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僕と、彼女と、ペンダント  作者: ミシェロ
第五章【聖域】

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砂が波打ち、甲羅の巨体が地面を均して揺さぶりを仕掛けてくる。

足幅を広げて重心を落としても、内臓の奥まで掴まれるような嫌な振動が続き、剣先がわずかに泳いだ。大亀は機を逃さず、手と口のドリルを交差させて突進してくる。


「右の回転が甘い。下から刺すぞ」


オラクリエが短く告げ、砂を切り裂くように滑り込む。

槍の柄をわずかにしならせ、甲羅の縁下――死角になる下部へ斜めの一撃。

回転軸の支点を揺らされた大亀の姿勢が崩れ、わずかな溝が生まれた。


「今です、シャルルローゼス」

「承りました、シオンさん」


僕は崩れの角度に合わせて踏み込み、喉下の継ぎ目へ剣を叩き込む。

対角からシャルルローゼスの魔法で形作られた炎の剣が筋を切り裂き、二つの線が内側で交差して火花のような圧を作る。

甲羅が低く震え、大亀は不意に丸くなって後退した。


退いた先から、砂が小さく沸き立つ。岩質のモグラが群れで起き上がり、砂中を泳ぐように散っていく。視界が途端に煩雑になり、大亀はその陰に紛れて巨大な砂玉を吐き出した。

地形が歪むほどの質量だ。


「跳ね返して隙を作るから、後は任せるわよ」


シェトランテが円盤を構え、乾いた声で言う。

彼女の円盤が砂玉の側面に噛みつくように触れ、微妙な角度で弾性を奪って反射を作る。

二枚目が最初の戻りに重なり、砂玉は大亀の甲羅へ戻って衝突した。

甲羅の継ぎ目に一瞬の縦揺れ。隙が開く。


「合わせようぜ、主役」

「分かりました」


僕とオラクリエは視線を一度だけ交わし、左右から対称に踏み込んだ。


赫閃斬(かくせんざん)!」

「スカンディア・スピン!」


僕は喉元へ、彼は腹下の軸へ。剣と槍の軌が中心で噛み合い、衝撃の行き場を断った途端、巨体が前のめりに崩れ、そのままうつ伏せで動きを止めた。

砂が静まる。

僕は息を整え、仲間の方へ合図を送ろうとした――その時だ。足元の砂が、またしても薄く光った。


「またですか」

「転送か。俺のジョークよりしつこいな」

「ご武運を、シオンさん。必ず合流いたします」


言葉を交わす間も短く、光の縁が視界を満たす。

僕は剣を握り直し、抵抗する暇もなく吸い上げられた。

落ち着いた先は、音のない白だった。光でも壁でもない白。

距離感が狂うのに、床の感覚だけは確かだ。正面にセインがいた。

視線は僕から逸らされ、肩がわずかに丸い。胸元には見慣れた形のペンダントが揺れている。

ミカロのものと同じ、僕のものと同じ、あのペンダント。


僕が口を開くより速く、彼女が先に言った。


「私が、最後の一つを持ってるの。シオン君たちが探してた最後の五つめ。――答えは、それ」

「どうしてセレフィーネの時に教えてくれなかったんだ」

「全員を集まっていると、“最悪の日”が来るからだよ。集まらないように動いたのに、結果は散々だよ。

私たちはこの本の中に入って、主を探す羽目になっちゃった。情けないね」


言葉は簡潔だが、声の温度には、自嘲も悔いも混ざっている。僕は一歩、近づく。


「もう一つだけ。僕たちの記憶を奪ったのは、君なのか」


セインは長く息を吐いた。


「シオン君は、いつも真正面から来るよね。面倒だよ。

だから、逆に聞く。君は私にどうしてほしいの。生きていてほしい?

