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「拒絶症状ね。可哀想に」
ベルメディアは苦々しそうにそう言うと、自分の右腕を肘のあたりで切り落とした。落ちた腕は空中で灰になり、すぐに新しい腕が生えてくる。
再生の光を一度確かめてから、彼女は僕の方へ視線を向けた。
「自爆してくれるなんて、最高の贈り物だわ。あの子はもう、持たない」
「ミカロは、そんな安い賭け方はしない。僕は彼女を信じる」
胸の奥から湧き上がる怒りが、呼吸と一緒に溢れ出る。僕はベルメディアへ飛びかかり、斬撃を重ねた。防御は後回しでいい。今この瞬間に、彼女の笑い声だけは止めたかった。
一撃、二撃、三撃。四・五の斬撃に入る頃には、腕の筋肉が悲鳴を上げていた。それでも止めない。ベルメディアが左手を掲げる。
八つの氷弾が、花弁のように開いて僕の顔面へ迫る。
「邪魔ね」
右腕をわずかにずらして、彼女の右肩を狙う。その瞬間、氷弾が顔にぶつかり、皮膚が切り裂かれた。視界が白く霞む。血が頬を伝う感覚だけが、妙に生々しい。
それでも剣は止めない。氷弾の衝撃を押し切りながら、刃をベルメディアの腹へねじ込んだ。
「遊びを終えるには、まだ早いよ」
息を吐きながらそう告げると、ベルメディアの瞳に、ほんのわずかだが驚きが走った。
彼女の視線が、僕の背中へと移る。
いつの間にか、背中にまとわりついていた水のマントが厚みを増し、肩には稲妻を象った肩当てが浮かび上がっていた。
先ほど吸収した風と雷、そして水。その全部が、形になっている。
「・・・嫌な予感がしてきたわ。君の力、何か変よ」
ベルメディアが言い終えると、地上から光の柱が伸びてくる。火、風、光の三属性が絡み合ったレーザーが、ベルメディアの背中を焼いた。
「シオン、今!」
振り返ると、ミカロが空中に浮かんでいた。身体には目立った傷はない。
けれど、銀色だった髪が、夜の光を弾く金色へと変わっている。彼女の面影が、ふっと脳裏をかすめた。
「眺めてる暇なんて、ないよ」
ミカロは短く言いながら、僕の頬を指でつまんだ。いつも通りの軽さに、胸の奥の恐怖が少しだけ和らぐ。
ベルメディアの身体が、黒い球体へと変じていく。表面に赤い模様が浮かび、その周囲に六つのリングと砲台が展開された。
「やっと、少し遊べる相手になってきたじゃない」
「さて、どうかな」
砲台から光と闇の弾が次々と飛んでくる。肌をかすめるたびに、星血の気配が神経を逆なでする。怖くないと言えば嘘になるけれど、今さら引く気もなかった。
「シオン、右上、任せるね」
声だけ投げて、ワタシは風と光で自分の身体を押し出した。視界の端が伸びていく感覚と一緒に、三つの砲台へ一気に肉薄する。風を槍に、光を刃に変えて、一つずつ丁寧に壊していく。
リングが一つ割れるたび、胸の鼓動が少し軽くなった。
「真似事ね。龍を肩に乗せる発想までコピーするなんて」
左肩に火と水を、右肩に闇と光を。それぞれの魔法陣を肩口に固定すると、二つの龍の顔が形を取った。熱と冷たさ、光と影が皮膚の下で混ざり合って、少しくすぐったい。
「真似事かどうか、試してみたら?」
ワタシは肩をすくめた。軽口で自分の緊張をごまかしているのは自覚している。それでも、言わずにはいられなかった。
彼女はその返事が気に入らなかったらしい。細めた瞳に、ほんの僅かな苛立ちが混じった。
「なら、教えてあげる。次元が違うってことを」
両手から伸びた彼女の龍は、ワタシの肩の龍よりもずっと細く、鋭かった。収縮しきった極細のブレスが、空を一本の線で切り裂いてくる。
胸の奥がざわついた。あれを正面から受け止めるのは、正直言って無茶だ。それでも、逃げずに済むなら逃げたくなかった。
「だったら、こっちも本気で行くよ」
両手を前に突き出し、風魔法を集中させる。掌の上で、透明な龍の顔が二つ、形を作る。左肩・右肩・両手。合計四つの龍が揃った瞬間、肺の奥が焼けるように熱くなった。
