50
ドリルで抉られた岩肌は、削り粉の匂いをまだ放っていた。
洞窟の口から続く斜路を降り、灯りを抑えつつ周囲を確認する。
天井は低く、左右に穿たれた穴が多数。どれも機械的に開けられた円筒で、風は通らない。
嫌な静けさだ。
足元の砂礫がかすかに盛り上がり、灰色の塊が顔を出した。
目は退化して白濁、鼻先は石英みたいに硬化している。
最初の一匹が牙を鳴らすと、壁と床の穴という穴から、同じ形が雪崩のように溢れた。岩石質のモグラ。硬さと数で押すタイプだろう。
「正面からですか。気が合いますね」
剣を抜き、最短で鼻先――硬化の核――へ叩き込む。刃は通るが、勢いをすべて殺される。
衝撃の吸収が異様に上手い。二撃目へ移る前に、側面から別の個体が肩へ体当たり。
いなして距離を取り、水を起こして床面から刃を立てようとした矢先――
円盤が飛んだ。薄い金属の輪が空間を切り、モグラの群れに吸い込まれる。
もう一枚、三枚。進路にいた個体の喉元へ吸着するみたいに張り付き、そのまま首を落とした。
残りの個体が一瞬で静かになる。
投げた者は、深呼吸をするかのように間を置き、肩越しに声を寄こした。
「――こんなとこに迷い込んで来るなんて、そうとう不運な人間がいたものね」
冷静な女の声。薄靄の向こう、岩に凭れかかった女がタバコに火を入れている。
切れ長の目、砂の色の短髪。指先で円盤――チャクラムに似た武器――をくるくる回し、煙を吐いた。
「思ったより強くないみたいだから、生きて出られる確率は低そうね」
「助けてくれてありがとう。名前を伺っても?」
妙な間のあと、女は肩を竦めた。
「・・・シェトランテ。この地域にある秘宝を探しているの。貴方は?」
「僕はシオン。本の力でこの世界に、セイン、友達の影響で巻き込まれて、彼女を探しています」
「ふうん。じゃ、出口もセインって子も、君にとっては“目的”か」
シェトランテは灰を弾き、足先でモグラの死骸を押しやる。
「協力はしないよ。私にとって何の得にもならないもの」
「率直ですね。では最後にひとつ。低い男の声に聞き覚えは? ずっと話しかけているんですが、恥ずかしがって返事をしてくれないんです」
シェトランテの瞳が、はじめてこちらに焦点を合わせた。
「どんな声でどんな言葉遣いだった? 息継ぎの間隔、抑揚、母音の伸ばしまで全部教えて」
「そこまで――」
「それくらい調べておかないと、誰かと間違えるわ」
靴音を忍ばせて近づいてくる。匂いが近い。図々しいくらいの距離感だ。
僕は肩でずらし、通路の先へ進む。彼女は舌打ちでもするかと思ったが、代わりに背後から飛びかかった別のモグラを、片手で放った円盤で沈めた。
「これで君に借りができたでしょう。一緒に先へ進みましょう」
ため息を飲み込んで、頷く。
「・・・わかりました。なら並んでください。無闇に前へ出ると、僕の斬撃を喰らいますよ」
「分かったわ」
そう言いつつ、彼女は僕の半歩後ろへ収まり、指先でディスクを弾きながら歩く。
やがて通路は枝分かれにぶつかった。三方向。
どれも同じ幅、同じ削り跡、同じ風の無さで全く同一に思える。
「数時間前、男女の声がしたわ。お互いを呼びかけてたみたいだけど、何を言っていたのはさすがに分からなかったわね」
シェトランテが素直に情報を教えてくれたが、確かに僕もどのような人物なのかは分からない。
「僕の仲間の可能性が高そうですね。ありがとうございます。
・・・追わなかった理由は聞きませんよ」
「理解が早くて助かるわ」
右の通路を選ぶ。奥へと進むと、また同じ三叉路に出た。
立ち止まり、顎の裏がざらつくような違和感を舌で確かめる。違う道を選ぶ。さらに進む。
やはり同じ三叉路。
「同じところに戻っていますね」
僕は言う。
「目印くらい付けときなさいよ」
シェトランテは肩をすくめ、ポーチから蛍光塗料を取り出し、各通路の入口へ印を付けた。
「戻ったらわかる。・・・はい、戻った」
「やはり道の選び方ではないようですね」
胸の中の違和感が、形を持ちはじめた。
シェトランテはため息をつき、薄いディスプレイを開いた。
箱が暖かさを示すように画面は真っ赤に覆われている。彼女は画面に触れ、温度分布を引き出す。
「印の距離が変わってるのが気になるわね。
穴の壁が呼吸してるみたいに伸び縮みしているし、温度の揺れもある。
――ここ、モンスターの体内なのかもしれないわね」
「つまり、通路に見えるのは腸管か気嚢か何か。
進めば戻るのは、蠕動が作る仮想のループ、ということですか」
「そう。で、どうするの。下から出るのは勘弁よ」
「なら、叩き起こすだけです」
根拠の薄い言葉だと自覚しつつ、僕は水を起こし、床――いや、体内壁面へ叩き込んだ。
圧で波が広がり、壁の微細な繊毛が逆立つ。シェトランテが呆れ声を押し殺す。
「無闇の極みね」
返す言葉を探す前に、洞窟全体が深く鳴った。咆哮。進行方向の床が渦を巻き、渦が口を開ける。
足元が落ち始め、視界が砂色に反転する。抵抗の余地なく、僕らは飲まれた。
砂で作られた闘技場に放り出される。観客席に相当する段差は低く、外周には古い骨と武具の破片。
正面で、巨大な影が砂を踏んだ。甲羅は波打つ岩板、手と口からは回転するドリルがせり出している。
巨大亀。砂の主。
僕は即座に戦闘態勢を取り、距離と地形を測る。
横を見ると、シェトランテは木製のトランクを開け、砂で汚れた服の裾を丁寧に払っていた。
「何をしているんですか」
「服はテンション。テンションは戦力に影響するわ。この服じゃとてもじゃないけ戦える敵じゃない」
怒鳴り返す前に、甲高い――いや、若い女の叫びが闘技場の端から響いた。
視線を走らせると、モグラの群れを相手に立ち回る二人の影。
緑糸の髪に整った所作、そして長い槍を弄ぶ軽いシルエット。
「シャルルローゼス! オラクリエ!」
「こちらです、シオンさん!」
シャルルローゼスが裾を押さえ、優雅に手を振る。
「御姉様は別の場所に転送されたようです。私とオラクリエさんは、ここでずっとモグラと踊っております」
「俺とのダンスは有料なんだけどな。今日は夜まで付き合ってくれるなら特別に無料としてやる」
オラクリエが槍でモグラの鼻先を打ち、肩越しにこちらへ笑う。
「主役が来たし、派手に片づけるか」
「情報の共有は後です。まずは大亀から片付けよう」
僕が応じると、シェトランテが横から手を挙げた。
「私は雑魚を掃除しておくわ。円盤で周辺を薄くする。三人は敵の核を狙いなさい」




