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僕と、彼女と、ペンダント  作者: ミシェロ
第九章【残火】

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「こんな、分かりやすい言葉だったのか、くそー」

「分かりやすいからこそ、信頼できる人物にしか考えつかないと思ったんだよ」


僕は肩の力を抜く。


「うわ、やばい」


ポッコが慌てた声を出した。天井パネルが開き、灰色の合成獣が身を屈めて研究室に入り込む。

牛の顔に人の拳。青い血管が皮膚の下で脈打っている。

ここで暴れさせれば、僕達ごと端末も資料から全部壊れる。


「二人共、一撃で倒そう」


僕は剣の柄に手をかけると、光の灯ったような感覚がした。


「いいぜ」


エルジードが珍しく箒から手を離すと、拳に火が集まっていく。

踏み出そうとした瞬間、腹の奥が吹き上がるような奇妙な感覚に襲われた。

落下でもなく、浮遊でもなく、内側から重力だけが抜けるような感じ。

足元の床が遠ざかった気がして、僕は思わず一歩退く。

視界の中で、ギガメノスの輪郭が崩れ始めた。

皮膚が溶け出し、筋肉と骨の境界が粥のように混ざる。青い血が形を保つのをやめ、床へ垂れる前に粒子へと変わって消えた。

音も、悲鳴もない。そこにいたはずのものが、存在ごと拭い取られたようだった。


「今のは、誰か覚えがあるか?」


ボルディミアスが低く言った。


「俺はまだ何もしていない。シオンか?」


エルジードの火は勢いを増して彼女を包んでいる。何かが侵入してきたことを伝えるように、赤く僕達に色を見せる。

腹のざわつきだけが、現実に起きたことだと教えてくる。手を二度握り直すと、僕は相棒を鞘にしまった。


「ポッコ」


僕はモニターに向き直る。


「今の、何が起きたんだ。ギガメノスの消え方が普通じゃなかった」


画面からは反応が返ってこない。エルジードが眉をひそめた。


「逃げやがったか、後でスープにしてやる」


エルジードがモニターを指で突く。


「いや、ここにいるよ」


僕は画面の端を指さした。黄色い丸い輪郭が、画面の隅に小さく縮こまっていた。


「ポッコ」


僕は少し声を和らげた。


「何を見ましたか」

「ボクは・・・何も見てない」


ポッコは空からの包丁を見たような震えた声で答えた。ポッコはそれ以上、何も言わなかった。

エルジードが画面を二度、三度突いても、ポッコは同じ場所から動かない。

黄色いキャラの周りだけ、時間が止まったみたいだった。


「応答を期待しても仕方ない。新しく表示されているファイルを確認しよう」

「待て」


ボルディミアスの声が研究室に響いた。


「またギガメノスかい?」


僕は手を止める。


「その記録に触れれば、シオン、お前の『力』への認識は変わるだろう」


ボルディミアスは真っ直ぐ僕を見た。


「我の力についてもだ。我自身も、自分をどう見るか変わってしまうかもしれぬ」

「なんだ、ドラゴンのくせに怖いものがあるって話か」


エルジードが肩をすくめる。


「国がわざと隠してる秘密に首を突っ込んでる時点で、怖がってるヒマなんてねぇだろ。姉姫様も妹姫様も待ってる。さっさと見るぞ」

「そうですね。」


僕はボルディミアスに向き直る。


「セインは、僕たちにチャンスを託してくれた。なら、このまま見ずに帰るわけにはいかないさ」


この先に何が書いてあっても、もう昔の自分には戻れないかもしれない。

けれど、それを恐れて目をそらしたら、一番困るのはセインだ。


「どんな事実であっても、僕自身にとって嫌な内容でも、ボルディミアスにとって都合が悪くても、ね」

「いいだろう、開こう」


ボルディミアスがファイル名の一つを選び、クリックした。

画面が一瞬白くなり、新しいウィンドウが展開される。

僕は息を呑み、二人と並んで文字列を見つめた。



◇◇◇



「ミカロ!」


シェトランテが武装具を構え、ギガメノスたちとワタシの間に薬品の煙幕を展開した。

白い煙の向こうで、細い閃光が走る。

遠距離からの風の弾丸。アルテシアがスナイパーライフルで狙っている。シェトランテの砲撃がその位置をかすめるたび、彼女は別の足場へ移動していく。直接見えなくても、空気の流れで分かる。

熱い、痛い、拳が近い。どんなことも関係ない。ワタシは彼の隣にいたいの。


ギガメノス達の拳が左右から寄って来る。ワタシがしゃがみ込んだタイミングで、両側から拳が振り下ろされた。

痛ったあああああ!

