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宴会場の方角だ。僕は剣帯を確かめ、エイビスへ視線を送る。
彼女は頷き、箒を持ったエルジードに駆ける。彼女が先頭に跨がり、エイビスを後ろに座らせた。
「俺が上を押さえる。姉姫様、落ちるなよ」
「もちろんです、あの時のように全速力でお願いします。シオン様達は後ほど会場で合流しましょう」
箒が弧を描き、二人は屋根の海へ消える。
僕が残ったメンバーの表情を確認すると、ミカロは裾をたくし上げ、
シャルルローゼスは深呼吸で緊張を押し込め、エルメインさんはパンチグローブの感触を確かめていた。
「行きましょう、シオンさん」
シャルルローゼスのいつもより低い声がした。
会場へと続く扉が手と同じくらいのサイズまで近づくと、
襲撃に備えるように槍や弓を構えたアルカルドの兵士が僕達の道を塞いだ
「シャルルローゼス様! これから会場へ行かれるのですか」
「もちろんです。お父様が危険にさらされているのをただ見ているわけには参りません」
「そ、そうですか。エルメイン隊長もいますし、概ね問題ないと思いますが、
陸上生物の戦闘員と交戦したとの情報が入っています。我々は生物兵器と呼んでいます。
皆さんもお気をつけて」
「個々の警護を頼むぞ」
「はっ!」
空気の匂いが赤く変わったような気がする。
先にある通路階段を横から確認すると、鋼の嘴を持つ黒い鳥が待機していた。
二人が通るには狭すぎるな。
「僕が正面を狙う。横からは二人に任せるよ」
「オッケー!」
いつもより服が長い状況で黒鳥に剣を振り下ろす。黒鳥は翼で腹の内を隠すと、羽が舞った。
いつもの抵抗が返ってこない。
「ウィルディーランス!」
「ガァッ」
血の落ちるような声を聴き、横回りで再度飛び上がると、彼は僕を見てただ攻撃を受け入れた。
羽は何度か脈打つと動かなくなった。
「妙な装備、いえ体を持った敵でしたね。今は先を急ぎましょう」
「ガヌヌ!」
「ブモオオ!」
「呼んでもないのにまた来たわよ」
革命を告げるように立ち上がった鉱石のような固さの腹を持つ豚とオシャレを楽しむかのように
白鉄の爪を持った熊は僕らへ戦いの宣言をするように呼応すると、エルメインは背を向けた。
「こっちの豚は俺とシャルルローゼス様で片付ける。熊は任せるぞ」
「分かりました」
「ミカロ、さっきと同じ要領で進めるよ」
「オッケー」
「ブモオオオオ!」
熊の叩きを相棒で受け止めると、逃げ離れた風が僕の横を通り過ぎていった。
僕の肩を叩くように手が飛び上がると、風は姿を消した。
「ウィスティア・ブレイド!」
大木を斬り落とす斧が風の悪戯な勢いで飛んでいく。火花のように赤い衝撃が飛び、熊は床に転がった。道場での言葉が効きすぎているのか、いつになく残虐で力強さがある。
エイビスとの密約を伝えたらこうなるのかと思うと、僕の心はサファイアのようになっていた。
「こっちも終わった。どうした、生き物の血が苦手なのか?」
「いえ、多分匂いが気になっているだけです」
僕の異変にミカロは何も言わず手を繋ぎ、ハーブのような清涼が体に流れ込んできた。
この騒動が済んだら、ミカロに全てを話そう。時間がなかったら、メッセージでも手紙でも。
エイビスと踊っていた会場に飛び込むと、王家の避難は完了していた。
エイビスとエルジードが王と王妃の前に立ち、動物兵器との間で盾となっている。
反対にいる女性の背後に並ぶのは、甲殻で覆われた猿型、関節が反転した狼型、翼に骨針を編み込んだ鳥型。
どれも瞳に理性の欠片を残さず、同じ歩幅で呼吸し、尾や爪を一斉に同じ角度へ傾ける。
訓練ではなく刷り込みで揃えられた群れだと、動きの静けさが告げていた。
先頭にいる一人の女性は上半身が頬の線が引きつり、首の付け根から硬い毛並みが盛り上がる。
腰から下は馬体に繋がり、ずれた節の脚が不規則に鳴る。
肌と毛の境目は不自然に波打ち、呼吸のたび継ぎ目が軋む。
瞳だけ人のまま濁り、尾は乾いた縄のように痩せ、歪んだ均衡が見る者の体温を奪った。
「私たちと同じ、髪色」
シャルルローゼスの言葉は、女性のことをほぼ説明していた。
「私はカリサ・ドルフェン。父と母が娘たちを悲惨に追い込み、
私すら兵器にしようとした事実をドルフェンの名に、刃で答えを渡しに来た」
「境遇は私も同じですが、そうは思いません。暴れたいのであれば、相手になりましょう」
エイビスは一歩だけ踏み出し、手を広げて刃を見せない合図を作る。対話に持ち込む意志が見える。
しかし姉は首を横に振り、猶予だけを置いた。
「二日後だ。姉妹で、そしてそれぞれの信頼する戦士で決着をつけよう。
逃げると思うなら、追ってきてもいい」
「待ってください。他の選択肢が」
シャルルローゼスが反対する言葉を背にエイビスは妹の手を取り、静かに首を振る。
目だけで武器を離すことはできないと告げている。
カリサはそれを読み取り、軍勢に退却の合図を送った。
「覚悟しておけ、レチカ。お前のように私は甘くない」
黒の帯が夜へ吸い込まれていく。気圧がほどけていく。
「お父様、勝手な決断をして申し訳ありません」
王へ向き直ったエイビスが深く頭を垂れた。無断で決断したことへの謝罪。
王は短く息を吸い、頷く。
「いや、気にすることはない。レチカの今の行動はドルフェンの意志を見た。
私は王として娘を誇りに思う」
「いえ、私も甘えを捨てたいのです」
ドルフェリア王はトパーズの目を赤くした。光の弾ける感覚が肩を跳ね、肩が重くなった。
「ドルフェリアでは負けは許されん。レチカ、貴様の覚悟を見せてもらうぞ」
「かしこまりました!」
自信に満ち溢れた闇を穿つような瞳と今までに聞いたことのないダイヤを勢いよく切り裂いたような響きの声。
稲妻が流れても二人の目線は逸れることがなかった。




