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僕と、彼女と、ペンダント  作者: ミシェロ
第九章【残火】

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「ここから先は、私たちも散開した方がよろしいかと思いますわ。ロクサリエン王を探すためにも、効率的に――」


エイビスが前を歩きながら、振り返ってそう提案した。薄暗い通路に、彼女の髪の緑色だけがやけに鮮やかに見える。

僕は頷こうとして、足を止めた。嫌な感覚が、皮膚の内側からじわりと広がっていく。

黒い塊が、床の影から起き上がった。

数えるより先に、二十体はいると分かった。黒い真珠を雑につなげたような節だらけの体。

節の一つ一つが、鼓動を打つようにかすかに震え、そのたびに、冷たい気配が空気を撫でた。


「どうやら、彼らは僕達の邪魔をしたいみたいだ」


芋虫のように鉄の体を持つ生命体、サブロガント。さっき資料で名前だけ見た寄生体が、実物になって目の前にいる。

先に動いたのはエイビスだった。


「シオン様、右側をお願いできますか。左は私が」


彼女はそう言うと、風をまとわせた剣で最前列のサブロガントを斬りつけた。だが手応えは、硬い岩に刃を押し付けたような、鈍い拒絶だけだった。

僕の剣も同じだった。斬撃は確かに当たっているのに、刃が肉へ沈んでいく感触がまるでない。金属よりも、もっと質の悪い何か。

受け止めるでもなく、滑らせるでもなく、「入らせない」と決めているような異様な硬さだ。


「ちょっと、なにコイツら。硬すぎっ!」


ミカロが風弾を連射し、シャルルローゼスが光の矢を撃ち込む。彼女たちの魔法は黒い体表で弾け、かろうじて表面を欠けさせる程度だ。


「全身が特殊合金に近い構造のようです。魔力も通しづらい形態に見えます」


シャルルローゼスの冷静な分析が、逆に状況の悪さを突き付けてくる。


「面倒な玩具だな。人間は、どうしてこういう非効率なものを作るのだ」


後方でボルディミアスが、重力をねじ曲げる魔法で数体を床に押しつぶす。押しつぶされたはずのサブロガントは、ひしゃげたまま、なお蠢いていた。

じわじわと包囲を狭められていく。距離を詰めれば硬さに阻まれ、距離を取れば、数で押し寄せられる。


「あそこの奥にある端末で、どうにかできるかもしれないわ」


シェトランテが壁際を指差した。計器とケーブルが乱雑につながれた操作パネルが、薄く灯りを点している。


「見た感じ、制御用端末みたいね。どんなものか分からないけど、起動してみるわ」


彼女は端末に駆け寄り、手早く操作を始めた。だがすぐに、短く息を呑む。


「あー、準備に二分くらいかかるみたい。時間稼ぎ頼める?」

「了解しましたわ。シェトランテさんはそのままでいてください」

「コタツ、エルメインさんは二人でシェトランテの守りをお願いします」


僕がそう頼むと、エルメインは静かに頷き、コタツは短く返事をして前に出た。ここから二分。この密度で攻め込まれ続けるのを想像しただけで、胃が重くなる。


「ミカロ、シャルルローゼス、エイビスと一緒に前を押さえる。ボルディミアスとエルジードには後方支援を任せる」

「オッケー!」

「分かりましたわ」


返事が重なり、再び衝突が始まる。

時間の感覚が薄れていく。剣を振るたびに、肩に重さがのしかかる。斬れない敵に斬撃を重ねるのは、精神の方をすり減らす作業だ。どこかで焦りが顔を出しそうになる。

そのとき、足元から細かな振動が走った。

床下から、低い唸りを含んだ電流の気配が立ち上がる。次の瞬間、サブロガントたちの体を、青白い光のようなものが駆け抜けた。


「微弱電流が弱点だったみたいね。設計が悪いのか、こっちにほとんど流れが来てるけど」


シェトランテの声が震える。

サブロガントたちは一斉に動きを止めたかと思うと、僕たちから離れるように後退し、壁の亀裂や天井の穴へと吸い込まれていった。まるで見えない何かに引かれていくように、闇へ消える。

