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「この記憶を思い出してから、僕も悩んだ。けど、僕は隣で一緒に協力してくれる誰かと一緒にいたい。だから、エイビスとは友人のままでいたいんだ」
彼女は目線を反らすことなく、不自然に水で浮かされたような眉で僕を見た。
「・・・これがある以上、確かに約束は私が忘れているだけのようです」
エイビスは息を整え、目を伏せた。
「これも彼女の策略、ですか?」
「分からない。けど善意だと思う。ただ、彼女のおかげでずっと気になっていたことが解決できた」
僕はポケットから小さな箱を取り出し、蓋を上げた。
薄桃の布地に金糸を編んだ、君へ贈ったリボンが解放されたように伸びをする。
「それ、は」
翡翠色の瞳がわずかに見開かれ、光を飲み込む。
紫外線を避けるような姿勢に変わると、彼女は何もなかったように立ち上がり直した。
「・・・これを付けて、似合っているか、聞いたことがあるような気がいたします」
彼女は指を伸ばし、リボンを手に取った。器用に両手で髪をまとめ、結び目を作ると、月の光を受けて、色が静かに冴えわたった。
「綺麗だ。僕が隣にいると、君は僕を優先してしまう。だから、僕は隣にいるわけにはいかない」
「はい、分かりました」
エイビスは僕の言葉を手に取り胸前に押し込むと顔を上げた。笑顔の輪郭はそのままで、温度だけが違う。
「シオン様の考えに、賛成いたします。ですが、私はいまもシオン様が好きです。アルティウス学園で受けた恩も忘れません。
・・・後で戻りますので、伝えてもらえますか?」
彼女は背を向け、手すりに掌を添えた。肩がわずかに震えている。助けたくなる衝動が、肩に手を伸ばす勇気が掌の内側を熱くする。
僕は右腕を左手で引きちぎるように握った。音を立てないようにバルコニーを離れると、扉の外ではエルジードが立っていた。
「頼んでもいいですか」
「任せろ。今夜は冗談も言えそうにないしな。部屋は分けてあるから、ゆっくり休んでくれ」
彼女にエイビスを託し、僕は廊下の奥へ歩く。右手に留まった気持ちの置き場が見つからず、胸の奥が空洞になっていく。
彼女の部屋前で足が止まった。軽く二度ノックをする。
「どうしたの?」
扉がわずかに開き、ミカロの眠り足りない横顔が覗く。灯りは落とされ、机のスタンドだけが柔く流れている。招き入れられ、言葉より先に身体が動いた。
彼女を自分の元へ強く引き寄せると、背中をゆっくりと暖かい手が流れていく。気が付けば目元が熱い。
「ゆっくりでいいから、後で教えてね」
彼女がゆっくりと僕の頭を撫でる。左目はゆっくりと右手の思いを流しだした。
触れるだけの口づけをすると、心に明かりがついたような気がした。彼女の手に惹かれるままベッドで横になると、彼女が隣で僕を見ていた。
「話、つけられた?」
「納得はしてもらえたと、思う。多分チームの人数は、少なくなる、かな」
「それは……悲しいね」
ミカロは天井を見たまま、声の震えを抑えた。
「大丈夫。私が前に出るから」
握った手の感触を確認すると、僕は渇きをいやした。
彼女の背中を探りつつ朝日を背けると、頬を小刻みに優しく叩く音がした。
「メッセージで誰かが呼んでる。ほら、起きて」
「分かった」
正直なところ、まだ僕の中で荒波が打ち立っている。服を整えて扉を出ると、エルメインが廊下で待っていた。
「一時間後にドルフェリア王と謁見だ。昨日の件をまとめたくてな」
部外者の僕がどうこう言うことなく準備を進めて話し合いの場へと移動した。
謁見の間には、中央に腰かけるドルフェリア王、アークライン、アルカルドの所属員、エルジード、コタツ、兵たち。
王の前に、拘束解除直前のエイビスと、シャルルローゼス。僕は端でミカロと共に見守る位置に立つと、
皆が揃ったのを見て王が視線を落とした。
「では、昨日の騒動について結論を聞かせてくれ」
「報告します」
アークラインさんが一歩進むと珍しく羊皮紙を広げた。
「アルカルドの調査では、カリサ・ドルフェンと王妃ルシア・ドルフェンが王家を支配するために行動していたことを確認しています。レチカ様の暴走は、原因不明の外因によるもので、本人の意図ではないため咎める必要は低いと考えます」
王は深く頷き兵達へ道を開けさせると、僕たちに向き直った。
「王家の一大事に協力してくれたこと、感謝する。レチカ、シャルルローゼス。つらい目に遭わせた。すまなかった」
「お気持ちは受け取りました」
シャルルローゼスが一礼する。
「私たちにとっても厳しい戦いでしたが、陛下が責を背負う類のものではございません」
王が立ち上がろうとしたところで、アークラインが目で静止した。話を崩さない判断だ。
「発言を求めます」
箒で床を叩くと、彼女は正義を示すような手で全員の集中を集めた。
「発言を許可する」
「レチカお嬢様の処遇について、改めて確認させてください」
エルジードが問う。
「ひとまず、手錠を外そう」
王は言葉を選ぶ。エルジードはレチカの手を解放すると、なぜか彼女に謝っていた。
「ただ、暴走していたのは事実だ。原因が不明な以上、王家での生活には不安が残る。とすれば成人するまで、これまで通り彼らと共に旅を続けるのが最善であろう」
隣のアークラインさんが眉を寄せる。
「陛下、それは――」
王は首を横に振ると、彼は口を噛んだ。
「急に王家と知らされた者が、今日から王女として過ごすことについて、そうやすやすと飲み込めるはずもない。時間が必要だ。それを、父として許したいのだ」
彼は言葉を飲み込み、僕を見た。
「確認のため発言を求める。王の提案を受け入れるか、シオン・ユズキ」
「エイビスとシャルさんの同意があるなら、僕は喜んで受け入れます」
二人を見ると、日を通したステンドグラスのような目をしていた。
「賛成いたします」
レチカの返事はまっすぐだった。
「私も同意いたします」
シャルの声も揺れない。
「決まりだ。シオン、二人をよろしく頼む」
王は安堵を一瞬だけ浮かべ、次の段取りへ移る。
「話し合いは以上だ」
彼が宣言すると、アルカルドはまるでスイッチを切り替えたように話し合いの場から姿を消した。
僕達も部屋へ戻ろうと思い背を向けると、アークラインさんの声が僕達を掴んだ。
「君達には傷を癒す時間も必要だろう。夕刻にはスパも設けている。レチカ様達の厚意でマッサージとエステもある。夜には小宴を用意しているから、その時間には集まるように」
「ありがとうございます」
僕たちは頭を下げた。セインの手紙に添えられていたカードの検証を明日からと決め、今日は宴まで自由行動を取ることにした。
ミカロは僕のことを子供の面倒を見るように心配していたけれど、彼女の傷をゆっくり撫でるとまた爆裂のような柔らかいパンチをしてきた。




