レイの作ったリュック
ケンとカークのためにレイが作ったリュックは魔法鞄。
二人が冒険者として、指導係のギルフォードとあちこち行くことを心配し、過保護なレイが色々と詰め込むために作り上げたリュックなのだが、どうやらそのリュックはベリンダの目を引いたらしい。
(普通に見えるリュックに作ったはずなのになぁ?)
じっちゃんのお古だとケンやカークにはそう言っていたのだけど、ベリンダにはそれが通用しなかったらしい。
なんでだろう? と首を傾げるレイの前、ベリンダが申し訳なさそうに話しだした。
「あのさ、ウチのパーティーには鑑定持ちがいてさ、あの二人の鞄が珍しいものだったからさ、どこで売ってるのかと思って軽い気持ちで鑑定しちまったんだよ。そしたら『レイの手作りリュック』って出たからさ、あんたが作ったのかもって思ったのさ」
「おおう、なるほど、鑑定ですか……」
異世界あるあるですね。
鑑定魔法があることをすっかり忘れていたレイはふむふむと頷く。
「坊主、勝手に鑑定なんかして悪かったね。でも悪気はなかったんだ、ほんとにごめんよ」
「いえ、気にしていませんので、全然大丈夫ですよ、ベリンダさん」
まあバレてしまったものはしょうがないし、絶対に秘密にしたい! というほどレイに強い思いがある訳ではない。
なので全然気にしていないよという意味で笑顔を浮かべれば、ベリンダはホッと息を吐いた。
どうやらレイの秘密を暴いてしまったと焦っていたらしい。
鑑定してしまったことなど黙っていればレイには伝わらないのに、ベリンダも律儀な人だ。
レイが謝罪を受け入れればベリンダが黙ったので、話はそれだけかな? と思っていると、まだ続きがあった。
「そ、それでさ……本当に図々しいお願いだって分かってんだけどさ、あたしたちのパーティーにも魔法鞄を用意してもらうことって出来ないかな?」
「えっ?」
レイが驚けばベリンダの表情にはますます申し訳なさが浮かぶ。
だけど何か理由があるのか、瞳にだけは必死さが見えた。
「あたしたちパーティーは今Cランクなんだけどさ、もっと活躍するには魔獣の素材を気軽に持ち帰れる魔法鞄が欲しいと思ってたんだよねー。だからここ数年ずっと魔法鞄を買おうと思ってパーティーみんなで金を貯めてたんだよ……」
小さな魔法鞄を王都で買おうと思っていたベリンダさんたち、だけどレイの魔法鞄を見てレイに用意してもらえないかと思ったらしい。
王都に行くにも当然お金はかかる。
それに王都で売っているものは基本この田舎の街で買うよりも価格が高い。
かといってこんな田舎街で魔法鞄が出る日を待っていたら、ランクが上がるのはずっと先になってしまう。
その上、拠点がルオーテにあるベリンダたちにとって王都は未開の地。
知り合いがいるならともかく、新参者が気軽に魔法鞄を買えるとは思えない。
そこでレイにダメ元で声を掛けてきたそうだが、王都に行くお小遣い稼ぎをしたいレイ的には大歓迎な話だった。
「いいですよ。えっと、一日ほど時間を貰ってもいいですか?」
「……そうかやっぱりダメだよね……って、えっ? 良いのかい? それも一日? えっ? 明日には鞄が出来上がるってことかい?」
驚くベリンダがあまりにも可愛くってレイは思わず笑ってしまう。
魔法があるこの世界でも鞄が一日で出来るのは驚くことなんだ、と高価な魔法鞄の凄さにいまいち気づかないレイの微妙な勘違いは相変わらずだった。
「はい、自分、手先が器用なんで一日あれば大丈夫です。あ、ベリンダさん、えーっと、可愛い系とカッコいい系だとどっちがいいですかね?」
「カワイイケイトカッコイイケイ……?」
「はい、鞄の好みとかあったら教えて下さい、色とか、形とか、刺繍を入れたいとか、今なら何でもお応えできますよ」
「……」
好みを聞いたレイの前ベリンダは茫然としていて、暫くしてから「お任せで……」とレイの職人魂を揺さぶるような言葉を掛けてきた。
(ほほう! お任せですか? これは職人である私への挑戦状ということですね!)
