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僕と、彼女と、ペンダント  作者: ミシェロ
第六章【隔界】

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「終わりだ。降伏しろ」


 声の主はダリウスだった。鎧の継ぎ目に光の糸が走り、周囲の兵が一斉に照準を下ろす。


「一応確認したいんだが、それは俺も入ってるのか?」


赤く腫れあがった瓦礫を吹き飛ばし、戦いで傷を負った箒を握り彼女は僕達の間で確認をしてきた。


「所属は?」

「その時点で心配する必要はねぇ。俺はお前達の敵だ」

「丁度良かった。君も捕えなければ不都合だと思っていたところだ」


エルジードはダリウス達の正面に向きを改める。どうやら今回は味方のようだ。


「どなたか存じませんが、御誘いは断らせていただきます」


 先に返したのはエイビスだ。呼吸は浅いのに声は澄んでいる。ミカロの肩も笑っていた。


「ワタシたち誰かに命令されるの、凄く嫌いだから」


 僕は剣を上げ、口の中で一度だけ数を数えた。いける。いくしかない。

踏み込みの初速をつけようとした、その足元が揺れた。

裂け目。空間がひっくり返るように、足下からポータルの光輪が立ち上がる。

揺らぎのある目線に気づき位置を揃えると、鱗越しに目は僕を見ていた。

僕の電球はこれは罠だと言っている。


「ここは、ドルフェリアです。飛び込みましょう」


 エイビスが小さく息を飲むと希望の葉っぱを残してシャルルローゼスと共にポータルへ飛び込んでいく。

エイビスの考えは確かに最善だ。迷っている暇もない。

僕らは一歩で輪の中へ滑り込み、背後でダリウスの号令が飛ぶ。

兵士たちが追おうと踏み込んだ瞬間、上に移動した輪は声音ごと閉じた。

切断面に残る気配はない。これではもう追ってくるとしても移動に日数がかかるだろう。


 吐き出された先は、木の香りの染み込んだロビーだった。

古い宿の帳場、飾り棚、丸い時計。空間の整えられた宿らしい。緊張が一拍だけ緩む。


「私が手続きを済ませてきます。シオン様たちはロビーでお待ちください」

「そういえば、オラクリエさんは?」

「最後に行動を共にしていたのは私です。内容を共有させてください」


 シャルの声が静かに落ちる。


「彼はボルディミアスの空間で現れた敵を倒すため体を張り、塵となって消えてしまいました。

戦死と見てまず間違い、ありません。私が未熟だったためです」


シャルルローゼスは足元を見て顔を反らした。

冗談に対してシャルルローゼスは厳しく返していたが、彼に対して思いが巡っているようだ。

ミカロは彼女の隣へ移動すると、頭を自分の胸に引き寄せて横から手を当て静まりの仕草を始めた。


「そんなことないよ。アイツも自分の実力を分かって体を張ったと思う」

「・・・私は隙を見て貫くことしか出来ませんでした。せめて、お墓を、彼がいた証を残してあげたいです」


 僕は頷く以外になかった。彼の女性関係を仄めかすような冗談を、次に誰が言ってくれる。

腕は血を膨らませていた。


「それは、セインの件も含めて決めましょう」


エイビスは僕の隣に座り、部屋について用意できたことを話すと、箒が立ち上がった。


「で、話が済んだなら、今度は俺の番だ」


 笑顔を貼りつけたまま、エルジードが一歩出ると、シャルルローゼスの手を掴んだ。


「シャルルローゼス、お前をタイダルフォースに連れていく。心配すんな、手配は済んでるぜ」


 空気が固くなる前に、シャルが彼の手首を掴んだ。


「エルジード、手を放しなさい」


 淡い強制力が言葉に混ざる。エルジードの瞳がわずかに細くなった。


「同じ敵を一時目の前にしたからって、俺を仲間扱いするのは早計だ。連れて行くのが任務だし、贖うのがお前の役目だろ?」

「あなたはある人物を探している。だからこそ、ドルフェリアを出て各地を巡っているのではありませんか?」


 シャルルローゼスは赤い手を裏返し、内腕を差し出した。

エイビスが何を言わなくても考えが読めるように、彼女にも何か真実かウソか判別できる方法があるのかもしれない。


「まさか、俺の任務情報すら盗んだのか?」

「いえ、エルジードさんがブルームスパイアにいたのは自然でしたが、先ほど聖域に現れたのが気になっただけです。誰かと戦うために来たとも考えられますが、停戦中とはいえ関係の問題が否めないロクサリエン、しかもバンガード兵がいると分かっていながらあの現場に現れたことから今の推論に至っただけです」


