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僕と、彼女と、ペンダント  作者: ミシェロ
第五章【聖域】

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 剣を握る掌の温度が、じりじりと上がっていく。

僕は刃をわずかに傾け、正面のセインを視界いっぱいに捉えた。

視線が獲物の色に染まっていくのが、自分でもわかる。

彼女は薄く笑うと、横から隠していた細剣を握った。嬉しさを隠しきれていない笑みだった。

「いいね、シオン君。ボクを殺せる可能性が一番高い人が、ちゃんと獲物の目になってくれた。

・・・嬉しい」

「始める」

「礼儀正しいの、好きだよ。じゃ、いこうか」


 互いの初速はほぼ同時。僕は下から、セインは斜め上から。軌道が触れる瞬間、奥の扉から空気を押し抜ける音が数度響いた。

たわむ空間にセインが舌打ちを飲み込み、剣をしまう。


「間が悪いなぁ。そうだ、安心してシオン君。

聖域作戦の真実は、他の三人にはもう伝えてあるから、わざわざ共有する必要はないよ。

ボクは先に行くね」

「待ってくれ」

「待たない。ボクを殺したいなら、君は進むしかないんだよ」


 地面に花びらのようなポータルが開く。僕が半歩踏み出すより早く、セインは身を投げて消えた。

温度だけが残り、白い部屋はまた僕ひとりとなった。

 僕は奥の扉へ向かうと数度、風が抜けていく。

指をかけて開くと、砂を思わせる広間にエイビスとミカロが向かい合っていた。

二人とも、真剣な目をしている。互いの目の前にいる者を倒す、それだけに焦点が合っている目だ。

だが、まるで混乱しているようにエイビスとミカロはお互いを倒すために武器を駆使していた。


「やめろ二人共!」


 僕が声を発した瞬間、二人と僕の間に、落とし穴のようなポータルが幾つも開いた。

縁が不規則に揺れる。飛び越えるタイミングを奪うように、嫌らしく配置が変わっていく。


「ミカロ、甘えていられる時間は終わったのです。

セインさんを自由にするには、殺す他ありませんわ」


エイビスは剣の目で話すが、心なしか声が震えているような気がする。


「その覚悟を持てないのなら、ここで終わりにしましょう」

「終わらない。ワタシは、どんな生き方でも“生きてる”ことに意味があるって、身をもって知ってる。

お姉ちゃんがどれだけ歪んだって、生きてる限り戻る道はあるはずだよ」

「道は、こちらの手でこじ開けるものでもあります。感謝に似た思いがあるのは事実です。

記憶には無いはずなのに、セインさんを思うと胸が温かくなる。

ただ、龍に囚われている彼女を、このままにはできない。

・・・どれほど後悔するとしても」

「なら、お互いの一撃で決めようよ。私の覚悟とアンタの覚悟、どっちが強いかはすぐわかる」


ミカロが杖を掲げる。


「結果を見れば、アンタも納得せざるを得ないでしょ」


 二人が構えた。エイビスの周囲に細い雷光が積み上がり、ミカロの拳には見えない風の層が幾重も巻かれる。

ぶつかり合った瞬間、広間の空気が入れ替わり、演算を失ったポータルがいくつか消える。


今だ。

僕は縁を跳びつぎながら距離を詰めた。けれど次の瞬間、二人の武器が外へ弾け飛び、代わりに二人は互いの胸倉を掴んでいた。

近すぎる距離で、涙のまま、睨みあっている。


 視界の端でシャルルローゼスが手を振った。彼女の背に淡い光。精霊獣が僕の足に軽い推力を授けてきた。

僕は一息に飛び越え、転がる杖を拾う。

反対側ではシャルルローゼスが無駄のない動きでエイビスの剣を回収していた。


「御姉様」


エイビスは剣に手を伸ばしながら息を整え、ミカロの肩に額を寄せる。


「セインさんを自由にするには殺すべきだと、頭では理解していますのに。

いざ彼女へ刃を向けようとすると、理由のない感謝が溢れてきます。なぜでしょう。

私の記憶には、あの方との思い出は薄いはずなのに」

「ワタシもだよ。初めからエイビスの考えが正しいって、頭では分かってた。

分かってるけどっ!

お姉ちゃんはワタシを救ってくれた一人。恩人を助けるのを、私は諦めたくないの!」


ミカロは拳を握りしめ、俯く。

雪を溢れるほどに零し、僕と目線が合わないように顔を反らして跳ね返りの風だけが僕の背中に通り抜けていく。


「実際に目の前にすると、どうやって助けたらいいのか分かんなくなる。子どもみたいに震えてさ。

何もしなくてもお姉ちゃんが変わるって、勝手に期待して。

確かにお姉ちゃんは私に短剣を差してきた。

信じるなんておかしいのは分かってる。でも……ホントに殺すしかないの?」


 二人は抱き合い、目線を合わせ、互いに小さく皮肉を交わした。


「思ったより綺麗な泣き顔ですね……さっきまでの威勢はどうしたんですか」

「アンタだって……目の色潤んでで、色分からなくなってるじゃん」


一撃とは言っていたが、どうやら珍しくお互いに強く響いたらしい。

その証拠に喧嘩が芽吹く二人の会話にしてはいつになくまとまっている。

 僕に隠すように二人は雪を取り去ると、二人は赤痣を残して僕とシャルルローゼスに対して同時に目線を合わせた。


「シオン、先に進もう」

「シオン様、どうか先へ」


 真摯な目だ。僕はうなずき、背後の二人――シャルルローゼスとオラクリエに意思を確認する。


「私も同じ意見でございます。御姉様の意思に従い、セインさんを解き放つ道を選びます」


シャルルローゼスが静かに言う。


「俺は……」


オラクリエは槍をくるりと回し、肩をすくめた。


「シェトランテとツラを合わせるのは気が進まない。あいつ、昔ちょっとな。

だが、今回は協力しねえと本から出られねえ。遊び人は嫌いだろ? 

俺も自分が嫌いな時がある。けどやるさ」

「助かります。――シェトランテ、聞こえていますね。あなたもお願いします」


 どこからともなく、そっけない返事。


「私もコイツと行動を共にするのは御免こうむりたいわ。ただ、この本について真実を得られる今だけは協力してあげるわ」


 僕は頬を両手で軽く叩き、正面の大扉へ向き直る。

扉には、一人の女神が動物たちを呼ぶ姿が彫られていた。

セインを象徴する図柄だ。取っ手を引くと空気が変わり、光が帯状に走る。


 対峙する二つの影。セイン――そして、エルジード。黄色みの赤髪に古い軍装、仮面めいた微笑。

目の底は氷のように冷たい。背後に紙の匂いをまとった空隙が揺れている。


「来たね、シオン君」


セインが食事を楽しむような声で銃を傾ける。


「ボクとの闘いを始めようよ。君が望んだ正面でね」

「いいだろう。僕も覚悟はできてる」


 僕は深呼吸し、刃を構え――違和感に気づいた。左右を確かめる。

隣にいるはずの足音が、足りない。横を振り向くと、まやかしのように皆は消えていた。


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