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「本体がその程度なら、なおさらね!」
剣を振る。吸収した黒を、外へ吐き出すつもりで斬り放つ。黒い半身が、刃の外側に滲む。
腕がぬめって嫌な感触だ。自分の影が、勝手に別の形へ伸びていくみたいで落ち着かない。
ベルメディアは言葉を返さない。代わりに、周囲の空気が変わった。さっきまで遊びの延長だった瞳が、獲物を仕留める目になる。分身の気配が消えたのを、僕の皮膚が先に理解する。次は本命だ。
ベルメディアが大剣を胸前に立てる。黒が収縮していく。吸い込まれるみたいに、光が減る。僕の喉が乾いた。
「お待たせ、シオン!」
ミカロが隣に立った。
ミカロの声を聞いた瞬間、張り詰めていた紐が少しだけ緩んだ。僕はそれを許さないように、剣の柄を握り直す。緩めたら、負ける。
「この一撃で終わらせるわ」
ベルメディアが言った。
「世界ごと」
「させるか」
「やらせないっ!」
ミカロの魔法が僕の剣に絡む。六色の龍が、刃の周りを回って結びつく。重いのに、熱い。熱いのに、冷たい。
水と火が同居して、風が輪郭を整えて、光が芯を通す。僕の右肩にまとった風が、その流れを受け取って、身体の動きまで一段軽くする。
「この一撃を跳ね返せるといいわね。グランウルス!」
ベルメディアが剣を正面に構える。僕も正面に構える。視線がぶつかった瞬間、時間の縫い目がほどけた気がした。
悪夢を集めたみたいな黒い大剣が放たれる。
「行くぞミカロ!」
「うん!」
僕らは金色に輝く剣を振り抜く。
衝撃が空を流し、風が押しのけられる。海の匂いが一瞬で遠ざかって、代わりに熱と塩と金属の味が口の中に広がる。腕が千切れ、肩が砕けそうだ。けど、剣は止めない。
「所詮そんなものだ!」
吹きつけ弾けるように黒が炎のように飛び揺れる。柄は震えあがり今にも燃え上がるように熱が走るなか、僕の腕に手がそっと乗った。
「ワタシ達は一人じゃない。どんな状況でも支え合って、誰にもできなかったことを成し遂げる!」
「つまらない幻想ね。糸にもならない希望を抱いて死になさい!」
肩は前に進まず、腕に力が加わらない。腹も膨らまず、足を前に出そうとするだけで水が喉に上って来る。息も吐くだけで精一杯だ。
それでも、それでも、ここで剣を止めるわけにはいかない。二度と剣が握れなくても、血が噴き出すとしても。二度と彼女に会えなくても。
思いを浮かべるだけで次の一歩が進んだ。
「これが……僕達の覚悟を持った一撃だあああああ!」
言葉で体を押すと、僕の刃がベルメディアの肩を捕えた。
ベルメディアが両腕で受け止めようとする。受け止めるだけで済むと思っている。僕は力を込め直す。砂が激しく流れていくような音が耳の奥で鳴る。
これは外の音じゃない。僕の中で、何かが削れていく音だ。
刃が肩を越えて、胸を裂くと、彼女は僕達に手を向け、月を零した湖のような目をした。
「それが……貴様の答えか」
目の前が真っ白になった。
◇◇◇
白の中に、見覚えのある駅が浮かぶ。駅の向こうで、セインが手を振っていた。僕も手を振る。
走ろうとする。足が進まない。声を出そうとする。喉が動かない。ネックレスを掴んで振っても、彼女は気づかない。
最後の一言くらい、あってもいいだろ。そう思っても、彼女は僕と目が合わなかった。
セインが背を向け歩き出す。僕の向かおうとする方向へ行く。
僕が膝をつきボールの落ちたような音がすると、足音が消えた。先の光を見つめると、彼女は僕へ振り返り口が動いた。
声は聞こえない。でも、意味だけが落ちてくる。
『ありがとう』
光は僕の目を貫こうとした。ベルメディアの身体が煤みたいに空へ散っていくのが見えた。そこでようやく、背中の温もりが消えていることに気づく。
