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「こんな、分かりやすい言葉だったのか、くそー」
「分かりやすいからこそ、信頼できる人物にしか考えつかないと思ったんだよ」
僕は肩の力を抜く。
「うわ、やばい」
ポッコが慌てた声を出した。天井パネルが開き、灰色の合成獣が身を屈めて研究室に入り込む。
牛の顔に人の拳。青い血管が皮膚の下で脈打っている。
ここで暴れさせれば、僕達ごと端末も資料から全部壊れる。
「二人共、一撃で倒そう」
僕は剣の柄に手をかけると、光の灯ったような感覚がした。
「いいぜ」
エルジードが珍しく箒から手を離すと、拳に火が集まっていく。
踏み出そうとした瞬間、腹の奥が吹き上がるような奇妙な感覚に襲われた。
落下でもなく、浮遊でもなく、内側から重力だけが抜けるような感じ。
足元の床が遠ざかった気がして、僕は思わず一歩退く。
視界の中で、ギガメノスの輪郭が崩れ始めた。
皮膚が溶け出し、筋肉と骨の境界が粥のように混ざる。青い血が形を保つのをやめ、床へ垂れる前に粒子へと変わって消えた。
音も、悲鳴もない。そこにいたはずのものが、存在ごと拭い取られたようだった。
「今のは、誰か覚えがあるか?」
ボルディミアスが低く言った。
「俺はまだ何もしていない。シオンか?」
エルジードの火は勢いを増して彼女を包んでいる。何かが侵入してきたことを伝えるように、赤く僕達に色を見せる。
腹のざわつきだけが、現実に起きたことだと教えてくる。手を二度握り直すと、僕は相棒を鞘にしまった。
「ポッコ」
僕はモニターに向き直る。
「今の、何が起きたんだ。ギガメノスの消え方が普通じゃなかった」
画面からは反応が返ってこない。エルジードが眉をひそめた。
「逃げやがったか、後でスープにしてやる」
エルジードがモニターを指で突く。
「いや、ここにいるよ」
僕は画面の端を指さした。黄色い丸い輪郭が、画面の隅に小さく縮こまっていた。
「ポッコ」
僕は少し声を和らげた。
「何を見ましたか」
「ボクは・・・何も見てない」
ポッコは空からの包丁を見たような震えた声で答えた。ポッコはそれ以上、何も言わなかった。
エルジードが画面を二度、三度突いても、ポッコは同じ場所から動かない。
黄色いキャラの周りだけ、時間が止まったみたいだった。
「応答を期待しても仕方ない。新しく表示されているファイルを確認しよう」
「待て」
ボルディミアスの声が研究室に響いた。
「またギガメノスかい?」
僕は手を止める。
「その記録に触れれば、シオン、お前の『力』への認識は変わるだろう」
ボルディミアスは真っ直ぐ僕を見た。
「我の力についてもだ。我自身も、自分をどう見るか変わってしまうかもしれぬ」
「なんだ、ドラゴンのくせに怖いものがあるって話か」
エルジードが肩をすくめる。
「国がわざと隠してる秘密に首を突っ込んでる時点で、怖がってるヒマなんてねぇだろ。姉姫様も妹姫様も待ってる。さっさと見るぞ」
「そうですね。」
僕はボルディミアスに向き直る。
「セインは、僕たちにチャンスを託してくれた。なら、このまま見ずに帰るわけにはいかないさ」
この先に何が書いてあっても、もう昔の自分には戻れないかもしれない。
けれど、それを恐れて目をそらしたら、一番困るのはセインだ。
「どんな事実であっても、僕自身にとって嫌な内容でも、ボルディミアスにとって都合が悪くても、ね」
「いいだろう、開こう」
ボルディミアスがファイル名の一つを選び、クリックした。
画面が一瞬白くなり、新しいウィンドウが展開される。
僕は息を呑み、二人と並んで文字列を見つめた。
◇◇◇
「ミカロ!」
シェトランテが武装具を構え、ギガメノスたちとワタシの間に薬品の煙幕を展開した。
白い煙の向こうで、細い閃光が走る。
遠距離からの風の弾丸。アルテシアがスナイパーライフルで狙っている。シェトランテの砲撃がその位置をかすめるたび、彼女は別の足場へ移動していく。直接見えなくても、空気の流れで分かる。
熱い、痛い、拳が近い。どんなことも関係ない。ワタシは彼の隣にいたいの。
ギガメノス達の拳が左右から寄って来る。ワタシがしゃがみ込んだタイミングで、両側から拳が振り下ろされた。
痛ったあああああ!
