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僕と、彼女と、ペンダント  作者: ミシェロ
第七章【家族】

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作戦を立て直すため、僕は全員に待機室への移動を促した。

円卓に顔が揃うと、エイビスが視線で一人ずつ確かめ立ち上がった。


「確認ですが、今の段階でカリサ・ドルフェンとの闘いについて辞退したい方がいれば、

 教えてください」


答えは議論の余地がなかった。

ミカロは顎を引き、シャルルローゼスは手を重ね直し、シェトランテは襟を正した。


「ま、いるわけがねぇよな。姉姫様の開幕戦だ。尚更参加する」

「エルジード、全員の態度を見てから発言したのは良いが、公平に欠けるぞ」

「いいだろ兄貴、どうせこれまでの仲間で裏切るやつがいねえことくらい、兄貴もわかってるだろ」


エルメインは地図を開いて卓に置くと、座り直した。

エルジードは切り株に火をつけたような表情になった。


「ドルフェリア兵の参加についてはどうしましょう」

「王宮兵を加えれば見映えはする。

 だが、こうも大技の持ち主が揃っていると、味方を傷つける恐れがある。

 カリサのあの言いようでは数で勝つ必要はないかと」


正論だ。僕も頷く。シャルルローゼスがエイビスの袖をそっと引いた。

潤んだ瞳は一騎打ちへの不安が揺れているのだろう。エイビスはその手を包み、声を落とす。


「大丈夫です、シャル。私が決めた道ですが、一人で背負うとは思っていませんから」


話し合いはそこで切り上げた。僕はミカロに声をかけようと手を伸ばす。

婚約者候補の件、弁解というより経緯の共有について順番はずらせない。


「ミカロ」

「な、何?」


ミカロはエルジードとの間に腕を挟み、距離を稼いだ。

ブルームスパイアでの出来事が渦巻いているのかもしれない。


「俺の炎とお前の風があれば良い合体魔法ができるはずだ。姫様たちのために力を貸してもらえるか」


ミカロは凪の顔をしていた。


「あ、あー。そうだね! うんうん私もちょうど考えていたとこ。そしたら今から試してみようか」

「私も魔法使いとして支援させていただきます」


かまいたちを頭に巻いたような言葉を彼女とかわすと、三人で扉を出てしまった。

仕方ないので、メッセで話がしたいことだけを送っておこう。


手持無沙汰になった僕は廊下から自室へと歩いて行く。

角を曲がった先に、宝飾を控えめにしたエイビスが立っていた。

こちらを見て、歩幅を合わせに来た。自然に自分の腕を僕へ絡めてくると、肩へもたれかかってきた。


指先が触れた瞬間、右腕の内側に冷たい波が走った。反射で剣が半身に上がる。

狙いは――彼女の喉もと。意図していない。

僕の意思は止まれと言っているのに、右腕が命令を聞かない。


「シオン様」

「僕じゃない。右腕が、勝手に」


エイビスが違和感を拾い、護剣を抜いて距離を測る。

腕は指先から手首にかけて、皮膚が黒ずんでいた。握りを緩めて鞘に戻そうとした瞬間、筋肉が逆らう。刃が走れば、彼女の肩口を裂く軌道だ。

エイビスは紙一重で身をずらし、いなす角度を作り、反撃のための踏み込みを一度だけ準備してからやめた。


「属性は禁物です。下手に刺激すれば、右腕が暴れるきっかけとなるようです」

「分かりました。できるだけ抑えるようにする」


右の指が勝手に相棒へ力を込める。左で手首を締め、軌道を殺し呼吸を整え、足の位置で彼女を傷つけない線を作る。

エイビスは防御に徹し、浅い打ち込みだけで僕の膂力を受け止め続け時間を稼いだ。

謝罪の言葉が一度だけ挟まる。


「ごめんなさい、シオン様。筋が逸れてしまいましたね」

「気にしてないさ。僕の問題です」

「シオン様、あまり動かないように耐えてください」


彼女は短く頷き、呼吸の隙間に花の印を置いた。

刃先が僕の手へ咲くように軽く触れると、彼女は剣をしまった。


「エイビス、まだ危険だ」

「いえ、心配ありません。左手を話してください」


右手はエイビスに牙の揃った口を開くと、相棒は床に飛んでいった。

右手は牙を整えようとしては筋肉痛のような痛みが流れ込んでいく。

動きを止めてほしいのだが、虫のように執念深く動き回る。

黒ずみの中心がほどけると指が力を失った。右手は空を掴むみたいに、無意味な動きで止まった。


僕は自分の胴を確かめる。斬撃は入っていない。致命にならない角度だった。

手加減というより、意図して浅く置いた一撃。


「私の花属性攻撃は、相手の動きを惑わす痺れの効果があります。

 今、右手は数分だけ動きませんから、しばらくは心配ないかと」

「助かったよ、ありがとう」


黒ずみは、日焼け跡のように薄れていく。

エイビスが短い術式を綴り、痺れを解いてくれると、指が正しく戻った。

彼女は安堵と責任の間で揺れた目を、まっすぐ僕に向ける。


「シオン様の中に、別の存在がいるようです。これには排除ではなく、分離が必要です。

 王宮の外れに対面の泉という不思議な空間があります。

 自立のために作られた施設で、内部の異物を鏡のように抜き出せるかもしれません」

「どのくらいの確率かな」

「高いとは言えません。ですが、ここまで明確に反応が出るなら、試す価値は十分にありますわ」


エイビスが廊下の角で足を止め、扇のように手帳を開いた。


「明日は私と稽古をお願いしてもよろしいでしょうか」

「もちろん、力になれればぜひ」

「またご謙遜を。けれど一切手加減はいたしませんからね」

「僕もそのつもりだよ」


扉の先は、鏡が壁も天井も床も覆う静かな部屋だった。

中央だけが切り墳のように落ち込み、浅い盆地に澄んだ水が巡る。

流れは絶えず生まれては消え、輪郭を保ちながらわずかに息をする。

エイビスが手を組み、視線で僕の顔色を探っている。


「怖さはありませんが、楽でもありません。対面の泉は、自立のために自らの内側を映すようです。

 目の前に現れた相手から目を逸らさず、話し合いか戦うか、いずれにせよ互いに理解のある状況を作らなくては、今後も暴走が続くと思われます。

 危険だと思ったら、後ろの扉からすぐに戻ってくださいまし」

「わかった。相変わらず助かるよ」

「もちろんです。私がシオン様を助けるのは当然ですわ」


彼女は恥じらいを含んだ笑顔を見せた。彼女の説明を胸に置き、縁へ膝をつく。

目を閉じ、冷たい水面へ顔を沈める。音が遠ざかり、鏡が水になる。

視界が開いたとき、目の前には自分がいた。


黒い僕が、いる。輪郭は僕で、光の吸い込み方だけが異質だ。

黒い僕が口角を持ち上げる。三日月に似た形だ。水の底なのに、声は鮮明だった。


「理解しているはずだ。エイビスは拒絶すべきだ。彼女を遠ざければ、しがらみは減るだろう?」


相棒の剣を抜き、間合いを測る。彼女は王家の要だ。

いまは妹に加えて父と母、そして姉のカリサとの争いの只中にいる。

甘えるだけの言葉を受け入れてはいけない。僕は首を横に振った。


「お断りだ」


考える時間を潰すべく距離の境に踏み込む。刃の腹に風と光を薄く載せ、遠距離の牽制を投げた。


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