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僕と、彼女と、ペンダント  作者: ミシェロ
第七章【家族】

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「なぜ、私が戦わなければならないのでしょう。

 家族と剣を交えることに、理由があるとしても・・・胸のどこかでは拒みたい自分がいるようです。

 静かに暮らして、大切な人と、当たり前の時間を分け合いたい。

 望みは本当にそれだけ簡単なことなのに、周りは私に牙を向いてくる。

 本音を言ってしまえば、時々投げ出したくなります」


彼女は思いを流すように僕の胸を押し込んだ。

シャルルローゼスのために、エイビスのためには、やはりこの言葉しかないだろう。


「図書館で、よく同じ棚の前にいたのを思い出すよ。

 エイビスが選ぶ背表紙は、たいてい古い詩集か、航海誌だったね。

 音楽の棚では、お気に入りの落ち着く曲を何とか交渉してずっと借りていたことを今でも思い出すよ」


彼女の指先が止まり、体は僕から逃げた。けれど、僕は止まらない。


「言っておくけど、これはセインから得た情報じゃない。

 エイビスが好きだった本も、耳に合った音も、覚えてる。いや、思い出したのが正しいね」


彼女は僕に体を押し付けると、雨の音がした。

困ったことに落とす準備を整えるかのように勢いの音が響く。

僕が振り向くと、彼女は顔を両手で隠した。

両腕を掴み五月雨の続く表情を見ると、彼女は目を反らした。


「・・・思い出してくださったんですね。あの時の私達の忘れられない最高の思い出を」

「僕はエイビスを信じてる。さっきの成長を活かせば、彼女に勝てる」

「ええ、もちろんです」


エイビスが水際から身を起こし、ためらいなく距離を詰めていく。

ほどいた手で僕の頬の感触を確かめると唇が触れて、熱の輪郭が重なり始める。

彼女は僕と位置を交換すると、僕を端の波に寄せた。


「もう一つ、ワガママを言っても良いですか?」

「いいよ」


滴る彼女を抱き上げると、腕が首の後ろに回り、奥に用意された休憩室へ足音を乱さず運んだ。

扉が閉まると灯りは柔らかく揺れ、海の反射が壁に映りこむ。

戦いの前の夜に、必要な長さだけ互いの不安を融かした。

水の流れが止まった頃、彼女の呼吸が落ち着き、体の重さが預けてきた。


僕は髪を撫で、額に触れると、彼女は弓の口をした。

目を開けると、天蓋の布越しに青い光が差し込んでいた。

寝汗を拭って上体を起こすと、扉の向こうから控えめなノック。

入ってきたのは、緑のショートボブに紫の瞳――エイビスだ。


正々堂々を思わせる白と藍の軽装礼服、胸元に家紋のブローチ。

膝上までのスカート。足は軽さを持った鉄っぽい銀の騎士靴。

誰かとの絆を示すように、珍しく信頼色の紐が髪を留めていた。

彼女は木製のバスケットを置き剣を取ると、僕と目を合わせた。


「おはようございます、シオン様。疲れは取れましたでしょうか」


エイビスは持ちすぎてバランスの取れていなかったボールの整理ができたような微笑みをした。

効果覿面だ。


「問題ないよ。戦うには十分だ。最後の演習、しようか」


僕は立ち上がり、相棒の剣を背へ収めて小鳥の離れた庭へ出た。


「はい。複数属性への即応、そしてシオン様との連携について再確認させてください」


エイビスはコインを宙に放つと、火が牙を剥き、続けて風が上から撫で、水の歪な斬撃が重なる。

三段の高難易度の斬撃を斬りつけると、斬撃は二手に分かれて草へと潜った。

エイビスは僕の反撃を見て紅茶とスコーンを嗜むような表情をした。


「さすがシオン様です。ですが、これはどうでしょう」


エイビスは二連の攻撃を放つ。今度は水と光が交差している。

水面を走る光が視界を白く塗りこむ前に、僕は剣の腹で水の線をすくい上げ、光は打ちあがっていった。すくい上げた水は空で氷に変わり、砕けて落ちる。


「エイビスもいい調子だね」


まさかここまでとは思っていなかったが、流石と言わざるを得ない。


「彼女は、必ず私の隙を狙ってくるでしょう。ドルフェリアのために、必ず打倒しなくてはなりません」


エイビスの声は穏やかだが、芯が張っている。


「・・・もう、迷いはないね」


エイビスは夢と希望の瞳で僕を見た。


「ありません。私の理想に、シオン様が手を重ねてくださったのです。

 ならば、私も決断せずにはいられません」


エイビスが覚悟の手を差し出した。指先に触れた瞬間、掌から強い火が流れ込んだ。握力ではない。

