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僕と、彼女と、ペンダント  作者: ミシェロ
第六章【隔界】

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静かなチャイム。三度目ともなると、さすがに警戒が勝つ。剣を手に取り、覗き窓を覗く。

そこにいたのは、枕を胸に抱えたミカロだった。髪は少し乱れ、目は赤い。

寂しさを隠さない顔で立っているが、残念ながら全てお見通しだ。


「シオン、開けて」

「どうぞ」


 扉を広げると、彼女は僕の手元の剣を見て眉をひそめた。


「寝るのに剣持つの、どうなの」

「今日はチャイムへ敏感になってるんだ。それより、どうした」

「眠れないの。だから話相手が欲しくて」

「分かった、付き合うよ」


 ミカロは遠慮のない歩幅で部屋に入り、枕を抱えたまま机の上の封筒に目を留めた。

差し込み口から覗く筆跡に、息が止まる。


「これ、お姉ちゃん、の?」

「ああ。どうしてか届いた」

「読んでもいい?」

「もちろん」


 彼女は床に座り込み、枕を抱えた姿勢のまま手紙を読み始めた。

僕は隣に腰をおろし、指先で二つのペンダントを転がす。やがて、辛みを逃がす鼻の気配。

横を見ると、彼女の頬を滝が途切れなく伝っていた。

言葉にならない謝罪を重ねながら、彼女は僕の胸に顔を埋める。


「ごめん、ごめん……お姉ちゃん、気づけなくて、ごめんね」

「僕もそう思った。大丈夫だ」


 僕は片手で肩を支え、もう片方の手で頭をゆっくり撫でる。

時間の感覚がほどけ、泣き声の波がやや落ち着いたところで、ミカロが胸元でくぐもった声を出した。


「ワタシだけ、こんな恥ずかしい顔してるの、ずるい。

 シオン、ワタシの知らないお姉ちゃんのこと、教えて。二人だけの話でもいいから」

「いいよ。ちょうどいい話がある」

「どんな話?」

「バンガードの入団試験の頃なんだけど」


あの話を彼女が聞いたら、剣を引き抜いて僕の口を止めようとするだろう。

ただ、今は邪魔できようもない。丁度いい機会だ。彼女には恥ずかしがってもらおう。


 二時間で知識も武力も証明しろ――それが当時のバンガード入団試験だった。

筆記と実技を合計で二時間、途中休憩は自己責任。

時間配分を誤れば足切り、完璧でも片方を落とせば終わってしまう。

効率と胆力のテストを僕達に挑戦を投げた。


試験の準備はセインと二人で進めていた。

問題集の癖を洗い、互いに想定問答を作り、実技の導線から距離と視線の配分、

入退場の歩幅、装備の取り回しまでメモに落としていた。


試験の申請を男女一組でしていたことから、

周りの受験者は僕達の関係性が気になり話題になっていたらしい。

始めは付き合っているとか実は兄弟だとかありきたりの内容だったが、噂は勝手に成長してしまうようで、

試験を受ける際には盗んだバイクで駆け抜ける盗賊のようなコンビというどうでも良い話になっていた。僕らのどちらも否定に時間を費やす気はなかったが、嫌な匂いは敏感に漂い纏わりつく隙を待っていた。