それとも、君たちのために私が“死ぬ”選択をしてほしい?」

「セインの本音を聞くまで、僕は答えを話すつもりはないよ。

どんなに言葉で誤魔化そうとしても過去の思い出は消せないよ」


彼女は首を傾け、唇の端だけで笑った。


「相変わらず、私の内部まで知ろうとする。エッチだね、シオン君」

「否定はしないさ。ただ、今回の答えは別さ」

「わかってる」


肩を落とし、わずかに目を伏せると手を空に向けた。


「根負けだよ。私は“元チーム”である皆を守るために、記憶を奪った。

君たちが自分で自分を壊さないように。理由は、ちゃんと話す」

「その前に、ひとつお願いがあるんだ。親しかった頃と同じ口調で話してほしい。

まだ、何か隠している気がしてならないんだ」


セインは顔を上げ、僕を見た。疑いと驚きが同時に宿り、次の瞬間、苦笑に変わる。


「その思い出も消したはずなのに……

どうして覚えてるの、シオン君」

「セインがどれだけ記憶加工しても、僕の中の思い出は体に残ってるんだよ」


短い沈黙のあと、彼女はうなずいた。呼吸がひとつ、軽くなる。


「わかった。じゃあ――ボクの考えを話すね、シオン君」


セインは胸元のペンダントを指先で押さえ、姿勢を整えた。

声の高さが半歩低くなる。懐かしい響きだ。


「お望み通り教えてあげるよ、シオン君。君とボク、ミカロちゃん、エイビスちゃん、シャルルローズちゃん――五人で、バンガードから依頼を受けたの。

内容は古くからロクサリエンを寝床にしているドラゴン討伐。名はボルディミアス。……あの日の出発点」


 思い返す。受領書の乾いた手触り、隊長の妙に軽い笑み、準備の速さ。

違和感は確かにあったのに、僕は前だけを見ていた。


「あとでボクが洗い直してわかったけどバンガードは警戒していたボク達をまとめて処分したかったんだよ。

暴走気味のシオン君、シオン君と仲が良く勘の鋭い僕、ボクと仲の良いミカロちゃん、停戦中宇とはいえ敵国民エイビスちゃんとシャルルローズちゃん。過去にロクサリエンの兵軍四部隊、百人でも勝てなかった事実を握ったまま、バンガードは僕達を未踏域の聖域へ放ったの」


 言葉が白に沈み、また浮かぶ。セインは続ける。


「しかもご丁寧に入り口にトラップまで仕掛けてね。作戦開始と同時に爆破。

君とミカロちゃん、エイビスちゃんとシャルルローズちゃん、そしてボクの二チームに分けられちゃって現場は混沌そのもの。

彼らにとって最悪の状況を、最初から作ってからの送り出しなんて最高だね。

私たちは三人で、ボルディミアスと向き合うしかなかった」


 そこからの情景は、彼女の語りに僕の記憶が縫い合わさって立ち上がる。

空の縁が歪み、黒曜石のような鱗が空間からせり出していく。ブレスと羽の打撃だけではない。

ボルディミアスは空間そのものを握って、まるでカードのように地形を切り取っては投げ、隔離し、閉じる。


「私は攻めに回るつもりだった。シャルルローズちゃんのガードをエイビスちゃんに任せて、ボクが穴を開けようと思ったの。

――でも、空間攻撃を読み切れなかった。僕の射線が切られて、弾道も曲げられちゃって、光の弾は“私たちの過去”に当たるようにねじられる。ひどい能力だよ」 


 セインは自嘲めいて笑い、すぐ真顔に戻った。


「ボクは体力や活力も大きく削られたから、シャルルローズちゃんとエイビスちゃんは私を立て直すために防御へ寄ることになったの。

ボルディミアスは面倒になったみたいで、空間ごと圧縮する咆哮を準備してくる結果になっちゃったけどね。

でもその瞬間、君とミカロちゃんが来たの」


 遠い砂礫の匂い、風の温度、ミカロの山吹色の瞳。

羽根の可動域を読む前に、僕は斬り、ミカロは拳で骨を狙う描写が浮かんでいく。


「君たちの一撃は“羽”を確かに捉えた。けれど、ボルディミアスは咆哮で応戦してきたの。

羽から全身へ、逆流する熱で君たちの神経を焼いて、動きまで奪われて。そこへ咆哮。

――ボク以外の全員が膝をついて、最悪の結果が浮かんだ」


 喉が痛む錯覚が走る。セインはまっすぐ僕を見る。


「ボクは、撤退すべきだったと今更後悔したの。爆発の時点で戻るべきだった。

遅い悔みを飲んで、僕はボルディミアスへ“取引”を申し出た。

僕の命を代償に、シオン君たち四人の命を助けて、と」

「・・・ボルディミアスは、応じたんだね」

「ううん、少しだけ躊躇ってた。あの竜にも、理屈があるからね。結論はこう。

今後また聖域に潜入されないように君たちは今回の作戦に関する記憶を奪われ、お互いの関係性も曖昧にされた状態で、それぞれの場所へ戻すこと。

――そして、今シオン君達はボクの邪魔をするように目の前にいるの」


 胸の奥が妙に静かだ。怒りはある。悔しさもある。それでも、ここで必要なのは経緯をすべて並べること。


「なぜセイン、君は生きているんだ」

「シオン君の思っている通りだよ」


セインは小さく肩をすくめた。


「ボクも、記憶操作が完了したら死ぬと思っていた。けれど、ボルディミアスは私を生かした。

羽を負傷して目立つ彼の代わりに“ある人物”を探させるためにね。

あと“保険”をかけたの。

彼の空間移動で、私の心臓は今も彼の体のどこかにある。もし誰かが彼を倒せば、私も死ぬように」


 ひどく静かな言い回しだった。彼女がただの事実として述べたのに、言葉が白い床に音を残した。


「だからボクは、君たちが揃うことを妨げるように動いた。すぐに出会えば鍵が回ってしまうからね。

エイビスちゃんがアルティウス学園から抜け出そうとしていることや、ブルームスパイアで恋人という駒を探しているレオグランに立場の弱いミカロちゃんを紹介したり、セレフィーネで仲間になったふりをして、カリーナちゃんが立ち回りやすいように舞台を整えたりもしたね。

だけど、誰もシオン君達を止められず、後は私で止めるしかない。

五対一はさすがに分が悪いから、やむを得ず本を使ったけどね。

ボルディミアスの力を継ぐ空間の書。君たちを分断して、時間を稼ぐには十分すぎるアイテムだよ」

「それが僕達を裏切った全てなんだね」

「全部。隠すのはもう下手だって、君にばれたから。あーあ、こんなことならあの時チューするんじゃなかった」


セインは苦笑する。


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