迷いを押しつぶす意思の重さ。脈は一定で、熱だけが静かに増していく。


「わかった。背中は任せてくれ」

「ありがとうございます。できれば、成長した私を見てください」


エイビスは手を離し、おやつの時間みたいな礼をした。彼女の目の揺れは消えている。


「僕は少し仮眠を取ってから集まるよ」


彼女は僕を見ると、腕の位置を確認するような動きで手を伸ばした。


「本当は、私も一緒に・・・と思いましたが、残念ながら時間がございません。

 宣誓の準備をシャルと進めますので、九時にまたお会いしましょう」


エイビスは理想を胸にしまうと、小さく息を整えた。


「また、城の出入口で集まろう」


僕は約束を確認し、部屋へ戻って横になった。



◇◇◇



衣装室には、鎧と同じ白と藍を基調にしたドレスがサンプルも作らずにいくつか置かれていました。

肌ざわりやカバーをかけた痕跡が見えないところを考えると、今回の戦いのために作られたのでしょう。宣誓のためとはいえ、戦いを前にドレスで敵に姿を見せるのは気が進みません。

エルメインさんに鎧で宣誓したい旨を伝えましたが、伝統の一言で断られているので仕方ありません。


「シャル、今日はこのリボンを付けてはいかがですか」

「はい、御姉様。さすがですね、私にピッタリです」


返事はいつもより少し柔らかい。私は彼女を見やり、白と空色のリボンの位置を修正した。

カリサさん、姉との闘いを前にしている割に心は揺れ動いていないように見える。


「シャル、今日は随分と落ち着いていますね」

「御姉様がドルフェリアの代表として立っていらっしゃるのです。私が揺れ動くわけには参りません」


彼女はこの場所にしては珍しく、タイダルフォースの休暇にショッピングをした日のように笑った。

その笑みが、どこか懐かしい。


「良い笑顔です。アルティウス学園に通っていた時、

 シオン様との時間を過ごすために協力してもらった時の笑顔が戻りましたね」

「そんなこともありましたね。御姉様がリラックスできたようで何よりです。

 私としては、昨日シオン様とどのような時間を過ごされたのか、気になりますが」


シャルは可愛らしさがあるものの、王家の女性としては憚られる

オフショルダ―の服を着るような迷いのある表情で頭の中のシオン様と私を見ていた。

相変わらず彼女は純粋で純情で素直だ。

剣を引き抜き彼女の髪横を掃うと、私は甘さを捨てた。


「御姉様・・・何を?」

「あなたは、何者ですか?」

「落ち着いてくださいませ、御姉様。私はシャルルローゼス・ドルフェン。

 離れ離れになっていた御姉様の妹です」

「では、なぜ私の嘘に気づかなかったのですか。シオン様と図書館を出て過ごせた時間はたった一回。

 それにその時間、シャルはタイダルフォースでの訓練があったので、

 図書館にはいられなかったのです」


彼女は視線を伏せると、足元が沈んだ。

黒い沼がカーペットごと包み、私ごと飲み込もうと空気を取り込んでいく。


「あーあ、バレちゃった」


彼女の声で気味の悪い言葉を聞くと、沼は私を飲み込んだ。

シオン様、どうやらカリサには正々堂々の精神はないようです。


視界が戻ったとき、私は闘技場の中央に立っていた。観客席には獣人、柵の外には獣たち。

獣の雄たけびや反応が空気を押し上げる。私を見た瞬間、歓声が上がった。

槍が地を叩く音がすると、歓声は波打ち目線を揃えた。


「戦いを始めよう」


冷たい卑怯な目が、私を射抜こうと目線を放っていた。

私の時計は垂直の時間を示していた。


「あなたの手紙には十時に始めると書いていたはずです」

「時間を変更しただけだ」

「そのような連絡は受けておりません」

「役立たずな部下を持つと苦労するもんだな。確かに通知は送ったぞ」


彼女が顎で示した先には鳥かごのような鉄檻の中にシャルの姿があった。彼女と共有の時間を取らなかったことが仇となってしまいましたか。

両腕を縛られ、俯いた後、私と見ると彼女は駆け出した。


「御姉様! 申し訳ありません。私のことは気にしないでください」


檻の中のシャルがシオン様達の思いを結んだ震える声で言った。

その時、背後から同じような声がした。


「騙されてはいけません、御姉様」


振り返ると、そこにシャルが立っていた。私が勧めた彼女の好きなマリーゴールドのエンブレムが付いた杖を掲げ、静かな魔力を灯していた。


「本物は私です。檻の中にいる彼女は偽物です。この杖が何よりの証拠です」

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