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僕と、彼女と、ペンダント  作者: ミシェロ
第六章【隔界】

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鎖は空間の綴じ目から生えていく。金属とも魔とも判じ難い質感で、触れた意思を即座に縛る。

 シェトランテ――そして彼女が手当てしてくれていたシャルルローゼスまでも、その鎖に絡め取られて壁面へ固定された。

血の匂いが薄く漂う。

ボルディミアスは四人を並べて捕えるつもりだったらしいが、ひとつ数え違いをしている。


「一人、足りないようだが」


 人型に変じたボルディミアスが視線を巡らす。


「私はあのようなものに囚われるほど単純ではありませんから」


 僕の左下、熱波の縁から、白ドレスのすそが風を切った。

エイビスが鎖をほどき捨てたのは、僕らが気づくより早い。


「翠嵐双舞!」


 腹元へ斜め下からの連撃。刃は軽く、間合いは的確。

だが、ボルディミアスは警戒の軸を僕から彼女に移したように、重心をずらしてかわすと、両足の飛び蹴りで彼女の胸郭を押し出した。


「エイビス!」

「問題……ありません、シオン様」


 床を滑った彼女は、姿勢を崩しながらもすぐに膝を立てた。

 エイビスの稼いだ時間を使い、僕は逃さず踏み込む。火と水の式を内で交差させ、喉元へ進む。


「もう見飽きている」


 ボルディミアスは指を弾きポータルの縁から岩塊が飛び出し、刃の前に積層した。

視界が遮られた一拍で、拳が懐へ潜る。

技越しに攻撃しても間に合わない。

やられる、と判断した次の瞬間には、僕の左手が先に動いていた。これだけは使いたくなかった。

 拳と拳がぶつかる感触ではない。

手首から先が、花弁のように裂けて散ったのは相手の方だ。ボルディミアスが目を見開く。


「・・・今のは」

「気にしなくていい。僕の負けみたいなものだ」


 自分でも驚くほど、自然に相手に譲っていた。

僕はすぐに剣へ握りを戻し、岩を一息で砕いて首筋へ通すつもりで踏み込み直す。


「剣ではなく拳が真価か。つまらん欺瞞だ」


 怒りを隠さない声。ボルディミアスの右腕が再生し、今度は両拳の連撃。

密度を上げて刺すように叩き込んでくる。刃を立て直す隙を与えない構成だ。

肘、肩、肋骨に鈍い重さが蓄積する。受け切りながら前へは出るが、確定的な一撃が作れない。


「なら、私が刻みます」


 起き上がったエイビスが距離を取り、遠間から五属性の斬撃を連ねた。

火、水、風、光、闇属性の位相が少しずつズレ、一度に複数の斬撃を放ったように軌道を重ねる。

ボルディミアスが避けるなか僕は動かない。

正確に言えば疲労で動けない。

だが、動ける状況でもこの選択をしただろう。


連撃が僕の正面に差し掛かった。

僕は刃の内へ流路を開き、相棒が斬撃を呑んでいく。

火の熱、水の冷、風の速度、光の閃き、闇の禍々しさを一本に束ねる。

今度は胃の底ではなく、心臓の隣を狙える。これほど恵まれた状況は今しかない。


ボルディミアスは自分の脅威を悟ったのだろう。

喉の奥でブレスの起動音が奥から響く。吐出の前兆が空気を硬くしてゆく。


「遅い」


吐き出しかけた火流を、剣の芯で受け止めて、全部相棒に引き込んでいく。

相棒を解き放つと、セインの声が遠くで笑う声が聞こえた。

――やっぱりいつも凄いね、シオン君は。


「五芒星王斬!」


五属性を一撃に束ね、吸ったブレスを芯に据えて弾き返す。

ボルディミアスは龍の形態に変じ、翼膜を固めて防御に移ったが、手遅れだ。

