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「エイビス!」
彼女の足が止まらない。剣先が僕と目を合わせると、彼女の口は三日月を見せた。
「様子が変だ。シャルルローゼス、離れてくれ」
紫に腐った光が花の剣に纏わりつく。次の瞬間、花属性の一撃が僕の肩を打ち抜いた。
熊の一撃を超える砲台で放たれたような一撃。
動きまで止められたら、流石にマズい。
彼女が槍のようにしなやかな連撃を弾くと、足が地面に抱かれ、腕には鞭のように棘付いた赤い鎖が流れている。
「御姉様、止めてください!」
エイビスは鎖を放ったシャルルローゼスの位置を確認すると、頬をかすめる極細の風斬りで下がる彼女の足を止める。
鎖がケーブルのように中央を離れて曲がると、彼女は姿を消した。ガラスを弾いたような音が聞こえると、彼女は食材を刻むような顔でボルディミアスを正面から抉り、薙ぎ払いで竜影ごと壁に叩きつけた。
「シオン様ぁ、愉しいですね」
彼女は魚を凍らせるような温度で笑った。いつもの笑顔に酷似しているのに、まるで別人だ。
「その距離からすると、シオン様の脅威になれたみたいですね」
毒を打つような声。声に抵抗はない。ただ、どうしても同じ人物だとは思えない。
「戦うのは構わない。だが、彼女を解放してもらえないか」
「やはり私はシオン様と戦うにふさわしい相手になれたということですわね。嬉しいです」
彼女はまた三日月の口をすると、剣に青い花が咲いていく。流石に全ては思い通りにはならないか。
蒼い花びらが舞うといつかサンドイッチを渡すような顔で僕に青い一撃を正面から放った。
僕との闘いを本当に楽しんでいるようだ。
今度は外さない。僕は肩の悶える声を聴きながら真正面で攻撃を受けた。
彼女は僕を食材のような目で見た。
やはりこの能力のことを、僕はあまり知らない。剣の前で迷った花びらを彼女の元へ弾き返すと、天気でも変わったように彼女は空を見て、膝を落とすと目を閉じた。うまく跳ね返せたみたいだ。
「どう、して……」
「ミカロ、今だ!」
「エルジード!」
「おうよ!」
ミカロが滑り込み、魔法縄を呼び出した。エイビスの手足を取ると少し退く抵抗を無視しエルジードが足、僕が両手首を縛る。
ただ、拘束を終えても彼女の周りの紫が、まだ薄く揺れていた。
鉄と布がこすれ合う複数の音。地面の盛り上がるような音が響くと、誰かの駆け出す声が聞こえる。闘技場の出入口が開いたらしい。
声が止むと、白く光る剣を持った白髪の青年を先頭に数百のドルフェリア兵が列を作っていた。
「話をしましょう」
白剣の青年が踏み込み、刃が落ちてくる。
受け、押し返す。間合いを取って声を投げる。
「誤解だ。僕達はレチカに危害を加えるつもりはないんです」
「黙れ。ドルフェリア家を殺したのは君だろう。言い逃れの時間など不要だ」
憎しみの重量が言葉に乗っている。ドルフェリアの人たちはどうしてこんなに熱い人が多いんだ。
「武器を収めてください、アークラインさん」
シャルルローゼスが前へ出ると、流石に身内からの言葉には足を止めてくれた。
「第一隊長、第四隊長の俺からも彼の話を聞いてくれないか」
彼が剣を下すと、王が一歩進み、肩へ手を置いた。
「アークライン、武装はもういらないようだ」
白い風のような闘志が消えると、白い刃は鞘へ戻った。同士討ちにならなくて助かった。
「シャルルローゼス、状況はどうなっている」
王の視線が彼女へ向くと、杖を服に隠し両手を合わせ彼に近寄った。
「御姉様はカリサに勝利しました。その後、暗躍していた王妃と対峙することとなり、討伐に成功しました。ですが直後、御姉様に異変が発生し、私たちに刃を向けていました。理由は現在も不明です」
王は青年と短く言葉を交わし、頷く。
「これも宿命か。アークライン、レチカを拘束せよ」
「異論はありません。ただし、彼女は王族。暴走の経緯も不明ですから、最低限の拘束とアルカルドでの監視を行い、目が覚めるのを待つとしましょう」
「いいだろう」
エルジードは僕達の不安を読み取ったのか、自分とコタツが監視をすることを話すと、
アークラインさんは何かを付け足すこともなく僕に話したそうな目線を向けると、レチカやエルジードと共にその場を後にした。
肩は緊張を解いて大笑いをすると、空も何かを解いたように雲一つない青空が広がっていた。
◇◇◇
僕達もドルフェリア王宮へと戻り、今後についてどうするかよりも疲れを癒すことを優先すると、
気が付けば月が笑う頃合いになっていた。
僕も寝ようと思っていたが、エイビスのことが気になって眠れず、
エルジードの許可をもらって彼女の部屋で起きるのを待っていた。
寝息が落ち着いていたはずの部屋で、シーツの擦れる気配がする。
エイビスが目を開け、枕元に置いた水へ手を伸ばそうとして、手錠の鎖に気づく。
僕はベッド脇の椅子にもたれていて、彼女と同じ呼吸の速さで胸が上下していた。
「看病する立場が、逆になってしまいましたね」
彼女は体を起こすと自嘲を一滴だけ混ぜて笑う。今回ばかりは三日月は姿を見せなかった。
「王妃を倒した後、禍々しい何かが私の中へ流れ込んだ感覚がありました。その先の記憶は、残念ながらありません」
「ショックかもしれないけど、エイビスはあの後、僕たちに斬りかかってきたんだ。もちろんエイビスの意志とは関係ないと思ってたよ」
僕は事実だけを置くも、エイビスは流れる風に乗せるように気にしていないように見えた。
「気に病む必要はない。家族と戦ったんだ。感情が揺れるのも無理はないさ。被害も抑えられているしね」
「ありがとうございます。・・・皆さまへも、後ほど必ずお詫びを入れる予定ですわ」
彼女は目線でバルコニーを差した。
「少しだけ夜風に当たりませんか。監視がついておりますし、ここからは脱出するほど、体力もあまりありませんから」
「・・・分かった」
王族の問題はほとんど解消されている。彼女の理想を叶えるとすれば、今脱出するのが最も良いタイミングだ。
ためらいはあったが、うなずく。彼女は手錠で窓を開けられないので僕が鍵を外し、
静かに戸を押し広げると冷たい月の空気が流れ込んだ。
バルコニーへ出ると、彼女は手の代わりに首を傾けて髪を整えた。月明かりで髪の翡翠色が薄く蘇る。
「失礼いたします」
肩が触れ、体重を僕に預けた。頬に触れる湿りが雪のように落ちていく。
僕は片腕で彼女の肩を支え、もう一方の手で髪をそっと撫でた。
「シオン様とお話ししたいことがございます」
小さな金属音がして、手錠の接合部が光り、魔封の固定だけを残して回転部が解けた。
敢えて捕まっているフリをしていたのか。相変わらず、考えが読めない。
彼女は指先で髪を耳にかき上げ、息を整えてから、僕の胸へ抱きつく。
深呼吸がひとつ、服越しに伝わる。




