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僕と、彼女と、ペンダント  作者: ミシェロ
第七章【家族】

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ミカロには後で改めて作戦の説明をしよう。

そう結論づけて、僕達はエルジードの呼びかけを受け、馬車へと乗り込んだ。


僕は護衛としてエイビス、シャルルローゼスと同じ車両に乗り、

ミカロやシェトランテ、エルジードとは別になった。

ミカロへ先に話をしておきたかったが、護衛役であればこの配車は仕方ない。


後方馬車の扉が閉まると、車輪が滑り出し帆布越しの陽が柔らかく揺れ始めた。


「シオン様、約束をお忘れではありませんよね」


出発の合図が遠のくより早く、エイビスはするりと僕の膝へ身を預け、視線だけで報酬を催促してきた。交渉に成功したご褒美。その目は穏やかで、芯がある。


「ここで、ですか。シャルルローゼスもいるから、また後にしませんか」


シャルルローゼスは窓の外に体を向け、背中だけを見せる。

まるで芸術作品のように動かない彼女。気配を消すのが上手い。

観念して、僕はエイビスの髪を一度だけ梳いた。絹のように細い。

頬へ手を移し、短く撫でる。

彼女は僕の掌に頬を寄せ、角度を変え、感触を確かめるように何度か擦り合わせた。

満たされた後のような落ち着いた表情が戻る。


「ありがとうございます、シオン様。さて、共有しましょう。王権の話し合いです」


膝から起き上がったエイビスは姿勢を正し、シャルへ向き直る。


「王位継承の議題は避けられません。私がいま望むのは、家族で決める機会です。

 シャル、あなたの意見を聞かせてください」

「御姉様、ありがとうございます。けれど私は、まだまだ不相応です。

 王位の重さを受け止められる器を持っていると思うほど、私には実力が伴っておりません。

 いまは学ぶ側にいたいのです」


その言い方は謙虚だが、金具の引っかかる部分がある。僕は間髪を入れず彼女に尋ねた。


「不相応、という言葉を選んだ理由を、もう少し聞かせてくれるかな」

「自分の判断が他者の生死や生活を左右する場に、私の経験値は足りないように思います。

 恐れがあるうちは、警告を受け入れ歩幅を合わせるべきだと考えているのです」


恐れを言語化できる人は強い。僕は答えを飲み込んだ。

王家領は、海に抱かれていた。城郭は潮風を受けて白く、壁面の紋章やアーチの彫りは驚くほど細密だ。装飾の陰影に目が奪われる。外濠は海と繋がっていて、透明な水路を小魚が行き来する。

