、私の胸の奥が少しだけ温かくなった。昨日の夜、あの信じられないほど近い距離のまま同じ部屋で眠ったせいかもしれない。まだ肌にそのトクベツな温もりが残っているみたいで、なんだかくすぐったい。
「……それ、昨日の?」
蓮に声をかけたのは、自分でも気づいたら、だった。返ってきた彼の声が、いつも教室で見せる一軍のノリとは違って思っていたよりもずっと柔らかくて、それだけで私の指先がじわりと熱くなった。
「……そっか」
そう小さく返して自分の席に戻る途中、制服の袖がふわっと柔らかく揺れたのを自分でも感じた。お母さん仕立ての上品な巾着袋が机の横で静かに揺れる中、落ち着け、私、って心の中で強く思ったのに、高鳴ってしまった胸の鼓動はちっともゆっくりにならなかった。
席に着く寸前、蓮が、私の後ろ姿をじっと見ていた気がした。気のせいなんかじゃないといいのに、と、金髪の下でほんのりと耳の裏まで赤く染めながら、心の中で小さく祈った。
◇◇◇
昼休みの後半、教室のガヤガヤとしたざわめきが少し落ち着いてきたころ。リナは綺麗に食べ終えた弁当箱のふたを閉じて、白くて細い指先でそっと押さえた。
お母さん仕立ての上品な巾着袋が机の横で揺れる中、彼女のその一つひとつの洗練された仕草が、なぜかスローモーションのようにゆっくり見えた。
俺は食べ終わった自分の弁当をカバンにしまいながら、すぐ真横に座る彼女のほうへと視線を上げるためのトクベツなタイミングを、内心でずっと迷い続けていた。もし今ここで正面から彼女の青い瞳を見てしまったら、自分の中の理性が完全に変わってしまいそうで、それが怖かった。
リナは席を立たず、ただ真っ直ぐに前を向いたまま、静かに呼吸を整えている。けれど、視界の端に映るその横顔は、さっきプリントをやり取りした時よりも少しだけ柔らかく、どこか俺の言葉を優しく待ってくれているかのようだった。
後ろのほうの席では、佐伯が楽しそうに笑っている声がした。一軍女子の三浦がそれに何かを言い返している。彼らのいつも通りの賑やかなやり取りが、今の俺には、まるで遠い世界の出来事の音みたいに頭の奥でぼんやりと聞こえていた。
やがて、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。午後の授業が始まる。黒板にカチカチと書かれる文字をノートに写して追いながらも、俺の頭のどこかでは、すぐ左隣から漂うリナの優しい気配だけが、ずっと消えずに残ったままだった。
──そして、放課後。
終礼が終わると同時、教室の張り詰めていた空気がゆっくりとほどけていく。椅子を引くガラガラとした音、カバンのファスナーを閉める音、あちこちから聞こえる誰かの「じゃあな、また明日」という脳天気な声。そんな変わり映えのない日常の雑音が、これから訪れるであろう二人だけの特別な時間へのカウントダウンのように思えて、俺の胸の鼓動は無自覚に速度を上げていた。
リナは自分の席に座ったまま、静かに教科書を閉じていた。そのノートを片付ける指先が、ほんの少しだけ、何かを迷っているように見えた。俺も自分の帰り支度をしながら、意を決してふっと正面へと視線を上げた。
まさにその瞬間、すぐ隣にいたリナと、お互いに遮るものなく真っ直ぐに目が合った。ほんの一瞬。それだけのことなのに、俺の胸の奥が静かに、激しく揺れた。
リナはゆっくりと立ち上がって、カバンを細い肩にかけた。白のカーディガンの萌え袖が少しだけずれて、すらりとした綺麗な手首が見えた。
「……また明日」
周囲の喧騒に紛れてしまいそうな、本当に小さな小さな声。指先をほんの少しだけ震わせながら囁かれた声は、俺の鼓膜にはこれ以上ないくらいはっきり届いた。
「うん。……また明日」
俺がそう返すと、リナは小さく嬉しそうにうなずいて、そのまま教室を出て廊下へ歩いていった。彼女の眩しい背中が廊下の角を曲がって完全に見えなくなるその瞬間まで、俺は自分の目をそこからそらすことなんて、どうしてもどうしようもできなかった。
誰もいなくなっていく教室の窓から入ってくる春の風が、少しだけ冷たかった。それでも、俺の胸の奥だけは、彼女の残していった温もりで、ゆっくりと温かくなっていた。
廊下の向こうに消えたリナの眩しい背中を思い出しながら、俺はカバンを肩にかけた。その愛おしい余韻だけが、今日の終わりを、ゆっくりと優しく締めくくっていった。
◇◇◇
教室で最後に交わした、蓮の「また明日」という優しい声が、自分が思っていたよりもずっと静かに、深く私の胸の奥深くにまで残っていた。一人で静かな廊下に出たあとも、耳の奥で彼のあの優しい声だけが、ずっとついてくるみたいで。
静まり返った廊下に響く自分の足音よりも先に、トクン、トクンと早鐘を打つ私の心臓の音のほうが、耳の奥でやけに大きくはっきりと聞こえ続けていた。
階段の手前の角を曲がってしまう前、本当は、もう一度だけ後ろを振り返って大好きな蓮の姿を目に焼き付けたかったけれど。どうしても恥ずかしくて、私にはそれはできなかった。
でも、私の背中に優しく残った、あの温かい蓮のトクベツな気配だけで。今日の私は、もう十分に幸せだと思った。おさげ髪の先をきゅっと握りしめて、まだ火照ったままの頬を冬の冷たい夜気で冷ましながら、私は一歩一歩、その優しい余韻を噛み締めるように静かな帰り道を歩き続けるのだった。
第12話をお読みいただき、ありがとうございました!
クラスの誰もが憧れる金髪美少女クラインさんですが、女子に勉強を教えている時の完璧な一軍の笑顔と、周囲が去った後に蓮の評価だけを気にしてポンコツ化するウブな素顔の落差が、軍師である蓮の心臓のライフをゴリゴリと削り散らかす結果となりました。お弁当の残りから放課後の「また明日」まで、二人の不器用な両片想いの余韻が少しでも伝わっていれば幸いです。
(リナ視点のトクントクンと早鐘を打つ心臓の音、おさげ髪をきゅっと握る健気さは書いていて本当に胸が熱くなりました……!)
もし「二人の距離感にニヤニヤした!」「リナのギャップが可愛い!」と思っていただけましたら、ぜひページ下部の【☆評価】や【ブックマーク登録】で応援していただけると、今後の執筆の大きな励みになります!
次回は、このまま甘い空気で中間テストへと突入していくのか、それとも一軍の日常がまた二人を揺さぶるのか……どうぞお楽しみに!




