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僕と、彼女と、ペンダント  作者: ミシェロ
第九章【残火】

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一歩で間を詰め、振り下ろされた拳を剣で掃うと、手首から肘に感覚が歪んだ鈍い衝撃が残った。

筋肉が震え、足裏が床の硬度を確かめる。


「上から丸焼きにしてやるよ!」


エルジードが箒と共に空へ浮かび牛を見ると、炎を手に握りしめ足から爆発が噴き出す。


「いいだろう、合わせてやる」


ボルディミアスが闇の圧を拳に凝縮し、地面から跳び放たれたように叩き込んだ。

炎と闇が命中した瞬間、モンスターの青い血が身の内で蠢く。炎が逆流し、闇の衝撃波が飛び出ている。ボルディミアスが肩を打たれて膝をつくのを背に剣で弾くと、黒い炎は我を忘れたように下へと落ちていく。


「攻撃を反射されている可能性が高い。エルジード、属性の攻撃は避けよう」


僕は腹の水を飛ばすような声で言葉をかけると、エルジードは空で箒を炎の手で握った。


「俺は炎で攻撃することしか知らねぇよ」


エルジードは唇を結び、箒のブースターを利用して落下していく。

滾った血のような色の靴底が顔面を捉え、骨に似た硬質の手応えが足首に乗ると、モンスターの体勢が崩れた。

反射は来ない。乱暴なのが助かった。

だが次の瞬間、口腔の奥で熱が膨らむ。炎の息吹が広がり、床に火が散る。

視界の端でボルディミアスの鱗が赤く光ると、エルジードの箒を掴む。


「清流刃舞!」


淀みなく流れる水をイメージして剣を振り落とし炎の面に押し当てる。熱は沈み、湯気が薄く上がった。火勢が途切れた隙に距離を詰めていく。


「水の攻撃を合わせろオオオ!」


いつの間にか彼は僕の先を突き進んでいた。

短い合図を前にモンスターが前のめりになると、灰に浮かぶ黒の傷へ剣を叩き込む。

ボルディミアスが左から押し込む黒の拳の勢いが触れると水と闇が交差し、表層の硬さが裂けた。

青い血が溢れ、熱と冷が同時に皮膚をなでる感覚が走った。


「追加だあああ!」


エルジードは太陽のように練り上げた火の玉を掲げ投げ飛ばした。相変わらず敵も味方もない。

零れた火を横に裂くと胸の欠けたモンスターは膝を折っていた。


「シオン、考えがある。風と光を重ねろ」


エルジードが指示を飛ばす。納得はしていないが、僕もちょうど同じようなことを考えていた。


「分かった、他の攻撃も用意しておいてほしい」


相棒から感覚の底を探っても、風の芯も光の起点も見つからない。


「当たり前だ。前は不完全燃焼で終わったからなあ!」


よくも悪くもあの二人の属性だ。姿を見せない斬撃を重ねたような風、視界を開くどころか奪うほどに牙を剥いた光。剣に巻くような感覚がする。

足の指で床を掴み、膝を曲げた勢いを刃に送る。相棒を振り下ろすと、牛の腕はゆっくりと体から剥がれ、龍と灯は僕を嫌ったように背を向けた。

エルジードの細く縮まった血の色をした火球が横を駆け抜け、牛の中央へと飛び込んだ。

圧と熱が爆ぜ、モンスターの体は役目を終えたかのように目の見えない粒へ分解されて床に散った。

残留の熱が頬に触れ、空気が乾く。壁が元の扉の形に戻っていく。休んでいる暇なんてない。

恐らくさっきの音で誰かに気づかれているだろう。


「先に進もう」


ボルディミアスが黒い拳を赤く塗り直し、視線を走らせる。


「シェトランテの動きが気にかかる」

「資料を優先したんだろ。アイツ、変に気になってたようだしな」


エルジードが彼女を斜に構えたような話し方をすると、ボルディミアスは珍しく視線を合わせた。


「合流すれば分かるはずだ」


僕が頷くと、全員の歩調が自然に揃う。足裏の感覚で床の継ぎ目を探る。角を一つ曲がると、通路の向こうに二体のモンスターが姿を現した。

