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「ここから先は、私たちも散開した方がよろしいかと思いますわ。ロクサリエン王を探すためにも、効率的に――」
エイビスが前を歩きながら、振り返ってそう提案した。薄暗い通路に、彼女の髪の緑色だけがやけに鮮やかに見える。
僕は頷こうとして、足を止めた。嫌な感覚が、皮膚の内側からじわりと広がっていく。
黒い塊が、床の影から起き上がった。
数えるより先に、二十体はいると分かった。黒い真珠を雑につなげたような節だらけの体。
節の一つ一つが、鼓動を打つようにかすかに震え、そのたびに、冷たい気配が空気を撫でた。
「どうやら、彼らは僕達の邪魔をしたいみたいだ」
芋虫のように鉄の体を持つ生命体、サブロガント。さっき資料で名前だけ見た寄生体が、実物になって目の前にいる。
先に動いたのはエイビスだった。
「シオン様、右側をお願いできますか。左は私が」
彼女はそう言うと、風をまとわせた剣で最前列のサブロガントを斬りつけた。だが手応えは、硬い岩に刃を押し付けたような、鈍い拒絶だけだった。
僕の剣も同じだった。斬撃は確かに当たっているのに、刃が肉へ沈んでいく感触がまるでない。金属よりも、もっと質の悪い何か。
受け止めるでもなく、滑らせるでもなく、「入らせない」と決めているような異様な硬さだ。
「ちょっと、なにコイツら。硬すぎっ!」
ミカロが風弾を連射し、シャルルローゼスが光の矢を撃ち込む。彼女たちの魔法は黒い体表で弾け、かろうじて表面を欠けさせる程度だ。
「全身が特殊合金に近い構造のようです。魔力も通しづらい形態に見えます」
シャルルローゼスの冷静な分析が、逆に状況の悪さを突き付けてくる。
「面倒な玩具だな。人間は、どうしてこういう非効率なものを作るのだ」
後方でボルディミアスが、重力をねじ曲げる魔法で数体を床に押しつぶす。押しつぶされたはずのサブロガントは、ひしゃげたまま、なお蠢いていた。
じわじわと包囲を狭められていく。距離を詰めれば硬さに阻まれ、距離を取れば、数で押し寄せられる。
「あそこの奥にある端末で、どうにかできるかもしれないわ」
シェトランテが壁際を指差した。計器とケーブルが乱雑につながれた操作パネルが、薄く灯りを点している。
「見た感じ、制御用端末みたいね。どんなものか分からないけど、起動してみるわ」
彼女は端末に駆け寄り、手早く操作を始めた。だがすぐに、短く息を呑む。
「あー、準備に二分くらいかかるみたい。時間稼ぎ頼める?」
「了解しましたわ。シェトランテさんはそのままでいてください」
「コタツ、エルメインさんは二人でシェトランテの守りをお願いします」
僕がそう頼むと、エルメインは静かに頷き、コタツは短く返事をして前に出た。ここから二分。この密度で攻め込まれ続けるのを想像しただけで、胃が重くなる。
「ミカロ、シャルルローゼス、エイビスと一緒に前を押さえる。ボルディミアスとエルジードには後方支援を任せる」
「オッケー!」
「分かりましたわ」
返事が重なり、再び衝突が始まる。
時間の感覚が薄れていく。剣を振るたびに、肩に重さがのしかかる。斬れない敵に斬撃を重ねるのは、精神の方をすり減らす作業だ。どこかで焦りが顔を出しそうになる。
そのとき、足元から細かな振動が走った。
床下から、低い唸りを含んだ電流の気配が立ち上がる。次の瞬間、サブロガントたちの体を、青白い光のようなものが駆け抜けた。
「微弱電流が弱点だったみたいね。設計が悪いのか、こっちにほとんど流れが来てるけど」
シェトランテの声が震える。
