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「・・・攻撃を当てられたところで、この程度か」
アレクシオは、痛みを意に介していないようだった。
準備をさせたくない。僕は続けて炎の斬撃を放ち、アレクシオの槍を空へ弾き飛ばす。
追撃に移ろうと一歩踏み出した瞬間、足下の感覚が変わった。
「浮いた……?」
床が、柔らかいクッションに変わったような感触とともに、僕の体がふわりと持ち上がる。
同時に、視界の端でエルジードが僕へ手を伸ばしていた。
「シオン、上から行くぞ!」
彼女の箒が炎のジェット気流を噴射し、僕の身体を掬い上げるように引き寄せる。
「ちょっと待ってください、今の床──」
空間そのものが、ねじれている。上昇する感覚の中で、オルガンのパイプや長椅子の位置が、少しずつ歪んで見え始めた。
「危ない」
透明な壁に、箒の先がぶつかった。激しい衝撃ではないが、確かな反発力が働き、エルジードと僕の体が箒から分かれる。
エルジードは器用に箒の柄を蹴って距離を取り、僕は咄嗟に剣を構え、風と水の斬撃を斜め下へ放つ。
斬撃が空間を切り裂き、ねじれた風の流れに乗って、半ば落下、半ば滑空するように地面へ着地した。
「・・・空間を切り替えたか」
アレクシオは、距離を保ったまま、壁を背に立っていた。さっきより汗が多い。槍を持つ手も、ほんの少しだけ固い。
「これでは戦いにならないだろう。それでも抵抗するか」
アレクシオは壁から足を離した。
「その割に、あなたも動いていないように見えますよ」
僕は剣を構えながら、肩で息を整える。
「もしかして、この環境、あまり得意じゃないんじゃないですか」
「俺はこの空間は四度目だ」
アレクシオはそれ以上言わず、足を踏み出した。床から空へ向かって跳ね上がるような力が働く。
彼はその反動に身を委ね、膝を大きく曲げてから、魔法でブーストをかけたような速度で飛び出した。
槍の先が、僕の右腕を狙って迫る。
「っ!」
咄嗟に剣で受ける。骨に響くほどの圧力が右腕を走り、体が横に流される。
アレクシオは間合いを離さない。槍を短く持ち替え、乱撃を続ける。まともに受け続ければ、腕が壊れる。
僕は一度だけ後ろへ飛び退き、反撃に炎の斬撃を被せた。炎が楯を削り、アレクシオの残る防壁を一枚、また一枚と削っていく。
空間のねじれで、彼の体が再び上へ跳ねた。
「ここで決める」
僕は火と水を同時に剣へ流し込む。
アレクシオは槍を構え直し、僕の正面に位置を取る。受けきるつもりか。
「陽炎泡影斬!」
全力の斬撃をぶつけた瞬間、槍の周囲で何かが弾けた。空中で逃げ場のない僕の剣が、アレクシオのカウンターと正面からぶつかる。
そこで、僕の世界が一瞬だけ静かになった。槍を通して流れてきた光と衝撃が、剣の内側へ吸い込まれていく。
アレクシオの目が、珍しく見開かれた。
「吸収……した、だと?」
「それだけじゃない」
吸い込んだ力を、そのまま逆流させる。
火と水、そしてアレクシオの槍が持つ貫通のベクトルが、一本の斬撃となって槍先へ逆流した。
槍を握る腕が弾き上げられ、アレクシオの体が、ねじれた空間の安全地帯の外へ飛んでいく。
そのまま壁に叩きつけられ、重い鎧の音とともに、視界から消えた。
「・・・よし」
息を吐き、視線をレイモンド側へ移す。
エルジードは、目尻から血を垂らしながらも、まだ笑っていた。
「まだ行くぜぇ!」
彼女の周囲には、八体の火の鳥が旋回していた。炎で形作られた鳥たちは、それぞれが独立した意思を持っているかのように、レイモンドを囲んでいる。
「耐えることが高貴だと信じるのなら」
エルジードは、レイモンドを真っ直ぐに見据える。
「ちゃんと耐え切って見せろよお!」
火の鳥たちが、一斉にレイモンドへ突撃した。
レイモンドは楯を地面に突き立て、青い衝撃波を放つ。衝撃波が火の鳥たちを砕き、炎は赤い羽根となって散った。
「やっぱりな、割れねえか」
