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僕と、彼女と、ペンダント  作者: ミシェロ
第九章【残火】

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「彼女の素材があれば、私は人間に戻れる。あなたの失敗を否定できるの」

「知ったことじゃないわ。私はもうあの頃なんて忘れたの」


回復を任されたあのワタシに似た背中。先輩であるワタシがあの人みたいに肩を叩く。


「悪いけど、そんな暇はないのよ」


シェトランテは短く言い、電撃チップを撃った。白衣は青色に変わると、諦めたように倒れ、パーカーの彼女はシェトランテだけを見ていた。


「お別れね、シェト。アルテシアは悲しいわ」


パスタみたいな名前を言うと、天井から複数の竜巻を取り寄せたような音がした。

床が震え、天井パネルが開く。ギガメノスが三体。牛の面、青い血の管。このままだとドラゴニクスでもミンチには足りない。


「行くよ!」


ワタシはシェトランテの手を取り、風魔法で浮上した。

天井近くの通路へ滑りこむと、視界の端でアルテシアが膝をつき、こちらを見ていた。


「複合の属性で倒す必要があるみたいだけど、何かいい案ある?」


ワタシは移動の勢いを落とさず飛びながら確認した。


「私が動きを止めるから、その間に複合の魔法で何とかしなさい」

「オッケー。任せる」


シェトランテは上だけ髪を結んだ。何か意味があるみたい。後で聞いてみよ。

やったことはないけど、風と水なら上手く混ざるはず。

三方向に分かれた位置へ降りると、アルテシアが私達を指差した。三体はそれぞれ分かれて進んでいる。彼女の指示を理解したように正面の一体はまっすぐ突っ込んでくる。

側面の一体は体当たりのために風圧を増し、速度を上げてきた。最後の一体は形状が違う。

サメの頭、イカの腕、タコの胴。遠距離で腕を伸ばし、拘束を狙っている。


「正面からいくわよ」

「わかった!」


シェトランテが足元に酸性の水を広げる。正面のギガメノスが踏み込みを鈍らせた瞬間、目つぶし薬が弧を描いて舞う。


「風螺水!」


左ギガメノスへ直線を貫く水を風で巻いて放つ。けど水流の圧が足りないのか水は腕の掃いに方向を変えた。

敵は風を体に受け入れると、その勢いで突撃軌道に乗せた。右からはタコ腕が伸びて来る。ドラゴニクスを放つには足りない。

手の間に挟み込んだ細い風で腕を切り裂く。角が髪を弾くような勢いが近づくと、沸き上がる焦りと跳ねのけるような彼女の勢いがほとばしる。角が頬を掻きあげられると包み込んだ刺々しい熱さをグーにして叩き込む。ガラスを殴ったような跳ね返りがすると、ギガメノスは元いた左へと飛んで行った。

