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僕と、彼女と、ペンダント  作者: ミシェロ
第九章【残火】

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「気を付けろシオン。あまり近づくと、骨まで燃えるぞ」


ミカロはライオンから距離を取りつつ、エイビスを抱えるようにして飛び上がった。


「とりあえず跳ね返せるか試してみるよ」

「悪くねぇ考えだ! 乗った!」


そう返しながらも、蒸気の敵の懐へ飛び込む。体を水属性の魔力で覆い、即席の盾とする。高温の蒸気が水の膜を削る感覚が、生々しく皮膚に伝わる。

蒸気の合間に見えた、わずかに柔らかそうな箇所。そこだけは、まだ血が通っているような色をしていた。


「ここだぁ!」


僕は剣に力を込め、その一点へ叩き込んだ。

刃は確かに肉を裂いた。だが途中で、今度は内部の別の装甲にぶつかる。手応えが、そこで止まった。


「まだ仕込んでいるのか」


敵の皮膚が、内側から赤く膨れ始める。マグマのような色と熱が、ひび割れから漏れ出していく。このままでは、自爆だ。


「時間がねぇ、シオン、ちょっと横にズラせ! 避けねぇと燃えるぞ!」


エルジードが僕の横へ滑り込み、踏み切った。彼女の足が剣の柄を蹴り上げる。


「行けええええっ!」


蹴りの勢いが剣に乗り、そのまま刃は敵の体を貫通した。敵は、白い血を吹き出しながら崩れ始める。吐き出された蒸気が、今度は冷気を帯びていた。


「タスケテ……タスケテクレ……」


ノイズ混じりの声が、誰かに助けを求めるように空気を震わせる。全身が白く変色し、そのまま動かなくなった。

剣を引き抜きながら、僕は小さく息を吐いた。最後の声が、人間のものか、機械の残響か。それを気にしている余裕は、もうあまり残っていない。


「ガアアア!」


ライオンの雄たけびが、骨の内側まで震わせるように響く。次の瞬間、風に乗って鉄の鬣がこちらへ飛んできた。


「っ、まずい」


思わず剣を構えかけたところで、横から紅い炎が吹き上がった。鉄の鬣は空中で溶けるように歪み、黒い塊になって床に落ちる。


「助かった。ありがとう、エルジード」


僕は炎の元を振り向いた。


「気にすんな、シオン。あいつはまだ遊ぶ元気があるみたいだな」


エルジードは肩を回しながら前を指さした。鋼鉄で組まれたライオンが、こちらに牙を向けていた。

口には一本の剣。その刃を噛みしめたまま、今度はエイビスたちの方へと駆ける。


「シオン様、こちらは私が押さえますわ」


エイビスが一歩前に出た。口に加えた剣が振り下ろされる瞬間、彼女の剣が閃き、正面から受け止める。金属同士がぶつかる嫌な振動が、床越しに僕の足にも伝わった。


「少しだけ時間を稼ぎます。ミカロ、魔法を重ねてくださいまし」

「言われなくても、そのつもりだったよ」


ミカロが杖を構え、複数の魔法陣を重ねて展開した。水と炎と風、それに闇の気配まで混ぜた魔力が、渦を巻くようにライオンへ殺到する。鋼の鬣が焦げ、装甲の一部が剥がれた。けれど、足は止まらない。


