冒険者のSOS
レイの平和な日常が戻ってきた。
普段通りののんびり生活の平穏さよ……
朝食のお茶が美味しい。
ケンの笑顔と朝日が眩しい。
苛立つことなく心安らかにいられることは、レイにとってこの上なく幸せなことだった。
(はぁー、悪い人がいないって、異世界生活も捨てたもんじゃないよねー)
ほくほく顔のレイは今日も冒険者ギルドへと向かう。
ケンはギルド内にある訓練場へとギルフォードに連行されて行き、レイは笑顔でそれを見送った。
「ギルフォードさん、ケンを宜しくお願いしますねー」
「うん、僕に任せて、立派な剣士にして見せるからね!」
別に立派な剣士は望んでいないが、ケンがやる気なので頷くに留める。
どちらかというと立派な冒険者になるべきだと思うけれど、皆がやる気なのでレイは空気を読んで突っ込まなかった。
「さて、私は売店に行こうかな」
本当は昨日の水曜日がお弁当屋の開店日だったけれど、ドルフとの話し合いがあったし、レイはもうお弁当屋を開かないと意地になっていたしでお弁当屋は開店しなかった。
それに月曜日はあの事件のせいでお弁当がカウンターから落ちてしまい、半分ほどしかお弁当を売ることが出来なかった。
その為ギルド職員や冒険者たちからの強い希望で今日お弁当屋を開くことになったのだが、冒険者ギルドに着く早々、エイリーンに謝られた。
「レイ君、本当にごめんなさい!!」
「いえ、私の方こそすみません。エイリーンさんは私を引き留めて話をしてくれようとしただけなのに酷い態度を取ってしまいました。もう誤解は解けましたので大丈夫ですよ、怒ってなんていません」
「レイ君……」
っていうかエイリーンには八つ当たりに近い態度をとってしまった。
子供だから許されるけど、レイの方が申し訳なくって頭が下がる。
「エイリーンさん、これ、私の焼いたマドレーヌだけど、良かったら受け取ってもらえますか? お詫びの品です」
「レイ君~!」
マドレーヌがよほど嬉しかったのかエイリーンが勢い良くガバッとレイに抱き着いてきて他の冒険者からの視線が痛い。
きっとこういうところがレイの噂と誤解を生んだのだろう。
ただでさえ子供なレイがA級冒険者の教え子となって特別扱いされているように映っているのに、受付嬢たちにも気に入られているのだ、やっかみを受けて当然だと思う。
あれだけ嫉妬には気を付けようと思っていたのに、その気持ちを忘れていたことをレイは思いだす。
(男の嫉妬は醜いねー、いや、エイリーンさんが美人過ぎるからいけないのか?)
でも女性に抱きしめられるのは悪くない。
じっちゃんの硬い胸板とは全然違う柔らかさ。
まあ、噂したい奴には噂させておけばいいか。
ジェドのお陰で身分証の入手方法が他にもあることをレイは知ったため、心に余裕が出来ていた。
なのでレイはエイリーンの女性らしい良い香りを堪能しつつ、周りの冒険者たちにドヤ顔を向けてからゆっくりと離れた。
子供の特権を十分に見せびらかし悪い笑みをレイは作ったのだ。
(へへへんっ、羨ましかろう)
冒険者ギルドにとても嫌みな子供が誕生した瞬間だった。
「あ、エイリーンさん、それで先日話していた依頼ってどうなりましたか?」
レイが問いかければマドレーヌの入った箱を抱きしめていたエイリーンが「ああ、そうね」と覚醒する。
レイに頼もうと思っていた依頼を思い出したようだ。
「初産だから予定より遅れそうで、あと一週間後ぐらいで出産じゃないかって言ってるんだけど……」
「分かりました、ではその依頼受けさせていただきます。それでその間はケンがお弁当屋を請け負ってくれて、冒険者としてはギルフォードさんたちと一緒に行動する予定ですので、よろしくお願いします」
「そうなのね、指導係と一緒ならこの国に不慣れなケンさんも安心ね」
「はい、ギルフォードさんたちが一緒なら私も安心です」
ドルフとの事件があったからか、それとも奴隷紋が消えたからか、ケンは冒険者としてランクを上げることに力を入れることになった。
レイとは違い、ケンは見た目も十分大人だし、ランクが上がっても何の問題もない。
それよりも自分が低いランクのままでいてはレイが馬鹿にされる。
そうギルフォードさんに言われたケンは目に力を入れて頷いた。
どうやらあのキラキラした人は教え子をやる気にさせるのも上手いようだ。
ちょっとだけ見直したけれど、調子に乗って抱き着かれては面倒なので黙っておいた。
「じゃあ、手続きをしておくわね」
「はい、よろしくお願いします」
昨日の話し合いの後。
レイは新しい依頼を受けたいことを皆に話した。
依頼を受ければ一週間はサラ商店に釘付けになる。
そんなレイの代わりに、あのドルフがお弁当屋の手伝いをすると言ってくれた。それも詫びだと言って無料で!
