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僕は、小さく息を吐いた。
「分かった。死にそうになったら、全力で助けに行く」
「よろしく」
そう言い残して、ミカロは床へ意識を集中させた。
地面から飛び出してきたサメの顎のような金属の塊に、彼女は真正面から拳型の風を叩き込む。その光景は、視界の端で確認するにとどめ、僕はブルドッグチェーンソーへと意識を戻した。
牙の代わりに回転刃を備えた頭部が、低くうなりながら飛びかかってくる。脚力も瞬発力も、本物の獣と遜色がない。
「悪いが、僕は猫派なんだ」
僕は身を沈め、突進してきた頭を受け流すように剣を振り上げる。ブルドッグの体が空中へ跳ね上がったところで、迷わず腹部を直線に裂く。
刃が内側を通過する感触は、さっきのサブロガントと違い、しっかりとした手応えがあった。内部に詰め込まれていたケーブルと機械部品が露出し、わずかに火花が散る。
「・・・キャンセル、キャンセル。停止命令、だれか……たすけ――」
無邪気な子供と冷静な男の混ぜた声を模したような、ノイズ混じりの音声が漏れた。僕は一瞬だけ眉をひそめる。だが迷いが致命傷になる相手だ。
すぐ後ろから、重力の圧が降ってきた。ボルディミアスの魔法が、空中のブルドッグを地面へ叩きつける。金属と床がひしゃげる衝撃が、足裏から伝わる。
「情けは不要だ。あれは今となっては道具にすぎない」
「分かってる」
言いながらも、胸の奥が少しだけざわついた。視線をミカロの方へ向ける。
彼女は、大元の敵を、さっき入ってきた扉の方へと風で吹き飛ばしていた。床を割りながら滑っていったサメのような本体は、そのまま扉の向こうへ押し戻され、内側から扉が閉まる。
ミカロがちらりとこちらを見て、目だけで終わったと合図を送ってきた。僕の背中を、別の意味の寒気が走る。
今後また何か粗相をしてミカロの拳を食らったら、本当に顔が残らないかもしれない。そんなくだらないことを考えていると、反対側から、電撃に混じった悲鳴が聞こえた。
「エイビスたちか」
電磁柵は既に消えている。合流すると、エイビスたちもグロームを倒し終えたところだった。
「こちらはどうにか片付きましたわ」
エイビスが息を整えながら言う。
「こっちも、問題ないよ」
僕は苦笑して返し、次の行き先として、グロームが出てきた扉へ視線を向ける。王へ近づきたければ、ここを進むしかない。
その時だった。頭上から、重い機械の軋みが降ってくる。
見上げると、発電装置のような機械を背負った二足歩行の敵が、上階からゆっくりと降りてきていた。皮膚は焦げ付き、血管の代わりにケーブルが走っている。顔はヘルメットで覆われ、二つのランプのような光が、こちらを見下ろしている。
「また厄介そうな敵がいらっしゃりましたわ」
エイビスが小さく肩をすくめる。
「電力供給を断つことができれば……シェトランテさんが操作していた装置、まだ使えるのでしょうか」
「我はそちらへ向かう。エイビス、共に来い」
ボルディミアスがそう言って駆け出す。エイビスも頷き、端末側へ走る。
敵はそれを見送るように一瞬だけ動きを止め、それから、重々しい足取りで僕の方へ向かってきた。
「シオンの方が脅威に見えてるみたい。さすがワタシの――」
「ミカロ、シャルルローゼス。後ろに下がって」
僕は二人の前に出る。敵の胸部の装置が唸りを上げ、空気中に電力の匂いが満ちていく。
「う、この香り。鼻が曲がりそうです」
シャルルローゼスが眉を寄せる。次の瞬間、敵が雄叫びとも機械音ともつかない声を上げた。それに合わせて、全身から電撃が放たれる。
