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僕と、彼女と、ペンダント  作者: ミシェロ
第六章【隔界】

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私が剣を握る理由は単純です。シオン様の隣で、静かな暮らしを叶えるため。

その道をふさぐ相手がいるなら、礼儀を尽くした上で斬り払うのみです。


私の目の前に対峙する男性は、私と同じ剣を選んだ人のはずなのに、眼差しだけは別の場所を見ているようでした。

瓦礫が積まれた石庭の中央、風は乾いて、桃の香りは鞄の奥にしまったまま。

私は一歩だけ踏み込み、刃を交える構えを取っていきます。


「私はローレンハイツ。君を救いたい。記憶の中の恋に囚われたままでは、君はどこにも辿り着かないだろう」

「ご心配なく。私は自分の脚で歩きます。シオン様の隣へ」

「君がどれほど頑張っても、そこには至れない。君自身、もう気づいているだろう?」


剣を払うたび、彼の言葉は丁寧で、けれど棘が潜んでいるのが拭えません。

私は予測のひとつとして、その可能性を胸の片隅に置いていたことを認めます。

認めた上で、迷いを今ここで増やすわけにはいかない。


考えが濁るより先に、私は距離を詰めて大技で断つと決めました。

肩を落とし、右足を送って、踏み込みの前に呼吸を一点へ絞ってきます。

射程が揃い間合いの距離を見て私は思わず微笑んでいました。


「終わりにしましょう」


刃に光を集め、斜めに振り抜く。けれど私の意図は読まれていました。

彼は半身をずらし、私の剣筋を撫でるように外すと、柄で私の胸骨を狙って押し潰すように打ち込み、そのまま体幹を捻って斜線の一撃。

背が壁に激しくぶつかり、肺が空になる。視界が白く跳ね、膝が落ちていく。


悪魔の手が私の首元を握ったような感触。実力差は明白。ここから先は正面の打ち合いで勝てません。

抵抗紛れにシオン様の顔を思い出しましょう。

困ったように笑いながら、道筋を指さしてくださるあの穏やかさ。

力ではなく策で、と耳元に残る記憶が促します。


私は剣を握り直し、ローレンハイツの剣筋の癖を拾えれば、私にも勝機はあるはず。

重ねの入りは左腰、踏み込みの直前に右足指がわずかに内へ。

そこへ先に刃を置く段取りで、鋭い一撃を差し込もうとした瞬間、彼の拳が私の腹に沈みました。

息が反転し、間を置かず蹴りで距離を裂かれる。


「ぐっ」

「淑女に手荒で申し訳ない。けれど、君が痛むほど現実はよく見える。シオン・ユズキへの恋は諦めて、私のもとへ来るといい。私はいつでも君を迎え入れよう」

「そんな、提案は必要ありません。私は、私の意志でここにいます」


体は揺れますが、視線は落としません。乱れる呼吸を整え、私は剣を立てて再び前へ。

ローレンハイツは退屈そうに肩を回し、私の斜めの打突を紙一重で外すと、私の手首を絡め取り、腰へ力を通して身体ごと持ち上げました。

剣が空を切り、次の瞬間には右肩へ冷たい痛み。

彼の剣が私の肩を貫き、抜かれると同時に腹を蹴り飛ばされ、石畳が近づく。

世界が傾き、耳の奥で自分の血の音が増えていきました。


「もう止めにしないか。君がどんなに拒もうと、現実は厳しいものだ。」


彼が誰であれ、他人がどう思おうと構いません。

けれど、シオン様だけは、時折、私に何か眠るものがあるのではと真顔で尋ねてくださった。

あの人は幾度も限界を踏み越えてきた方。

だからこそ見える何かを、私にも見せてほしいと願っていたのかもしれません。


けれど、隠している切り札などありません。あるのなら、私が見たいくらいです。

謎めいた発言をしているからこそあるだろうと、

相手に思惑を与えられたのは悪くないですが、全く好ましくはありませんね。


腕を突く右肩の痛みが意識を引き戻していく。私は裂けたポケットの口から、小さな折り畳み鏡が私を見ていました。

忘れもできない、シオン様にもらったもの。

旅の途上、紅茶の水面を見ながら、ふと私に渡してくださった。

石畳の上で鏡が開き、ひび割れた私の顔が覗き返します。


私は何て弱いのでしょう。

このままでは妹どころからシオン様を守ることすら叶わない。

情けない、つまらない、意味もない。

私は何のためにここにいるの。


その瞬間、何かが胸から溢れ、指先へ、視界へ、静かに流れ込みました。

世界に薄い紫が重なる。呼吸の拍が変わり、痛みの輪郭が平坦になる。


ローレンハイツは私の剣を粉砕し、攫う段取りを整えていたのでしょう。

右手の位置で確認する仕草をした彼の目が、そこで止まりました。剣が、消えています。

