石化解呪
「これが……妻のジャクリーンです……」
話を終え、レイはクライブの妻ジャクリーンがいる部屋へと向かった。
女性の私室なのでケンとカークが一緒でも大丈夫か心配になったが、寝室ではないので大丈夫ですというクライブの言葉を聞いて、皆で入らせてもらった。
屋敷の一番いいお部屋だろう、それだけでクライブの妻への愛情が分かる。
部屋に入った瞬間明るい日差しを感じ、窓からの景色も美しいその部屋に、台座に乗せられ銅像のように立つ女性がどうやらジャクリーンようだった。
その表情には怯えるような、それでいて覚悟を決めたような切ないものが浮かんでいる。
クライブを身を挺して守った女性。
ジャクリーンも夫への愛が溢れている人のようだった。
「失礼します……」
レイは石化したジャクリーンの傍に行き、クライブに断ってからそっと腕に触れた。
呼吸もしていない銅像状態なのに、不思議と息をしているような鼓動を感じるようなそんな気持ちになる。本物の銅像と違う部分がそこなのだろう、だからクライブたちも解呪を諦められなかったのかもしれない。
(ジャクリーンさんジャックスさんとよく似てるねー、美人兄妹だー)
彼女の色合いは分らなくても、石造状態であってもジャクリーンが美人であることは分かる。
顔のつくりがジャックスとよく似ていた。
(ガッチガチの魔法だねー、ストーカー男ジャクリーンさんのこと気持ち悪いぐらい好きだったんだろうなー)
ストーカー男の魔法はなかなかのものだった。
似非聖職者様が解呪できないのも納得だ。
もしこのまま美術館に並べられたとしても、本物の銅像と遜色ない出来だ。
ストーカー魔法使いはそれなりの能力者だったようだ。
(ストーカーなんかしてないで、魔法使いとして真面目に働いていればよかったのにねー)
無駄な能力を使い死んでしまった術者に呆れた気持になりながら、レイはジャクリーンの観察を終えた。
「えっと、じゃあ、呪いの解呪を始めますね」
解呪が出来ない気がしないので、黙ったままサッサと解呪をしても良かったのだけど、期待顔のクライブたちの熱視線を感じレイは声を掛ける。
無言のまま呪いが解除されたとしても感動がない気がしてレイは気を使ったのだ。
「えーと、では『石化解呪』!」
レイは両腕を上げ、いかにも魔法を使っていますという風を装う。
レイの手のひらからキラキラとした光があふれ出し、その光がジャクリーンを包み込んだ。
「おお……」
「美しい……」
「素晴らしいです……」
(ですよねー)
ケンの解呪の時とは違い、レイは大演出を目論んだ。
そのお陰かクライブたちから感嘆の声が漏れる。
家族が数年ぶりに顔を合わせるのだ、レイとしては盛り上げてあげたかった。
キラキラ輝いていたジャクリーンの石化はあっという間に解かれ、ジャクリーンはその場に倒れこんだ。
「ジャクリーン!」
クライブが慌ててジャクリーンを支える。
いつも落ち着いていて、どこか達観しているようなクライブが見せる慌てた様子は普段とはあまりにも違い、レイはジャクリーンへの愛をさらに感じた。
「ああ! クライブ! クライブ! 怪我はない? 大丈夫なの?!」
呪いを掛けられた時間に戻ったジャクリーンは、自分のことよりもまずクライブの心配をする。
やっぱりジャクリーンも愛情が深い。
相思相愛の夫婦、感動ものだ。
「ジャクリーン、大丈夫だ、君が守ってくれたから、私は怪我一つないよ……」
「ああ、クライブ、良かったわ……ハッ! あの人は?!」
ストーカー男を思い出したジャクリーンは周りを警戒し、その場に兄がいることに気づきホッとする。
自分の部屋の中であることも気が付き、警戒が解けたようだった。
「……えっ……」
そしてジャクリーンはその兄の横に一人の少女がいることにも気が付いた。
「……まさか……貴女、クララ? クララなの?」
「……っ! お母様っ!!」
ジャクリーンに名を呼ばれると、クララは堪えていた涙が溢れだしジャクリーンに駆け寄った。
「クララ、やっぱりクララなのね!」
抱き合っていたクライブとジャクリーンの間にクララが飛び込む。
そして二人は一緒に愛娘を抱きしめ、娘を愛でる。
(おおう、家族の愛が部屋中に溢れてるよー)
家族ものの映画とかを見ると、必ず泣いていたレイはウルウルと涙腺が緩みだす。
この場に居ればレイも一緒に泣き出してしまいそうで、なんだかちょっと居心地が悪い。
目覚めたばかりのジャクリーンは、何が起きたかはハッキリと分かっていないはずだ。
けれど娘の成長や夫の様子から、自分の身に起きたことがある程度わかったのだろう。
抱きしめ合って涙を流す姿は家族への愛情が溢れていた。
(ううう、良かった、良かったよー)
