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僕と、彼女と、ペンダント  作者: ミシェロ
第七章【家族】

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黒い僕は笑いを深くし、そのまま吸い込んだ。

僕の特権だと思っていた吸収を、当然のようにやってのける。次の瞬間、返礼が来る。

借りた形のまま、出力だけ増した斜線。反応が遅れ、胸の前で受けるのが精一杯だった。

衝撃が内臓の位置をわずかにずらすと膝が床へ落ちた。


追撃が来る。軸足を切り替え、足蹴りが横腹へ向かって伸びた。

左拳で受け、骨に流していなす。黒い僕は距離を詰め、視線で針を刺す。


「セインと戦う時に助けられた恩を忘れて、彼女の戦いに協力しないのは身勝手過ぎやしないか。

 本当は君も自分が何をすることになるのか、悩んでいるんじゃないのか」


呼吸を整え、彼女を思う言葉を返す。


黒い僕は視線を細め、一歩、二歩と連続で踏み込む。剣の連打は、属性を乗せていない。

故意に外している。僕の吸収を試し、癖を読むつもりだろう。刃と刃が素で組み合う。

重さと角度は、寸分違わぬ僕の動きそのものだ。


「お前にはセインが教えてくれた優先すべきことがあるだろう。邪魔者はいち早く省くべきだ。

 そのための力も揃っている。お前がやらないというのであれば、俺が片付けてやろう」


肩の内側に短い緊張が走る。そこで仮説が形になる。黒い僕は、吸う対象と量を自分で選んでいる。

では、選べない刃はどうだ。僕は後退のふりで間合いを開き、呼吸一つで青い遠距離の刃を放つ。

火でも水でもない、境界を削る薄刃。吸収のために差し出される面が見えた瞬間、刃の軌跡をずらす。

剣に吸い込ませない角度。狙いは左肩だ。


黒い僕の肩口が弾け落ち、動きが鈍る。怒りが水面を歪ませる。


「すべて吸えるのではないのか」

「僕の能力には、まだ秘密がある。困ったことに僕もあまり知らないけどね」


黒い僕が舌打ちもせずに無属性の突きを寄越す。素の斬撃は、僕の最も馴染んだ餌だ。

刃の腹で飲み、反射で返す。と黒い僕は正面から吹き飛んだ。受け身の裏へさらに一つ重ねる。

腕に浅く、足に深く傷が入る。黒い僕の動きが崩れていき、彼は剣を落とした。

黒い水が傷口から噴き、足元が池へ変質する。顔を上げず、地面の一点を見つめている。

僕は間合いを保ちつつ、最後の確認を置いた。


「僕は彼女を邪魔だと思わない。それに、エイビスと同じ部屋にいた時間、君は何もしなかった。

 何か迷いがあったんじゃないのか」

「違う。運が悪かっただけだ」


否定は速く、言葉の芯は揺れていた。黒い池が彼の膝を飲み、腰を飲む。

沈む直前、顔だけがこちらを向く。


「ふっ、また会うことになるだろう。次は、お前が選べない場に引きずりこんでやる」

「次が来ても、僕は変わらない。今度は話し合いで決着を付けよう」

「さて、どうだかな」


黒い僕が沈み、鏡の水面が輪郭を整え直す。遠くで水飛沫の気配が高まり、僕は視界を引き上げられた。息が同時に戻る。泉の縁だ。右肩が柔らかい岩に突かれた。

振り返ると、毛布を肩から巻いたミカロが立っていた。横風を防いで、頬は少し赤い。


「おかえり、シオン」


頬に手を添え、指で体温を確かめると、内から焚火のような中心の暖かさがした。


「肉サンド、美味しかったよ」

「シオン、お腹空いてる?」

「いや、今は大丈夫」


ミカロは顔を崩し、ためらいなく僕の腰に腕を巻いた。


「よかった。間に合って」

「今日会えてよかった。ただ、少し座ってもいいかな」

「うん」


足がふわりと踊り出す。戦ったのとダメージを受けた反動だろう。

泉の底で自分と戦った分、足が心もとない。

ミカロはその重みごと受け止め、僕が座ると毛布の半分で僕を包んだ。


「今度は、いつ会えるかな」

「大丈夫。きっと明日、会えるよ。努力する。あと、話さないといけないことが」

「うん、私も疲れてるから、今日は寝よ」

「そう、だね」


言葉の最後を結ぶ前に、まぶたが水の流れを追っていく。体の反応が先に眠りを選ぶ。

ミカロの手が髪を軽く撫で、どこかで鳥の声が背景に流れた。


鳥の声は、同じ高さを保ったまま続いていた。目を開けると、泉の縁に朝の色が差している。

日付は一日しか動いていない。助かった。

隣を見ると、ミカロが同じ毛布にくるまり、他人のペースに飲まれた時のように静かな顔で眠っている。


「ごめん、迷惑ばかりかけてるね」


心配をかけたこと、ここで倒れたこと。先にエイビスの警護等含めて伝えられなかったこと。

これまでのことを挙げてもキリがない。


「・・・うん」


短く返事が落ちる。無意識の返答かもしれないが、胸が少し軽くなった。


「ん~~っ!」


伸びを一つして、ミカロが目を細めた。


「おはよ、シオン」

「おはよう。起き上がり早々なんだけど、エイビスとのこと、話してもいいかな?」

「んー。いいよ。目、瞑ってるけど考えてるだけで、別に寝てるわけじゃないから気にしないで」


僕はミカロが気になっていたエイビスのことについて補足の説明だけをした。

警護兼婚約者候補を引き受けていることを離したら目が中央に寄った気がするが、

開かない所を見ると確かに考えているようだ。

あと、ちゃんと事情の説明が遅れたことを謝ると、ミカロは目を瞑ったまま動かない。

まさか、寝てるのか。


「うん、大体ワタシの考えと合ってた。シオンがワタシを裏切るわけないって思ってたけど、

 ドルフェリアの兵士からエイビスの婚約者って噂が流れてきたけど何かの間違いだと思ってたの」


ミカロは僕と目線を揃えて自分の考えを話した。

僕の動揺を見ているのかもしれないが、彼女の瞳はすぐに逸れた。


「良かった。本当は怒ってるんじゃないかと思って心配したよ」

「怒ってないよ。ワタシもシオンがどうしようもないお人好し、ってことは大体分かってきたから」


ミカロの瞳の中には暗雲ができていた。


「シオン、ワタシとの関係、何だと思ってる?」


迷う必要のない問いだ。抱きしめて、言葉を置く。大切で、好きで、手放したくない。

ミカロは目を閉じ、呼吸を揃えた。答えは決まっている。だが、僕は断った。


「一つ、片付けたいことがあるんだ。片付くのはこの戦いの後になる。それまで待ってほしい」


ミカロは僕から体ごと横に逸れると、目だけで僕を見た。


「ねぇ、ワタシはシオンにとって、都合のいい友達?」

「違う。大切な恋人だよ」

「へぇー。そうなんだ」


ミカロは満足げに笑った。輪郭が柔らかくなり、肩の緊張が解ける。


「ま、ワタシも少し寝不足だったし、シオンの考えを優先してあげる。部屋に戻って休むよ」

「僕はエイビスと稽古をしてくるよ。ゆっくり休んで」

「りょーかい」


毛布を畳み、手を振り合い僕はミカロを背に王宮を駆け足で移動し始めた。

待ち合わせの時間まで、そう長くない。エイビスのことだから道場にいるに違いない。

メッセージで連絡を取ると、案の定、彼女は待機していた。相変わらず抜かりがない。


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