心を燃やし始めたレイの前、ベリンダは周りをきょろきょろと気にしながら小さく手を挙げた。
「あ、あのさ、一つだけいいかい? あたしたちの用意できる金は……これぐらいだから……その範囲の物で頼むよ……」
ギルド内だからか、誰かに聞かれたらまずいと思ったのか、ベリンダはそっと五本の指を出す。
なんだか闇取引のようで面白く、レイの顔は緩みっぱなしだ。
(指五本? っていくらだろう? えー、じっちゃんからそこは教わってないなー)
ハッキリした金額は分からないが、魔法鞄だと考えると多分金貨五枚ぐらい? ということだろう。
レイは裏の人間のような悪い顔でニヤリとしながら、「お任せください」と胸を張った。
これで王都行きの前に良い小遣い稼ぎが出来そうだ。
レイの体の中にあるヤル気スイッチが入った瞬間だった。
「レイー、ただいまー」
冒険者として仕事を終え、ギルフォードたちが当たり前のようにレイの家へと帰ってきた。
家の中に向かい声を掛けるが、残念ながらレイの出迎えはない。
いつもならば玄関先まで来て「お帰りなさい」とぽやぽやした可愛い笑顔を向けてくれるのだが、家の中はシーンと静まり返っていて灯りもない、その違和感にギルフォードたちの胸がざわついた。
もしかしてレイに何かあった?
ギルドで会ったドルフからは「レイはもう帰った」と聞いたけれど……
ゼダとゴウの無断侵入事件があっただけに、ギルフォードたちは慌てて家の中へと駆け込んだ。
「レイ、レイ、レイ!!」
何度も名前を呼びながらレイがいるであろうリビングへと向かう。
ケンとカークの顔色も悪く、レイの心配をしていることが分かる。
「レイ!」
リビングの扉を勢いよく開け、リビング内に声を掛ける。
するとギルフォードたちの視線の先、レイが物凄い集中力を発揮し、何かの作業をしている姿が目に入った。
良かった生きてた……
愛し子相手にはあり得ない心配をし、ギルフォードたちがホッと膝をついたところで、レイははさみを取り出しパチンと糸を切った。
「ふー、出来たー!」
「レ、レイ……?」
むふーっと満足そうな笑顔を浮かべるレイに、ギルフォードが声を掛ける。
するとやっと皆の帰宅に気づいたレイが、良い笑顔のまま皆の方へと振り向いた。
「あ、ギルフォードさん、みんなもお帰り……って、あ”あ”っ! なんで靴で上がって来てんのっ!! その上みんなめっちゃ汚いし! 臭いし! 信じらんない!!」
余りのレイの怒りっぷりに皆慌てて靴を脱ぐ。
だが綺麗好きなレイがそれぐらいで許してくれるはずはなく。
ゴゴゴッと音が聞こえるほどの怒りを浮かべ、恐ろしい状態になった。
「レイ様! 申し訳ございません、今すぐ私が床を綺麗にします!」
「レイ、ごめん、俺も泥をすぐに掃除するから!」
レイのお気に入りともいえるケンとカークが床に手をついて謝るが、レイの怒りは収まることはない。
可愛い顔がオーガのように恐ろしいものに変わっていて、皆の背中には汗が流れだす。
「みんな、今すぐ、速攻、お風呂へ行って来て! 隅々まで良ーーく洗ってくれるかなっ! じゃないと家には二度と入れないからね!」
「「「「は、はい!!」」」」
愛し子であるレイの怒りは凄まじいもので、魔獣とはまた違う恐ろしさがある。
まさか『汚さ』でこれほど怒られるとは思わなかったけれど……
レイの怒りの沸点がいまいち分からないギルフォードたちは、これぐらいでという思いが確かにあった。
だが風呂場へ急ぐ皆の背に「浄化、浄化、浄化ーーーーー!!」と叫ぶレイの声が聞こえ、レイの傍にいるには清潔さが一番大事なのだなと、深く反省する出来事となった。
