カーク兄ちゃん!
ギルフォードは目の前の光景にただ驚き、唖然としていた。
レイがロビン・アルクの孫であり、精霊王の愛し子であると理解していたが、それでもあの見た目の幼さでどこかしら自分よりは弱いと、庇護する相手だと、そう勘違いをしていた。
だがレイの戦い方を見て、ギルフォードは己の間違いを知る。
普段とは全く違うダンジョン内は、禍々しい空気があふれ出し、逃げ出す冒険者たちが多くいてごった返していた。
ギルフォードと、メイソン、そしてゾーイの案内でダンジョンに着くと、レイは自分が前に出ると言って先頭を走り、他の者たちは「待って!」と止めながらレイの後に続いたのだが、レイのその足の速さについていくのがやっと。
別次元の存在と競争しているような、そんな不思議な感覚を持った。
「『全補助』!」
普段詠唱しないレイがギルフォードたちとは違う短い呪文を唱えると、ギルフォードたちの体が軽くなり、レイの猛スピードに付いていけるようになった。
「カーク兄ちゃん! カーク兄ちゃん! どこなのー! 返事をしてー!」
カークの名を呼びながらも、レイは魔法を発動する。
レイの周りに長く細い針のような物体が浮かび、魔獣の額中心目掛け飛んでいく。
音もなく、声も出さず、魔獣は倒した相手に気づくこともなく、その場に倒れていく。
「魔獣は臭いしキモイし涎垂らすから大っ嫌いです!」
そう言っていただけあって、レイは魔獣に対し容赦はない。
吠えることも動くことも許さない。
そう体現しているかのように無言で倒していく。
その様はまるで神の力を見せつけられているようで、ただ圧倒されるしかなかった。
「カーク兄ちゃん!!」
レイが何度カークの名を呼んでも、当然返事は返ってこない。
穴に落ちたというからには、普通に考えて低層階に落ちている可能性は高く、レイの声などカークに届くはずもなく、もう無理では……という言葉がギルフォードから出かかった。
だがレイは諦めることなく、まるで道が分かるかのように進んでいく。
「絶対こっち! こっちのが臭いもん!」
レイの嗅覚と技のおかげで、あっという間に地下十階に着く。
カークたちのパーティならばきっとこの辺りが限度。
穴がないかと皆で目を凝らす。
するとレイがあっ! と声を上げる。
「穴だ、ギルフォードさん、穴があるよ、あそこに私飛び込みます!」
「レイだめだ、どこへ繋がっているか分からない、一人じゃ危険だ!」
今にも穴の中に飛び込みそうなレイを止める。
けれどレイはそんなことは分かっているという表情だった。
「カーク兄ちゃんは、私に飴をくれた。たったそれだけかって思うかもだけど、見返りもなく私に優しくしてくれた人は、じっちゃんを除けばカーク兄ちゃんが初めてだった。私はそんな優しいカーク兄ちゃんを放ってはおけない、見殺しなんて絶対に無理! だって私はじっちゃんの孫で、愛し子だから!」
レイ得意の言い訳、いや困った時のじっちゃん頼みだったのだが、ここにいる大人には効果てき面、皆「うっ……」といって胸を押さえた。
「わ、分かった、分かったよ、レイ、僕が付いていく」
「ギルフォード様!」
「いけません!」
メルソンとゾーイが止めに入るが、ギルフォードはそれを止める。
レイが愛し子というのならば、ギルフォードはこの国の王子だ。
民を護る宿命が義務がギルフォードにもあるのだ。
「悪いがこの先では君たちは足を引っ張る、レイに余計な魔法を使わせたくない、この場での待機を命令する」
レイにどうにかついていけるのはギルフォードだけだろう。
そう考えれば穴に一緒についていけるのもギルフォードだけだ。
残れと命じられた残りの三人は苦々しい顔をする。
「ケン、私は必ず戻るから大丈夫だよ、メイソンさんとゾーイさんと安全地帯に居てね、すぐに戻るから」
レイはケンたちに声を掛けると、迷うことなく穴に飛び込んだ。
ギルフォードも慌ててその後に続く。
「私は愛し子だもん、だから運だって良いんだから! 絶対にこの穴はカーク兄ちゃんのいる場所に繋がってる! 私には分かるんだからね!」
確信があるのか、それとも自分を奮い立たせるためなのか、レイが落ちる穴の中そんな言葉を叫ぶ。
そして滑るように着地すれば、そこには低階層の魔獣のボス、ケルベロスとメデューサが揃っていて、その間に元人間だったらしき物体がボロボロになって落ちていた。
「カーク兄ちゃんだ!! 『身体蘇生』」
レイがカークの名を呼んだあと、カークらしき人物の塊が光り出す。
それとともに魔法を使ったレイに気づいた魔獣が動き出したが、その瞬間スローモーションのように横に倒れていく。
「『完全回復』!」
頭を針のようなもので打ち抜かれ倒れた魔獣など全く気にすることなく、レイは魔法を詠唱しながらカークの下へ向かう。
こんな危険な場所でもレイの意識はカークにしか向いていないようだ。
いや、レイにとってはこの程度のダンジョンでは脅威にもならないのだろう。
「カーク兄ちゃん、カーク兄ちゃん、大丈夫? 目を覚まして!」
「……えっ? レイ? なんでここに? あれ? 俺、確か、穴に落ちて……」
意識が戻ったらしいカークは目の前にレイがいて驚いた顔をする。
当然だろう、カークの最後の記憶はケルベロスとメデューサだったはずだ。
それが可愛いレイに変わっているのだ、驚かないはずがなかった。
「良かった、カーク兄ちゃん、良かったよー!」
カークに抱き着き泣き出したレイを、カークは頭をなでながら慰めているが、その顔には疑問符が浮かんでいて面白い。
なんなんだ? どうなってる? なんでレイが? と思っていることがまるわかりで、その表情がくるくると変わりギルフォードは笑いそうになる。
「あのね、カーク兄ちゃん、カーク兄ちゃんはダンジョンの穴に落ちてね、A級冒険者のギルフォードさんが助けてくれたんだよ」
「「えっ?」」
カークとギルフォードの声が揃う、カークは今やっとギルフォードの存在に気づき、ギルフォードは自分が助けたというレイの言葉に驚き、同時に間抜けな声が出たのだ。
何もしていないギルフォードは突然明後日の方向から攻撃を受けたような気分だった。
「いや、僕はーー」
「ギルフォード様、有難うございます!」
カークが感動した様子でギルフォードを見つめてくる。
「……いや、その……」
けれどギルフォードは何と答えていいか分からない。
ここまでレイ以外は魔法を使っていない、ギルフォードはただ後をついてきただけ、穴に飛び込んだだけとも言える。
「いや、カーク、僕はーー」
「ギルフォードさんは私の教育係だから、カーク兄ちゃんを助けたいっていう私のお願いを聞いてくれたんだよ」
「ギルフォード様……本当に有難うございます!」
「……」
スゲー、カッケー! 流石A級冒険者だよ!