ロブとの関係が物凄く心配だったが、ドルフさんの方はもう何とも思っていないようだ。
なのでケンにロブとドルフの過去を話し、二人の間を取り持ってもらうことにした。
ロブの行動を知っているだけにケンは苦笑いだったけれど「レイの願いならば俺が叶える」とカッコいいことを言ってくれたので、多分大丈夫だと思う。
そんなわけで困っているサラ商店の依頼を受けることにしたのだが、エイリーンが手続きをしていると「助けてくれ!!」と言って、若い冒険者たちがギルドに駆け込んできた。
「どうしたんですか?!」
出来る受付嬢であるエイリーンが一早く彼らに近づく。
若い冒険者の男の人たちは見るからにボロボロで、鎧も壊れているし、武器らしきものも持っていないし、あちこち怪我をしていて血まみれだ。
必死の状態で逃げてきたことがそれで分かる。
「仲間が、カークが、ダンジョンに残ったままなんだ、普段通りの、俺たちのいつもの階層にいたのに、急に大型の魔獣が出て、カークが穴に落ちた!」
「えっ?! カーク兄ちゃんが?!」
低ランクの自分には関係ないだろうと、ちょっと離れてみていたレイだけど、カークの名を聞きその冒険者たちの傍へと寄る。
汗臭いし魔獣の香りもするし汚いしで、出来れば近づきたくはなかったけれど、飴ちゃんをくれたカークの危機だと聞いてそんなことは気にもならなくなった。
「カーク兄ちゃんが穴に落ちたって、どういうことですか?!」
「レイ君?!」
詰め寄るレイを止めながらエイリーンが驚いた顔をする。
ギルフォードならばともかく、レイとカークに接点があるとは思わなかったのだろう。
いや顔見知りであることは知っていたけれど、レイがここまで慌てるとは思わなかったのかもしれない。カークとつるんでいるところを見たわけでもないからだ。
カークが孤児院の先輩パーティーだと言っていた青年は、悔し気な顔で話し出した。
「わっかんねー、わっかんねーけどよ。俺たち二日前にダンジョンに入ったんだけど、最初はいつも通りだったんだ。でも急にダンジョン内の空気が重くなって、そしたら低層にいないような魔獣が現れて、戦ってたらボコって穴が開いて、荷物を抱えてたカークだけが逃げ遅れてそこに落ちたんだ!」
二日前といえばレイがドルフとの事件を起こした日だ。
あの日も笑顔でお弁当を買ってくれたカークの姿を思い出し、レイは絶対に助けると誓う。
「エイリーンさん、私、カーク兄ちゃんを助けに行ってくる! だから許可を下さい!」
エイリーンに声を掛ければ、ギルドに駆け込んできた先輩パーティーの青年に「だめだ!」と言われた。
「ダンジョンにお前みたいなちびっこは入れねー! それにダンジョン内は今スゲー可笑しい、魔獣がいっぱいだ。あんな場所、強い奴じゃねーと無理だ、カークを助けらんねー!」
確かにレイは底辺ランクのGランク冒険者だ。
普通に考えたら助けに行っても死ぬ運命だろう。
どう考えても無謀そのもの、彼らの心配も頷けた。
「分かった、じゃあ、強い人を連れて行くから安心して! 私の教育係はA級冒険者のギルフォードさんだからね!」
レイの言葉を聞きカークの先輩たちは一瞬喜んだ顔をするが、すぐにその顔は曇る。
「ギルフォードって、本当にあのA級冒険者のギルフォードさんか……」
「俺たちには依頼料が払えねーぞ」
「それにカークはもしかしたら、もう……」
A級冒険者のギルフォードへの依頼は高いようだ。
それも当然だとレイは頷く。
でもカークがもう死んでいるかもという部分は聞こえないふりをした。
「依頼料は私が払います! ギルフォードさんはダンジョンへ行く私の護衛として雇います!」
だから問題ない!