さっきと同じ個体だ。視線がこちらに集まり、足が同時に動く。


「走りますよっ!」


足場が変更される前に、僕らは飛び上がり最寄りの研究室へ身を滑らせる。

自動扉が閉まった瞬間に外の突進が扉に当たり、金属フレームがわずかに歪む。

さすがに壊れはしないかと安心した瞬間、ヒビが挨拶をしてきた。あまり時間はなさそうだ。

室内は冷気が強く、薬品と消毒の匂いが鼻腔に刺さる。


「シェトランテが向かってない場所にあるとは思えねぇが、一応調べておくか」

「我は映像を見ておこう」


エルジードが棚を開ける。ボルディミアスは監視モニターの切替を試みる。

僕はセインのカードで端末を起動する。

カードに応えるように壁のスクリーンが一斉に点灯し、黄色く丸い彼女が悪戯に突きたくなるような熊のマスコットが画面いっぱいに現れた。腹部だけが不自然に膨らみ、無表情のままこちらを見ている。



◇◇◇



ワタシはシェトランテに手を引かれながら廊下を渡った。

暖かく握ってくれたお姉ちゃんと比べていつもの言葉と同じくらい掌が冷たい。

後ろの牛にシオン達が止まっているのを見て、ワタシは逆風で手を引いた。


「シェトランテ、待って。シオン達の支援に回らないと」

「このままだと調べもできないまま、戦って終わるわ。そんな結末は嫌でしょ?」


シェトランテは言葉を吹き抜けて置くと、足を進めた。言ってることは正しい。

胸の奥で反論を巻きながら、ワタシは彼女に追いつき、最初の研究室に入る。

扉が閉まると背後で足場が遠ざかっていき、戻る選択肢はきれいに消えた。親指で埋まるくらいの距離なら、牛も簡単には来られないか。

シェトランテは壁面のモニター群にケーブルを差し、カードキーを読み取り機へかざす。

機械は嵐を呼ぶ前みたいに凪の音を返した。


「・・・ここは外れみたいね」

「他に参考になるものがあるかもしれないから、見ておこうよ」


シェトランテは淡々としていたが、目の端に小さな不満が滲んでいた。

念のため、ワタシは卓上の資料束を片端からめくる。用語集、試験報告、解剖図。灰色の合成獣のページ。コレ、さっきの牛に似てる。


「個体名ギガメノス。属性反撃特化の合成体。処理が必要な時には、複合で崩す必要がある」


ワタシは声に出して確認した。

奥の扉が開き、パーカーにスカートを合わせ白衣を着た人が姿を見せた。顔はフードで良く見えない。

チャックを割ったような目でこちらを測るようにゆらすと、猫耳が見える。ちょっと、触りたいかも。


魔法の詠唱に入ろうとした瞬間、肩の皮膚が燃え上がった。腕が怯えているみたいに動かない。彼女から飛び出した細いケーブルは弾丸を撃つ穴のない銃に繋がっていた。


「まっさか、こんなところで程よい実験体がやって来るとはねぇー」


研究員は感情を抑えた声が聞こえると、ケーブルが彼女の元へ戻っていく。

手や膝を床に置いても指にも足にも、力が上手く入らない。流れが止まったはずなのに、なにこれ。


「私達から離れなさい。さもないと、ここが瓦礫になるわよ」


シェトランテは武器を構えた。撃たないと思うけど、ワタシが一番足手まといだ。動け動け。手に風を巻くと、小さい龍が逃げ出した。


「相変わらずね、シェトランテ。親友の顔や声まで忘れてしまったの?」


何で、彼女の名前を。言葉を吹くより先に彼女はフードを外し、顔を晒した。人の顔立ちのまま、頭に猫の耳がくっついている。

髪が肩に流れているから分かりにくいけど、あるはずの膨らみがない。

まだ体が熱い。風を通すと少しだけいつもの力が入った。いける。


「シェトランテ、知り合い?」


ワタシは熱く流れる痺れの中で体勢を立て直す。攻撃に移ろうと手に風を巻き直す。

彼女は珍しく手袋を強く握った。後で聞ければそれでいっか。


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