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僕と、彼女と、ペンダント  作者: ミシェロ
第九章【残火】

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「ミカロ!」


僕は迷わず彼女の元へ駆け寄った。服はあちこち破れ、腕や足には無数の傷が刻まれている。

それでも、彼女は僕が近付いてきたのを見ると、少しだけ表情を緩めた。


「ちゃんと反対側、守ったから」

「ああ、そうだね」

「・・・服、見ないでね」


ミカロは一瞬視線をそらし、それから僕の傷に手をかざした。回復魔法の光が、切り傷や打撲の痛みを少しずつ和らげていく。振り返ると、魔法のように彼女は隙の増えすぎた服を整えていた。


「まずは、エイビス達と合流しよう」


僕が言うと、ミカロは小さく頷いた。


「そうだね、早く行こ。あっちで何が起きてるか分かんないし」


そう言った直後、足元で嫌な感覚が走った。

床が、静かに沈んでいく。

アクアマリン色のラインの隙間から、空の青が覗いた。足を踏み出しても空は残酷に僕を欺いた。

次の瞬間、床に大きな穴が開き、下には何もない空間が広がった。


「シオン!」


ミカロが僕の背中を押し出した。風の魔力が体を持ち上げる。僕の体は、穴の外側へと弾き出された。

振り返ると、ミカロが口だけで大丈夫と形を作った。声は聞こえない。それでも、その意志だけははっきりと伝わってくる。

彼女は真っすぐに、空の底へ落ちていった。

オルウェラは、床の端に倒れたまま、その光景を満足そうな表情で見届けると、ゆっくりと目を閉じた。


攻撃を加えることは、できなくはなかった。だが今はそれよりも、一刻も早く合流する方が重要だ。

僕は青いペンダントに視線を落とした。ペンダントは、左右に揺れながら、かすかに光っている。


「どっちかといえば、右の気分だな」


左右に分かれている理由が何となく分かっていたが、苦笑しながら僕は右を選んだ。

ミカロの大丈夫という言葉と、皆が生きているという前提だけを信じて、足を前へ出すことにした。



◇◇◇



閉ざされていた木製の扉を開いて入ると、左右一面に、天井まで届く棚が並んでいた。

百どころか、数えようとする気すら起きない量のファイルラックが、灰色の壁のように続いている。

その隙間で、金属がぶつかり合う音がした。


「シオンさん、こちらです!」


シャルルローゼスの声が聞こえたので、僕は棚の角を曲がって駆け込んだ。

ボルディミアスが人型で兵士と打ち合い、その横でシャルルローゼスが紫色の魔法陣を展開している。相手は全身鎧をまとった兵士が五体。顔も隙間も見えない、無機質な鉄の塊のようだ。


「加勢する。シャルルローゼスは後ろ下がって」


僕は剣を構え、水属性を剣にまとわせようとした。


「シオンさん、止まってください!」


シャルルローゼスの制止が飛ぶ。けれど、僕は勢いをつけて踏み込んでしまった後だった。

僕はそのまま兵士の胴を横一文字に薙いだ。金属を叩いた鈍い音だけが鳴り、手に嫌な振動だけが残った。

水属性の斬撃が入っているはずなのに、刃先にまとわせた水は、なぜか兵士の横を泳ぐように流れていき、何もない空中で渦を巻いている。


「・・・どういうことだ」


思わず周囲を見渡す。

シャルルローゼスの杖からも、火や光の魔法が放たれているはずなのに、それらは敵へ向かわず、頭上をふわふわと漂っていた。火の球が棚と棚の間を気ままに飛び、水の弾がまるで魚の群れみたいに空を泳いでいる。