顔面から胸腔へ抜ける斜線で、重心が崩れ、巨体は背から落ちた。白目を剥いたまま、動かない。

低い声の気配がない。小石が遊びだす音が響くだけで妙な動きもない。


「終わった、か」

「シオン様。お怪我っ、は」


 エイビスがすり寄る。呼吸は少し荒いが、瞳は澄んでいる。


「大丈夫。エイビスと同じくらいの傷だから。油断を突いたいい連撃だったよ。ありがとう」

「とんでもないことです、シオン様。……また撫でていただけますか」

「今は後です、御姉様。シオン様から回復をしますね」

「ああ、ありがとう」


上を眺めると、鎖に囚われたミカロがグッドサインを送って来た。

僕が同じサインを返すと、鎖は笑うように砕けて崩れた。

ミカロの顔が爆発物を貫いた顔のように見える。シャルルローゼスを手で払いのけ駆け出す。

足が泥と毒に襲われたように遅い。今回は誰にも邪魔はさせない。


「間に合って」


 ミカロの術式が浮かび上がっては水に飲まれるように散っていく。

自分の体を抱えるように身を丸め、落下を受ける覚悟を作ると、僕はさらに膝を叩いてくる足を振り回し燃える唇を噛み隠した。

僕の身長を下回った。残りの時間少ない。


「砲火斬!」


相棒の腕が凍るような痺れが走り技の反動で吹き飛ばされていく。

けれど、これでいい。僕は丁度丸まっているミカロを両手で包み、壁に突撃した。

稲妻を受けたような衝撃が今は満足に思えた。


「ケガ、ない?」

「シオンこそ、もう無理しないで」


モザイクが交錯する視界は珍しく僕を心配するミカロが僕の傷を探していた。

稲妻のせいで傷を触られてもあまり痛くない。


「シャル、こっちでシオンの治療をお願い。どうしてか分からないけど、上手く魔法が使えないの」

「かしこまりました」


シャルルローゼスが手を差し伸べてきたが、手を伸ばそうとすると手は命令を拒絶してきた。


「そのままで構いませんよ」


シャルルローゼスが離れた場所から攻撃を狙っていたことは気になっていたが、僕達が倒れることを分かっていての行動だったようだ。


「シオン、お姉ちゃんは……」

「ああ、セインは僕がトドメを刺した」

「・・・そっか。解放、されたんだね」


僕の肩は競り寄り肩へ井戸から零れるように湧き水が流れていく。

彼女の背に触れようとすると、手は命令を受け入れた。

セインの言っていることは確かに正しかった。

 僕は喉の奥が熱くなるのを無理やり呑み込み、上を仰ぐ。


熱の帳の上で、人影がひとつ降りてきた。

味方と思いたいが、冷たい筆圧の気配は僕の考えを否定するように青く冷たい石の矢が落ちてきた。


「新手よ。動けないとは言わせないから」


 シェトランテの円盤が僕達の空を巡り、青く冷たい矢をはじき飛ばす。

女性の声が降る。温度のない、事実だけを選ぶ話し方。


「例の龍、結構手ごわいって噂だったけど、この様子だと、無駄骨だったみたいね」


 包囲の輪が狭まるにつれて、剣柄の重さだけが妙に現実的だった。

バンガードの兵士たちが砂塵の向こうに列をつくり、光学式の遮蔽を解いた顔が順番に僕らへ向く。


「シオン下がってて。ここは私達で何とかするから」

「ミカロの考えに同意ですわ。休んでくださいまし」


顔は満点だがふらついている体は見過ごせない。


「いや、全員で行こう」


二人は珍しく何も反論してこなかった。

シャルは杖を構え直し、シェトランテは背後で布に包んだセインの身体を守る位置へ移動する。

僕は爆笑する膝を叩き相棒を構える。思ったよりも最悪の想定レベルが一段階上がっている。

吸収の反動と、連戦の蓄積。一撃で何とかするしかないな。


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