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「今の攻撃を受けるのね。悪くないけれど、煩わしいわね」
「我が隙を突く」
ボルディミアスが拳を振り下ろした。
だがセリアは一拍分だけ遅く後退し、その拳をギリギリで避ける。
「やはり、君達ではこのリズムを取り入れることは難しそうだね」
彼女の声が低く落ちる。シャルルローゼスの詠唱が耳に届いた。
紫の魔力が棚の間に満ち始める。セリアは、飛行艇が滑走路を飛び出す前のような滑らかさで足を踏み込んだ。
彼女の速度に合わせて僕も横へ走るが、角度を誤ったのか、またしても僕の剣が置いていかれる。
「・・・またか」
刃は僕の手からするりと抜け落ち、先ほどと同じように空中を泳ぎ始めた。
仕方なく、剣を持たないまま、体勢だけでセリアの前に割り込む。シャルルローゼスの魔法が発射された。
しかし予想していた通り、その紫の光は杖から離れた途端、まったく別方向へ逸れていく。放たれた魔法はセリアではなく、天井近くの棚をかすめて飛び去った。
その間にも、セリアの双剣はシャルルローゼスの首へ迫っていた。
「僕の戦い方は、剣だけじゃない」
僕は彼女のマントを掴んだ。双剣がシャルルローゼスの喉元に食い込む手前で、その刃にわずかなブレーキがかかる。
セリアの口元が三日月形に歪んだ。
「運が良かったわね」
彼女が押し込もうとした瞬間、横から黒い稲妻を抱えたエネルギーボールが、弧を描いて飛び込み、セリアの腹部に直撃した。
彼女の体が棚へ叩き込まれ、古いファイルが雪崩のように落ちていく。軋んだ棚の間から、セリアが這い出してきた。
「それで、克服したつもりか!」
「今だ」
ボルディミアスが僕の剣を掴み、投げつけるようにこちらへ放った。
「助かる」
僕はそれを受け取り、すぐさまセリアへ斬り込む。セリアは双剣を構えようとした。
だが、彼女の指から刃がすり抜ける。双剣はそのまま空中へ泳ぎ出し、彼女の頭上でくるくると回転した。
「やはり、そうなりますか」
セリアは短くそう呟くと、両手を前に構えた。空中を漂う双剣越しに、風と稲妻の魔法を同時に放つ。
刃を媒介にした魔力の奔流が、こちらへ押し寄せてきた。
「悪くない攻撃だ」
僕は防御の姿勢を取っていた。だからこそ、魔力の流れを剣で受け、そのまま吸収できた。
風と稲妻が、刃の内側で混ざり合う感覚がする。
「雷風斬!」
そのまま、反撃としてセリアの方へ斬撃を返した。突風と雷鳴に似た光が走り、セリアの体を包む。
彼女は奥の螺旋階段へ吹き飛ばされ、その段差に背中を打ち付けた。
「シャルルローゼス、大丈夫か」
僕はすぐにシャルルローゼスの元へ向かった。
彼女の首元には、細い切り傷が一本走っている。血が少し流れていたが、致命傷ではない。
「少し賭けでしたけれど、大事には至っておりませんわ」
シャルルローゼスは自分で癒しの魔法を施しながら言った。
「シオンさんが引き止めてくださらなければ、もう少し深く入っていたと思います。本当に、ありがとうございます」
「よかった。本当に、よかった」
胸の奥で固まっていたものが、少しだけほぐれた。その時、ボルディミアスが手を見つめて眉をひそめた。
「我の重力魔法も、手から抜け出していく。これは良くない流れだ」
「どういう意味だ」
「我自身の制御から外れ、空間のどこかに魔法が溜まりつつある。警戒しておけ」
そう言った直後、空を切るような音がした。僕は火属性の攻撃を試みた。
剣先に纏わせた炎は、しかし目の前で零れ落ちるように消え、床の上で揺らめくだけの光になってしまう。
ボルディミアスは高速で拳を振るい、その一撃ごとに重力魔法がこぼれ落ちていく。