なら、用意するまで。私が考えるよりも早く願いを叶えるように血のように残酷で残虐で残念な醜い赤色の剣を握り、彼の目線に構えました。


「その剣が君の隠し札か」

「さぁ、どうでしょうねぇ」


私は三日月の笑みを浮かべていた。もう、美しさはどうでもいい。勝てばそれだけで良い。

床から起き上がり切る前に、紫の縁を帯びた刃で彼の頸部へ斜めの一撃を放ちました。

ローレンハイツは一剣手前で自身の剣を差し入れ、ぎりぎりで受ける。

触れ合った刃の境界に、血のような紋が脈打っていく。

私の剣の根元で、禍々しい液体がうねり、刃文を覆う。力が増していくのが分かる。


「彼は弱い。君の未来を握るには、あまりに普通の男だ」


侮辱の言葉が続きます。私は静かに笑いました。

喉の奥から、私のものではない言葉が浮かぶ。


「あなたの舌は飾りでしょう。その薄っぺらな口先で、私の人を測らないでもらえますか」


自分の声は穏やかで、なのに内容は残酷でした。

胸の奥の紫が濃くなり、私は速度を二段重ねで引き上げます。

足運びが軽くなり、斬撃ひとつごとに地面の影が短く消える。

大技の軌道を小刻みに折り畳み、刃を連結させる。

ローレンハイツは初めて目を細め、受けを優先する態勢に入った。


「ドルフェリア流の一撃誠実を、そこまで捨てるのか」


どうでも良い。彼の驚きは真顔です。

私の斬撃の縁に触れた彼の指が、熱で焼けた鉄のように赤く変わる。

彼は最悪を想定したのか、自らの指を刃で切り、血を流して温度を落とす。対処の速さはさすがです。

私は心に響く声に従います。休む間を与えず、岩の塊のように重い連撃を打ち込む。

刃が当たるたび、紫の波が彼の体勢から余分な遊びを奪っていく。


「長引かせれば危険か」

「余裕そうですね」


彼は小さく呟き、息を一段深く取る。最後の大技へ移る気配。足元の石畳に、淡い紋が並ぶ。

上段からの正面突破、彼の理想形。私の正面に立たせるための誘いは美しい。

私は一歩だけ前に残り、視線を合わせる。


「乱血連華!」


私がそう言ったのと、彼の必殺が放たれたのは同時。

軌道は鮮やか、けれど動揺が混じると必ず端が荒れる。

呼吸ひとつ分の遅れを拾い、私は紫を刃の芯に沈め、胸骨の隙間を真っ直ぐ貫きました。

刃が抜けると、彼の眼差しが少しだけ遠くなる。

距離を取りたい意志が彼の足に現れる。私は追い打ちを選びました。


「すぐに終わらせます。シオン様に、早く会いたいのです」


連撃を重ねる。肩、肋、下腹。刃の根元にまとわりつく血が脈を打ち、切っ先は迷いを失う。

楽しい。

もっともっと刻んでいたい。


出血が一気に増え、彼の足が止まっていく。

これ以上続けていたらどうなるのだろう。

石庭の空気が沈み、背後に黒い輪が開く。

新しいポータルが口を開け、風が吸い込まれていく。


シオン様のために遊びは終わりにしなくては。

私は最後の一撃で彼をその輪へ向けて吹き飛ばす。

ローレンハイツの体は抵抗を試みるも、足場を失い、黒の向こうへ沈んでいく。


「さようなら、つまらない人」


静かになりました。剣を下げ、深呼吸をしようとして、視界が歪む。


「褒めて、いただけますか……シオン、様」


口にしただけで、胸が温かくなる。歩き出そうとして、足首が折れ、体が床に落ちてしまう。

そのとき、刃にまとわりついていた血の塊が弾けるように形を崩し、紫の気配が薄れる。

力が抜け、指が利かない。肩の痛みが急に鮮明になり、背筋に寒さが上がる。

体の内側から疲れが回り、瞼が重くなる。

床に頬を寄せると、ひびの入った鏡が私を映していました。

割れ目の向こうに、微笑むシオン様の横顔が重なります。

あの人は、きっと今日の私を見たら、まず怪我を心配して、それから少しだけ困った顔で褒めてくださる。


「シャル、先に謝っておきます。あとで叱ってください」


声は掠れて、自分にだけ届く。オラクリエの無神経な冗談がここになくて、本当に良かったと心から思います。


セインさんには、また相談します。

いまの私は、あまり良い顔をしていないはずです。

意識が遠のく前、耳の奥に風の気配が戻りました。

どこかで誰かが私の名を呼んだような気がして、私はほんの少し微笑んだと思います。

静かに目を閉じ、眠りへ身を委ねました。

私の剣は静まり、紫は桃色へと薄れ、石庭に残るのは朝の匂いだけ。

起きたら、シオン様のところへ帰ります。褒めていただくために、そして、また隣に立つために。


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