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行き止まりのホールには、一人分を保護するサイズのクリスタルと同じ光で満たされていた。緑色の柱が等間隔に立ち上がって、天井まで細く伸びている。
その中心、クリスタルのすぐそばの玉座に、ベルメディアが足を組んで座っていた。
「あなた達だけなら、十パーセントも力を使わずに済みそうね」
彼女は頬杖をついたまま、退屈そうに笑った。
「ベルメディア。インフィニタ計画ごと、ここで終わらせる」
喉が渇いていたけれど、声は思ったよりも素直に出た。僕がそう告げると、彼女は少しだけ楽しそうに目を細めた。
「いいのかしら。私を倒したら、二人どころかロクサリエンで戦っている雑草達すら力を失われてしまうのよ?」
ミカロと視線がぶつかる。彼女も、息を飲んだまま黙り込んでいた。
「力だけじゃないわ。能力を得てからの記憶もね。星血に触れた後の君達の時間は、きれいに消える。今の関係も、積み重ねも、全部。本当にいいのかしら」
心臓が一拍、妙に大きく跳ねた。分かっていたはずだ。それでも、言葉にされると胸の奥がざわつく。
ミカロと出会い直すことはできるかもしれないけれど、セインの最後の手紙も、みんなで笑い合った夜も、何もかもが空白になる。
足が、半歩だけ鈍った。
「・・・シオン」
隣で、ミカロが僕の袖をつまんだ。震えているのかと思ったけれど、その指は逆に、しっかりと力がこもっていた。
「大丈夫だよ。ワタシは、皆を守りたい。たとえ、今の記憶を失うことになっても」
そう言って、彼女は僕を見上げた。瞳だけは、揺れていない。
守りたい。僕も、同じだ。ここで躊躇して彼女をまた失うくらいなら、全部失った方がましだ。
「僕達の意志は変わらない。代償がどんなものであったとしても」
僕が剣を抜いて構えると、ベルメディアは三日月みたいな口元で笑った。
「いい顔になったじゃない。じゃ――始めましょう」
彼女が緑の柱に指先を触れる。柱の光が濃くなり、背中から黒い羽根が芽吹くように広がった。羽根の根元に、血の色に近い赤が一瞬だけ混じる。
ベルメディアの体が浮き上がる。玉座の間の空間そのものが、彼女の庭に変わっていくような感覚がする。天井は彼女に応えるように花を開いた。
「ここは私の領分よ。地の利は、全てこちらにある」
黒い羽根の一部が抜け落ち、刃のように僕たちへ降ってくる。風が変わる前に、ミカロが杖を掲げた。
「シオン、行くよ。ウィンドアーマー!」
風と光が背中を撫で、肩甲骨のあたりから透明な翼が展開する。重さより先に、落下の不安が消えていく感覚が速かった。
「これで、対等だ」
自分で言いながら、鼓動をなだめるように息を整える。ベルメディアが舌打ちした。
「本当に、余計なことばかり覚えるわね」
指が弾かれ、玉座の間の壁が一面吹き飛ぶ。吹きさらしになった空から冷たい風が流れ込み、ベルメディアは空へ躍り出た。
追うしかない。翼を一度だけ強く羽ばたかせ、僕も彼女の背中を追った。隣ではミカロが光の尾を引きながら並走している。
「風槍が来るよ」
ミカロの警告とほぼ同時に、ベルメディアの周囲に風属性の槍が十数本、形成された。空間を裂く軌道でこちらに殺到する。
「まとめて使わせてもらう」
剣を横薙ぎに振るう。槍のいくつかは、刃に触れた瞬間に形を崩し、僕の体の中へ沈んでいった。腕の中が、凍るような冷気と、抉るような圧力で満たされる。
それを一気に反転させる。吸い込んだ風属性を、彼女へ向けて打ち返した。
