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僕と、彼女と、ペンダント  作者: ミシェロ
第六章【隔界】

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槍を持つ遊び人、オラクリエさんを見つけ私が歩み寄るより早く、オラクリエさんは槍を構え、視線だけで距離と風向きを測りました。


「エリミオラ、どうしてお前がここに」


言葉より先に、槍が飛びました。

一直線の投擲は胸元を確かに捉えたはずでしたが、エリミオラの身体は心臓の鼓動のようにふくらみ、刃は抵抗なく内部を抜け、背後の石畳に突き刺さって止まりました。

出血もなく、痛みの反応もなさそうです。私はオラクリエさんとの距離を縮め、杖の向きを定めていました。


「兄さん、どうしても私を消したいのね。悲しいわ」

「できることなら思い出ごと消したいが、そうも行かねぇんだよ」


軽口に温度はありますが、彼の足は止まりません。

私は礼を略し、杖を構えました。短期決戦でなければ消耗が先に来ます。


「短く終わらせます。顕現せよ、ヴァルグロス!」


魔法陣が開き、漆黒の狼が身を起こす。指示は簡潔に。

前進、押さえ込み、噛み付き。竜は命令を受けて走り、エリミオラへ顎を閉じた。

けれど感触が足りない。


「フォー」


避けられない痛みを訴えるような声。黒い液体がバルグロスの皮膚に絡み、針の束のような熱が筋肉へと入り込んでいく。

契約の反動が私にも返り、皮膚の下で熱を持った棘が暴れている。


「彼女とは距離を取れ」


オラクリエさんの声で意識が静まり、私は剥離と遮断を重ねますが、粘液は分裂して面積を広げ、衣の内側へ侵入しようとします。ここで彼が短く言いました。


「とりあえずあの犬を解放する」

「お、狼です」


記憶魔法の文様が走り、ヴァルグロスが召喚位置まで場所が巻き戻っていく。


「ヴァルグロス、形態変化です」


狼の遠吠えと共に毛並みに熱を帯び、尾に炎が灯り狼は私に目線を求めてきた。


「犬の動きに合わせる。合図は任せるぞ」

「スリーツーワンです」


オラクリエさんが掌から木の種を石庭へ蒔き、私の竜が合図で火の息を吐く。

火に出会った種は燃え尽きず、耐熱性の蔓へ変わり、黒い粘液を吸い上げてゆく。

理屈は私たちに微笑むはずでしたが、蔓はみるみる黒く染まり、繊維の奥へ暗い斑点が滲む。

吸えば吸うほど毒が濃くなる嫌な構図。

残念ながら最後に自分が近づく戦略はあまり望めないようです


「次はどんな技を見せてくれるの、兄さん。

生きているのは素敵だけれど、私が欲しいのは死のない幸福だよ」

「体を持つことすら諦めてよく言うぜ」


彼は肩を竦めてから、一足で間を切りました。私は前へ出てエリミオラの注意を引くため駆け出す。

黒い帯が床を滑り、私の足を絡め取り、壁が迫る。

私は杖を守るため背で受け、骨が嫌な角度で曲がる痛みと蔦の棘が私の血を零し流すような勢いが飛んできた。


「シャルルローゼス!」

「心配ありません。魔法で治せる範囲です」


膝が勝手に踊りだす。肩と足からサウナのような温度がする。

痛みを棚に置いて最小手順の治癒を進め、ヴァルグロスが駆け寄って来る。


「一人ならコレが使えるな」


オラクリエさんの記憶魔法が石庭の底をめくり、マグマの体を持つ岩石のモンスターがせり上がっていく。

呼吸は短く、溶岩のブレスを吐き出す。

エリミオラはそれを飲むように受け、縁で熱を分解して取り込もうと広がりを見せた。


「通らないわね」

「それはどうかな」


私はヴァルグロスに火炎弾を連射させ、熱の信号を刻む。

すると溶岩のモンスターがヴァルグロスの火に反応し、内部圧を高めて石片の斉射を開始する。

