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「過去の実験記録を見つけたわ。
山岳や森林の獣と、ドルフェリアの犯罪者を融合して、生物兵器として使っていたことが書いてある。
・・・ただ相変わらず実験室の所在は破られていて復元は無理そうね。
アルカルドの二人なら何か分かるかもしれないわね」
「さすがに知っているとは考えにくいですが、ひとまず戻りましょう」
資料を防水袋へ詰め、地上へ向かうと、廊下の角で、監視を務めるように浮遊する眼球の群れが滑り出た。
反射で剣を起こすより早く、横合いから斬線が飛び、眼球は肉片に変わって床へ落ちる。
飛沫を避けて壁際へ下がると、影が音もなく形を取った。赤い鱗の肌を持ったシルエット。
そう何人もいるものではないだろう。
「ここで遭遇するとは思いませんでした」
「我もそう思っていたが、どうやら女神の寵愛を乗り越えたようだな。女神を探るには十分だろう」
シェトランテは身構えを解かない。目だけで僕へ問う。受けるのか、拒むのか。
誰にも気づかれずに王宮内へ入れる空間魔法の能力は、間違いなく役立つ。
危険はあるが、敵としても味方としても厄介な存在なら、近くで管理する方がまだいい。
「行動を共にするのは構いません。ただ、命の保証はできませんよ」
「そんなこと、あの場所にいた頃から知っている」
彼は僕の言葉を弾くと、腕を組みなおした。
「エイビス達と合流して、この資料を共有しましょう。明日の話も踏まえてね」
矢印を消したカードキーをポケットへ戻し、歩幅を合わせる。
道場ではコタツがまだエイビスと刃を交えているだろう。
エルメインの用意してくれた待機室に入ると、長卓の端に地図を広げシャルルローゼスが動線を指でなぞっていた。シェトランテは資料袋を膝に置き、無表情にページを繰る。
壁際にはボルディミアスが床に袖が触れるほどに大きい外套をまとい、静かにこちらを見ている。
あの大きさではサプライズ品を黒幕で隠しているようにしか見えない。
エイビスとエルジードは明日の準備をするため不在となり、
集まったのは僕とミカロ、シャル、シェトランテ、ボルディミアス、エルメイン
――このメンバーだけでも、情報を共有するには十分だ。
「なんでコイツがここにいるの」
ミカロが椅子の背に手を置き、視線で警戒を滲ませた。
まだ拳や突風が飛んでいかなかっただけ、いくらか我慢しているのだろう。
「我は仲間になる気など毛頭ない。女神と再び会うために、シオン・ユズキ達と歩むのが最短だから手を貸すまでだ」
「彼は僕達を狙う理由はないから、今は協力関係として関わっていこう」
シェトランテが念のため、ボルディミアスに拘束用のリストバンドを付けてくれたが、
こんなもので押さえられるほど、弱くはない。
ただ、女神という誰かに会うには僕がいないとスムーズにならないようだから、
ひとまず他の対立する部分がないか考えておけば、対策としては問題ないだろう。
ミカロの瞳から雲は晴れていないが、特に弾けたような表情はしていなかった。
場が整った今のうちに話を進めておこう。
地下で見つけた生物実験の記録を、
僕とシェトランテで獣と犯罪者の融合から試験個体の運用まで皆に共有すると、
エルメインの顔が静かに細まった。
「記録に日付はあるのか?」
エルメインがシェトランテに近づき短く尋ねた。
「ある事件、文字は読みにくいけれどカリサとも読める内容が十五年前くらいにあって、
以降はないようね。それ以降の実験はないと思いたいくらいで、いつなのかは分からないわ」
シェトランテがメモを指先で叩く。
「保管されていた場所を後で共有してくれ」
エルメインは一拍置いてシェトランテに手を伸ばした。
シェトランテは視線を逸らしながら資料を彼に渡した。
情報を保管していない彼女ではないだろう。
何か事情を抱えているようだが、いまは話を斬らない方が得策だ。
ミカロが腕を組み、エルメインへ向き直る。
「あれ、エルジードは?」
「妹にも君の居場所を聞かれたよ。今は西門の防衛に就いている。
カリサの襲撃を想定して第四部隊を編成しているから、近くまで行けばすぐに声が聞こえるだろう」
横暴なのはアルカルドでは除かれているらしい。
丁寧な言葉である必要はあまりないような気もするが、彼女なりの流儀なのか。
「ありがと。ところで、明日って何時から戦う予定なの?」
「これはレチカ様の確認を取ってから君たちに伝えようと思っていたが、これだけ揃っているのであれば、ちょうどいいか」
エルメインが封筒を示す。宛名はカリサ・ドルフェンと書かれている。
彼女が背中に持っていた槍を示すように紫の色づいた武器のマークがある。
「シェトランテ様のバルコニーにあったものだ、文面を見ても本人で間違いないだろう」
エルメインが文章を読み上げると、エイビスを毛嫌いしている言葉をいくつか述べているが、
ドルフェリア北東の古い闘技場で十時より宣誓、続けて開戦する旨が書いてある。
互いに歩み寄る姿勢を見せることだけを考えると、
僕達を倒しドルフェリアへ攻撃を仕掛ける姿勢だけは伝わって来る。
「コレ、罠じゃない?」
「相手好みの場所へ行くのだから、それくらいは対処するしかないさ。
まだ日付が決まっているだけ誠実さがあると思うべきだ」
「同意しがたいな。我であればその闘技場とやらに爆発物を仕掛けるべきだ」
全員がカリサの作った渦に足を取られているようにも思える。
この空気を作りたかったのが目的か。僕が机を叩こうとした時、隣でカップを置く音がした。
「私は小手先の作戦については必要ないと考えています。
むしろ正々堂々と戦うことこそ、ドルフェリア王家としての戦い方ですから」
「確かに誇りを貫くべきだ。罠と分かっていても全員で乗り越えよう」
「ま、そうなるわよね」
シェトランテの瞳はエイビスを尊敬するかのように剣の目をしていた。
大人しくドルフェリア王宮に対して不安や緊張を見せていた彼女が珍しく自信と信念を持った顔に三人は誰も言葉を返せずにいた。
「エイビスも、シャルの隣にいたら賛成しそう。シャル、成長したね。
ワタシ、支援の位置を合わせたいから、エルジードと調整してくるから外れるね」
ミカロが立ち上がると、シャルルローゼスに軽く手を振って部屋を後にした。




