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僕と、彼女と、ペンダント  作者: ミシェロ
第七章【家族】

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石畳の広場に薄い風が通り抜けた。

僕らの前で、エルジードが片膝をつき、頭を垂れる。

さっきまで部下に荒い調子で葉を飛ばしていた彼女が、別人のように整った所作だ。


「無礼の数々、まことに失礼いたしました。エイビス様、シャルルローゼス様。

 検査の結果、お二人がドルフェリア王家、すなわちドルフェン家の血統であることが確認できました」


エイビスは静かに水を通すような瞬きをした。

僕にはその表情の奥で、心の波が丁寧に整えられていくのがわかる。


「やはり私の思う通りでしたね。エルジードさん、あなたの所属を教えてもらえますか」


彼女は素直に頷き、深い声で続けた。


「本来の所属はドルフェリア独立部隊アルカルド第四隊長です。

 王家直轄の外郭戦力ですが、詳細は後程。これよりここにいる全員を城内にご案内し、ドルフェン家へご訪問いただきたく存じます。

 ドルフェリア家のお嬢様を発見した報告は王にとっても一大事。

 ご恩をお感じいただければ、ロクサリエン・バンガードからの追跡を緩める盾ともなるでしょう」


丁寧語と作戦提案が同じ口から出ると、耳が少しくすぐったい。ミカロが僕の肘を小突いた。


「シオン、どうするの。ワタシとしては動けるうちに動くのが正解だけど、他のドルフェリアの住人が同じ考えとは限らないよ」

「ミカロさん、確かにその通りです。ドルフェリアも国民全員の意志を把握できているとは言い難いでしょう」


シャルルローゼスが僕の口を埋めるように返事を告げた

だが、彼女の目には蛍のような光が放たれていた。


「しかし、私もお尋ねしたいのです。御姉様、シオンさん。私は・・・家族に会ってみたい思いがあります。私の記憶を繋ぐ線が、ほんの少しでも見つかるなら。

 加えて、王都の庇護は、追っ手の気配を散らせる可能性があります」


エイビスは静かに頷き、僕へ視線を寄越す。


「私もシャルの意見には賛成の部分がございます、シオン様。

 ただ、私自身のこれからについては話し合いを設けたいと思っています。

 王家に連なる者として、何を守り、何を諦めるのか話してみたいのです」


エルジードは、提案が受け入れられる未来を当然のように思い描いている顔をした。


「おし。それならすぐ馬車を用意する。準備ができたらまた呼ぶから待ってな」

「エルジード、さっきまでの話し方はどうしたのです?」

「いやー、できなくもねぇけど、血液が固まりそうになるほど拒否反応が出るんだよ。

 王にはちゃんと誤魔化せるようにしておくから心配すんな、姫さん達をこれまでみたいに攻撃したりしねえよ。それと、一つ別に伝えておきたいことがある」


エイビスは紅茶の香りを落とす。


「心配しなくとも、王家にエルジードの話し方について言及するつもりはありませんよ」

「いや、話したいのは姉姫さんの真名だ。ドルフェン家の自分の名前、実は分からないんだろ?」


確かに姉妹という割には二人の名前が違う。

両親の関係によって変わったのかと思っていたけれど違うらしい。


「ええ。今でも私はエイビス・ラターシャです」

「血液検査の結果だと、アンタの真名はレチカ・ドルフェン。王宮では名前の呼び方に注意してくれよ」

「構いません。皆さんにはどちらでもお好きに読んでいただければと思います」


エルジードの考えを受け入れると、エイビスは静かにその場を離れた。

口にしてはいないが、顔だけを見ればどちらの名前が好ましいかは明らかだった。

僕としては痒みがなくなったのでこの方が落ち着くが、

エイビスに意見を求めると十倍で帰って来そうなので、胸の内にしまっておこう。


準備で兵たちが忙しなく動く間、僕はエイビスに短いメッセージを送った。