黒い表皮がわずかに削れ、エリミオラの輪郭が薄く揺れていった。

少量でも、攻撃の手段が見えた。小さくとも手応えは十分です。


「オラクリエさん、今の攻撃、なぜ通ったか分かりましたか」

「何となくはな、一つ試したいことがある」


オラクリエさんの言葉には珍しく御姉様の声を思わせるものがありました。

黒い液の縁に手を差し出し掴み取る。


「やめてください、オラクリエさん」

「いや、アイツを倒すにはコレしかない」


掌が届く直前、彼は地面の記憶を引き上げ石目から若木の記憶が芽吹き、細い根が絡まり、木へ、蔓へと一気に成長して、黒い液を吸い上げていく。

液は脈打ちながら抵抗し、しかし吸われた分だけ色が薄くなっていく。

私は杖を半歩前に出し、呼吸をハープのように整えていく。彼の覚悟を無駄にするわけにはいかない。


「ヴァルグロス、準備」

「合図したら、でかい一点を打て」


オラクリエさんの顎がわずかに動き、私は頷く。

狼の口腔に熱が集まり木が吸い上げた体液の溜まりに狙いを合わせていく。


「ノクターン・フレア!」

火球が走り、石庭の影が短くなる。

けれどエリミオラは自らを帯のように薄く伸ばし、火の範囲の外側へ体を逃がしていく。

爆ぜた熱の向こうで、彼女は穏やかに微笑みを見せた。


「弱いよ、シャルルローゼスさん。魔法の質ではなく、覚悟の密度がね」

「私の攻撃はこれだけではありません」


私は短い詠唱で束ねた重力の歪みを撃ち込み、縁から縫い止める。

命中はしたものの深くは刺さらず、エリミオラは肩を竦めてみせました。

オラクリエさんは槍を背に回し、拳を作った。この勢いだけは止めなければ、戻せなくなる。


「作戦は?」

「ない。だが君のためにはなるだろう」


止めるべきか迷う間もなく、彼の拳が黒の頬へ真っ直ぐ入った。液体がわずかによろめく。

たった一撃で、エリミオラの瞳に初めて困惑の火が灯る。

続けざまに反対の拳で逆頬、右足で脇腹へ。形のない身体が、殴打の言語だけは素直に受け取っている。


「待ってください、それ以上は」


私はそこで異常に気づきました。

オラクリエさんの手足の皮が剥け、焼けたように赤く裂けている。

体液に触れた熱が遅れて噛みついている。

回復に動こうとした私を、彼は指で制しました。


「やるなら今しかないだろ」

「他に方法があるはずです!」

「そんなにのんびりしている時間もない。信じてるぞ、シャルルローゼス」


その言い方はずるい。自分がどうなるか分かっているのにどうしてそんな言葉が言えるのだろう。

いや、この人は私に似ている。

御姉様を止める必要があれば、私も同じように体を張って行動しただろう。

私は御姉様の言葉を借りるように、短く駆ける息を研ぎ澄ます。


「顕現、火剣」


ヴァルグロスの炎を魔法で作った刃の骨組みに通し、私の手に一本の剣が現れる。

御姉様といつか交えたいと願った、あの約束の影を持つ理想に近い剣。

御姉様、私に力を貸してください。


「は、離して!」

「お前が呼んできたんだろう。我儘言うなよ」


エリミオラは体勢の回復を図って移動を試みましたが、オラクリエさんの記憶魔法が石庭に粘る足場の記憶を敷き詰め、足取りを鈍らせていく。

逃げようと伸ばせば伸ばすほど、体は大きく膨らみ、面積の分だけ拘束が増える。

私は一足で間を詰め、火剣を横から入れて腹部の層を割く。


「ヴァルグロス、火球流星群!」

「やらせない!」


ヴァルグロスの火球群が落ち、オラクリエさんの槍の石突が地を叩く合図に岩弾が斉射される。

黒い手は私を包むように抵抗を見せるが今更恰好悪い。今は悲しみに耽る時です。


「行け、シャルルローゼス!」


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