「……レイ君、僕たちは暫く元の部屋に戻って居ようか」
「はあい……戻りましゅ……ぐすっ」
ジャックスに声を掛けられ、レイたちは素直に頷く。
やっと会うことが出来たゴア一家は、しばらく家族だけにして上げるべきだろう。
レイたちはゴア一家に声を掛けることなくそっとジャクリーンの部屋を出て、元居た応接室へと戻った。
「はー、それにしても愛し子の力は物凄いものなんだね。レイ君の魔法を見てその美しさにゾッとしたよ。神の力を見せつけられているようで素晴らしかった」
レイの大げさな演出をジャックスもまた大げさに褒めてくれる。
レイはてへてへと照れながら、入れてもらったお茶を飲む。
仕事終わりの一杯は最高だ。
それも最高級の茶葉の値段を気にせず飲める贅沢。
礼儀作法とかなど気にもせず、喉を潤すようにお茶をごくごく飲むレイを見てジャックスが楽しそうにくすくすと笑う。
「愛し子殿、本当に有難う。友人の嬉しそうな顔が見れて僕はホッとしたよ……」
妹の呪いが解けてジャックスも嬉しそうだ。
レイも石化解呪が出来てホッとしている。
(ジャックスさん、ケンやカーク兄ちゃんと同じでいいお兄ちゃんだなぁー)
ケンの呪いを解呪できたので出来ると思ってはいたけれど、それでもやっぱり本人に会うまでは正直ちょっと不安だった。
それに何より今回のことでジェフリー王子の呪い解呪の前に良い練習が出来た。
でもこうして愛し子の力を無事使えたので、ジェフリー王子の解呪も問題ない気がする。
ジュダス・ギャイルをぎゃふんと言わせてやるのだ。
レイは改めて気合を入れなおした。
そうこうしているうちに、心と涙が落ち着いたらしいゴア一家が応接室にやって来た。
皆目元が赤いけれど、三人の顔には優し気な笑顔が浮かんでいて幸せそうだ。
「レイ様、この度は私の妻のためご尽力いただき有難うございました。こちらは依頼へのお礼です。どうぞお受け取り下さい」
クライブたちが頭を下げると、レイの前にじゃらりといい音がする袋を置いた。
これは絶対にお金が入っていますよね! と田舎者のレイでも理解でき、見るだけで分かるそのお金の多さに胃が痛い。
小金は大好きだけど、大金を置かれては小心者のレイはきょどってしまう。
断りを入れそっと中身を確認すれば、白く輝く金貨がたっぷりと入っていて触るのも怖かった。
「……クライブさん、私たちは友人、お友達ではないですか、お気持ちだとしてもこんなにお礼は頂けません。えっと、私にはこちらだけで十分です」
数億の金が入った袋など、たとえ空間庫であってもレイが入れておきたい訳がない。
なのでちっとも友人だなんて思っていないクライブのことを友人呼びし、レイは受け取りを拒否する。
だけど一枚だけ白金貨を頂く。
流石に無料ではクライブの心も落ち着かない、そう思ってのことだ。
(白金貨一枚、前世金額にして一千万……こんなに沢山受け取れるか! 私はまだ子供だぞ!)
震えそうになる手を笑顔で誤魔化し、レイは愛し子としてふるまった。
「レイ様はなんて心が清らかなのでしょう!」
涙が引いていたはずのクララが目に一杯涙をためレイを見つめてくる。痛いぐらいに。
「レイ様に命を助けていただいたのに……お受け取りになるのが白金貨一枚だけだなんて……どこかの欲まみれの聖職者とは全然違いますわねぇ。あの者たちにレイ様の姿を拝ませたいぐらいですわ」
そう言ってジャクリーンが美しいその顔に一粒の涙を流す。
だけど言っていることはとても辛辣だ。
どこぞの聖職者はきっと石化解呪を失敗した者だろう。
そんな聖職者様がクライブに貶められないことを祈ろうと思う。
「……友人……私とレイ様は友人……愛し子様と友人とはなんと嬉しいことでしょう。このクライブ、必ずやレイ様に相応しい友人となって見せます。どうぞ何なりとお申し付けくださいませ」
クライブが大げさに感動した様子で目頭を押さえる。
それを見ながらレイは嘘でも『友人』と言ったことをちょっと後悔していた。
「えっと、クライブさん、じっちゃんが言っていましたが、友達は助け合うものです。なので友達の間柄に相応しいとか相応しくないとかそういうのはないと思います……その、もし私が困ったときは今度はクライブさんが助けてくれたら、私はそれで十分ですので……」
「レイ様……」
「レイ様……」
「レイ様……」
「レイ君……」
クライブさんたちの視線がますます熱いものに変わりレイに向く。
ジャックスまでなんだか感動している様子で、もうレイはどうしていいか分からない。
ケンとカークに「助けて」と視線を送れば、ケンはレイを尊敬するような目で見ていて。
カークに至っては泣きそうだった。
(何で?! どうした?!)
