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「気を付けろシオン。あまり近づくと、骨まで燃えるぞ」
ミカロはライオンから距離を取りつつ、エイビスを抱えるようにして飛び上がった。
「とりあえず跳ね返せるか試してみるよ」
「悪くねぇ考えだ! 乗った!」
そう返しながらも、蒸気の敵の懐へ飛び込む。体を水属性の魔力で覆い、即席の盾とする。高温の蒸気が水の膜を削る感覚が、生々しく皮膚に伝わる。
蒸気の合間に見えた、わずかに柔らかそうな箇所。そこだけは、まだ血が通っているような色をしていた。
「ここだぁ!」
僕は剣に力を込め、その一点へ叩き込んだ。
刃は確かに肉を裂いた。だが途中で、今度は内部の別の装甲にぶつかる。手応えが、そこで止まった。
「まだ仕込んでいるのか」
敵の皮膚が、内側から赤く膨れ始める。マグマのような色と熱が、ひび割れから漏れ出していく。このままでは、自爆だ。
「時間がねぇ、シオン、ちょっと横にズラせ! 避けねぇと燃えるぞ!」
エルジードが僕の横へ滑り込み、踏み切った。彼女の足が剣の柄を蹴り上げる。
「行けええええっ!」
蹴りの勢いが剣に乗り、そのまま刃は敵の体を貫通した。敵は、白い血を吹き出しながら崩れ始める。吐き出された蒸気が、今度は冷気を帯びていた。
「タスケテ……タスケテクレ……」
ノイズ混じりの声が、誰かに助けを求めるように空気を震わせる。全身が白く変色し、そのまま動かなくなった。
剣を引き抜きながら、僕は小さく息を吐いた。最後の声が、人間のものか、機械の残響か。それを気にしている余裕は、もうあまり残っていない。
「ガアアア!」
ライオンの雄たけびが、骨の内側まで震わせるように響く。次の瞬間、風に乗って鉄の鬣がこちらへ飛んできた。
「っ、まずい」
思わず剣を構えかけたところで、横から紅い炎が吹き上がった。鉄の鬣は空中で溶けるように歪み、黒い塊になって床に落ちる。
「助かった。ありがとう、エルジード」
僕は炎の元を振り向いた。
「気にすんな、シオン。あいつはまだ遊ぶ元気があるみたいだな」
エルジードは肩を回しながら前を指さした。鋼鉄で組まれたライオンが、こちらに牙を向けていた。
口には一本の剣。その刃を噛みしめたまま、今度はエイビスたちの方へと駆ける。
「シオン様、こちらは私が押さえますわ」
エイビスが一歩前に出た。口に加えた剣が振り下ろされる瞬間、彼女の剣が閃き、正面から受け止める。金属同士がぶつかる嫌な振動が、床越しに僕の足にも伝わった。
「少しだけ時間を稼ぎます。ミカロ、魔法を重ねてくださいまし」
「言われなくても、そのつもりだったよ」
ミカロが杖を構え、複数の魔法陣を重ねて展開した。水と炎と風、それに闇の気配まで混ぜた魔力が、渦を巻くようにライオンへ殺到する。鋼の鬣が焦げ、装甲の一部が剥がれた。けれど、足は止まらない。
「本当に面倒な作りだな」
僕は駆け出した。エイビスの横をすり抜け、剣を握り直す。
「前に隙を作る。エルジード、上から行けるか」
「言われるまでもねぇよ!」
エルジードが炎を足にまとい、ライオンの頭上へ跳び上がった。
その動きを見た鋼鉄ライオンは、肩に積まれていたドリルを左右に振るわせる。その一つが、肩の基部ごと分離して飛び出し、空中へ向かって放たれた。
「飛び道具まで付いてんのかよ。設計したやつの趣味、最悪だな」
エルジードが舌打ち交じりに軌道を変え、炎の斬撃でドリルを弾き飛ばす。
別の一本は地面を抉りながら、僕とエイビスの間へ突き刺さった。熱も衝撃もないのに、視界が分断されるだけでじゅうぶん厄介だった。