視界の端で灰色の腕が広がる。全身を横から持っていかれる衝撃が走り、肺から無理やり空気が吐き出される。それでも、腕はもう動いていた。


「だああああっ!」


風魔法を細く伸ばし走らせる。左右から迫る拳の、中央寄りの腕をそれぞれ切り落とす。切断面から青い血が飛び、空中に散った。

おかしい。落ちた腕が、床に触れる前にほどけていく。青い血が筋肉を再構成すると、新しい腕が生えた。


「再生するって、書いといてよ」


首に付けられたチップを砕くと、熱さは少しだけ消えた。

とにかく視点を上げるしかない。研究室の天井付近まで浮上し注意を退くと、右のギガメノスが喉を震わせた。


「ゾガアアア!」


水を飲み込むような低い咆哮。

青い血の流れが変わる。左のギガメノスの体にも同じ光が走り、二体が互いに引き寄せられた。肉がつながり、骨格が組み替えられていく。

半身ごとに違うシルエットをしたギガメノスが、ワタシと同じ目線の高さまで体を伸ばした。


「分かったわよ。アンタは私が倒してあげる」


通路に優しく降り立つと、肩がまた熱くなった。復元したのに。何か蓄積があるのかも。

合成ギガメノスが拳を振る。片側は牛の筋肉、片側は海獣の異様な関節。研究室の壁が割れ、機材が次々と壊れていく。

このままだと、お姉ちゃんが見せたかった資料が全部失われちゃう。

ワタシは拳の軌道を紙一重で外し、背後に回り込む。


「ソードビュール!」

「ゴグアアア!」


腕から風魔法の斬撃を連撃として叩き込む。腕はここまで伸びてこない。

いける。中に何本も浅い傷を刻み、集中力をそちらへ向けさせる。


「ほらほら、次は足元行くよ。ソルフェリア・ブレイド!」


背筋に意識が向いた瞬間を狙い、足元へ声を裂くような密度の風を流した。

高速の風刃が脛を削り、関節を切断していく。合成ギガメノスの片足が崩れ、体勢が沈む。

ここで一気に決める。


シオンの水属性。あの、柔らかいのに芯が強い流れの感触。

シオンなら、どう繋ぐだろう。ワタシは彼の姿を思い浮かべながら、風に水の流れを組み込んでいく。

今度は風を念入りに巻く。


「ウィクア・リーベル!」


風で勢いをつけ、広範囲に水刃を散らす。理屈は合っている。けれど、規模が足りない。

魔力の量が、決定打には届いていない。


眼前に拳の影。ここはまだ退けない。ワタシは腕を前に出してガードすると、肩の穴がまた開いた。

お腹を何度も刺されているような痛みが流れて来る。唇を噛むと熱い火が流れ込んでいるみたいだ。


骨に直接響く衝撃が走り、肩から先が自分のものじゃないみたいに痺れる。

皮膚の内側が燃え上がり、遅れて鋭い痛みが押し寄せる。じわじわと暖かい感触が肘から下を濡らしていく。


なんとか、踏みとどまった。後は、残り三つも混ぜ合わせる。

合成ギガメノスの重い足音が近づいてくる。

ワタシは右手に残った感覚をかき集める。火、水、風。さらに光と闇。

全部を一度に回すなんて正気じゃないけど、今はそれくらいしか手がない。


その瞬間、空気の流れが変わった。

横から、細く鋭い風の線が飛び込んでくる。

シェトランテの武装具が放つ砲撃の軌道とは違う。より低く、より速い。

分かったわよ、アンタなんかに負けるつもりはないから。


弾丸がワタシの横腹をなぞった。

皮膚が内側から割れる感覚。熱と冷たさが一度に走り、呼吸が途切れる。風の弾丸はギガメノスの脇をかすめ、壁の一部をえぐり飛ばした。留まっていた五色は私の手から散っていった。


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