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僕と、彼女と、ペンダント  作者: ミシェロ
第九章【残火】

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白い世界の中で、僕は手探りを続けていた。

誰かの手を掴もうとして腕を伸ばす。指先に触れるのは、冷たい煙の感触だけだ。

掴んだつもりになっても、そこには血の通った存在がいない。握り返してくれるはずの温度が、どこにもない。

胸元で、ペンダントが小さく震えた。

セインからもらった青いペンダントが、淡い光を脈打たせながら、どこか一方向へ引っ張るように揺れている。言葉も地図もない代わりに、唯一の気に止まる勘だけがそこにあった。


「信じてみるか」


僕は小さく息を吐き、ペンダントが示す方角へ足を進めた。視界は相変わらず白いが、感覚だけは少しずつ変わっていく。

空気の重さ、体の傾き、そのわずかな変化を頼りに前へ。半歩分だけ、手応えが変わる瞬間があった。

腕を伸ばすと、今度は確かな何かに触れる。人間の肩くらいの高さ。布越しの感触と、芯の通った硬さの中にある柔らかさ。

その上から、筋肉の緊張が指先に伝わった。


「大丈夫、ですか?」


僕は肩に置いた手に、少し力を込めて揺すった。

反応がない。

もう少し強めに揺らしたところで、今度は逆に、勢いよく手を払われた。視界の白が薄れ、輪郭が浮かび上がる。

目の前にいたのは、銀髪を揺らすミカロだった。彼女の腕は、自分の胸元を庇うように組まれている。


「・・・」


ミカロは少し黙り、僕の手を取り直した。


「変態」


囁くようにそれだけ言う。


「・・・ごめん」

「後でチーズケーキ一緒に食べてもらうから」


彼女はため息を一つ落とし、次に風の魔法を立ち上げた。足元から起こした風が、白い煙を巻き上げ、周囲へと押し流していく。

視界が一気に開ける。そこは、広大な回廊だった。

天井は高く、左右にはキーカードを同じ色に光る色のラインが走る柱が並んでいる。床は磨かれた金属で、奥へ続く道が果てしなく伸びているように見えた。


その中央に、一人の女性が立っていた。

長い髪をゆるやかに揺らし、静かな微笑を浮かべている。声と同じく、甘いチョコレートを連想させるような、どこか危うい美しさだった。


「ハロー。よくここまで抜けてこられたわね。幻から出てこられた子は、久しぶり」


女は、楽しそうに手を叩いた。


「でも、ここからが本当の戦いよ。あなたたちがどれだけ“本物”なのか、ちゃんと確かめたいもの」

「君が誰であっても、僕達は容赦しない」

「あーら、怖いわぁ」


僕が剣に手を伸ばすと、彼女は優雅に片手を振った。その姿は霧に溶けるように薄れ、次の瞬間には、再び白い霞の向こうへと消える。


「消えたね。逃げたわけじゃないだろうけど」


ミカロが周囲を見渡した。


「ここから先は、いつも以上に気を付けてくれ」


僕は剣を抜き、足に力を込めた。突風のような気配が、背後から走った。


「ミカロ、しゃがめ!」


反射的に声が出る。ミカロが素早く身を落とした直後、湾曲した刃が、さっきまで彼女の首があった高さを切り裂いた。

細身の男が、音もなく滑り込んでくる。黒いマントを翻し、両手に湾曲刀。顔の半分を布で隠したその男は、瞳だけでこちらの動きを測っていた。


「新手か」


僕は剣を交差させ、その一撃を受け止めた。しかし、衝撃が異様に軽い。刃と刃は確かに触れ合っているのに、体重が乗っている感触がほとんどない。


「重さがない……幻か?」


問いは胸の内だけに留める。男の体勢は崩れない。

次の刃が、すぐさま角度を変えて滑り込んでくる。


「シオン、後ろ!」


ミカロの声が飛ぶ。同時に、僕の背後から別の風の気配が迫ってくる。

彼女は炎と風を組み合わせた魔法を放った。

後ろから忍び寄っていたもう一本の湾曲刀が、炎に弾かれ、ベールのように揺らいで消えていく。