距離を詰めるのは危険だ。けれど、足を止めたらもっと危ない。
「足を止める。エルジードは反対側を任せるぞ」
「タイミング、合わせてくれよお!」
僕はドリルを避けて回り込み、ライオンの後肢へ水属性の魔力を纏わせた斬撃を叩き込んだ。
同時に、反対側からエルジードの炎が脚部を焼く。手応えはあった。けれど、刃が通った感触がない。
表面を削っただけで、芯に当たっていない。打ち返される反動だけが、腕を軋ませる。
「水も火も駄目かよ。どんな合金なんだ、こいつ」
「我としては、分解して調べてみたいところだな」
後方で様子を見ていたボルディミアスが、退屈そうな声を出した。
鋼鉄ライオンが、口に咥えた剣をゆっくりと持ち上げる。金属の肌を伝って黄金色の光が走り、刃の一本一本まで満ちていく。
ただの鉄ではなく、魔法の圧力が乗った光景だった。
「来るぜ、シオン」
「分かってる」
僕とエルジードは並び立ち、迫る斬撃を迎え撃つ。剣を正面から合わせ、力を込める。重さが、桁違いだった。
腕だけで支えた瞬間、全身の骨が一度に軋んだように感じた。 剣筋そのものは読めたのに、質量と魔力の塊が、意志とは別に体を吹き飛ばしてくる。
視界が揺れ、背中に硬い感触が叩きつけられた。吸が詰まり、一瞬だけ息の仕方を忘れそうになる。
「・・・くそ」
声を出すだけで、肋骨が痛む。横を見ると、エルジードも同じように壁に叩きつけられていた。それでも彼女は先に身を起こし、顔だけをこちらに向ける。
「まだ折れてねぇよな?」
「当たり前だ。こんなところで止まれないさ」
立ち上がりながら、前方へ目を凝らす。
僕たちが吹き飛ばされた間に、前衛を失ったエイビスたちのところへ、鋼鉄ライオンが再び迫っていた。
間に合わないかもしれない。そんな嫌な感覚が、背筋を冷たく走った。
けれど、彼女たちもただ守られるだけの存在ではない。
「シオン、見てて。ここからは、ワタシたちが引き継ぐ」
ミカロが、砕けた声と似合わないほど鋭い視線で鋼鉄ライオンを睨んだ。彼女の周囲に、五色の魔法陣が同時に展開される。
火、水、風、光、闇。僕の知る限りでも、彼女が全力で相手を落としにいくときの構えだ。
「御姉様の攻撃に合わせます。お好きなままに剣を振るってください」
シャルルローゼスが闇の軌跡を描き、エイビスが光の魔力を剣に纏わせる。五属性の奔流が、一斉に鋼鉄ライオンへ殺到した。
装甲が剥がれ、鉄の鬣が吹き飛び、華美な飾りが次々と砕ける。ただ、それでも心臓部らしき場所には届かない。
外側だけが削がれ、中身がむき出しになった分、鋼鉄ライオンはさっきよりも身軽になっていた。
「嫌な予感しかしないな」
剥き出しになった脚部で、鋼鉄ライオンは壁を駆け上がる。装甲を失った分だけ動きが軽くなり、横合いからエイビスたちを襲おうとする。
「横から来ますわね」
エイビスは一歩、皆の前へ出た。
花の魔力をまとった魔法陣が足元に展開される。咲き誇る花びらが矢のように飛び、ライオンの軌道をかすかにずらした。
致命傷には遠い。それでも、避けられていないだけましだ。
「間に合え」
僕は痛む胸を押さえながら駆け出した。エイビスのところへ行って体勢を立て直さないと、次は真正面から押し潰される。
そう考えた瞬間、前方から低い声が響いた。
「少年。剣士を連れて、そこから離れろ」
ボルディミアスの声は、命令というより結果を知っている者の忠告に近い響きだった。
「何か仕掛けるのか」
「いや、この女の攻撃に差し障るだけだ」
ボルディミアスが顎で示した先に、シャルルローゼスがいた。彼女は鋼鉄ライオンから目を逸らさず、静かに一歩前へ出る。
いつもの明るい声色とは違う、張りつめた空気が纏わり付いていた。