彼女も予定の穴埋めが決まっていないのか返事は早かった。

路地裏の小さなカフェに集まり陽の角度が深くなり、影が長く伸びているのを見ながら、

彼女は僕と合流した。


「久しぶりに、二人きりになれましたね、シオン様」


丸い木卓を挟んで座ると、エイビスは嬉しそうに微笑んだ。

ハーブの甘い香りがほんのりと漂う。彼女の声は近くで聞くほど柔らかく落ち着く。


「嬉しい気持ちは同じです。でも時間も気にしないといけない。単刀直入に聞きます。

 王家との関わりを持つことでどうなるか、実はある程度予測できているんじゃないですか」

「シオン様は、私が王になることを望むとお思いですか」

「そうだなぁ。エイビスは王としての素質が揃っているようには見えるよ。

 ただ、優先度は低いんじゃないかと思う」


エイビスは一口だけ飲み物を含み、言葉を整えた。


「ふふっ、私の考えは明快です。

 子の誰かが王位を継ぐなら、それは家族で決めるべき、という考えは定説だと思われます。

 しかし私は当然それを望むわけではありません。私は静かに、幸せに時を過ごしたい。

 剣も国も、人のために振るいはしますが、王冠に心を囚われたくはないのです。

 だから、まずは話し合いたいのです。姉としての立場、シャルの未来、私の歩幅。

 簡単ではないでしょうが、言葉で解決できると思っています」


彼女はそこで言葉を少し切り、身体を傾け、そっと僕の肩にもたれた。通りの喧噪が遠くに薄まる。


「それから、少し作戦も考えています。

 私が主に話し合いをしたいと考えていますが、相手が何かしら妨害を仕掛けてくる可能性はあります。 

 そんなときに備えて、シオン様を私の警護役として御傍にいていただくのはどうでしょう」

「・・・」

「正しく言えば、お願いというより提案ですわね。

 私がこれからもシオン様の御傍にいられるように冒険を続けるため、お力を貸してほしいのです」


説得の重さが、しかし優しさで包まれている。僕は呼吸を整え、用件を切り出す。


「実は既にエルジードから釘を刺されているんだ。

 エイビスとシャルの警護はアルカルドが担うから、僕には距離を置いてほしいとね。

 僕が了承しているから、残念ながらその作戦は受け入れられない」


エイビスの瞳から、幸福の光が少しずつ離れていくのが見えた。けれどダイヤは零れなかった。

彼女は真っ直ぐに僕を見る。


「では、交渉してまいります。成功したら、また頭を撫でてください。あの時のように」

「待ってください、危険は」

「危険は承知です。エルジードさんは、正々堂々を好む方です。道はあるはずです」


言うや否や、エイビスは自分のコップをそっと持ち上げ、軽い礼を置いて立ち上がった。

背筋が真っ直ぐ伸び、通りへ出る背中は小柄ながら確かな意志を帯びている。


僕は残りの時間を噛みしめるように過ごした。

机の上の輪染み、窓枠の塗装の剝げ、遠くを歩く兵の輪郭。

数分後、ポケットの小さな震えが知らせる。エイビスからのメッセージだ。


〈交渉、成立しました。条件は私の提示通りです〉

〈シオン様には私の護衛として行動を共にしていただきます〉


文面を三度読み直す。胸の内に驚きが重なる。

だが、条件を受け入れておきながら、僕が最初に否定するわけにはいかない。

僕は深く息を吐き、短く返事を打った。


〈了解。責任は僕が持ちます〉


 背後から、端末を覗き込む視線。ミカロだ。彼女は肩をすくめ、わざとらしく目を細める。


「へえ、護衛役、ね。シオン、説明は?」

「違う、理由があるんだ。政治的な盾の意味合いが強い。僕は――」

「へぇーそうなんだぁー。変態」


 短い、容赦のない単語が刺さる。

ミカロはそれ以上何も言わず、踵を返し、集合場所の方へ歩き始めた。

背中は明らかに不機嫌だ。

彼女の足取りをわずかに速くすると僕の目を避けて建物の奥に消えて行ってしまった。


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