「やはり誰であっても、同じ状況のようですわね」


シャルルローゼスが眉を寄せた。


「私も先ほど、属性魔法を放とうとしました。けれど杖から離れた途端、意志を持ったように言うことを聞いてくれませんでしたの」

「厄介だな。敵の能力じゃないといいけど」


魔法に頼れないのなら、やるべきことは単純だ。


「我を手伝え、人間」


ボルディミアスが短く言った。彼は既に魔法を諦めたのか、拳と脚だけで鎧兵を殴り飛ばしている。

重力魔法の残滓が、うまく纏まらずに彼の周りを漂っていた。


「分かった」


僕は属性を使うのをやめ、純粋に剣だけで兵士へ斬りかかった。

隙間のない鎧は面倒だが、動きは鈍い。関節の角度を読み、膝裏や首元の隙間へ斬撃を差し込んでいく。

ボルディミアスの拳が一体の鎧を吹き飛ばし、その勢いに合わせて僕が追撃を差し込む。

五体の兵士は、やがて全員が床に倒れ伏した。中身が入っていたのかどうかも分からない。抜き身の鎧が、ただ転がっているだけだ。


そこで、間の抜けたような拍手が聞こえた。やがて、その拍手に音の厚みが増していく。静かに始まり、必要な分だけ空間を満たしてくる声と同じリズムだった。


「悪くないわね。良い肉弾戦だったわ」


女性の声がファイル棚の向こうから届いた。白いトップスに白のマント。黒いボトムの軍服。腰には双剣が揺れている。

彼女は一礼すると、まっすぐこちらを見た。


「ロクサリエン正規軍、ハイコマンド特務部隊。セリア・アーベントといいます」


澄んだ声が、徐々に音量と鋭さを増しながら名乗りを告げた。


「あなたたちを殺す者の名だから、一応自己紹介するわ」

「物騒な挨拶だ。我の関わる人間はいつもこのような者ばかりだ」


僕が構え直した瞬間、彼女はもう動いていた。剣が半拍ずらしたような二連の斬撃で迫る。

僕は剣の柄を握ろうとした。が、指先から抜けるように、相棒が自分の手を離れた。


「嘘だろ!」


剣は僕の意思を拒絶したように、空中でふらりと方向を変え、少し離れた場所でひとりでに漂い始める。


「ほら、私の予想通りになっただろう?」


セリアが低く制するように呟いた。彼女の双剣が僕の胸元へ迫る。


「そこまでだ」


ボルディミアスが割り込んだ。彼は拳で双剣を横から叩き、軌道を僅かに逸らす。次の瞬間、彼の腕が肘から先ごと切り落とされた。


「我の腕を落としたか。興味深い」


ボルディミアスは淡々と自分の腕を見下ろした。力を込めると、切断面から新しい腕が伸びるように再生していく。

セリアは一瞬だけ目を細めると、双剣の刃にオレンジ色の気配をまとわせた。

刃が細かく震え、その振動が棚のファイルまでも微かに揺らしている。


「ま、こんなこともあるわよね」


僕は駆け出した。ふわふわと漂っていた自分の剣へ手を伸ばす。

今度はすんなりと柄を掴めた。試しに一振りしてみる。

特に違和感はない。握りも重さも、いつもの相棒そのものだ。何かきっかけがあるに違いない。試してみるか。


僕はセリアへ斬りかかった。セリアの双剣が僕の一撃を受ける。

金属のぶつかる音にしては、妙に軽い音がした。まるでスプーンでプリンを弾いたみたいな、柔らかいのに耳に残る音だ。

衝撃は、手から抜けるように消えた。

代わりに、耳の中でその音だけが何度も反響する。世界の音が遠のき、足音も呼吸も、ぼやけていく。


「確かにあなたの剣は悪くはない。ただ、リズムとしてはまだ荒いわね」


セリアの口元がわずかに上がった。気付くと、彼女はほとんど音もなく目の前に来ていた。

僕は反射的に正面に剣を構えていたが、位置を微調整する余裕がない。

斬撃は剣に当たりながら、角度のせいで右手に大きな衝撃を集中的に叩き込んだ。

骨がきしむ感覚に顔をしかめる。セリアは、歯に何か挟まったような、少し不機嫌そうな顔をした。


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