「ファイロン・ドラゴニクス!」
ワタシの龍たちが一斉に咆哮を放つ。火、水、闇、光、風。みんなの力を混ぜて、一本の奔流にして細いブレスへぶつける。
よし、均衡が取れた。世界が押し合いっこをしているみたいに、視界の中心が揺れる。ベルメディアのブレスは、密度が高すぎて動きが硬い。それでも、じわじわとこちらを押し返そうとしていた。
「体を張っただけの無駄よ。意味なんてない。吹き飛びなさい」
「無駄かどうか、この攻撃を跳ね返してみてよ! 女神様!」
勝ち慣れたベルメディアの声がした。強すぎるからこそ、疑うことを忘れてしまった声。
ワタシは、つい笑ってしまった。
「ベルメディアと違って、ワタシは皆の力を借りて戦う。一人じゃないから、怖くない」
思い浮かぶ顔がある。私がドルフェリアの図書館で古代魔法について調べていた時、本をいっしょに開いて、夜更かしして、眠そうな目で笑っていたシャルの顔。
「古代魔法、最後まで付き合ってくれてありがとね、シャル」
呟きながら、両手の陣に氷の龍を上乗せする。冷たさが骨まで染み込んで、指先が痺れる。それでも、痛みごと受け止めて前へ押し出した。
五体だった龍の咆哮に、氷の咆哮が重なる。色とりどりの光が入り混じって、ベルメディアのブレスを押し返し始める。
彼女も出力を上げようとしていた。だけど、極限まで細く絞りすぎたせいで、そこから先に力を足せない。綺麗に磨きすぎた刃が、逆に折れやすくなるみたいに。
「な――」
ベルメディアの声が、初めて揺れた。
「試してみたらって言ったでしょ。無駄かどうかは、最後まで分かんないんだよ」
ワタシの咆哮が、彼女のブレスを呑み込んでいく。黒い球体だった分身体が、輪郭を崩しながら霧になって消えていった。
胸の奥に残ったのは、勝利の高揚だけじゃない。予感もあった。
「こっちはやっぱり、分身か」
視界の端で、別の場所にいるベルメディアの気配が跳ねる。シオンの魔力の揺れ方も、一段階違っていた。きっとそっちが本体だ。
「シオン、今、行くよ」
小さく呟きながら、ワタシは風を足元に集めた。身体が軽くなる。仲間の顔が、次々に脳裏をよぎる。
「皆も、あと少しだから、踏ん張って」
そう心の中で約束して、シオンのいる方角へ、ワタシは風に乗って飛んだ。
黒い大剣が、僕の首筋を刈り取る角度で降り注ぎ、視界の端が一瞬だけ暗くなる。怖いのは刃じゃない。刃にまとわりつく黒が、触れた瞬間に身体の感覚まで奪っていきそうなところだ。
「異変はあったけれど、その程度。あの女ほどの抵抗はなさそうね」
ベルメディアが笑った。
その笑い方が、妙に腹に来た。戦いの最中に余裕を誇示する相手は何人も見てきたけど、彼女のは、余裕じゃない。僕らの積み上げを、最初から価値がないと言い切る顔だ。
「どうかな」
僕は剣を構え直した。
「自分が優位であることを話す割には、僕にはあまり攻撃できていないぞ」
言い終えた瞬間、背中に冷たい汗が伝った。挑発はいつだって、自分の首を差し出す行為だ。けど、今は引けない。ここで黙ったら、ミカロの覚悟まで踏み潰される。
「そんな見え透いた言葉には乗らないわ」
ベルメディアの声が低く沈んだ。
次の一撃は軽い。軽いのに、速い。大剣の重さで押し潰すんじゃない。黒そのものを滑らせて、僕の防御の間を抜いてくる。僕は右肩に風を足す。肩甲骨の奥が熱くなって、羽のない背中に無理やり翼を縫い付けたみたいな感覚が走る。
刃が触れた。触れたのに、切れない。黒い大剣の勢いが、途中で止まった。
ベルメディアの瞳が細くなる。吸収の反応を読まれた。僕の狙い通りでもあるけど、僕の身体も同時に縛られた。
剣を構えたまま、足が一歩遅れる。吸収は万能じゃない。受け止めた瞬間、僕の中の黒が重くなる。骨の内側に鉛を流し込まれたみたいに、動作が鈍る。
「愚民が。私の欠片を拾っただけで、黒を使えるとでも?」
ベルメディアが吐き捨てた。
「欠片で十分だ」
僕は歯を食いしばって前に出た。




