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互いに目指すものはもう重ならない。僕は終わらせるために剣を抜き、彼女は幸福へ連れていくために刃を合わせる。どちらも正しいと信じているから、いまは敵だ。
「始めよう、シオン君」
「・・・ああ。手加減はしない」
セインはバイクに跨がり、光を尾にして距離を取っていく。旋回半径は極端に小さい。
銃口が振り向くたび、僕の警戒が一段上がる。遠巻きに撃ち続ければ、泥試合になる。
長引けば彼女が有利だ。なら先に足を排除する。
僕は地面に剣先で線を刻み、炎を走らせて遠距離斬撃に変えてゆく。軌道は低く、狙いは後輪だ。
鋼がきしむ匂いが風に混ざっていく。タイヤの側面が裂け、ラバーが波打った。
「いいね、やっぱり成長してる。嬉しいよ」
セインは本当に楽しそうだった。バイクの車体をわざと寝かせ、加速を重ねる。
高速回転した前輪が刃のように近づく。銃声が続き、火花の代わりに白い光が地面へ穿たれる。
僕は最小限で身を捻り、刃の縁で弾く。しかし、彼女は動線を読むように頭上で微笑んだ。
フロントフォークが視界に入る。
次の瞬間、僕は剣を斜めに振り上げ、車体の心臓部を断ち切った。
金属が裂け、部品が空に散っていく。
セインはバイクを捨て、軽やかに着地してそのまま走った。
光の剣が片手、もう片方に銃を構えた。
僕は一撃で殺せるならそうするつもりだった。
だが、彼女は勝率を数%でも上げるための選択を積み木のように慎重に攻撃を仕掛けているせいで踏み切れない。僕も攻め筋を変えるか。
踏み込みの間に生まれる狭い隙。僕は肘で彼女の腹を突いた。反応が半拍鈍る。
切っ先が喉元へ上がる。
しかし、彼女のもう片方の手が先に動いた。近距離の銃口が火を噛む。
僕は面を切り替え、距離を取る。
間髪を入れず、水属性の遠距離斬撃へ。
余韻を捨て、間を連結されていく。
次の技を溜めながら、斬撃の列を重ねた。
「これならどうかな、シオン君っ」
セインは光の斬撃で水を消して、閃光のような速度で間合いを消す。
短く鋭い一撃が胸骨に届く寸前、僕は剣の角度を変え、吸収の式を走らせた。
光が刃のふちから僕の体へ沈む。彼女の踏み込みがわずかに重くなる。
僕の斬り上げが通るも血飛沫は見えない。けれど、彼女の息が苦く切り替わったように見える。
続けざまに連撃で意識を削りとっていく。
だがセインは剣にあった光の輝きを消し、連撃を弾き返す。銃弾が頬を掠め、肌が熱を覚える。
「焦らないでよ、シオン君。ボクはまだまだ走れるよ」
光の高速移動で僕の横隣へ滑り込む一手。
合わせて放っていた遠距離斬撃が、彼女の銃を切断する。柄が指から滑り、金属が地に落ちる。
「いいね。バンガードにいた頃の君が戻ってきた気がするよ」
セインの興奮は隠しきれていない。体の外側だけに光を纏わせ、神経の導通を極限まで引き上げる。
高速の連撃。軌跡が網の形になっていく。
僕は水の斬撃による移動で死角へ抜けるつもりだったが、彼女がもう一段の光を準備したのが見えて、踏み切りのタイミングが潰れた。網がそのまま降ってくる。
打突と斬撃が連続で骨にまで衝撃が響いている。
呼吸もポンプを放つように上下に急加速を止めない。
それでもタイミングは今しかない。構わず、火の一撃を返す。
斬撃の火柱が互いを押し返し、僕らは対面の壁へ叩きつけられた。
肩も足も背中も籠ったように熱いが、そんなことはどうでも良い。
剣柄の感触を確かめ直して対角線にいるセインの元へと駆けだす。
残りの力は心許ない。けれど、望みを通すには十分だ。
最後の一撃を構えるとき、妙な引き潮の感覚が手首を抜けた。背後から何かに引っ張られる。
ほんのわずか、意識が緩む。
互いに火と水の道を重ねる。火で押し、水で弾き飛ばす。
「終わりにしよう、シオン君」
「ああ、終わらせる。蒼炎氷華!」
清浄な決意のような炎を眠っていた記憶のように凍った水が相棒と共にセインの腹を穿った。
セインは巻いたカルボナーラを差し出したような表情をしていた。
セインの体が浮き、遠くへ飛んでいく。地面に叩きつけられる音は聞かない。
腹部に空いた穴から血が溢れ、口元にも赤が広がる。
僕は自分の体から零れ落ちた金属音に顔を向けた。足元の鎖。使い方は言うまでもない。
僕に纏わりつこうとしていたらしい輪が、いつのまにかほどけている。
背後で空気が波打つ。振り返ると、ポータルの口から十本の鎖が、間欠泉のように伸びて垂れていた。
落ちていく鎖の破片は、さっきまで何かに巻き付いていた傷だらけの痕を持っている。
僕はセインの傍へ駆け寄り膝をつく。
「・・・どうして使わなかった。あれで僕を縛れば、勝てたはずだ」
彼女は僕の手の位置を確かめ、微笑む。目も口も、昔の形に戻っている。
「シオン君の手は、温かいね。ボク、昔は君にもお姉さんしてたから、前みたいに守っちゃった。ダメだね」
「ふざけるな。そんな優しさはいらない。僕を殺す気で来たなら、最後までやり切れよ」
「ごめん。こんな悲しい未来しか残せなかった。だから……ボクのこと、嫌いになって」
彼女は体を起こそうとして、血を吐いて、息を詰まらせた。僕は怒りにブレーキをかけた。
彼女の罪も、僕の罪も、いまは数えない。唇を重ねる。温度はまだ人の温度だ。
離れたとき、セインは笑っていた。
「シオン君はホントにエ……」
言葉の先を、彼女は下を向いたまま置き去りにした。動かない。光は消えた。
胸の内側で、何かが壊れる音がした。真剣勝負を、誰かに引っ張られた。背後の鎖も、緩んだ感覚も、全部が余計だ。僕たちは最後まで、僕たちの手で終わらせるはずだった。
ふざけるな、ふざけるなっ!
感情のままに拳を握り地面を殴ると、道の割れるような音が装って鳴った。
理由はどうでもいい。ただ、納得がいかない。
石畳が応えるように割れた。ヒビは円を描いて広がり、足場が沈んでいく。重力が下へ向きを変えた。
セインの体を抱え、僕は落ちていく。
地上の光が輪郭だけになり、音が遠ざかっていく。
最後に見えたのは、ポータルの縁で揺れる十本の鎖だった。
誰のものでもないはずの拘束具が、まだ選択肢を装ってぶら下がっている。
「・・・セイン、ありがとう」
深く。もっと深く。
僕は目を閉じ、剣を握り、沈んでいく。
次に地を踏むとき、必ず自分の足で終わらせる。彼女の笑顔を、曖昧なままにはしない。
それだけを胸に、暗い底へ消えた。




