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僕と、彼女と、ペンダント  作者: ミシェロ
第七章【家族】

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「ところで、カリサ・ドルフェンがドルフェリア流の儀礼をどれほど踏むと考えているの?」


シェトランテが地図の余白へ小さく式次第を書き込み、エルメインへ向ける。


「育った時間を考えれば、流儀は表面だけだろう。

 体裁だけ整えて、実際は自分のやり方で来ると考えている。

 ギャラリーも特にいないから、影響を受けるわけでもないだろうしな」


エルメインの答えはぶれない。


「確かにそうなるとしか考えられないわよね。

 それと、フォーメーションはもう決めているのかしら。

 シオンとエルジード、それにレチカを近くに置くと闘技場すら破壊しそうだから、

 早めに考えておこうと思うけれど、もう決めているの?」

「いや、君達の実力について知らない部分があるから、妹と彼の位置しか考えていなかったよ。

 シェトランテ君の知識があると非情に助かる」


作りたくないわけではないのだろうが、

心配事の想定が出来ているシェトランテだからこそ任せたいのだろう。


「君の能力はあまり分かっていないのだけれど、」


シェトランテが肩を回し、露骨に気乗りのしない顔をした。流石に協力してくれるらしい。

シャルルローゼスは紅茶から取り出したレモンのような表情をすると、静かに口を開いた。


「御姉様は、悩んでいらっしゃるように見えます。

 カリサさんは確かに今後のドルフェリアを考えると排除、あるいは協力関係であることが望ましいです。

 私もそう思います。ただ、彼女はそう思っていない言葉遣いでした。

 シオンさん、稽古のご様子はどうでしたか」

「確かに普段より剣は遅かったよ。概ねシャルルローゼスの思う通りだ」

「シオンさん。御姉様を勇気づけてください。

 私が何を言いたいのか、お分かりですよね?」


ミルクを欲しがるような目を見せた彼女に僕は棘ついた覚悟を飲み込んだ。

会議を締め、道場へ着くと、戸口の手前で声が耳に入った。


「んぐっ・・・もう、ダメぇ」


黒歴史を大切な人にバラされたような声。急いで板間へ上がると、

中央にエイビスが太ももの下に足先を折りたたんで座っていた。

足元に流れる波を飲み込むためか、目線は天井を向いており、

隣ではコタツが指でふくらはぎを軽く押し、反応を観察していた。


「これも鍛錬ッス。あくまでも、悪魔でも」


苦笑いを添えると、コタツは手を引き、しれっと僕へ同じ座りのまま一礼をした。

エイビスは背筋を伸ばし、気品を崩さぬよう座り直した。


「シ、シオン様。心配、いりません。集中、しているだけですから」


コタツさんが意地悪したくなる気持ちはなんとなく分かる。

エイビスの、話していて違和感のある勢いの強い息、

熱を詰め込み逃げ場の失った頬、頬を伝い服へと消えていく汗。

僕は退くべきだな。これ以上は後で毎日撫でるまでくっついてきそうだ。


エイビスは山の空気を取り込むような呼吸をすると、立ち上がり、足音も聞こえず僕の横を取った。

今のが攻撃だったら、防げなかっただろう。


「シオン様もお疲れでしょう。明日に備えて休んでくださいまし」

「まだお手伝いが」

「また二人きりでお会いしましょう。そこで、お願いします」


彼女はコタツさんに聞こえないような糸のような言葉で囁くと、さっきと同じ座り方をした。

確かに彼女の言う通り、息の伸びが欠けている。

僕はコタツさんの手を除ける彼女の言葉を素直に受け、部屋へ戻ることにした。


部屋近くの通りに着くと、銀髪の猫が安眠の場所を探すように左右を確認して鍵を差し込もうとしていた。

僕に気が付くと、彼女は毛を逆立たせて僕を見た。


「お疲れ。置き配の時間かい」

「違う。部屋、間違え・・・た、だけだから。はい、置き配」


視線が泳ぎ、葉を受けると、彼女はすぐに笑顔へ戻った。


「少し話そう」

「・・・わかった」


部屋に入り、紙袋から肉サンドを取り出し半分に割ると、香りの層が見えた。

綺麗な断面を口に含むとひと口で肩の力がほどける。

ただ、気になっていたことがソースのように僕の頭を突き抜けた。


「ミカロ、どうしてここの鍵を?」


ミカロは何かを詫びるように両手で鍵を渡して来た。


「寝込んだ日から、ワタシが看病することになったの。それで鍵を持ってるのは自然でしょ? 

 でも、もう良くなったみたいだし、返すよ」

「いや、僕は護衛用にマスターキーがあるから、鍵はそのまま持っていてほしいんだ。

 何があるか分からないし」

「へぇー。ま、持っててほしいなら、そうしてあげる。しょうがないからだけど」

「いつも助かるよ」


半分を差し出すと、彼女は正拳突きをした。


「今日はやめとく。もう四つくらい食べたから。味を変えてみようと思ったけど、上手くいかなかったの」

「この味、覚えてる?」

「んー、じゃ一口だけ」


一口だけ勧めると、ミカロは肩を竦めて受け取り、目を閉じて口に委ねた。


「うん。やっぱり、この味が一番いい」

「僕もそう思う」


 ミカロは僕の隣から立ち上がると、正面の位置に移動した。


「エイビスの婚約者“候補”、どうして引き受けたの。二人はともかく、王様とかには言えてないんでしょ」

「バンガード時代から、護衛に恋人役の擬態が要る場面は何回かあったからね。

 今回も、守りを優先した延長として受けたまでだよ。

 ドルフェリア王家としての考えを知ることができたり、自分も話し合いに参加できたしね。

 特に他意はないよ」

「けどさ・・・」

「おーい、ミカロ。いるんだろー?」


続きかけた問いを、扉のノックが遮った。エルジードの声が低く届く。


「そうだ。置き配したらエルジードと明日の戦い方について相談しようと思ってたんだ」


ミカロは壁にぶつかった風のような表情で、鍵をポケットへ滑らせ扉へと向かった。


「明日、戦いが終わったら聞きたいことがあるから、時間作ろ」

「わかった。また明日」


彼女がポニーテールの髪型を巻き直して扉を出て遠くから吹きつく声が聞こえなくなると、

僕はベッドに横になった。意識を落としたのはすぐだ。

目を開くと、端末が静かに震えている。エイビスから連絡が来ている。


内容はもちろん分かっているが、呼び出しの場所からすると、嫌な予感がする。

王族専用のスパへ来てほしいというメッセージに承認の指を滑らせ、僕は指定の場所へ向かった。


王族専用のスパは、海の洞を磨いたような円天井に白い蒸気が巡り、

壁面には藍色のタイルが波の模様を描いていた。

当然のようにメイド服の女性が僕に水着で入浴するよう伝えてくれたので、

仕方なくセレフィーネのときとあまり変わらない服装で湯船に入った。

久しぶりに肩から力が抜け呼吸が整い、体との境界が柔らかくなる感覚がする。


背に温かい重みが寄り添った。細い腕が胸の前で組まれ、頬が肩甲骨に触れる。

桃の香りが僕にかじりついた。


「お待たせいたしました、シオン様」

「良い場所ですね。ゆっくり休めそうです」

「私の好きな静けさが、残っているので私も同じ気持ちですわ」


二人きりになった空間で、エイビスが言葉を探す気配を纏う。水音が小さく波打ち、迷いが消えた。


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