「本当に面倒な作りだな」


僕は駆け出した。エイビスの横をすり抜け、剣を握り直す。


「前に隙を作る。エルジード、上から行けるか」

「言われるまでもねぇよ!」


エルジードが炎を足にまとい、ライオンの頭上へ跳び上がった。

その動きを見た鋼鉄ライオンは、肩に積まれていたドリルを左右に振るわせる。その一つが、肩の基部ごと分離して飛び出し、空中へ向かって放たれた。


「飛び道具まで付いてんのかよ。設計したやつの趣味、最悪だな」


エルジードが舌打ち交じりに軌道を変え、炎の斬撃でドリルを弾き飛ばす。

別の一本は地面を抉りながら、僕とエイビスの間へ突き刺さった。熱も衝撃もないのに、視界が分断されるだけでじゅうぶん厄介だった。

距離を詰めるのは危険だ。けれど、足を止めたらもっと危ない。


「足を止める。エルジードは反対側を任せるぞ」

「タイミング、合わせてくれよお!」


僕はドリルを避けて回り込み、ライオンの後肢へ水属性の魔力を纏わせた斬撃を叩き込んだ。

同時に、反対側からエルジードの炎が脚部を焼く。手応えはあった。けれど、刃が通った感触がない。

表面を削っただけで、芯に当たっていない。打ち返される反動だけが、腕を軋ませる。


「水も火も駄目かよ。どんな合金なんだ、こいつ」

「我としては、分解して調べてみたいところだな」


後方で様子を見ていたボルディミアスが、退屈そうな声を出した。

鋼鉄ライオンが、口に咥えた剣をゆっくりと持ち上げる。金属の肌を伝って黄金色の光が走り、刃の一本一本まで満ちていく。

ただの鉄ではなく、魔法の圧力が乗った光景だった。


「来るぜ、シオン」

「分かってる」


僕とエルジードは並び立ち、迫る斬撃を迎え撃つ。剣を正面から合わせ、力を込める。重さが、桁違いだった。

腕だけで支えた瞬間、全身の骨が一度に軋んだように感じた。 剣筋そのものは読めたのに、質量と魔力の塊が、意志とは別に体を吹き飛ばしてくる。

視界が揺れ、背中に硬い感触が叩きつけられた。吸が詰まり、一瞬だけ息の仕方を忘れそうになる。


「・・・くそ」


声を出すだけで、肋骨が痛む。横を見ると、エルジードも同じように壁に叩きつけられていた。それでも彼女は先に身を起こし、顔だけをこちらに向ける。


「まだ折れてねぇよな?」

「当たり前だ。こんなところで止まれないさ」


立ち上がりながら、前方へ目を凝らす。

僕たちが吹き飛ばされた間に、前衛を失ったエイビスたちのところへ、鋼鉄ライオンが再び迫っていた。

間に合わないかもしれない。そんな嫌な感覚が、背筋を冷たく走った。

けれど、彼女たちもただ守られるだけの存在ではない。


「シオン、見てて。ここからは、ワタシたちが引き継ぐ」


ミカロが、砕けた声と似合わないほど鋭い視線で鋼鉄ライオンを睨んだ。彼女の周囲に、五色の魔法陣が同時に展開される。

火、水、風、光、闇。僕の知る限りでも、彼女が全力で相手を落としにいくときの構えだ。


「御姉様の攻撃に合わせます。お好きなままに剣を振るってください」


シャルルローゼスが闇の軌跡を描き、エイビスが光の魔力を剣に纏わせる。五属性の奔流が、一斉に鋼鉄ライオンへ殺到した。

装甲が剥がれ、鉄の鬣が吹き飛び、華美な飾りが次々と砕ける。ただ、それでも心臓部らしき場所には届かない。

外側だけが削がれ、中身がむき出しになった分、鋼鉄ライオンはさっきよりも身軽になっていた。


「嫌な予感しかしないな」


剥き出しになった脚部で、鋼鉄ライオンは壁を駆け上がる。装甲を失った分だけ動きが軽くなり、横合いからエイビスたちを襲おうとする。


「横から来ますわね」

エイビスは一歩、皆の前へ出た。

花の魔力をまとった魔法陣が足元に展開される。咲き誇る花びらが矢のように飛び、ライオンの軌道をかすかにずらした。

致命傷には遠い。それでも、避けられていないだけましだ。


「間に合え」


僕は痛む胸を押さえながら駆け出した。エイビスのところへ行って体勢を立て直さないと、次は真正面から押し潰される。

そう考えた瞬間、前方から低い声が響いた。


「少年。剣士を連れて、そこから離れろ」


ボルディミアスの声は、命令というより結果を知っている者の忠告に近い響きだった。


「何か仕掛けるのか」

「いや、この女の攻撃に差し障るだけだ」


ボルディミアスが顎で示した先に、シャルルローゼスがいた。彼女は鋼鉄ライオンから目を逸らさず、静かに一歩前へ出る。

いつもの明るい声色とは違う、張りつめた空気が纏わり付いていた。


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