硬い呼吸を一つ吐いた瞬間、別の異変が起きた。


「シェトランテさん!」


振り向いたシャルルローゼスが声を上げる。

端末の周囲の床が、輪郭に沿って割れ、円筒状のカプセルがせり上がった。

中には、端末に手を置いたままのシェトランテと、それを守るように立っていたコタツとエルメインの姿がある。


「三人共、その場から離れてください!」


エイビスの言葉が終わるより早く、透明な壁が閉じ、カプセルが天井に向かって上昇を始めた。


「みんな、こっちもお出ましみたい」


僕も追いかけようとしたが、床に走るラインが淡く光り、鈍い音とともに扉が開いた。

両手両足にチェーンソーを装着した、人型の異形が二体。刃の歯列は、血の代わりに黒い油を滴らせている。


「グローム……か。いやらしい配置だな」


ボルディミアスが小さく呟く。

次の瞬間、縦方向に強烈な電磁柵が起動した。稲光の壁が床から天井まで立ち上がり、僕たちを真っ二つに分断する。

こちら側に残されたのは、僕とミカロとボルディミアス。反対側には、エイビス、シャルルローゼス、エルジードがいる。


「分断されましたわね」


電磁柵越しに、エイビスが苦い笑みを浮かべる。


「こちらはなんとかいたします。シオン様もご無事で」

「無茶はしないでくれ。多分、先はまだ長いからね」


言葉を交わした直後、グロームの一体がこちらへ向かってきた。

ボルディミアスが前に出る。


「踏み潰して終わりだ。重力よ――」


彼が魔力を解放しかけた瞬間、グロームの口が大きく裂けた。そこから吐き出されたのは、地面を自動で歩く小型のチェーンソーだ。蜘蛛のような脚で床を這い、こちらへ迫ってくる。


「最悪、絶対踏みたくないんだけど」


ミカロが顔をしかめる。


「小物は僕が片付ける」


僕は剣を握り直し、火属性の魔力を刃に纏わせる。歩行チェーンソーが飛びかかってきた瞬間、火の斬撃で軌道ごと断ち切る。

金属と魔力の歪みが混ざった衝撃が腕に返ってくるが、炎が駆け抜けた後には、ただ焼け落ちた残骸だけが残った。


「ミカロ、上体は俺が見る。足を止めてくれ」

「分かった。任されちゃったからには、やったげる!」


ミカロは軽く地を蹴り、グロームの両脚へ向けて小さな風弾を連射した。弾丸そのものは装甲を貫かない。だが、連続して叩き込めば、関節の動きを鈍らせることはできる。

ほんの少し、グロームの足が止まる。その瞬間を、ボルディミアスが逃さない。重力が一点に集中し、敵の体が床に押し付けられる。


「これで――」


押し切れると思った。

だがグロームは、両腕のチェーンソーを自らの肩に突き立て、その形をねじ曲げた。金属が肉にめり込むような不快な変形のあと、そこにいたのは、頭にチェーンソーを載せたブルドッグのような獣だ。

そして、グローム本体は、床板の下へ沈むように姿を消した。サメのように、地面という海へ潜っていく。


「本体が潜ったぞ。狙いは――」

「ミカロだな」


僕とボルディミアスの視線が、同時にミカロへ向く。


「え、なんで分かったの」


ミカロが不服そうに言うが、その足元の床が不自然に盛り上がった。狙いは明らかだ。


「ミカロ、下った方がいい」

「大丈夫。大元の方はワタシがやるから、シオンはそいつ見てて」

「無理する必要はないよ」

「今さらだよ。ワタシが本気以外のときあった?」


ミカロは冗談めかした口調のまま、拳に風の魔力を集中させる。その背中を見ていると、止めるよりも信じた方がいいと、体のどこかが判断してしまう。

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