 押し問答のようでいて、眼差しの強度だけは本物だった。

エルジードは舌打ちを飲み込み、針具を取り出す。


「言っとくが、これで虚偽だったら冗談にならねぇぞ」

「構いません。それにあなたが困ることは何一つありませんよ。御姉様も提供いただいてもよろしいですか」


エルジードの任務がどんなものかは分からないが、離れ離れになっている誰かを探しているように思える。シャルルローゼスが該当するのであれば、姉であるエイビスにも関わる話だろう。


「シャルの言葉を信じます。シオン様、席を代わっていただけますか」


席を変える中で、僕はシャルルローゼスにも嘘を付けないことに悩まざるを得ない。

別にサプライズバースデーパーティーを計画しているわけではないが、全てを詳らかに把握されているかもしれないと考えると、多少なりとも抵抗したいところはある。

例えば僕がペンギンなどの小さく愛らしい動物が苦手なのはチームメイトとはいえ知られたくはない。


 エイビスも袖をまくり、静かに針を受け入れ、採取された小瓶が二つ、エルジードの掌で光ると、彼女は腰のポーチに珍しく優しく仕舞いこんだ。


「結果を確認してくる。シャルルローゼスの仮説が当たりなら、段取りは変える。それまでは——」

「待ちなさい」


 シェトランテが割って入った。


「彼女を運ぶには人手が要るの。あなた、手伝いなさい。私一人だけだと効率が悪い」

「俺に雑用の手伝いをしろと?」

「セイン・カルトレットにはあなたも世話になったんでしょ」


 面倒くさそうに肩をすくめながら、エルジードは頷いた。


「わーったよ。俺が運ぶ」

「僕も行こう」


 立ち上がろうとした瞬間、視界が回って尻餅をついた。思った以上に身体が死んでいる。


「シオン様、無理は禁物です」


 エイビスが支えに入って、僕の手から力を外す。


「シャル、回復は終わっていますか?」

「はい。ですが根本的な疲労は寝る以外にありません」


 シェトランテはセインを包んだ布の端をそっと直し、淡々と言った。


「今のあんたらの状態じゃ立ち会いなんてできないでしょ。私一人で埋葬は済ませるから、それでいいでしょ」

「待て」


 エルジードが首を振る。


「戦士を弔うのに、関係者が立ち会えないのは納得いかねぇな。コイツらが立ち会えるように日を空けてやるべきだろ?」

「保存環境も限られてる。それに検査の結果や追われていることを考えたら、優先順位を改める理由にはならないはずよ」

「お願い、シェトランテ」


ミカロの声が、思いのほか幼く聞こえた。

シェトランテの手を両手で握り、小動物のような愛くるしい瞳に不安と祈りが広がっていく。


「ワタシ、ちゃんとお姉ちゃんと向き合いたいの。何日か待ってくれないかな」


シェトランテはわずかに眉をひそめ、次いでため息をひとつ落とした。


「分かった。二日だけよ。保存について何か良いアイデアはあるの?」

「俺に良い場所の提案がある」


 エルジードは短く言って、箒を肩に担ぐ。


「ここで待て。血液を提出してすぐ戻る」

「ありがと、エルジード」

「気にすんな。あんな終わり方されたんじゃ納得がいかなかっただけだ」


気恥ずかしそうに目を逸らす仕草を見てミカロが笑った。

褒められ慣れていない子供みたいで確かに面白い。

彼女は言葉を煙に混ぜると、空に消えていった。

僕達はシェトランテの提案通り明後日にセインを見送ることを話し、部屋で休養を取ることにした。


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