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手を取って宴会場へ。
途中、彼女は王家関係者へ挨拶を重ね、やがてシャルルローゼスと軍装の男の前で足を止めた。
「こちらはアルカルド第三隊長、エルメインさんです」
シャルが紹介すると隣の男が礼を整えた。
「妹のエルジードが世話になっている。今夜はシャルルローゼス様の相方を務める、エルメインだ。
よろしく」
あのエルジードにダンス……?
心の中の独白に、自分で苦笑する。
背後から、肩へ軽い指先が触れた。
「余計な想像はしまってもらえますか、シオン」
エルジードがいつの間にか立っており、横目で牽制してくる。
「姉姫様と妹姫様、兄貴の前で、俺の名誉を減らすな」
「失礼しました。以後、気をつけます」
兵が合図を送り、舞の輪へ加わる。音楽が満ち、歩幅が揃う。
エイビスの掌が合図をくれるたび、視線と呼吸が噛み合った。
シャルはエルメインと軽やかに弧を描く。
輪は貴族たちへ広がり、曲が結ぶと拍手が寄せられた。王が立ち上がる。
「家族の帰還を祝い、今宵は大いに楽しもう。乾杯」
杯が上がり、空気が少しほぐれる。
エイビスは段取りどおりに挨拶を済ませると、僕の手を選び取って庭園の方角へ導いた。
「抜けてしまって大丈夫でしょうか」
「父の計らいです。私とシャルは、連日の疲れを癒してほしいということでした。
挨拶までは務めましたから、心配はいりません」
噴水の傍にある吹き抜けの円卓。
そこには、食事の準備を整えるエルジードの後ろ姿。
僕は皿の配膳を手伝い、疑問を口にする。
「ここで食事、ですか」
「ええ。シャルの素晴らしい提案です」
エイビスがまたメガネをかけて答えた。どうやら気に入っているらしい。
「シオン様もエルジードさんも、ずっと休めていないのではと思いまして。
短いですが、馴染みの顔だけで一息つきましょう」
その輪へ、深い緑のドレスが駆け込んだ。ミカロだ。
胸元と耳に小粒の飾りが揺れ、色味は彼女らしい。
「馬子にも衣装ってやつだな」
エルジードがわざとらしく肩をすくめる。
「エルジード、誉め言葉になっていないぞ」
「え、そうなのか?」
僕は苦笑しつつ、ミカロへ向き直った。
「よく似合ってるよ。料理に興味がなくなっちゃった」
「ありがと、シオン。少し歩きにくいけど、そう言ってもらえて良かった」
円卓に料理が並ぶ。噴水脇の円卓には、
海草で香りづけした白身魚のカルパッチョ、ハーブ鶏のローストと根菜、
焼き立ての小麦パンに海塩バター、葡萄と白チーズの皿、
蛤の温かなスープ、蜂蜜と柑橘の果実水が並び、
夜風に香りがほどけていくと、エルジードが兄であるエルメインへ視線を送っていた。
「第一隊長は見たか、兄貴」
「舞の最中に見かけたが、すぐ見失ってしまった。相変わらず止め所の知れない人だ」
エルメインが肩を落とすところを見ると、何やら話があったらしい。恐らく僕らには関係ないだろう。
「まぁ、あとで探すさ」
彼は僕やミカロの方へ向き直ると手でココロを示す仕草をした。
「妹がブルームスパイアで迷惑をかけた件について、詫びておこう」
「別に気にしてないよ。結果として、シオンや皆の気持ちがわかったからね」
ミカロは柔らかく片目を細めエルメインに答えた。
妹は心地が悪いのかグラスを持ち直し、肩を回した。
「結婚式に興味はなかったが、一人で自由に動けるなら、依頼は引き受けざるを得なかったんだ。
姫様達を見つけるには好都合だったからな」
「では、崩落する式場を置き去りにして、依頼なしで彼らを探しに出たのもやむを得なかった、と?」
エルメインが静かに問い直すと、炎は蒼くなった。
「掘り返さないでくれよ兄貴。それは前に謝っただろぉ」
短く息を吐き、話題を変えるようにエルジードがこちらを向くと、僕に蝋燭のような火を見せてきた。
「姉姫様、教えてくれよ。シオンのどこが決め手だった?」
僕の手を、ささやかな痛みがつまむ。眉の渦巻いたミカロが陰で抓っていた。
あ、そういえばコレも伝え忘れていた。
彼女の手を反対で取ろうとすると、横風のように竜巻いた手で弾かれた。
事情をまだきちんと伝えていない自分を、心の中で叱ると、エイビスが微笑で受け取り視線を集めていく。
「馴れ初めを申せば、私の理想の言葉をシオン様が先にくださったからです。
私の意思を最優先に、歩幅を合わせると」
「聞いといて何だが、流石に暑いな」
エルジードが心の熱を冷ますように手で頬を仰ぐ。
「そういう炎には慣れてねぇんだよな。……俺も、そういう誰かを見つけられたらいんだがな」
相手が気の毒だ。ミカロも雷が轟いたような表情をしていた。エルジードは油を飲んだ。
「おいお前ら、いま失礼な想像をしただろ。言っておくが、俺もデートくらいする。
誘われたから全速力の箒で連れ出してやったに、ギブアップって意味分からねぇ」
「陸で戦いたかったのかもしれないな」
エルメインが淡々と合いの手を入れる。
「それは仕方ねえな」
胸を張る妹に、エイビスが母のような微笑を添える。
「可愛らしい理由です。次は歩いて差し上げてくださいませ」
返事が返る前、夜空の向こうで乾いた音が一つ。全員の視線が跳ね上がる。
僕は反射的に剣へ手をやり、エルジードは箒、ミカロは指先に風、エイビスは剣を構えた。
シャルは一歩退き、周囲の壁と人の流れを確認して位置を取った。
「敵か」
「いや、これは」
エルジードが手のひらを上げ、制止の合図。次の瞬間、空に色が咲く。
青、紅、金、白。花弁の光が重なり、ほどけていく。遅れて城から歓声。帰還祝いの花火だ。
エイビスが胸に手を置き、息を落とす。
「考え過ぎでしたね。きれいです」
ミカロの手を握ると、指先がもう一度だけ僕の手の甲を抓った。
今度は痛むほどではない。彼女はそのまま手を放さず、目戦は花火の残照を追っている。
終わりの色が夜に溶け、円卓へ戻って片付けに取り掛かろうとした瞬間、遠くから乾いた衝撃が空気を震わせた。