だがベルメディアは、ほんの少しだけ羽根の角度を変えただけで軌道を外し、滑るように上昇した。
「まあまあね。けど、どうしても足りないわ」
彼女が左手を掲げる。手首から先が白い鱗へ変わり、龍の顔がそこに形作られていった。竜の口の奥で、黒と紫が混ざった光が渦巻く。
「シオン、ブレスは――」
「心配いらない。前と同じだ」
龍の口から放たれた黒霧のブレスが、空そのものを汚すように広がる。僕は正面から剣を突き立て、霧の一部を吸い込んだ。けれど、半分は刃をすり抜けて背後へ流れ、視界が一気に暗くなる。
「・・・やっぱり、全部は無理か」
黒霧の中、気配だけが近づいてくる。僕の前に割り込むように、一体の暴走戦士が転移された。ベルメディアの影から引きずり出されたのか、赤黒い血管が皮膚の上で蠢いている。
さっき吸ったブレスを、そいつの胴へ叩き込むしかなかった。星血の臭いが漂い、暴走戦士は霧に飲まれながら弾ける。ベルメディアに届くはずだった一撃が、そこで断ち切られた。
「私の能力だもの。理解していれば、避けるのは簡単ね」
彼女の視線は、最初からミカロだけを追っていた。
左手の龍から、今度は川の流れのような水が溢れ出す。それも血を混ぜたような色合いだ。水が天と地をつなぐようにうねり、一体の水龍へと変わる。
「この子は君の相手。私は、あの子のところへ行くわ」
「シオン、水龍は任せる。ワタシは――」
「無理はしないでくれ。あの目は、まだ本気じゃない」
水龍の喉元に切っ先を向ける。冷たい飛沫が頬をかすめて、皮膚が痺れ龍の牙一本一本が、意味のある呪詛の文字のように光っていた。
斬撃と吸収を繰り返しながら、少しずつ進路を変え振るうたびに腕が重くなっていく。水龍の一部を切り取ると、逆流する冷気が肺まで入り込んできた。
それでも目は、遠くのミカロから離せない。
彼女は一歩も退かず、ベルメディア正面で古代魔法の陣を構えていた。身体の前で、いくつもの小さな魔法陣が回転しベルメディアが眉をひそめた。
「まだ撃つつもり? 学習しないわね」
雷が空気を裂く。彼女は雷属性の加速を脚へ集中させ、一瞬でミカロの懐に入り込んだ。炎の拳が、彼女の腹にめり込んだ。
「ミカロ!」
声が自分でも驚くほど掠れていた。水龍の顎を強引に斬り払い、僕は翼を限界まで動かした。風圧で身体中の傷が悲鳴を上げる。それでも、ミカロの元へ向かう足を止めるつもりはなかった。
彼女は丸まりながらも、ベルメディアの右手首をがっちりと掴んでいた。
「あの女と比べ、あなたはただの失敗作、欠陥品よ。そのまま落ちていけば、命までは取らないわ。最後のひと時を隣の恋人と共に愉しみなさい」
「・・・友達が戦っている中、大切な人の願いをそっちのけで、恋を楽しむ? そんなのお断り。ワタシはワタシにできることを誰になんと言われてもやり遂げる!」
ミカロは微笑みにも悲鳴にもならない息を吐く。
「ルミエーラ!」
ミカロの古代魔法陣が、ベルメディアの右腕に食い込む。皮膚の下を流れていた赤黒い血だけが、抜き取られるようにミカロの方へ引き寄せられていく。
ベルメディアが目を見開くと肩が微かに震えた。
「・・・あなた、何をしようとしているのか、分かってるの?」
「その言葉、そっくりそのまま返してあげる。ぐっ!」
ミカロの腹部は、さっきの拳の痕がみるみるうちに塞がっていく。代わりに、抜き出した血が彼女の腕を駆け上がり、胸へ、そして頭へと流れ込んでいった。
その反動で、ミカロの身体が痙攣する。喉の奥から、嵐を熱で燃やしたような言葉にならない声が漏れた。