エルジードは悔しそうに笑う。
「炎の使い手としては見事だ。だが──」
「まだ、俺の攻撃は終わってねぇ」
彼女の言葉と同時に、レイモンドの目の前に、火の鳥の“零体”が現れた。散ったはずの羽根が一点に集まり、再び鳥の輪郭を取る。
レイモンドが楯を正面に構える。火の鳥は正面からぶつかり、一度弾かれてから、レイモンドの背後へ回り込むように動く。
爆発と突撃を十度繰り返す。そのうち六回目以降は、楯を貫いてレイモンドの鎧を焼き、老いた体を上空の壁へと押し上げていった。
「・・・すごい」
技の規模もそうだが、それを涼しい顔で撃ち切るエルジードの精神力にも、素直に感心する。
火の鳥が消え、レイモンドが壁にめり込んだまま動かなくなる。僕は肩の力を抜きかけた。
「これで──」
背中に走る、冷たい悪寒。反射的に剣を振り払う。それでも、遅い。
アレクシオの槍が、背中から突き立てられた。
寸前で体を捻ったおかげで、致命傷は避けたものの、肩口から胸にかけて鈍い痛みが広がる。
「さすがだ。確実に捉えたつもりだったがな」
アレクシオの声が、背中越しに聞こえる。反撃に移ろうとした瞬間、横から炎の影が割り込んだ。
「俺は、そういう卑怯な手は嫌いなんだよ」
エルジードの蹴りがアレクシオの側頭部を捉え、彼を横へ吹き飛ばす。
彼女は僕の腕を掴み、箒に引き上げ、そのまま空間の上方へと上昇し始めた。
「次で決めるぞ、シオン」
箒の炎ブーストが、背中を焼くようさらに強くなる。しかし、ある高さまで達したところで、また透明な壁が行く手を遮った。
箒の先端が見えない何かに押し返され、エルジードが舌打ちをする。
「やっぱり、上も塞がれているようだ」
「なら下からぶち抜くしかねえな」
下方では、鎧を脱ぎ捨てたレイモンドと、再び槍を手にしたアレクシオが、変化した空間を利用して跳び回りながら、僕たちに近づいていた。
二人とも、まだ戦う気を失っていない。
「シオン、行くぞ!」
エルジードは炎のブーストを弱めた。箒が失速し、わざと落下状態へ移る。
「わかった!」
真下への落下へ切り替わった瞬間、エルジードは箒の向きを逆転させ、地面へ向けて加速を始めた。
炎の風圧が足元へ集まり、一本の槍に研ぎ澄まされていく。
僕は剣に水の式を纏わせ、いつでも吸収できるように意識を構える。
地上では、レイモンドがアレクシオの槍に五重の楯を纏わせていた。青い楯が槍を包み込み、一本の巨大な防壁兼突撃槍へと変わる。
アレクシオは光と闇の二属性を槍に流し込み、こちらを狙って構える。
「インペリウム・アサルト!」
アレクシオが地を蹴ると、光の片翼と闇の片翼が羽ばたく。強烈な踏み込みと共に、槍が体ごと上昇軌道に乗る。
炎の槍と、楯を纏った槍が、空中で交錯した。
エルジードの火槍は、四枚目の楯まで一気に貫いたが、最後の一枚を割り切ることができなかった。
楯には無数の亀裂が走り、八割ほどまで割れているのに、まだ崩れてはいない。
「悪くない。だが、ここまで──」
アレクシオが言いかけた瞬間、エルジードが短く叫ぶ。
「シオン!」
「まだ終わりじゃないぞ」
僕は、彼女の火槍から漏れた炎のエネルギーを、剣で受け止めるように吸収した。
水で包んだ刃の内側に、エルジードの炎が流れ込む。火と水が矛盾なく共存する一点を探しながら、全力でそこへ集中する。
「これが、僕たちの合体技だ!」
火と水の触れる度に斬撃の弾け飛ぶ複合斬撃を、変化した空間ごと切り裂くイメージで振り下ろした。
エルジードの火槍が残した傷を起点に、僕の斬撃が最後の楯を叩き割る。
レイモンドの実物の楯までまとめて吹き飛ばし、その先でアレクシオの槍と真正面からぶつかった。
一瞬だけ、拮抗する圧力が僕の腕を軋ませる。
すぐに、炎の勢いが勝った。槍越しにアレクシオの身体が押し返され、彼はそのまま地面へ叩き落とされた。
変化した空間の跳ね返りも働かないのか、その場から動かない。槍も手から離れたまま、静かに転がっている。




