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「私はただこの場所で戦いを呑気に眺めていたわけではありません」
シャルルローゼスが右手を掲げる。
光と闇、相反する二つの属性が、彼女の掌で渦を巻いた。
「召喚、レバンティス!」
その言葉と共に、巨大な刃のような光闇の奔流が、鋼鉄ライオンの顔面をまっすぐ貫いた。
装甲ごと両断された顔が、遅れて崩れ落ちる。
内部から漏れたのは血の色ではなく、濁った電子音だけだった。
呻き声にも似たその音が途切れると、鋼鉄ライオンは、糸が切れた人形のように動かなくなった。
「シャルルローゼス」
僕は思わず駆け寄る。
「ふぅ……これで、少しはお役に立てたでしょうかしら」
シャルルローゼスは息を切らしながらも、微笑みを崩さない。
「とても。助かった。本当に、ありがとう」
「私の体力が一時的に減っただけです。命に関わるような無理はしていません」
エイビスが心配そうに覗き込む。
「本当に大丈夫ですの、シャル」
「御姉様、私はすぐに倒れたりしませんわ。こう見えても、長く御姉様の守護の任を務めてきたんですよ」
言葉は軽やかでも、その身体には神経毒による限界が刻まれている。
それを知っているからこそ、僕は喉の奥に何かが引っかかる感覚を覚えた。
今は、飲み込むしかない。
「シオン。上階からの報告よ。よく聞きなさい」
シェトランテの声が、天井から通信越しに響いた。
「私たちは、飛行艇の操縦室に移動しているわ。治療が終わったら降りてきた装置を使って合流するわよ」
「分かった。すぐ向かう」
僕たちは簡易な、壁のないエレベーターで上階へと移動した。
足元に何もないというのは、敵と戦う時とは別の意味で心臓に悪い。床板一枚の下がそのまま空だと、どうしても膝に余計な力が入る。
「落ちませんから安心してください、シオン様」
エイビスが小さく笑った。
「その一言で安心できるほど、僕も肝が据わってないんだけどな」
そう返している間に、エレベーターは操縦室へ到達した。
窓の外には、空中に浮かぶ巨大な縦長の都市が広がっていた。
塔のようにそびえ立つ構造体が、幾重にも重なっている。砲塔らしき突起から、こちらではない別方向へ砲撃が放たれていた。
砲撃の光が、アクアマリン色の脈動と重なる。
都市全体に、血管のようにアクアマリンのラインが走り、一定のリズムで明滅している。
見ているだけで、自分の心臓がそのリズムに合わせられそうな、不気味な一体感だった。
ポケットの中で、硬い感触が微かに震えた。
「・・・光ったか」
セインから託されたキーカードを取り出すと、表面に淡い光が浮かんでいる。警告にも見えるし、案内にも見える嫌な輝きだ。
「シオン?」
「また変なタイミングで光ってくれたなと思って。警戒だけはしておこう」
カードの表示は、丸いボタンのアイコン一つに変わっていた。それが規則的に点滅を繰り返しているだけで、今すぐ爆発しそうな気配はない。
少しだけ、胸の内の緊張が緩んだ。
「この飛行艇は一度、安全圏へ退避させた方が良い。場合によっては飛行戦も考えられる」
エルメインが操縦席の横から振り返った。
「このままの位置だと、撃ち抜かれそうだしな」
「私も賛成よ」
シェトランテがコンソールに指を走らせる。
「ある程度距離を取りつつ、敵都市の電気系統や砲撃パターンを解析しているけど、内部から攻撃を仕掛けるのが正攻法ね」
「ようやく、ウチの実力を見せる時ッスね」
コタツが小さくこぼした。
「悪いが、コタツは私と同じくここで待機だ」
「うげええええ! そんなのないッスよー! 隊長、もしかして自分が戦えないことに対して不満があるとかッスか?」
「そうではない。向こうで異常事態があったとしても、エルジードはともかくコタツ、君では混乱を招く。そんな状況では隊員を送り込むわけにはいかないだけだ」
コタツは苦笑して肩を竦めた。
「分かったッスよ。ウチもここを死守するッス。シオンさん、皆さん、武運を祈るッス」
「ああ、ありがとう」
僕は頷き、皆の方へ向き直る。ミカロ、エイビス、シャルルローゼス、エルジード、ボルディミアス。
それぞれが無言で一歩近づき、キーカードを握る僕の手や腕に触れた。
「行きましょう、シオン様」
エイビスの声は、どこか静かな決意で満ちていた。
「せっかくなら派手に暴れようぜ」
エルジードが笑う。
「女神と素直に合わせてくれれば良いが、そうもいかないだろうな」
ボルディミアスは目を細めた。
「大丈夫、ワタシ達ならたどり着けるよ」
向かい風で刺すように彼女は手を握ってきた。
「じゃ、押すよ」
僕は短く息を整え、丸いボタンに親指を乗せた。ボタンが沈んだ感触と同時に、視界がアクアマリン色に満たされる。
血管の中を流れる光の粒になったような感覚で、僕たちはどこかへ運ばれていった。
足元が再び確かな床を捉えたとき、そこは空中都市の内部だった。壁の内側を、同じ色の光が脈動している。
足元の床にも、細いラインが張り巡らされていて、都市全体が一つの巨大な生き物みたいに動いているのが分かる。
「次の砲撃まで、およそ八十秒。エネルギーチャージ開始」
頭上から、冷たいシステムボイスが流れた。砲撃までのインターバルを淡々と告げるその声が、逆に焦燥を煽る。
「電気系統を優先的に破壊しましょう」
エイビスが周囲を見渡しながら言った。
「砲撃の制御室か、電源コアがこのフロアか隣接区画にあるはずですわ」
「我が感じる限り、このの流れが主系統だな。そこを断てば、都市全体が――」
ボルディミアスが言葉を続けようとした瞬間、空気の温度がわずかに変わった。甘い香りが鼻をくすぐる。
砂糖とカカオを溶かしたような、濃厚で、とろけるような匂いだった。
「ようこそ、空の上の血管へ。可愛い裏切り者と、そのお友達たち」
女の声が響いた。舌の上に乗せたチョコレートがゆっくり溶けていくような、甘ったるい声だった。
不思議と耳に心地よく、それでいて、聴いているだけで足元をすくわれそうになる危うさがある。
「あなたたちを倒してしまえば、この物語はもっと楽しくなるの。だから、最後までちゃんと遊んでいってね」
「遊びって言葉の意味、分かってねえなコイツ」
僕は剣の柄を強く握り直した。床の隙間から、白い煙が立ち上る。
それはすぐに濃度を増し、あっという間に僕たちの腰の高さ、胸の高さへと迫ってくる。
「皆、距離を――」
そう言いかけたときには、視界は白一色に塗りつぶされていた。エイビスの気配も、ミカロの声も、すべてが薄い壁越しになったように遠のいていく。
自分の声すら、どこか別の場所から聞こえてくる。手を伸ばしても、指先に触れるのは冷たい煙の抵抗だけだった。
血の通った感触を求めて掴もうとしても、何も掴めない。胸元で、青いペンダントが小さく震えた。
そこだけが、唯一の現実のように感じられる中で、僕は白い世界の奥へと引き込まれていった。