右手が赤い。出血じゃない。後は水と上手く合わせられたら、倒せる。


「こっちも頼むわよ」

「もちろん!」


右手を構えた瞬間、嵐の通り過ぎたような音がした。


「あああっ」


右腕が上がらない。炎の隣に黒赤い水が流れて来る。左手を重ねると今度は炎が裏切ったように私の皮膚を焼くような衝撃波が流れ込んできた。


「きゃああああああ!」


岩の歩いて来る音がする。こんなところで倒れていられない。冷たい右目を開くと、拳はワタシを笑った。



◇◇◇



黄色い丸い体に、やけに愛想のいい笑顔をしたマスコットキャラが、研究室のモニターいっぱいに映っていた。


「我の世界にも奇妙な偶像崇拝はあったが、これほど弱そうな熊は初めて見る。」


ボルディミアスが腕を組みながら画面を見上げた。赤い瞳が少しだけ細くなっている。目を反らさないので、食欲が高まっているようにしか見えない。


「ま、面倒くせえやつでも、拳で何とかするけどな」


エルジードは片手で資料棚を漁りつつ、良い情報がなかったのか資料ファイルを勢いよく閉じた。

マスコットは胸を張るように体を上下させ僕達と目を合わせた。


「ボクはポッコ。ここでセインの手伝いをしていた、超優秀なマスコットだよ」


声は妙に明るくて、研究施設の空気からだけ浮いていた。


「見慣れない服だね。セインの友達かい?」


ポッコが首を傾げたように丸い輪郭を動かす。ミカロがいたら心が動かされたのかもしれないが、エルジードの炎ですら冷えていた。


「僕達は彼女に頼まれてここに来たんだ」

「俺もそんなところだ」


エルジードが食い気味に画面へ寄る。


「へえ。本当に友達いるんだ、あの子」


ポッコは考えを頭に浮かべると、口を動かさない。あの時は誰にも話さず調べていたのだから、確かに僕達は不思議に映るだろう。


「じゃあ証明してもらおう。カードキー、持ってるでしょ。ここに差し込んで」

「それは今、別の仲間が持っているので、持っていないんです」


僕は首を横に振った。


「ふうん」


ポッコの目の光が少しだけ細くなった。


「じゃあ特別ルール。六文字のパスワードを解いたら彼女の保存しているデータを見せてあげよう。でもチャンスは一回だけ」


そう言うと、背後の出入口のロック音が鳴り、扉のランプが赤に変わった。


「閉じ込めやがったな」


エルジードが舌打ちを飲み込み、扉を軽く蹴った。


「僕達を信用していないようだね」


ポッコは楽しそうに鼻歌を歌い始めた。

モニターの隅でアラートが点灯する。監視カメラの別映像には、天井近くを移動する灰色の影が映っていた。例の合成獣。時間もあまり用意されていなさそうだ。


「さて、改めて質問するよ」


ポッコは体を前に出した。


「セインが設定した六文字のパスワードは何でしょう?」


エルジードとボルディミアスが僕を見た。

勢いよく息を出し、流れを整える。喉の奥が乾く。彼女は僕がこの状況になることもきっと読んでいたはずだ。

そういえば、聖域作戦について二人で話をしていたような気がする。


第一部隊員にだけ用意された個室。

訓練の合間に、セインと二人でそこに籠って、聖域の気候や生活情報を集めていた。

壁には聖域の地形図、机には作戦の報告書にメンバーのプロフィールと誉め言葉の書かれたメモ。

散らかり方だけは、どこか僕の部屋と似ていた。

僕が訪れると決まってセインは席を立つ。五リットルはある巨大なポットからコーヒーを二人分、自前のマグカップに注いで戻ってくる。黒いマグに白いマグ。黒がセインで、白が僕。


「イメージカラーにしては、少しだけ地味だね」


彼女は手で口を隠すと笑ってごまかした。


「シオン君は相変わらず、エッチだなあ」


セインは資料の山に頬杖をつきながら言った。


「この色はなんとなく、なんとなく似合ってると思っただけ。今考えると空色と黄色が合ってる気がする」


そうかもね、と彼女の言葉に賛成してコーヒーを含むと、僕の口まで何故か白くなるような感覚がした。


「ねえ、シオン君」


セインはマグカップを両手で包みながら言った。


「もしワタシに何かあったらさ、代わりに調べてほしい場所があるの」

「変な場所じゃないといいけど」


僕は姿勢を正した。


「んー、まぁまぁ危険だけど、誘惑じゃなくて純粋な戦いだから、問題ないよ」


セインは炭酸水を飲んだ時のように曖昧に笑う。


「でね、その場所にはセキュリティキーを掛ける必要があるから、六文字の合言葉を教えるね」


そう言って、彼女が口を開いた。けれど、彼は僕を裏切り音が離れていく。

六文字。なるほど、分かりやすい。


「どうした、恐怖のあまり声も出ないのかい?」


ポッコの声が現実に引き戻す。


「そろそろ答えてもらわないと、ギガメノスが君達の口を味わう時間になるよ」


監視映像では、灰色の巨体がこの部屋の天井付近に到達していた。

正直言うと、カードに書いておいて欲しかった。けど、彼女は確信していたんだろうな。どんな状況であれ、僕がこの場所に現れると。


「面白いことするね、彼女にそう話してただけだよ」


個室で僕の訪問を確認した表情。コーヒーの匂い。からかう時の声の高さ。

その全部と一緒に、浮かんでくる言葉は一つしかなかった。


「パスワードは『おさななじみ』だ。」


僕ははっきりと言った。


「思ったより簡単なパスワードだな」


エルジードが短く感想を漏らした。


「認証中……」


ポッコの目が光り、モニターに文字列が走る。

扉のランプが緑に変わった。天井の警告灯も一斉に消える。


「えええええっ!」


ポッコが固まる。本人もパスワードを知らなかったのか。セキュリティシステムが暴露してしまっては確かに意味もないか。


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