第10話『息を呑む静寂と、185センチの長身から繰り出される観空大の型』
いつもお読みいただきありがとうございます!
前回は、教室での何気ないやり取りから、沢木とリナの二人の距離感がほんの少しだけ近づくエピソードをお届けしました。
今回は五限目の部活動紹介、いよいよ学校中が注目する『高嶺の花』であるリナの、空手部としての演武が幕を開けます。
普段のピュアで素直な大和撫子の姿からは想像もつかない、圧倒的な美の暴力と武道家としてのギャップをぜひお楽しみください!
それでは、第10話をお送りいたします。
五限のチャイムと同時に体育館に入った瞬間、そこは新入生たちの熱気と地鳴りのようなざわめきが、まるで巨大な塊のようになって空間全体を包み込んでいた。
すでに入場を終えた一年生の体育座りの山で床が埋め尽くされており、あちこちで脳天気な笑い声や私語が弾け飛んでいる。
体育館特有のウレタン塗装の床に音が反響して、誰が何を話しているのか分からないカオス状態だ。
「おい、前つめろー!」
「スマホしまえ!」
体育教師のドスの効いた怒号が響き渡るが、お祭り気分の新入生たちには馬耳東風。
すぐに元のガヤガヤとした騒がしさに戻ってしまう。
そんなカオスな空間の中、俺の隣を歩くリナは、ずっしりと重そうな空手着の袋を軽く持ち直して、何かを決意したような真剣な眼差しで静かに前の方を見つめ続けていた。
その凛とした横顔だけが、体育館のバカ騒ぎとは完全に無縁で、息を呑むほど静かだ。
一軍女子のオーラというか、もはや凛とした大和撫子の風格である。
185センチ超えのモデルスタイルも相まって、彼女はただその場に立っているだけで、周囲にいるすべての新入生たちの視線を文字通り『独占』するほどの圧倒的なカリスマ性を放っていた。
さすがは学校中が憧れる高嶺の花。
絵になりすぎていて今すぐ拝み倒したいレベルだ。
やがて、ステージ上の生徒会の上級生がマイクをテストする不快なハウリング音が響き、それまで騒がしかった館内のざわつきが一瞬にして波が引くように薄くなっていく。
「えー……これより五限、部活動紹介を始めます」
スピーカーから流れる声が天井に反響し、体育館の空気がようやく一段階だけ落ち着いた。
リナの肩にかかった道着の純白の生地が、窓から差し込む光を綺麗に拾って揺れる。
俺は必死に自分を戒めて前を向くが、どうしても視界の端がリナの美貌を捉えて離してくれない。
なにこの圧倒的な美の暴力。同じクラスの距離感で拝んでいい代物じゃないだろ。
部活動紹介が本格的に始まると、体育館の熱量はぐんぐんと上がっていった。
ステージ前でバスケ部が鮮やかなスリーポイントシュートを決めると、前方の席から「おおっ!」と大きな歓声と拍手が沸き起こる。
その直後には吹奏楽部が華やかなファンファーレを響かせ、体育館の空気の色を次々と塗り替える。
だけど、周りがどんなに盛り上がろうとも、リナの周囲だけはまるでそこが世界の中心であるかのように驚くほど静かで、どこまでも特別な空間に見えていた。
リナは前を向いたまま、ほとんど動かない。
道着の袋だけが、彼女の長い足元で静かに揺れていた。
やがて、生徒会の上級生がマイクを持ち直す。
「続いて──空手部の演武です。ステージ前にお願いします」
その声が響いた瞬間、館内のざわつきがすっと引いた。
リナは道着の袋の持ち手をきゅっと握り直して、少しだけ息を吸った。
環境が変わる。あろうことか、リナが俺のほうを向く。
「行ってくるね」
周囲の喧騒に紛れるような、消え入りそうな小さな声だった。
それなのに、なぜかどんな大音量のアナウンスよりもはっきりと俺の鼓膜に届いた。
(おいいいいいい! 何そのこれから戦場に向かう健気な恋人みたいなムーブは!?)