サブロガントたちは一斉に動きを止めたかと思うと、僕たちから離れるように後退し、壁の亀裂や天井の穴へと吸い込まれていった。まるで見えない何かに引かれていくように、闇へ消える。
硬い呼吸を一つ吐いた瞬間、別の異変が起きた。
「シェトランテさん!」
振り向いたシャルルローゼスが声を上げる。
端末の周囲の床が、輪郭に沿って割れ、円筒状のカプセルがせり上がった。
中には、端末に手を置いたままのシェトランテと、それを守るように立っていたコタツとエルメインの姿がある。
「三人共、その場から離れてください!」
エイビスの言葉が終わるより早く、透明な壁が閉じ、カプセルが天井に向かって上昇を始めた。
「みんな、こっちもお出ましみたい」
僕も追いかけようとしたが、床に走るラインが淡く光り、鈍い音とともに扉が開いた。
両手両足にチェーンソーを装着した、人型の異形が二体。刃の歯列は、血の代わりに黒い油を滴らせている。
「グローム……か。いやらしい配置だな」
ボルディミアスが小さく呟く。
次の瞬間、縦方向に強烈な電磁柵が起動した。稲光の壁が床から天井まで立ち上がり、僕たちを真っ二つに分断する。
こちら側に残されたのは、僕とミカロとボルディミアス。反対側には、エイビス、シャルルローゼス、エルジードがいる。
「分断されましたわね」
電磁柵越しに、エイビスが苦い笑みを浮かべる。
「こちらはなんとかいたします。シオン様もご無事で」
「無茶はしないでくれ。多分、先はまだ長いからね」
言葉を交わした直後、グロームの一体がこちらへ向かってきた。
ボルディミアスが前に出る。
「踏み潰して終わりだ。重力よ――」
彼が魔力を解放しかけた瞬間、グロームの口が大きく裂けた。そこから吐き出されたのは、地面を自動で歩く小型のチェーンソーだ。蜘蛛のような脚で床を這い、こちらへ迫ってくる。
「最悪、絶対踏みたくないんだけど」
ミカロが顔をしかめる。
「小物は僕が片付ける」
僕は剣を握り直し、火属性の魔力を刃に纏わせる。歩行チェーンソーが飛びかかってきた瞬間、火の斬撃で軌道ごと断ち切る。
金属と魔力の歪みが混ざった衝撃が腕に返ってくるが、炎が駆け抜けた後には、ただ焼け落ちた残骸だけが残った。
「ミカロ、上体は俺が見る。足を止めてくれ」
「分かった。任されちゃったからには、やったげる!」
ミカロは軽く地を蹴り、グロームの両脚へ向けて小さな風弾を連射した。弾丸そのものは装甲を貫かない。だが、連続して叩き込めば、関節の動きを鈍らせることはできる。
ほんの少し、グロームの足が止まる。その瞬間を、ボルディミアスが逃さない。重力が一点に集中し、敵の体が床に押し付けられる。
「これで――」
押し切れると思った。
だがグロームは、両腕のチェーンソーを自らの肩に突き立て、その形をねじ曲げた。金属が肉にめり込むような不快な変形のあと、そこにいたのは、頭にチェーンソーを載せたブルドッグのような獣だ。
そして、グローム本体は、床板の下へ沈むように姿を消した。サメのように、地面という海へ潜っていく。
「本体が潜ったぞ。狙いは――」
「ミカロだな」
僕とボルディミアスの視線が、同時にミカロへ向く。
「え、なんで分かったの」
ミカロが不服そうに言うが、その足元の床が不自然に盛り上がった。狙いは明らかだ。
「ミカロ、下った方がいい」
「大丈夫。大元の方はワタシがやるから、シオンはそいつ見てて」
「無理する必要はないよ」
「今さらだよ。ワタシが本気以外のときあった?」
ミカロは冗談めかした口調のまま、拳に風の魔力を集中させる。その背中を見ていると、止めるよりも信じた方がいいと、体のどこかが判断してしまう。




