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パイプオルガンが僕達の直進を立ちふさがり、その楽器を眺めるように長椅子がいくつも並んでいる。礼拝堂にしては壁の色は光を跳ね返すほどに白い。
僕とエルジードは、天井近くのステンドグラスから差し込む弱い光の中で、次の扉を探して歩いていた。
「出口っぽいのは……この入口しか無さそうですね」
僕がパイプの隙間を見上げる。
「だったら、強行突破で穴を開けるだけだな」
エルジードは箒を肩に乗せ、いつも通り乱暴なことを軽い調子で言う。
その時、オルガンの影から二つの気配が、静かにこちらへ満ちてきた。
「・・・来るのは知っておったが、やはり正面からか」
年輪を重ねた低い声が、ホール全体に響いた。入口に現れたのは、黒を基調にしたロクサリエンの甲冑。その胸には紋章が刻まれている。
大盾を背負い、白髪混じりの銀髪を短く刈り込んだ老兵が僕達を肉のような目で見た。
その隣には、青い光沢を帯びた重槍を携えた男が立っていた。
槍身は盾のように広く、柄の根本には青い魔法陣が幾重にも浮かんでいる。
「貴殿は、タイダルフォースのエルジード殿か」
老兵がエルジードへ視線を向ける。
「先の停戦協定は、ここで正式に決裂したと考えて良いのか」
「誤解すんなよ、おっさん」
エルジードは肩をすくめる。
「俺は今、タイダルフォース所属じゃねえ。ただの個人だ。俺の名前を使っても、ドルフェリアの脅しには役立たないぜ」
「助け船を出したのだが、こうなっては仕方あるまい。アレクシオ、やるぞ」
「レイモンド、君に合わせよう」
レイ何とかは短く息を吐き、大盾を前へ押し出した。
盾の縁から、淡い青の板が次々と展開される。一枚、二枚……アレクシオの前に五枚の青い楯が浮かび、半球状の防壁を形作った。
「俺の分は十分らしい」
アレクシオは軽く槍を打ち鳴らし、僕の方へ一歩進む。
「ロクサリエンの民よ。名は、シオン・ユズキだったな」
「よくご存じですね。僕達のことは調査済みですか」
僕は剣を抜きながら返す。
「どれほど呆けた計画を立てているのかは、分かっているようだな」
アレクシオは、事務的な調子で告げる。
「今なら、バンガードで兵士としての席を用意できる。最前線で戦う名誉と、家名にふさわしい待遇を約束しよう」
魅力的と言えば魅力的だ。けれど、今の僕には別の約束がある。
「申し出はありがたいですけど」
僕は首を振る。
「僕には、彼女の最後の願いを叶える責任がある。断ります」
「責任、か」
アレクシオは、わずかに目を細めた。
「ならば、それを捻じ曲げてでも連れ帰るのが、私の責任だ」
槍の先に瓦礫がまとわりつき、石と鉄の塊になっていく。床石がひとりでに浮かび上がり、アレクシオの周囲を回転し始めた。
「エルジード、そっちは頼みます」
「言われなくても、あの爺さんは俺の獲物だっ!」
エルジードが箒に跨り、炎の推進でレイモンド側へ飛び出す。同時に、僕の足下で床が盛り上がり、アレクシオが槍を構えた。
「拒むならば、実力で掴み取るまでだ」
瓦礫を纏った槍が、一直線に僕の胸を狙って突き出される。
僕は剣を横に滑らせて受け、火花代わりに走る衝撃で軌道を逸らした……つもりだった。
次の瞬間、肩から腰まで、体が浮き上がるような感覚に攫われる。
槍の周囲にまとわりついた瓦礫が、衝撃を何度も跳ね返し、その反動で僕を押し飛ばしていた。
「くっ……重い。これで突きか」
「まだ助走にすぎないぞ」
アレクシオは淡々としている。視界の端では、エルジードがレイモンドへ小さめの炎弾を連射していた。
レイモンドは一歩も動かず、楯を斜めに傾けるだけで炎を弾く。炎が当たるたび、青い膜が揺れ、すぐに形を整え直す。
「ずいぶん大人な、爺さん」
エルジードが苛立ちを隠さない調子で笑う。
「一発も撃ってこないで楯ばっか出しやがって。なめてんのか?」
「これが私の戦い方だ」
レイモンドは淡々と答えた。
「それに、そんな弱い炎ではこの楯は揺らがん」
「・・・へえ」
あきらかに、何かのスイッチが入る声がした。
エルジードの周囲に炎が広がる。床の石が熱で乾き、空気がじりじりと肌を刺す。
汗が首筋をつたうのを感じる。ここまで露骨に温度が上がると、僕の呼吸まで重くなる。
「じゃあ、本気でやってみるか。覚悟しろよオッサン!」
エルジードの右手に、大きな炎が集まる。砲弾ほどの大きさだった炎が、徐々に圧縮されていき、手のひらサイズに縮むほど、色が濃く、光が刺すように変わっていく。
同時に、アレクシオが僕との間合いを詰め、瓦礫を纏った槍を水平に構えた。
「話に集中している暇はないぞ」
床が砕け、石片が槍に飲み込まれていく。
僕は水を剣に流し、迫ってくる槍とぶつけた。しかし、水で視界を開けても、槍身の厚みは消えない。
剣三本分はある槍の刃が、まるで巨大な梁のように僕の腹を押し上げ、そのまま長椅子ごと後方へ弾かれる。
「っ……どうやら、知っているのは名前だけじゃないみたいですね」
「正面から受けた結果だ」
アレクシオの声は淡々としている。
剣を握り直しながら立ち上がると、エルジードの炎が完成していた。右手の小さな炎玉は、見るだけで皮膚が引きつるほどの密度を持っている。
彼女は、楽しそうに笑っている。
「弱いって言ったよな?」
「言ったな」
レイモンドは一歩も動かない。
「なら、その楯、ぶち抜いてやるよぉお!」
エルジードが投げ出した炎玉は、レイモンドの楯へ向かって一直線に飛んだ。
楯に触れた瞬間、炎は矢の形へ変わり、左右に弾ける。壁や床をかすめながら、十数本の炎矢がレイモンドを取り巻く。
その瞬間を逃すわけにはいかない。僕は地面を蹴り、アレクシオとの距離を詰める。
「甘い」
アレクシオはレイモンドが投げた青い楯の一枚を、槍で蹴り上げた。楯は盾ごとアレクシオの前へ滑り込み、僕の斬撃とぶつかる。
「蒼炎水華!」
火と水を重ねた斬撃は、楯を半分だけ削り、そのままアレクシオの左腕へ届いた。鉄鎧が裂け、青い布が焦げる。