心で叫びながらレイは逃げる手段を考える。
「えっとー、そのー、そろそろ、お家に帰らないと……家の者が心配していますので……」
ちょっと冒険者ギルドに足を運んだだけでこんなことになるだなんて!
レイは今朝見たメアリの心配そうな顔を思い出し、出かけなければ良かったかな? とちょっと反省をする。
でもジャクリーンの石化を解けたことは嬉しいことなので、どっちもどっちだなぁと心の中で一人突っ込みを繰り返す。ある意味これも現実逃避なのかもしれなかった。
「畏まりました。ではすぐに馬車を用意させましょう」
「いえいえ、家は近いので歩いて帰ります。それにケンもカーク兄ちゃんもいますので、なんの心配もいらないですよ」
それに家族でゆっくり過ごしてほしいから見送りもいらないと話せば、クライブたちはますますレイに夢中だ。
推しを目の前にしている状態。
レイは出来る限り早くギルフォードの屋敷に帰りたかった。
そして帰り道、ホッとするレイとは違い、カークはなんだか落ち込んでいる様子。
ケンに目配せするが分からないと首を振る。
もしかしてゴア一家を見て家族を思い出しちゃったのかな?
そんな心配をしていると、カークが重い口を開いた。
「……ダンジョンで俺を助けてくれたのって、やっぱりレイだったんだなぁ……」
ああ、そんなこともあったなと、ここのところ色々ありすぎたレイには遠い記憶だ。
だけどカークには秘密にしていたも同然で、レイは黙っていて申し訳なかったと頭を下げた。
「ごめんね、カーク兄ちゃん、あの時ってまだ愛し子だってカーク兄ちゃんに話してなかったし、周りのみんなにも知られたくなくて、ギルフォードさんに色々押し付けちゃったんだ……」
レイが謝ればカークは首を横に振る。
そうじゃない、そうじゃないんだと、言いたいことがあるのに言葉が見つからない様子だ。
「違う、責めてないんだ……その、今更だけど、レイ、有難う。俺が今生きているのはレイのお陰だろう? 俺、あの時死んだってそう思ってたんだぜ」
「うん? いやまあ、そうかもしれないけど、カーク兄ちゃんには私も恩があったし、恩返しに近いかな。カーク兄ちゃん初めて会ったときに私に飴をくれたでしょう?」
「飴?」
「そう、ぶつかったときにね。私それで救われたの、街に出たばっかりだったからね。ルオーテの街にはいい人がいるって、カーク兄ちゃんのお陰で安心できたんだぁ」
それだけで、と思うかもしれない。
だけどレイの言葉は本心で、じっちゃんを失って初めて一人で街に出て、カークに優しくしてもらって勇気を貰えて、レイは心を慰めてもらった、そんな気持ちになったのだ。
だからこそカークの危機を知り、苦手なダンジョンにだって足を踏み入れた。
魔獣は大っ嫌いだったけれど、カークの方が大事だったからダンジョンに飛び込んだ。
レイにとってカークはそれほどの相手なのだ。
感謝しているのはレイの方だった。
「カーク兄ちゃん、私の方こそ有難う。あの時優しくしてくれて凄く嬉しかったよ」
「……そうか……じゃあ、これからもレイのために常に飴を準備しておかないとだな」
「ぐふふ、カーク兄ちゃん、飴ちゃんはね、髪の中に入れておくと良いと思うよ、みんな喜ぶから」
「そんなことしたら飴が溶けるだろうが!」
ケンとカークと他愛もない話をしながら、ギルフォードの屋敷に着いた。
クライブの家からはとても近く、レイは後ろを振り返り少しだけドキドキとした。
その夜、ケンとカークは正式なパーティー仲間となった。
パーティー名はまだ無いけれど、カークも本当の家族の一員になったようでレイは嬉しかった。
ただし……
王家の影から報告を受けたギルフォードに、この後三人揃って今日の出来事について尋問を受けることになるのだが、そんなことはこの時のレイは当然知らないのだった。
おはようございます。本日もよろしくお願いします。