兵の合間を泳ぐ尾びれが、さざ波の文字みたいに読めそうで、シャルは指で数を数えていた。

馬車が止まると、エルジードがエイビスに手を差し出した。礼を尽くした演技が始まる。


「長旅、お疲れ様です。ご案内します。

 ・・・が、会議が延びているようです。王と王妃へのご謁見は時間をずらすと通達がありました」


その直後、彼女は背後の兵へ振り返り、語尾が鋭く変わる。


「隊列までの時間をできるだけ詰めろ。無理でも合わせるんだ。俺が責任を持つ」


空気が引き締まる。けれどシャルルローゼスは眉根をやわらげた。


「いい機会です、エルジード。ドルフェリアの城内を御姉様と一緒に歩いても良いでしょうか」

「もちろんです、妹姫様。俺もついていきます。待機室まで移動しつつ、短い案内を」


そこへ白衣の裾を揺らしてシェトランテ。


「待機が生じたなら、私も自由行動にさせてもらうわ。

 エルジード、戦闘訓練のできる場所はどこかにあるの?」

「左奥の道場なら空いている。一応確認するが、何をするつもりなんだ」

「心配いらないわ。王家の人間とは関係のない実験をしたいだけよ」

「いいだろう。待合室は別で用意する。近くの兵に尋ねてくれ」

「分かったわ」


シェトランテは間髪入れず、僕とミカロに視線を移した。


「シオンの寝込みの現象を調べてみましょう。

 時間は短いけど、条件を絞る分には悪くないでしょ。ミカロ、協力して」

「ワタシでいいなら。ここに慣れる意味でも、やっておこうよ。シオン?」

「やろう。結果がどうであれ、確かに無視できる問題じゃない」


エイビスも一歩出てきた。


「私も。シオン様の傍で」


しかし、エルジードが静かにその腕を取った。敬語の温度が一段濃くなる。


「エイビス様、王家へのご説明が先です。申し訳ないが、俺の考えを立ててもらう」

「いえ、恩人であるシオン様の実験を優先すべきです。

 シオン様がいなければ、あなたとお会いすることもなかったのですよ」


エイビスはわずかに唇を尖らせ、シャルルローゼスを見上げる。彼女は頷いた。


「御姉様、ドルフェリア王家から支援を得ることができれば、

 シオンさんをロクサリエンから守ることにも繋がります。そのために説明を受けるべきです」


シャルルローゼスの考えを受けて、

彼女はコーヒーを飲み干したような表情をしてエルジードに目線を揃えた。


「・・・わかりました。シオン様、後ほどお会いしましょう」


エルジードは苦笑する。


「驚いた。姉姫様は思ったより自由なんだな。けど、妹姫様は慣れてるらしい。

 では一時間後、待機室に集まってくれ。謁見用の服装へ着替えを済ませてな」


僕は二人の背を見送り、道場へ向かった。

道場は広く、床板は乾いた質感で脚に優しい。壁際にシェトランテが積んでいく奇妙な立方体の白壁。

エルジードが貸し出しを許したという、衝撃を激減させる防壁だ。


「まず、属性の複合がトリガーか確認するわ。ミカロ、強い一撃を放ってもらえる?」

「分かった。シオン、どのくらい手加減すればいい?」

「手加減はいらない。全力で来てくれ」

「寝込んだらどうするの。ワタシ、けっこう本気で心配してるんだからね」

「大丈夫だ。僕が君を信じているのと同じくらい、自分の実力を信用してる。

 何かあっても、ここで止めるよ」


シェトランテがわざとらしく咳払いをひとつ。


「いつまでもイチャつかれても困るわ。二人とも、抱き合う前に早く攻撃してもらえる?」

「ひどい言い方。始めるよ」


彼女は深く息を整え、杖から手を放し両手を前へ揃える。

足元から空気の流れが組み替わる。僕は剣を半身に構え、刃の腹で風を受け止め、吸収の回路を開いた。風圧と斬撃の軌跡を重ね、力の矢印を内へ折り込む。

胸の内に集まる要素を整理し、白壁へ向けて吐き出す。


刃先で方向を与え、吸い上げた風を白壁へ解放した。

衝撃は壁面で小さく折りたたまれ逸散していく。

床は揺れず、鼻腔に乾いた木の匂いだけが残った。

僕は自分の鼓動と体温を測る。頭痛は来ない。まぶたの裏も安定している。


「何か変わった?」

「変化はないと思う。少なくとも今の条件では、寝込みは誘発されないみたいだ」

「属性が単独だと、精神負荷も低いし、外的安全も確保できると。結果は平常。

 次は複合か、出力変調か、環境因子も試してみるわ。今日は経過観察で終わりよ。

 謁見に遅れるわけにもいかないし、何より姉姫様が暴れ出しそうよ」


ミカロが肩の力を抜き、僕の顔を覗く。


「本当に平気?」

「平気だ。ありがとう、助かった」

「良かった。

 ・・・それにしても、別にイチャついてないから」

「どうかしらね」


シェトランテはさらりと冷たい筋の風を放った。


道場を後にし、僕らは待機室で服装を変えた。紋様の少ない高貴な服が用意されている。

僕には、警護用のスーツを基調にしたダークトーンの礼装が渡された。

機能的で、戦うにも動きやすいが、長く着ていたいとは思わない。


扉が開き、エイビスとシャルが戻ってくると、僕の目には色味を抑えたドレスと披露のケープが映った。どちらも彼女たちの線を美しく見せつつ、可動域が確保されている。

エイビスは僕の顔色をひと目で確かめた。


「お加減は」

「問題ありません」

「よかった。護衛をよろしくお願いします。謁見は長くなるかもしれません」


その後ろからエルジードが現れた。先ほどよりさらに整った礼装。けれど口は明らかに砕けている。


「シオン、体調は良いみたいだ。ま、俺も深くは心配してなかったけどな。

 で、力仕事があるから、ちょっと手を貸せ」


二人で廊下に出るとエルジードは肩をほぐしながら言う。まさか家具じゃないよな。


「紅茶の用意をしたい。王家は意外と指定が細かくてな。茶の濃さで機嫌が変わる人もいるくらいなんだ。

 そのついでに、念のため聞いておきたいことがある。姉姫様との関係、結論は出てるのか」

「乱暴な言葉遣いのエルジードが、そんな純粋なことを聞くんだね」

「今後の仕事に支障が出ないか確認したいだけだ」


僕は少しだけ考え、曖昧な言葉を選んだ。

エイビスがこの会話をどこかで聞いている気がして、結論を置かずに進みたかった。


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