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僕と、彼女と、ペンダント  作者: ミシェロ
第九章【残火】

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「私はただこの場所で戦いを呑気に眺めていたわけではありません」


シャルルローゼスが右手を掲げる。

光と闇、相反する二つの属性が、彼女の掌で渦を巻いた。


「召喚、レバンティス!」


その言葉と共に、巨大な刃のような光闇の奔流が、鋼鉄ライオンの顔面をまっすぐ貫いた。

装甲ごと両断された顔が、遅れて崩れ落ちる。

内部から漏れたのは血の色ではなく、濁った電子音だけだった。

呻き声にも似たその音が途切れると、鋼鉄ライオンは、糸が切れた人形のように動かなくなった。


「シャルルローゼス」


僕は思わず駆け寄る。


「ふぅ……これで、少しはお役に立てたでしょうかしら」


シャルルローゼスは息を切らしながらも、微笑みを崩さない。


「とても。助かった。本当に、ありがとう」

「私の体力が一時的に減っただけです。命に関わるような無理はしていません」


エイビスが心配そうに覗き込む。


「本当に大丈夫ですの、シャル」

「御姉様、私はすぐに倒れたりしませんわ。こう見えても、長く御姉様の守護の任を務めてきたんですよ」


言葉は軽やかでも、その身体には神経毒による限界が刻まれている。

それを知っているからこそ、僕は喉の奥に何かが引っかかる感覚を覚えた。

今は、飲み込むしかない。


「シオン。上階からの報告よ。よく聞きなさい」


シェトランテの声が、天井から通信越しに響いた。


「私たちは、飛行艇の操縦室に移動しているわ。治療が終わったら降りてきた装置を使って合流するわよ」

「分かった。すぐ向かう」


僕たちは簡易な、壁のないエレベーターで上階へと移動した。

足元に何もないというのは、敵と戦う時とは別の意味で心臓に悪い。床板一枚の下がそのまま空だと、どうしても膝に余計な力が入る。


「落ちませんから安心してください、シオン様」


エイビスが小さく笑った。


「その一言で安心できるほど、僕も肝が据わってないんだけどな」


そう返している間に、エレベーターは操縦室へ到達した。

窓の外には、空中に浮かぶ巨大な縦長の都市が広がっていた。

塔のようにそびえ立つ構造体が、幾重にも重なっている。砲塔らしき突起から、こちらではない別方向へ砲撃が放たれていた。

砲撃の光が、アクアマリン色の脈動と重なる。

都市全体に、血管のようにアクアマリンのラインが走り、一定のリズムで明滅している。

見ているだけで、自分の心臓がそのリズムに合わせられそうな、不気味な一体感だった。

ポケットの中で、硬い感触が微かに震えた。


「・・・光ったか」


セインから託されたキーカードを取り出すと、表面に淡い光が浮かんでいる。警告にも見えるし、案内にも見える嫌な輝きだ。


「シオン?」

「また変なタイミングで光ってくれたなと思って。警戒だけはしておこう」


カードの表示は、丸いボタンのアイコン一つに変わっていた。それが規則的に点滅を繰り返しているだけで、今すぐ爆発しそうな気配はない。

少しだけ、胸の内の緊張が緩んだ。


「この飛行艇は一度、安全圏へ退避させた方が良い。場合によっては飛行戦も考えられる」


エルメインが操縦席の横から振り返った。


「このままの位置だと、撃ち抜かれそうだしな」

「私も賛成よ」


シェトランテがコンソールに指を走らせる。


「ある程度距離を取りつつ、敵都市の電気系統や砲撃パターンを解析しているけど、内部から攻撃を仕掛けるのが正攻法ね」

「ようやく、ウチの実力を見せる時ッスね」


コタツが小さくこぼした。


「悪いが、コタツは私と同じくここで待機だ」

「うげええええ! そんなのないッスよー! 隊長、もしかして自分が戦えないことに対して不満があるとかッスか?」

「そうではない。向こうで異常事態があったとしても、エルジードはともかくコタツ、君では混乱を招く。そんな状況では隊員を送り込むわけにはいかないだけだ」


コタツは苦笑して肩を竦めた。


「分かったッスよ。ウチもここを死守するッス。シオンさん、皆さん、武運を祈るッス」

「ああ、ありがとう」


僕は頷き、皆の方へ向き直る。ミカロ、エイビス、シャルルローゼス、エルジード、ボルディミアス。

それぞれが無言で一歩近づき、キーカードを握る僕の手や腕に触れた。


「行きましょう、シオン様」


エイビスの声は、どこか静かな決意で満ちていた。


「せっかくなら派手に暴れようぜ」


エルジードが笑う。


「女神と素直に合わせてくれれば良いが、そうもいかないだろうな」


ボルディミアスは目を細めた。


「大丈夫、ワタシ達ならたどり着けるよ」


向かい風で刺すように彼女は手を握ってきた。


「じゃ、押すよ」


僕は短く息を整え、丸いボタンに親指を乗せた。ボタンが沈んだ感触と同時に、視界がアクアマリン色に満たされる。

血管の中を流れる光の粒になったような感覚で、僕たちはどこかへ運ばれていった。

足元が再び確かな床を捉えたとき、そこは空中都市の内部だった。壁の内側を、同じ色の光が脈動している。

足元の床にも、細いラインが張り巡らされていて、都市全体が一つの巨大な生き物みたいに動いているのが分かる。


「次の砲撃まで、およそ八十秒。エネルギーチャージ開始」


頭上から、冷たいシステムボイスが流れた。砲撃までのインターバルを淡々と告げるその声が、逆に焦燥を煽る。


「電気系統を優先的に破壊しましょう」


エイビスが周囲を見渡しながら言った。


「砲撃の制御室か、電源コアがこのフロアか隣接区画にあるはずですわ」

「我が感じる限り、このの流れが主系統だな。そこを断てば、都市全体が――」


ボルディミアスが言葉を続けようとした瞬間、空気の温度がわずかに変わった。甘い香りが鼻をくすぐる。

砂糖とカカオを溶かしたような、濃厚で、とろけるような匂いだった。


「ようこそ、空の上の血管へ。可愛い裏切り者と、そのお友達たち」


女の声が響いた。舌の上に乗せたチョコレートがゆっくり溶けていくような、甘ったるい声だった。

不思議と耳に心地よく、それでいて、聴いているだけで足元をすくわれそうになる危うさがある。


「あなたたちを倒してしまえば、この物語はもっと楽しくなるの。だから、最後までちゃんと遊んでいってね」

「遊びって言葉の意味、分かってねえなコイツ」


僕は剣の柄を強く握り直した。床の隙間から、白い煙が立ち上る。

それはすぐに濃度を増し、あっという間に僕たちの腰の高さ、胸の高さへと迫ってくる。


「皆、距離を――」


そう言いかけたときには、視界は白一色に塗りつぶされていた。エイビスの気配も、ミカロの声も、すべてが薄い壁越しになったように遠のいていく。

自分の声すら、どこか別の場所から聞こえてくる。手を伸ばしても、指先に触れるのは冷たい煙の抵抗だけだった。

血の通った感触を求めて掴もうとしても、何も掴めない。胸元で、青いペンダントが小さく震えた。

そこだけが、唯一の現実のように感じられる中で、僕は白い世界の奥へと引き込まれていった。


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