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ドルフェリアの丘は、相変わらず風が強い。三か月も経てば、あの空の裂け目みたいな戦いの記憶も少しは落ち着くと思っていたけど、墓標の前に立つと話は別だった。
セインの墓は、小さくて、やけに整っている。派手な装飾もなく、石の色も落ち着いている。相変わらず、彼女が丁寧に手入れしているのだろう。
ミカロが花を供える。今日は白い花を選んでいた。理由は聞かない。多分、聞いたら僕の方が先に変な顔をするから。
ミカロは墓石の前に膝をつくと、両手を合わせ目を閉じる。僕が合わせる中、彼女は喉を軽く鳴らした。
「お姉ちゃん、あれから三か月経ったね」
ミカロの声は、普段のワタシよりも少しだけ柔らかい。柔らかいのに一本の芯がある。あの戦いの最中、腹を貫かれても前に出た時と同じ目をしている。
「ベルメディアを倒した後、いろいろ変わったの。樽で水を飲む勢いになるけど、聞いてね」
僕は横で黙っていた。口を挟んだら、言葉が余計な方向へ逃げる気がした。
「戦いの後、ロクサリエンはやっぱり弱くなった。王様が怖がってた通り。彼女が暴走戦士を量産したせいもあるけど、兵も、街も、心も、ボロボロだった」
ミカロの指が、彼女の名前に手を当てる。風に流されないように、というだけじゃない。自分の言葉が揺れないように固定しているみたいだった。
「シェトランテも、アルテシアも、バンガードの隊長たちも、国を守るために動いたの。でも、結論としては、ドルフェリアの支配下になる交渉をしたの。恥だって言う人もいた。でも、大切なものを守るために、決断したんだ」
その名前を聞いて、僕は少しだけ首をすくめた。シェトランテの顔が浮かぶ。いつもは協調性がないのに、国を守る時だけは、妙に正確で合理的だ。
ミカロが一度、息を吸う。
「最初は抵抗も多かったよ。だけどドルフェリア側がロクサリエンの文化を受け入れてくれたの。もちろん全部じゃなくてほんの少し。でも、その少しが大きかった。今は、ほんの少しだけど、お酒を飲み交わすくらい友好になってきてる。ちょっとうるさいけど」
僕は墓石の文字を眺めた。友好、なんて言葉は軽い。けど、軽い言葉でしか、始められない時もある。
「レチカが、あ、お姉ちゃんには、まだ本名を伝えてなかったね。エイビスが、ロクサリエンと友好な関係を築けるように協力してくれたの」
ミカロが言い切った瞬間、僕の胸の奥が少し痛んだ。彼女は今も、毎日、誰かのために立っている。だからこそ、彼女のことはまだ面と向かって話題に出せていない。
「ドルフェリア王は、レチカに政治はまだ早いって言ってた。でも、シャルのことがあったから、あんな悲惨を一つでも減らしたいって話をしたの」
ミカロの声が少しだけ低くなる。
「彼女の覚悟が、軽いものじゃなかったから、、王も認めざるを得なかったみたい。若いのに、相変わらず首尾よくこなしているみたい。ときどきメッセージとか手紙も送ってくれるよ」
僕は目を閉じる。飛行艇の甲板で見た、閉じた花みたいなエイビスの姿が、まだ脳裏に残っている。あれから三か月経っているが、実のところ、会えていない。
彼女が会いたいと言えば、僕達も協力すべきだろう。ただ、彼女はそう甘えを見せるとも思えないが。
「エルメインも、エルジードも、コタツも、相変わらず第一線で頑張ってるんだって。ドルフェリアと敵対する残党が少しだけあるみたいだから、その対応に追われてるみたい」