そう思っているであろうカークの視線に罪悪感を感じる。
違う、君を助けたのはレイなんだよ!
ハッキリ言って君は死んでたんだよ!
今ここでそんな言葉を言っても、きっとカークは信じないだろう。
というかカークは年齢的に考えるとお年頃、思春期だ。
自分より小さな女の子に助けてもらったとは知りたくないかもしれない。
それにレイが助けたと話せば愛し子であることも話さなければならなくなる。
ギルフォードは色々考えた末、とりあえず頷いてみた。
「あー……うん、とにかく戻ろうか、みんな心配してるからね……」
どうにか絞り出したギルフォードの言葉に、レイとカークが頷く。
そしてカークの服がボロボロだと気づいたレイは、何もないところからじっちゃんの服を取り出しカークに着せた。ヘンリーネックだとレイが自慢するその服は意外とカークに似合っているなと、現実逃避しどうでもいいことを考えるギルフォードだった。
「「ギルフォード様!」」
「レイ様!」
穴のあった階層へ戻れば、メイソン、ゾーイ、そしてケンが顔色を悪くして待っていた。
ギルフォードとレイの無事な姿を見てホッとし、カークが何の怪我もなく歩いていることに驚いた顔をする。
「皆さん、ご心配をお掛けしてすみませんでした!」
カークが勢いよく頭を下げる横、レイが 『カーク兄ちゃんはお礼が言えて良い子だねー』 と言っているかのような生暖かい視線を送っている。
カークに対しては親目線のようで不思議だ。
「あー、取り敢えずダンジョンを出ようか、話はあとでゆっくりと……まだダンジョン内だ、危険が去った訳ではないからね……」
ギルフォードの言葉に皆が頷く。
レイも 「はーい」 と手を上げご機嫌顔だ。
見た目年齢にふさわしい行動だともいえるが、なんだかわざとらしく感じてしまう。
「ねえ、カーク兄ちゃん手を繋ごうよ」
「なんだレイ怖いのか? 安心しろ、俺が守ってやるからな」
「うん!」
「……」
カークの言葉に突っ込む者はこの場にはいない。
ただレイと手を繋ぐカークが微妙に光っている気がするが、そのことにも当然誰も突っ込まない。
いや、カークだけが「レイの手はあったかいなぁ」と突っ込んでいたが、レイが「子供だからね」と聞き流しているのを聞けば、頭痛が酷くなるだけだった。
「うぇー、くっさー、気持ち悪いよー」
帰り道、ギルフォード、メイソン、ゾーイ、ケンの四人で出てくる魔獣を倒して歩いた。
そのせいか、返り血や魔獣の香りが充満したためレイの顔色が悪くなる。
半泣きというよりも本当に涙を流しているように見えて手をつなぐカークは心配気だ。
「レイにはまだダンジョンは早過ぎたな。俺を心配してついて来てくれたのは嬉しかったけど、もう無理しちゃ駄目だぞ、ギルフォードさんが一緒でもレイはダンジョンには入っちゃだめだからな」
「うん、ひっく、カーク兄ちゃん、僕絶対にダンジョンには入らないよ。ふうう、ダンジョンめっちゃ臭いし、もうヤダ、魔獣なんて大っ嫌いだよー、うえ~ん」
二人の会話に突っ込む者はいない。
ツッコミようがないとも言える。
ダンジョンを出た瞬間レイが何かの魔法を使ったのが分かったが、もう突っ込む気力など失せていた。
そうこうしているうちに無事冒険者ギルドに着き、ギルフォードたちを見つければ「わぁ!」と大きな歓声が上がる。
「ギルフォード様が助けて下さいました!」
「えっ?!」
カークの言葉を聞いてギルド内が尚更騒がしくなる。
流石A級冒険者!
流石街の英雄!
流石ギルフォード様!
その称賛の言葉にギルフォードが素直に喜べるはずがない。
沢山の人に囲まれ、もみくちゃにされ、苦笑いを浮かべるしか出来ないギルフォードの肩をポンッとギルド長が叩く。
「ギルフォード、詳しい話を聞かせてくれ……」
「是非!」
エドガーの願いにホッとしながらも、もう愛し子の力をギルド長には隠してはおけないなと、色々と覚悟を決めたギルフォードだった。
こんばんは、夢子です。
本日も読んでいただき有難うございます。
またブクマ、評価、いいねなど、応援も有難うございます。
良い隠れ蓑、ギルフォード。