「助かった」


僕は前方の男へ剣を突き出した。彼は一歩で距離を詰めるのではなく、軽く跳び上がるように後退する。マントの端だけが、僕の斬撃で裂け落ちた。


「面倒だな。さっさと片付けるぞ、オルウェラ」


マントの男は、布越しでも分かるほど肩をすくめた。


「分かってるわよ、ベルトお。本当は、こんなところで遊んでいる場合じゃないんだけどねぇー。レイモンド様の手を、少しでも空けてあげないといけないのに」

「悪いけど、ワタシも遊びに付き合ってる暇ないの。通してくれる?」


ミカロが、真っ向から会話に乗った。彼女は風の魔法を体全体に纏う。両腕を広げ、その中心に円を描くように足を運ぶ。

彼女の腕の届く範囲。その円の内側だけ、周囲の景色の嘘が剥がれていく感覚があった。

煙の薄皮が剥がれ、本来の通路や柱の質感が戻ってくる。


「へえ、その範囲だけ幻影を壊すわけね。嫌いじゃないわ」


オルウェラの声が、今度はすぐ近くからした。

彼女はミカロの攻撃を軽く跳び越え、わざと煽るようにミカロの体を踏み越えていく。そのまま、霧のように姿を揺らしながら僕の懐へ踏み込んできた。


「いただきー」


短剣が閃く。僕は剣で受け、足を滑らせるように位置を変えた。

刃が当たった感触は、やはり雲を押したような違和感だった。

質量があるのに、ない。そこにいるのに、本当にそこにいるのか確信が持てない。


「ミカロ、こっちの感覚もおかしい。彼女の攻撃、本体と幻が混ざってる」

「了解。って言いたいところだけど、ワタシもそう思ってた」


ミカロがわずかに動揺した声を出す。次の瞬間、彼女の左腕に紫がかった短剣が走った。

鮮やかな血が飛び、ミカロは息を呑む。


「ミカロ!」

「大丈夫。まだ魔法の回数とかあるし」


彼女は抵抗するように、風と闇を組み合わせた魔法を放った。

しなる鞭のような闇がオルウェラへ伸びるが、彼女はひらりと飛び上がり、叩きつける軌道をかわす。


「それで終わりぃ? もっと遊びましょう」


オルウェラが笑う。ミカロはすぐさま、魔法の二段階目を発動させた。

さきほど放った闇の縄が地面を這い、オルウェラの足首へ絡み付く。風の瞬発力を乗せたその縄が、一気に引き寄せる。

オルウェラの体が床へ叩きつけられ、その足に巻き付いた風が、鋭い刃のように皮膚を刻む。


「・・・っ、なるほどね」


オルウェラは眉を寄せながら、短剣で縄を裂いた。その横で、ベルトが再び僕へ向けて動いた。

今度は低い姿勢から、下段の斬り上げ。僕は上から叩きつける方が得意だ。下から来る刃に対しては、防御に徹するしかない。

属性を混ぜてくるまで、耐えるしかないか。

そう考えたところへ、横から水と風が混ざり合った魔法が飛び込んできた。


「シオン、使って!」


ミカロが短く告げる。ベルトはその魔法を避けるように身をひねるが、完全には逃げ切れていない。

僕は到達した風魔法の流れを剣に吸い上げ、一つに束ねる。


「返すぞ」


剣を振り抜き、ベルトへ向けて放つ。

空中に跳び上がっていた彼は、今度は完全には避けきれなかった。体勢を崩しながら後方へ吹き飛ばされる。

着地と同時に、彼は二本の曲刀を構え直した。その足元から闇の靄が湧き出し、一瞬で彼の姿を包み込む。

次に姿を現したのは、僕の真正面だった。


「瞬間移動か。思った通りだ」


僕は紙一重でその一撃をかわし、反撃に出ようとした。隣から、か細い声が聞こえた。


「シオン、助け……」


ミカロが手を伸ばしている。その前には、紫に染まった短剣が迫っていた。その刃は、今にも彼女の胸元を裂こうとしている。

頭で考えるより先に、体が動いた。僕はベルトへの反撃を捨て、ミカロへ向けて腕を伸ばす。

ミカロの瞳が、僕の手を捉える。

次の瞬間、彼女の口元が三日月の形になった。


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