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僕と、彼女と、ペンダント  作者: ミシェロ
第五章【聖域】

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ドリルで抉られた岩肌は、削り粉の匂いをまだ放っていた。

洞窟の口から続く斜路を降り、灯りを抑えつつ周囲を確認する。

天井は低く、左右に穿たれた穴が多数。どれも機械的に開けられた円筒で、風は通らない。

嫌な静けさだ。


足元の砂礫がかすかに盛り上がり、灰色の塊が顔を出した。

目は退化して白濁、鼻先は石英みたいに硬化している。

最初の一匹が牙を鳴らすと、壁と床の穴という穴から、同じ形が雪崩のように溢れた。岩石質のモグラ。硬さと数で押すタイプだろう。


「正面からですか。気が合いますね」


剣を抜き、最短で鼻先――硬化の核――へ叩き込む。刃は通るが、勢いをすべて殺される。

衝撃の吸収が異様に上手い。二撃目へ移る前に、側面から別の個体が肩へ体当たり。

いなして距離を取り、水を起こして床面から刃を立てようとした矢先――


円盤が飛んだ。薄い金属の輪が空間を切り、モグラの群れに吸い込まれる。

もう一枚、三枚。進路にいた個体の喉元へ吸着するみたいに張り付き、そのまま首を落とした。

残りの個体が一瞬で静かになる。

投げた者は、深呼吸をするかのように間を置き、肩越しに声を寄こした。


「――こんなとこに迷い込んで来るなんて、そうとう不運な人間がいたものね」


冷静な女の声。薄靄の向こう、岩に凭れかかった女がタバコに火を入れている。

切れ長の目、砂の色の短髪。指先で円盤――チャクラムに似た武器――をくるくる回し、煙を吐いた。


「思ったより強くないみたいだから、生きて出られる確率は低そうね」

「助けてくれてありがとう。名前を伺っても?」


妙な間のあと、女は肩を竦めた。


「・・・シェトランテ。この地域にある秘宝を探しているの。貴方は?」

「僕はシオン。本の力でこの世界に、セイン、友達の影響で巻き込まれて、彼女を探しています」

「ふうん。じゃ、出口もセインって子も、君にとっては“目的”か」


シェトランテは灰を弾き、足先でモグラの死骸を押しやる。


「協力はしないよ。私にとって何の得にもならないもの」

「率直ですね。では最後にひとつ。低い男の声に聞き覚えは? ずっと話しかけているんですが、恥ずかしがって返事をしてくれないんです」


シェトランテの瞳が、はじめてこちらに焦点を合わせた。


「どんな声でどんな言葉遣いだった? 息継ぎの間隔、抑揚、母音の伸ばしまで全部教えて」

「そこまで――」

「それくらい調べておかないと、誰かと間違えるわ」


靴音を忍ばせて近づいてくる。匂いが近い。図々しいくらいの距離感だ。

僕は肩でずらし、通路の先へ進む。彼女は舌打ちでもするかと思ったが、代わりに背後から飛びかかった別のモグラを、片手で放った円盤で沈めた。


「これで君に借りができたでしょう。一緒に先へ進みましょう」


ため息を飲み込んで、頷く。


「・・・わかりました。なら並んでください。無闇に前へ出ると、僕の斬撃を喰らいますよ」

「分かったわ」


そう言いつつ、彼女は僕の半歩後ろへ収まり、指先でディスクを弾きながら歩く。

やがて通路は枝分かれにぶつかった。三方向。

どれも同じ幅、同じ削り跡、同じ風の無さで全く同一に思える。


「数時間前、男女の声がしたわ。お互いを呼びかけてたみたいだけど、何を言っていたのはさすがに分からなかったわね」


シェトランテが素直に情報を教えてくれたが、確かに僕もどのような人物なのかは分からない。


「僕の仲間の可能性が高そうですね。ありがとうございます。

・・・追わなかった理由は聞きませんよ」

「理解が早くて助かるわ」


右の通路を選ぶ。奥へと進むと、また同じ三叉路に出た。

立ち止まり、顎の裏がざらつくような違和感を舌で確かめる。違う道を選ぶ。さらに進む。

やはり同じ三叉路。


「同じところに戻っていますね」


僕は言う。


「目印くらい付けときなさいよ」

シェトランテは肩をすくめ、ポーチから蛍光塗料を取り出し、各通路の入口へ印を付けた。


「戻ったらわかる。・・・はい、戻った」

「やはり道の選び方ではないようですね」


胸の中の違和感が、形を持ちはじめた。

シェトランテはため息をつき、薄いディスプレイを開いた。

箱が暖かさを示すように画面は真っ赤に覆われている。彼女は画面に触れ、温度分布を引き出す。


「印の距離が変わってるのが気になるわね。

穴の壁が呼吸してるみたいに伸び縮みしているし、温度の揺れもある。

――ここ、モンスターの体内なのかもしれないわね」

「つまり、通路に見えるのは腸管か気嚢か何か。

進めば戻るのは、蠕動が作る仮想のループ、ということですか」

「そう。で、どうするの。下から出るのは勘弁よ」

「なら、叩き起こすだけです」


根拠の薄い言葉だと自覚しつつ、僕は水を起こし、床――いや、体内壁面へ叩き込んだ。

圧で波が広がり、壁の微細な繊毛が逆立つ。シェトランテが呆れ声を押し殺す。


「無闇の極みね」


返す言葉を探す前に、洞窟全体が深く鳴った。咆哮。進行方向の床が渦を巻き、渦が口を開ける。

足元が落ち始め、視界が砂色に反転する。抵抗の余地なく、僕らは飲まれた。

砂で作られた闘技場に放り出される。観客席に相当する段差は低く、外周には古い骨と武具の破片。

正面で、巨大な影が砂を踏んだ。甲羅は波打つ岩板、手と口からは回転するドリルがせり出している。

巨大亀。砂の主。


僕は即座に戦闘態勢を取り、距離と地形を測る。

横を見ると、シェトランテは木製のトランクを開け、砂で汚れた服の裾を丁寧に払っていた。


「何をしているんですか」

「服はテンション。テンションは戦力に影響するわ。この服じゃとてもじゃないけ戦える敵じゃない」


怒鳴り返す前に、甲高い――いや、若い女の叫びが闘技場の端から響いた。

視線を走らせると、モグラの群れを相手に立ち回る二人の影。

緑糸の髪に整った所作、そして長い槍を弄ぶ軽いシルエット。


「シャルルローゼス! オラクリエ!」

「こちらです、シオンさん!」


シャルルローゼスが裾を押さえ、優雅に手を振る。


「御姉様は別の場所に転送されたようです。私とオラクリエさんは、ここでずっとモグラと踊っております」

「俺とのダンスは有料なんだけどな。今日は夜まで付き合ってくれるなら特別に無料としてやる」


オラクリエが槍でモグラの鼻先を打ち、肩越しにこちらへ笑う。


「主役が来たし、派手に片づけるか」

「情報の共有は後です。まずは大亀から片付けよう」


僕が応じると、シェトランテが横から手を挙げた。


「私は雑魚を掃除しておくわ。円盤で周辺を薄くする。三人は敵の核を狙いなさい」


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