不意打ちの極上乙女ビームに、俺の脳内全細胞が緊急警報を発令する。
何か男らしく気の利いた返事をしようとしたが、喉がキュッと詰まってうまく動かなかった。
結局、マヌケに深くうなずくことしか、今の俺にはできなかった。
リナは俺の様子を見て、ほんの少し目を細め、重い道着の袋を軽々と持ち上げて歩き出す。
体育座りの山で埋め尽くされた新入生たちの、だらけきった空気とは完全に無関係に、彼女の背中だけがどこまでも真っ直ぐに伸びていた。
ステージの横から、リナが道着に着替える気配が伝わってくる。
カーテンの隙間から純白の袖が揺れた瞬間、体育館の水銀灯の光が、少し変わったように思えた。
いよいよ演武が始まり、まずは三年生の上級生たちが前に出て型を披露する。 鍛え上げられた足が床を打つ重低音が響くたび、体育館の反響のトーンが一段階ずつ落とされていく。
一年生たちの緊張感のない私語が、その圧倒的な迫力によって少しずつ奥へと押し込まれていった。
そして──ついにリナがステージの前へと躍り出た。
着替えた道着の純白が、さっき袋に入っていた時よりも何倍も鮮烈に目に飛び込んでくる。
彼女の深い呼吸がひとつ、静かに整えられた。
次の瞬間、体育館の空気がバキッと張りつめた。
最初の一歩が踏み出され、フローリングの床が鋭く鳴り響く。
リナが披露し始めたのは、空手の中でも最も美しいとされる『観空大』の型。
天空を仰ぎ見るような最初の静かな所作から、空気の爆発を思わせるような猛烈な突きへと繋がる。
しなやかな腕が鋭く伸びるたびに、道着の白い袖が激しく風を切り、心地よい布擦れの音を響かせる。
誰もが見上げる185センチの長身。そこから繰り出される技は、ただ速い強いではない。
5歳から鍛え上げた空手の賜物。一切のブレがない強靭な体幹。
指先の一ミリにまで神経が通い詰めたその動きは、一つひとつの型が、まるでそこに美しく“置かれていく”みたいに絶対的な正確さを誇っていた。
上段への鋭い蹴りが放たれた瞬間、彼女の金髪が水銀灯の光を浴びて夕日のようにきらめく。
道着の裾からまっすぐに伸びた素足が、息を呑むほど美しい軌道を描いた。
185センチの長身からしなやかに繰り出される足技の破壊力。
それはあまりにも鮮烈で、健康的な色気と、武道家としての圧倒的な強さが完璧に融合している。
一突きが繰り出されるたび、目に見えない鋭い衝撃波が前方へと真っ直ぐ伸びていく錯覚に囚われる。 俺はもう、瞬きをするタイミングすら完全に忘れていた。
息を呑むような静寂のあと、最後の手刀の強烈な決めとともに、リナの足が床を打つ音が、体育館のいちばん奥の壁までビリビリと届いた。
完全なる静止。そして、お淑やかな礼。
その一瞬だけ、地鳴りのようだった体育館が完全に静寂に包まれた。
(……おいおい、まじで拝み倒したいレベルで格好良すぎるだろ……!)
割れんばかりの拍手がドッと巻き起こる前に、リナはゆっくりと定位置へと下がっていった。
その凛とした大和撫子のような後ろ姿を、俺はただ、魂を奪われたように目で追うばかりだった。
生徒会の上級生がマイクを持ち直す。
「以上で、部活動紹介を終わります。続いて──新入生歓迎レクリエーションを行います」
解き放たれたように、新入生たちのざわつきが一気に戻ってきた。
「おい、レクだってよ」
「マジか、何やるんだろ」
定位置に戻ってきたリナが、小さく息を吸い込んだ。
さっきの演武の前と同じ、自分の周囲の空気を整えるような静かな呼吸。
それを見た俺の胸の奥が、また少しだけもどかしく揺れた。
「クラス対抗じゃんけんリレーを行います。各クラス、列を作ってください」
そのアナウンスを合図に、体育館の空気が一気に動き出す。
床から一斉に立ち上がる気配、衣類の擦れる音、脳天気な笑い声。
それらすべてがマーブル状に混ざり合って広がっていく。
リナは再び道着の袋を持ち上げて、静かに立ち上がった。
その無駄のない動きだけが、やっぱり体育館の雑音とは関係なくどこまでも真っ直ぐだった。
俺も慌てて立ち上がり、前を歩く彼女の後ろ姿を追う。
クラスの連中が笑い声を上げながら列を作るほうへと、リナは迷いのない足取りで歩いていく。
その眩しい背中を追いかけながら、俺もゆっくりと歩調を進めた。
喧騒の真っただ中、リナが一度だけ、クルリとこちらを振り返った。
ばっちりと目が合った気がして、俺の胸の奥が一瞬で熱く焦げ付きそうになる。
動揺を悟られないよう、俺はそのまま平然を装って、クラスの列へと向かって歩いた。
第10話をお読みいただき、本当にありがとうございました!
185センチの長身から繰り出される純白の型『観空大』、リナのギャップの破壊力は凄まじかったですね……!
この圧倒的な演武の瞬間に、当のリナ自身が一体どんなことを考えていたのか、蓮のことをどう意識していたのか――。
実は次回、この演武の裏側をリナ視点から描いた【第10.5話(幕間)】をお届けいたします!
一軍の仮面の下にあるリナのウブでピュアな本音や、蓮への甘酸っぱい心理描写が特盛りとなっておりますので、ぜひお見逃しなく!
もし「道着姿のリナも最高に格好いい!」「リナ視点の甘々な本音が早く読みたい!」と少しでも思っていただけましたら、ぜひページ下部から【ブックマーク登録】や【いいね】、評価の【☆☆☆☆☆】をポチッと押して応援していただけると、執筆の物凄い励みになります!
それでは、次回のリナ視点(第10.5話)でお会いしましょう!