真下を見ると銀髪に戻ったミカロが、頭から真っすぐ落ちていた。
「ミカロ!」
返事がなく顔を見えない。僕はネックレスを握る。彼女がくれた小さな印が、黒のカーテンに阻まれた中、位置を教えてくれる。身体の抵抗を減らす。風を思い出す。落ちるんじゃない。追いつく。
手を伸ばして、あと少し。海面が近い。ミカロの指先に触れた。反応が、ない。僕はさらに距離を詰めて、抱きしめたまま飛び込んで着水した。
冷たい。だけど、ミカロの身体はもっと冷たい。僕は顔を近づける。
「聞こえるか。ミカロ」
返事がない。心拍も、ない。頭の中が一瞬だけ空白になる。考えるな。やることは一つだ。僕は息を吸った。
息を送り込もうとした瞬間、ミカロが咳き込んで水を吐き出した。僕は肩の力が抜けて、危うく抱き締め直しそうになる。
「・・・シオン、今の、キス?」
ミカロが言った。
「ミカロ、記憶が——」
ミカロの手が僕の頬に触れて、そのまま距離がゼロになる。僕は押し返す余裕がない。彼女は戦いが終わった後の顔をしていた。
「世界の危機を救ったんだから、これくらいはいいでしょ。記憶が残ってるお祝い」
その瞬間、耳元の通信が割り込んだ。
「状況を報告してくれ。どうなってる?」
エルメインの声がした。
「今すぐ迎えに来て。敵は、倒したから。ワタシもシオンも、ずぶ濡れで大変」
ミカロが言った。
不服そうなのに、どこか機嫌がいい声だった。僕は苦笑いしか出ない。僕がネックレスで探したことを、彼女はちゃんと覚えている。
「分かった。そこから動かないでくれよ」
岸へ戻る途中で、別方向からエルジードが現れた。血管が浮いた手足がまだ熱を持っている。彼女は僕らを見て、眉を吊り上げた。
「お、お邪魔だったか?」
「エルジードが乱入してくるのは、もう慣れてるから」
「違いねぇ」
三人で拳を合わせる。僕はそこで初めて、エルジードの勢いに負けた。
「記憶がどうして残ってるんだろう」
「たぶん、覚悟の確認だったんじゃない?」
ミカロは足のつくところに来ても、僕の背中に手を回したまま離れなかった。
「本人はもういないし、そういうことで納得するしかないよ」
「能力は本当に使えなくなったのか?」
「剣が折れてるから、試しようがないよ」
ミカロが両手を軽く握って開く。風を掴もうとする仕草だ。けど、何も集まらない。
「・・・これは本当みたい」
ミカロは僕が最後の彼女を見ていたような目をしていた。
「力を入れても、風が来ないや」
僕はまだ疑っていた。疑うというより、信じたくない。失ったものを、言葉で確定させたくない。
「まだ疑ってるの? じゃあさ、」
ミカロが僕の耳元に顔を寄せた。
「紋章、消えてるか今日確認してみる?」
「いや、後にしよう!」
自分で言っておいて、頬が熱くなった。ミカロは満足そうに笑う。
その時、アルテシアから通信が入った。龍が灰になって消えた理由を問い詰める内容だ。僕らは互いに視線を交わして、返信しないことを選んだ。今は説明の時間じゃない。
エルメインの飛行艇に合流し上へ上がった瞬間、空気が変わった。
目を閉じたままのシャルルローゼスが横たわっていて、傍らにエイビスが座っていた。
閉じた花みたいに、片目や全身が包帯に巻かれた状態で肩を寄せて動かない。
「シオン様……助かりました」
その声は丁寧なのに、今にも解けて壊れそうだった。僕は言葉を選べずにいた。ミカロも同じ顔をしている。エルジードも、普段の苛立ちをしまい込んで黙った。
「ドルフェリアには、私から報告するわ」
「いや、俺が引き受ける。事実を伝えるのが、俺の役目だからな」
僕はエイビスの隣に座る。ミカロも座る。エルジードも、エルメインも、シェトランテも輪になる。僕らは互いの肩を抱く。抱かれた分だけ、ようやく息が戻ってくる。
勝った。確かに勝った。
でも、その言葉は今、口にするには軽すぎた。