「来るぞ!」
僕は剣を構え、刃に意識を集中させた。電撃が押し寄せた瞬間、剣を盾のように振り抜き、進行方向を逸らす。皮膚の上を電気が走る感覚は不快だったが、致命傷には届いていない。
横合いから、さらに大きな電流が流れ出そうになった瞬間、それを別の力がねじ曲げた。
「さっさと行け、女剣士。電流はこちらで引き受ける」
ボルディミアスが重力で電流の軌道をそらしながら叫ぶ。
「あなたに命令されずとも、分かっていますわ!」
エイビスはその隙に端末へ手を伸ばし、スイッチを操作する。床下を走っていた電流の感触が、ふっと途切れた。
敵が再び咆哮を上げる。だが、今度の電撃は明らかに弱い。
「二度も同じ手は食わないぞ」
僕は弱まった電撃を再び弾き飛ばし、敵の足元へ向かって斬り込んだ。硬い手応えはあるが、完全には通らない。少なくとも、バランスは崩せる。
敵が膝をついたポイントへ、エイビスの風刃が重なった。
「お膝をついているなら、少しばかり転んでいただきますわ」
彼女の風が、敵の体を壁まで吹き飛ばす。その瞬間、敵の手から最後の電撃がほとばしり、エイビスは正面から受けた。
「エイビス!」
「ああっ! つう……」
僕は駆け寄ると彼女は片膝をついたまま、浅く息を吐いた。
「だいぶ激しい閃きでしたけれど……まだ動けますわ。ご心配には及びません」
「助かった。本当に」
安堵で緩んだ笑みが、自分の口元に浮かぶのが分かった。
僕は彼女の腕に目をやる。焦げた布と、その下の赤くなった皮膚が露出している。そっと手を添えた瞬間、エイビスが短く声を上げた。
「っ、ああっ……」
ミカロとシャルルローゼスが、聞いたことのない種類の悲鳴に目を丸くする。
「シオン様。そこは、さすがに痛みますわ……」
「悪い。一応確認したくなって」
「一応、で済ませてよろしい場所ではありませんわ」
珍しく、はっきりとした不満が混ざった声だった。僕は慌てて手を離し、シャルルローゼスに向き直る。
「シャルルローゼス、エイビスの治療を頼めるか」
「もちろんですわ。御姉様、少しの間だけ我慢してください」
シャルルローゼスの光が、エイビスの腕を包む。背後から、鈍い音が聞こえた。エルジードが、敵を叩きつけた壁を見つめる。
「今の音、ただの崩落じゃねえな。何か来るぞ」
彼女の言葉に合わせるように、壁の一部が割れた。黒くひび割れた外骨格で全身を覆い、歩くたびに亀裂から灼熱の蒸気を吹き出す敵が姿を現した。
連続して、赤黒い肉と鋼鉄の塊が融合したライオンのような敵も、通路の奥から姿を見せる。咆哮とともに地面を砕きながら、こちらへ突進してくる。
「連戦か。これだけで終わる気がしないな」
ボルディミアスが溜息混じりに言い、それから声を張り上げる。
「動くな、巻き込みを喰らうぞ」
声の後、重力魔法が発動し二体の動きが一瞬鈍る。そのタイミングを狙い、シャルルローゼスが前へ出た。
「皆さん、目を閉じてください。アイオライト!」
彼女の光魔法が炸裂し、敵の視覚を奪うほどの閃光が広がる。
「蒸気の方は僕とエルジードで行く。ライオンはミカロとエイビスに任せるよ」
「いいぜ、派手にやってやるよ」
エルジードが口角を上げる。僕は蒸気の敵の側面へ回り込み、エルジードと挟み込む形で攻撃を仕掛けた。ライオンの方では、ミカロとエイビスが、連携して装甲を削り落としている。
だが、どちらも決定打には届いていない。装甲が衝撃の影響で落ちは下が、肉は赤いままだ。
蒸気の敵の体温が、距離を隔てても分かるほどに上がっていく。皮膚から吹き出す蒸気は、肌が逃げ出したくなるほどの熱量だ。