そう言い切ったレイを周りの者たちは皆ぽかんとした顔で見ていた。
「エイリーンさん、後はお願いします! 私、ギルフォードさんに声を掛けに行きますんで!」
「えっ? レ、レイ君ちょっと待って」
「待てません! カーク兄ちゃんの命がかかってます、一分一秒も惜しいんで!」
どうやらお弁当屋は今日も閉店のようだ。
でも仕方がない、カークの命の方が大事だし、それにもともと今日は休みだ、レイがお弁当屋を開かなくても問題ないだろう。
ギルド長のエドガーが今日こそは買うぞ! と思っていることなどレイが気づくはずもない。
まあ気づいたとしても、今のレイは気にもしなさそうだ。
「ギルフォードさん!!」
「えっ? レイ?」
レイはギルド内の訓練場にいるギルフォードの下に駆けよった。
訓練場にいるギルフォードはお弁当屋を開いているはずのレイが来たことに驚いた顔をする。
そしてケンはメイソンと打ち合っていたけれど、レイが来たことに気付けば二人も手を止め近づいてくる。
「レイ、血相を変えてどうしたのさ、もしかしてまたドルフさんみたいな人が出たとか言わないよね?」
半泣きのレイを和まそうと思ったのか、ギルフォードが軽口を掛けるがレイは抱き着くような勢いでギルフォードの傍へ寄ると違うと首を振る。
「カーク兄ちゃんを助けたいの、だから力を貸して!」
「カーク?」
レイは上で聞いた話を全て皆に話し、ダンジョンについてきてくれるようにとお願いをする。
「穴に落ちたってことは……最下層まで行っている可能性があるよね……」
だからカークは死んでいるかもしれない、ギルフォードの言葉の意味をレイは正しく理解する。
「分かってる、それでも行ってみないと分からないでしょう? それにカーク兄ちゃんを助けられるなら私は全力で戦う! だからギルフォードさんたちはついてきてくれるだけでいいの! だからお願い!」
レイはじっちゃんに魔獣との戦い方を教わっている。
魔獣は臭くて汚くって涎を垂らすしキモイし近寄りたくはないけれど、それでも始末できないとは言っていない。
瞬殺してしまえば返り血も浴びないことを知っているぐらいには、レイはじっちゃんに鍛えられているのだ。
「分かった、皆で向かおう! カークを助けるために!」
「ギルフォードさん! 有難うございます!」
良いと判断してくれたギルフォードにレイはお礼を言う。
A級冒険者だからって死なないとは限らない。
最下層まで行くことは危険が伴う。
それでもレイのお願いを聞いてくれたことが嬉しかった。
「さあ、急ごう、ここからは時間との戦いだ!」
「はい! 急ぎましょう!」
レイは走り出したギルフォードの後を追って、ダンジョンに向け駆け出したのだった。
こんばんは、夢子です。
今日も読んでいただき有難うございます。
またブクマ、評価、いいねなど、応援も有難うございます。
ダンジョンが荒れたのはレイの怒りのせいです。後始末ですね。
巻き込まれたカークが不憫です……
そしてドルフさん、罪悪感からかレイのお願いなら何でも聞いちゃいそうです。