そして嬉しいことに狙われていたのは僕だった。

嬉しいと思ったのは皮肉で、実際は別に楽しくなんてない。

ただ、僕を狙う相手が試験に受かる可能性を自爆している考えを浮かべると、気にせずにいられた。


それもあって、セインまで巻き込むわけにはいかなかったので僕は彼女と距離を取ることにした。

わざと予定を作って彼女と対策をする時間を削ることで対処ができていたと思っていたんだ。

もちろん、説明が足りなかった。彼女には、僕が噂を気にして冷たくなったように見えたらしい。


言葉が一度すれ違うと、補修は難しい。

僕らは短い意見の押し付け合いの後、互いに一人の時間を過ごすことにして、連絡を断った。

納得いかない部分はあったが、彼女の試験に影響を出さないことだけを考えれば、

疎遠、という言葉を現実にするには十分な数日だった。


そして訪れた試験当日。

筆記はいつも通りに通過した。計算問題は配点が高い、図表は最後に回す、記述は設問の動詞をなぞる。体は静かに動き、時間は予定通りに配分できていた。問題はその後だ。

実技会場へ向かう廊下の角で、同級生のエリオットたちに呼び止められた。

取り巻きが三人。

嫌な並びだったので、そのまま通り過ぎようとしたが、彼らは僕を待っていたように手で封鎖の合図を見せた。


「おい、シオン。良い知らせだ。ライバルが一人減った」

「別に僕は誰一人気にしてないよ」


聞き流せばよかったが、続く言葉で足が止まった。


「さっき、セインを確保したんだ。試験に出ないなら、競争がより楽になるだろう?」


僕は悪魔の手で彼の肩を掴んだ。手加減の余裕はなかった。

動揺したのか、エリオットは体を固くし、視線を逸らす。


「彼女の場所を言え」

「わ、分かった。案内してやるよ」


連れて行かれたのは旧校舎の空き教室。

数年間放置されているようで蜘蛛が家の模様替えをしていたのが印象に残っている。

扉が閉まり彼の姿を確認すると、彼は扉の外で手を振っていた。

内鍵の音と、外からのチェーン。取り巻きの笑い声。


僕は迷わず剣を抜き、廊下側の芋のように柔らかい壁を斬り倒した。

木材と石膏は剣に弱い。埃が舞い、視界が開ける。

エリオットは驚き、すぐに剣を構え直した。取り巻きは笑いを飲み込み、顔を見合わせる。


「うろたえるな。落ち着け。こいつは——」

「もう容赦しない」


僕は少なくとも剣士としての誇りはある卑怯者へ条件を口にした。


「僕が勝ったら、お前たちは僕にもセインにも二度と無暗に関わるな。さっきみたいな真似もいらない」

「いいだろう。俺が勝ったら、お前はセインと関わらず、手を引け」


互いに頷く。余計な審判はいない。彼も嘘をついたところでバンガードで後々困るだけだ。

僕は一撃に賭け開始のコインが落ちるなり突撃した。上段から最短距離。最初で最後の勝負。


エリオットは横合いから刈り取る構えを見せたが勢いが遅い。

僕の刃は彼の剣を根元で叩き、テコの要領で弾き飛ばす。

彼はよろめき、視線が泳いだ。取り巻きが半歩引く。


そこで終わればよかったのに、彼の口から出たのは最悪の言い訳だった。


「分かっているのか。俺の家は——」

「黙れ」


剣先が自然に首元へ向き、腕は決断に迷っていた。振り下ろせば終わる。

怒りは僕の耳に囁き、セインの声は僕の腕を外へ引っ張っていた。

廊下の奥から届いた声が僕の腕を止めた。


「シオン君、やめて。勝敗はもうついてる」


制服は乱れておらず、手には鞘に収まった剣。息も整っている。

セインは僕の前に立ち、穏やかに言った。


「ここからはボクに任せて。君は実技に行って。時間はもうほとんど残ってないから」

「セインは大丈夫なのか」

「試験はもう終わらせたし、心配いらないよ。こういう処理は慣れてるから。

 だから、先に行ってて。さすがにシオン君がいないと、私としては寂しいよ」


彼女の言葉はいつも、合理と優しさの真ん中に落ちる。

僕は頷き、剣を引いた。

エリオットを一瞬だけ見たが、彼は手で僕と距離を稼ぎ何も言わなかった。

セインは彼らの前に立ち、静かに剣を構え直した。


そこから先の細部を、彼女に後で尋ねたが、残念ながら教えてくれなかった。

ただ彼女は試験に合格したけれど、しばらくの間謹慎となっていたことから大体の想像はつく。

エリオットは合格したものの、一定期間バンガードに姿を見せなかった。

恐らく彼の言う家の力なんだろう。


――話をここまで話したところで、隣のミカロが枕を抱え直して、僕を見上げた。

目元はまだ赤いが、池の跡は薄くなっている。


「で、シオンは合格したの?」


やっぱりミカロは僕のことが気になっているみたいだ。

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