零れた魔力は彼の周りでまとまり、巨大な楯のような形を作った。
セリアが螺旋階段の影から飛び出した。
「こんなもので、終われるかあぁ!」
彼女はその重力の楯へ向かって突き進み――次の瞬間、その楯を通り抜けた。
セリアは一言だけそう告げ、地に足をついた。彼女の着地と共に、床板が下へと割れ、螺旋階段の周囲が大きく崩れ落ちる。
その勢いをそのままに、彼女は再び僕の正面へ駆け出してきた。
「シャルルローゼス、撃つのは待ってくれ」
僕は叫んだ。
「セリアの攻撃が一巡するまで、タイミングを見たい」
「ですが、シオンさん」
シャルルローゼスが迷いを滲ませる。会話を交わしている間にも、セリアの双剣――いや、今は素手の打撃が目前に迫ってきていた。
拳と膝をリズムよく交互に使い、僕の防御を削ってくる。
「間合いが悪い。ずらすぞ」
ボルディミアスの声が響いた。
彼は龍の本来のサイズへと戻り、体が壁を突き抜け巨大な体でセリアの進路を横から押し潰すようにぶつかった。
それだけで、セリアの姿勢がわずかに崩れる。
「今だ」
ボルディミアスがブレスを溜め始めた。セリアは落ちかけていた双剣の一本へ手を伸ばした。
だが、やはり刃は彼女の指をすり抜ける。
代わりに、彼女は手を振り抜き、風魔法のカッターのような衝撃波を放った。
僕は防御の構えを取っていた。その衝撃を剣で受け止め、再び魔力を吸収する。
「これで、終わりだ」
溜めた風を反撃として返す。セリアは腰に結んでいた紐を引いた。
紐の先で泳いでいた双剣が、彼女の手元へ一気に戻る。
それを受け取った彼女は、僕の反撃を双剣で受け流しながらも、衝撃に逆らえず後方へ吹き飛ばされた。
「喰らえ!」
ボルディミアスはセリアだけを狙い、炎のブレスを放つ。だがセリアは風魔法で自らを上向きに跳ね上げた。
ブレスを避けつつ、逆に火と風の魔法を組み合わせた攻撃を上からボルディミアスへ叩き込む。
「チッ……」
ボルディミアスの鱗が焼け、巨体が少し傾ぐ。その間に、シャルルローゼスは魔法陣を完成させていた。
「シオンさん、今度は外しません」
彼女の杖の先に、氷の剣が十本、群れを成して生まれる。蒼い刃がセリアへ向けて一斉に飛翔した。
セリアは飛来する剣を一つ掴もうとした。しかし、やはりその柄も彼女の手をすり抜ける。
「私のリズムは何度君達が動こうが、ズラせない!」
代わりに、両手から風と炎の魔法を放った。氷の剣は熱と圧力に晒され、空中で砕け散る。
「次の攻撃は、私がもらう。これで終わりだ」
セリアは攻撃へ移ろうとした。その瞬間、シャルルローゼスの姿が僕の背後から消えた。振り返る間もなく、彼女は既に別の場所へ移動していた。
砕け散った氷の剣の柄が床に落ちる。その一本を、彼女が拾い上げた。
「杖だけが武器ではありません。これは貴方の動きから学んだことです」
シャルルローゼスが氷の柄を握り、残った杖には形の零れを見せる氷魔法がある。
セリアの手から離れた風と炎の魔法は、彼女の周辺で渦を巻くだけで、すぐには収束しない。
「あなたは確かに私の隙を突いている。けど、私に奥の手がないことを除けばね」
セリアは胸元へ手を伸ばし、そこから一本の杖を引き抜く。
「これで、私の勝ち」
セリアはその杖でシャルルローゼスへ攻撃を仕掛けた。
シャルルローゼスは咄嗟に自分の杖を動かして防御しようとした。
だが、杖は彼女の手をすり抜けていく。さっきまで当たり前のように握っていたはずの武器なのに、今はもう指先がそれを掴めない。
「残念ね。最後に魔法は私に微笑んだようね」
セリアは勝ち誇ったように、三日月の口でシャルルローゼスの正面で風魔法を構えた。
ただ、彼女の足は真っすぐなまま止まらない。