「なーんだ、私が返事をしなかったからみんなに心配させちゃったんですねー。怒ってごめんなさい、物を作ってると聞こえなくなる時があるんだよねー、えへへー」
ギルフォードたちが風呂から出て靴を履いたまま家へ駆け込んだ事情を話せば、レイは笑顔で許してくれた。
いつものレイに戻り皆ホッとする。
レイの怒りでスタンビードが起きたら大変だ。
それもその理由が『みんなが汚かったから』……
そんな情けない理由だけは絶対に避けたかった。
いやそれ以前に、レイに美味しいものをたくさん食べさせてもらっている今、この家から追い出されたらもう生きていける気がしない。
絶対に清潔を心がけよう。
レイは知らないうちに、ギルフォードたちに衛生意識を叩き込んでいた。
「ねえ、ねえ、ギルフォードさん、見て欲しいものがあるんだけどぉ、いいかな? てへっ」
「ん? なんだい?」
食後のデザートでアイスを出したあと、レイはこの中で一番の物知りであろうギルフォードに可愛く声を掛けた。
レイが作り上げた鞄たちを空間庫から登場させ、ギルフォードの前に置く。
今日集中して作った鞄たちはレイの生み出した我が子でもあり、誰かに自慢したい気持ちがあった。
「えっとね、見て欲しいのはこの鞄でね。まずはこれね、ケンとカーク兄ちゃんと同じリュックタイプの鞄。ケンたちの物は目立たない茶色だけど、これは珍しい黒色の皮で作りました。どうかな冒険者としてこれはありだと思う?」
「ああ、うん、両手が使えるのは嬉しいかな……っていうか、ちょっと待って、ケンたちと同じって、まさか、それ……」
「うん、ギルフォードさんのと同じ魔法鞄だよ。容量はとりあえず東京ドーム一個分ぐらいかな? 分からんけど」
「……」
レイの前、東京ドームが分からなかっただろうギルフォードは笑顔のまま固まった。
「じゃあ、次ね。次はこれ、ボディバックタイプ~。色は明るめの茶色、キャメル色だね。これは中はちょっと小さ目、ウチの家が入るくらいかなー?」
「……」
ギルフォードはボディバックが気に入らなかったのか、笑顔のままで何の声掛けもない。
レイは残念だなと思いながら、次の鞄を紹介する。
「次はこれショルダータイプの鞄。これはね、毛皮で作ってみたのー、ちょっとぬいぐるみを抱えてるみたいで可愛くない? 中の容量は体育館ぐらいかな? 子供にも丁度いいでしょう? 実はね、これこそが私のお気に入りだったりします! えへへへー」
「……」
ギルフォードにはぬいぐるみが伝わらなかったらしい。
この鞄にもコメントなしだ。悔しい。
王子様の好みは難しいなと思いながら、レイは次を紹介する。
「これが最後ね、ウエストポーチ型の鞄。ギルフォードさんの鞄を真似てみましたー。これは最初に作ったから、加減が分からなくってちょっと小さめ、この部屋ぐらいの容量だと思う、私の感覚だから怪しいけどね、えへへへ」
「……」
自分の鞄を真似されたからか、ギルフォードは手で顔を覆い動かなくなった。
喜んでいるのか泣いているのか分からないけれど、メイソンとゾーイに助けを求める視線を送れば、青い顔のままフルフルと首を横に振られた。
なんで?
「……レイ……」
「ギルフォードさん、なに? 一番が決まった?」
どの鞄が良いかギルフォードの中で決まったのかと思い笑顔を向けたのだが、ギルフォードの顔にはキラキラは戻っていなかった。
「どうして鞄を作ろうと思ったのか……僕に教えてもらえるかな?」
そう言って微笑んだギルフォードの笑顔は、週末で疲れている人の笑顔のようだった。
こんばんは、夢子です。
少し風邪気味です。出来るだけ毎日更新を続けますが、急に休んだら寝込んだと思っていてください。
興奮するとレイは周りが見えなくなります。