視界の端で灰色の腕が広がる。全身を横から持っていかれる衝撃が走り、肺から無理やり空気が吐き出される。それでも、腕はもう動いていた。
「だああああっ!」
風魔法を細く伸ばし走らせる。左右から迫る拳の、中央寄りの腕をそれぞれ切り落とす。切断面から青い血が飛び、空中に散った。
おかしい。落ちた腕が、床に触れる前にほどけていく。青い血が筋肉を再構成すると、新しい腕が生えた。
「再生するって、書いといてよ」
首に付けられたチップを砕くと、熱さは少しだけ消えた。
とにかく視点を上げるしかない。研究室の天井付近まで浮上し注意を退くと、右のギガメノスが喉を震わせた。
「ゾガアアア!」
水を飲み込むような低い咆哮。
青い血の流れが変わる。左のギガメノスの体にも同じ光が走り、二体が互いに引き寄せられた。肉がつながり、骨格が組み替えられていく。
半身ごとに違うシルエットをしたギガメノスが、ワタシと同じ目線の高さまで体を伸ばした。
「分かったわよ。アンタは私が倒してあげる」
通路に優しく降り立つと、肩がまた熱くなった。復元したのに。何か蓄積があるのかも。
合成ギガメノスが拳を振る。片側は牛の筋肉、片側は海獣の異様な関節。研究室の壁が割れ、機材が次々と壊れていく。
このままだと、お姉ちゃんが見せたかった資料が全部失われちゃう。
ワタシは拳の軌道を紙一重で外し、背後に回り込む。
「ソードビュール!」
「ゴグアアア!」
腕から風魔法の斬撃を連撃として叩き込む。腕はここまで伸びてこない。
いける。中に何本も浅い傷を刻み、集中力をそちらへ向けさせる。
「ほらほら、次は足元行くよ。ソルフェリア・ブレイド!」
背筋に意識が向いた瞬間を狙い、足元へ声を裂くような密度の風を流した。
高速の風刃が脛を削り、関節を切断していく。合成ギガメノスの片足が崩れ、体勢が沈む。
ここで一気に決める。
シオンの水属性。あの、柔らかいのに芯が強い流れの感触。
シオンなら、どう繋ぐだろう。ワタシは彼の姿を思い浮かべながら、風に水の流れを組み込んでいく。
今度は風を念入りに巻く。
「ウィクア・リーベル!」
風で勢いをつけ、広範囲に水刃を散らす。理屈は合っている。けれど、規模が足りない。
魔力の量が、決定打には届いていない。
眼前に拳の影。ここはまだ退けない。ワタシは腕を前に出してガードすると、肩の穴がまた開いた。
お腹を何度も刺されているような痛みが流れて来る。唇を噛むと熱い火が流れ込んでいるみたいだ。
骨に直接響く衝撃が走り、肩から先が自分のものじゃないみたいに痺れる。
皮膚の内側が燃え上がり、遅れて鋭い痛みが押し寄せる。じわじわと暖かい感触が肘から下を濡らしていく。
なんとか、踏みとどまった。後は、残り三つも混ぜ合わせる。
合成ギガメノスの重い足音が近づいてくる。
ワタシは右手に残った感覚をかき集める。火、水、風。さらに光と闇。
全部を一度に回すなんて正気じゃないけど、今はそれくらいしか手がない。
その瞬間、空気の流れが変わった。
横から、細く鋭い風の線が飛び込んでくる。
シェトランテの武装具が放つ砲撃の軌道とは違う。より低く、より速い。
分かったわよ、アンタなんかに負けるつもりはないから。
弾丸がワタシの横腹をなぞった。
皮膚が内側から割れる感覚。熱と冷たさが一度に走り、呼吸が途切れる。風の弾丸はギガメノスの脇をかすめ、壁の一部をえぐり飛ばした。留まっていた五色は私の手から散っていった。