エルメインの顔が浮かぶ。冷静に見えて、限界まで抱え込むタイプだ。エルジードは正々堂々がモットーのくせに、最近は折れないために折り合うことを覚え始めて、ある意味自宅の焚火に近づいている。コタツは、いつものように誰かの返る場所を守ってる。皆、変わった。いや、変わらざるを得なかった。
ミカロはそこで、片方のレモンティーボトルを彼女の横に置くと、もう片方を開けて味わうように飲んだ。蓋をして視線だけ僕に寄こす。目は矢を引いていた。
「それでさー」
僕は肩をすくめる。来た。
「シオンがね、カレーが好きだからって毎日作ったら飽きたって言うの。ありえないでしょ?」
「事実だけど、ここで言わなくてもいいだろ」
「しかも、チーズケーキ、ワタシが好きって知ってるのに、新しいの買って取って置いたら、いっつも毎回シオンが先に食べてるの」
「味見だよ」
「何で味見で全部なくなるの!」
ミカロの声に笑いが混ざる。墓前でやる会話としては不謹慎かもしれない。けど、僕はその不謹慎に救われる時がある。セインなら、きっと笑う。そう思えるから。
ミカロは空を見上げて続きを探すふりをした。実際、後半はほぼ愚痴で埋まっている気がする。
「あー、そうだ」
ミカロが言った。
「洗濯物の畳み方が雑だし。靴はぬぎっぱなし。寝る前に剣を磨くのはいいけど、そのあと手を洗わずに本を触るし」
「そんなもんだよ」
「ワタシは気になるの」
僕は墓石を見て、少しだけ笑った。セイン、聞いてるか。僕は今、墓前で家庭内監査を受けている。
「そろそろ、僕にも話させてくれよ」
ミカロが振り返ると、結んだ口をしていた。
「嫌」
「セインも飽き飽きしてるだろ」
ミカロが一瞬、黙る。目線が墓石に戻る。あの人の顔を思い出している時の沈黙だ。
「・・・そうかもしれない、ね」
その言葉が、僕の胸を少しだけ軽くした。許可が出たわけじゃない。けど、扉の鍵が外れた感じがした。
僕は墓前に膝をつく。花を避けるようにして、石の前の土に手を置く。冷たい。静か。ここに人が眠っているという事実が、静かに重い。
「セイン」
名前を口にするだけで、喉が詰まる。僕は息を整える。丁寧に話す。彼女に対しては、いつだってそうしてきた。
「区分も、役割も、力も変わったけれど、呑気に口喧嘩できる時間ができたよ」
言いながら、僕は笑いそうになった。なんとか、って言葉が便利すぎる。何を失っても、何を得ても、最後はそれでまとめられてしまう。
「ベルメディアを止めたけど、相変わらず忙しいよ」
ミカロが横で頷く。
「僕は、僕にできることをしてるよ。知識はあるから、エルメインや隊長と一緒に友好な関係を作れるよう協力してるんだ」
ミカロは足が疲れたのか、僕に肩を乗せてきた。
「ミカロはさっき話した通り、元気だよ。元気すぎて、僕のチーズケーキが減りそう」
「それ、ワタシのだから」
僕が買ったケーキを指差してミカロが言った。まぁ、後であげるつもりだったので、あまり気にしていないけれど。
「これ、どこのお店?」
「いつか来た時の。三個目食べようか、悩んでただろ?」
「懐かし」
僕らは少し笑って、すぐに笑いを引っ込めた。墓前は、笑いすぎる場所じゃない。けど、笑いを禁止する場所でもない。あの人なら、そう言ってくれる。
僕は墓石に手を伸ばして、石の端に指を置いた。冷たい感触が、今だけはありがたい。
「また来るよ。ミカロがうるさいと思うけど、許してほしい」
ミカロが立ち上がる。僕も立つ。二人で墓前に小さく礼をする。風が髪を揺らす。ミカロの箱が少しだけ持ち上がる。彼女はそれを押さえて、胸元にしまった。
「帰ろう」
「そうだね。そろそろ約束の時間だ」
彼女の手の温もりを確認しつつ、僕達は花で作られたアーチへと歩き出した。
また来る。その約束だけ残して。




