呪いとお土産(バーベキュー)
レイはケンを引き取ってから、ふくふくにするため毎日の食事メニューを考えていた。
ケンは成人男性にしては食が細い。
メイソンやギルド長と比べるのが間違いかもしれないけれど、冒険者にしては細身のギルフォードよりも明らかに食べる量が少ない。
最初は自分に遠慮してるのかな? と思ったけれど、お替りをレイが勧めても「もうお腹いっぱいです」と残念そうに断るのでこれは遠慮ではなく、本当にお腹がいっぱいなのだと分かり、少しずつ食事量が増えるようにと色々と工夫している最中だ。
今日のバーベキューもその一環。
外で食べる食事程美味しいものはないだろう。
そう思って午前中から中庭でバーベキューの準備をしていたのだが、今レイは別のことで忙しかった。
「ジュリエッタもロメオもキャピュレットも長旅お疲れ様。ほらもう綺麗になったから大丈夫、臭くないでしょう?」
ギルフォードたちには臭いから近寄るなと言ったレイだが生き物には優しい。
自ら彼らを洗い、汗と臭いを流してあげた。
魔獣の臭いがすることをジュリエッタたちも嫌がっていたので尚更熱心に洗ってあげた。
『レイ、有難う、とっても綺麗になったわ』
『林檎も助かった、旅が楽だった、レイのお陰』
『レイ様のお陰で今回の旅行は楽でした。ずっと走っていられそうでしたもの』
三者三様に感謝の言葉をかけてきてレイの鼻の下が伸びる。
可愛い馬たちにならどこまでも尽くせるし、臭いだって我慢できる。
それはジュリーたちが頑張った証拠だからだ。
「えへへ、お礼なんていいよ、友達でしょう」
レイは素直な生き物にはとことん優しい。
裏を返せば悪意を持つ人間というものを信用出来ていないともいえた。
「えっ? ケンの値段ですか? 半銀貨五枚ですけど?」
夕方から始めようと思っていたバーベキューだったけれど、ギルフォードたちが来たことでお昼時間に開催することに変更した。
お風呂上がりのフローラルな良い香りに包まれたギルフォードにケンのことを聞かれ、レイは素直に答えた。
ケンはレイのことを「レイ」と呼んでくれるようになったが、まだ家族としてより主従の関係に近い。
ケンがレイのことを好いてくれている気持ちは伝わってくるが、どこか距離がありお兄ちゃんと呼んでも他人に絶対に違うでしょうと突っ込まれそうで、そんなところがギルフォードたちに奴隷だと気づかれた理由だろうとレイは思った。
「いやいやいや、ケンのような見た目で半銀貨五枚ってあり得ないから、金貨五枚の奴隷って言われても納得しないし、誰も信じないと思うよ」
レイ特製のハニーマスタード味のチキンスペアリブを食べながら、ギルフォードがそんなことを言う。
王家の血が流れているからか肉にかぶりついても所作が綺麗だ。
そんなところにムカつきながらも、レイは自分の話を信じてもらうためケンの購入証明書を取り出して見せた。
「……えっ? 本当に半銀貨五枚? えっ? この街ってそんなに奴隷が安いの? えっ? 僕の感覚がおかしいのかなぁ?」
ギルフォードだけでなく、ステーキ肉に手を出しているメルソンや、アスパラやズッキーニを好んで食べているゾーイまで信じられないといった顔をする。
ウチの子はそれほどいい男に見えるのかと、目の前のじゃがバタコーン並みにレイはほくほく顔だ。
「マルシャ食堂さんと一緒に奴隷屋ゴアに行ったんですけど、マルシャ食堂さんの奴隷もそんなに高くなかったですよ、金貨二枚と銀貨三枚でしたし」
「安っ! えっ? 安すぎるよ、その奴隷屋大丈夫なの?」
確かにあまり安い奴隷を売る店では不安と不信しか無いのだろう。
レイが騙されていると、見た目が子供だけに心配してくれているのかもしれない。
「冒険者ギルドの紹介で行ったんで、問題ない奴隷屋だと思いますよ。それにマルシャ食堂さんにはギルド長が紹介状を用意しても良いって言ってくれたんですよ」
「くそっ、元凶はあの人じゃないか……」
何かをぶつぶつ呟いているギルフォードの皿に勝手に野菜を乗せる。
出されたものは何でも食べるギルフォードだけど進んで野菜を摂ることはない。
それはメイソンも同じなので、メイソンの皿にも野菜を乗せた。
ニンニクのたっぷり入ったバーベキュー用のタレがあれば、二人とも野菜も美味しいと言って食べてくれる。ゾーイだけは何も言わなくても野菜を中心に食べているけれど。
「ケン、ほら、ケンもちゃんと食べて!」
遠慮して焼き係に回っているケンの皿にレイはお肉と野菜をてんこ盛りに乗せる。
「いえ、私は、後で……」
「後でじゃ冷めちゃうでしょう? それにバーベキューはみんなでワイワイ食べるから楽しいんだよ。ケンが一緒じゃなきゃ私が楽しめないでしょう」
「は、はい、では、あの、失礼いたします」
食が細いケンを心配してバーベキューをやろうと思ったのに、そのメインゲストが食べなければ意味がない。
「これも食べてねー、勿論こっちも食べてねー」
レイは次々とケンの皿に肉を乗せていく。
今のケンは幾ら食べても問題ない。
腹八分目とかケンには必要ない言葉だ。
「そういえば、ギルフォードさん、ケンのことなんで奴隷って分かったんですか? 他の人たちも私が説明しなくてもケンが奴隷って気づいてたし……」
ジェドやギルド長にはレイが説明したけれど、冒険者たちには何も伝えていないのに、あのロブでさえケンが奴隷だとすぐに気が付いた。
(やっぱりガリガリに痩せているからかなぁ?)
そんな疑問を持ったレイに、ギルフォードが「ああ」と頷きトウモロコシをリスのように齧りながら教えてくれた。
「ケンはサジテ国出身の奴隷だろう? その首の紋様を見れば分かるよ」
「首の模様って、この荊みたいなタトゥーのこと?」
「た、たとぅう? それは良く分かんないけど、その首の紋様は魔法で奴隷に付ける契約紋様だね。この国の奴隷には首に魔道具で出来たタグが掛けられる程度だけど、あの国は命を縛るからね。一生奴隷とするための精神を縛る呪いみたいなものだね、ケンに自信がないのはそのせいもあると思うよ」
「呪い……」
(サジテ国め! クソ国家がうちの子に何してくれてんだ、ゴラァッ!!)
目の前でジュウジュウと肉の焼けるいい音を聞きながら、ケンに呪いをかけたヤツをここに焼べてやろうかと本気で思う。
「ケン、その首苦しくないの? 辛いことはない?」
「……子供のころからずっと付いていたものですから、私にはこれが当たり前です……ですがレイ様の名を呼ぶときは、とても申し訳ない気持ちになります……」
「ケ~ン~!」
なんてことだ! とレイは怒る。
これまでいつも申し訳なさそうにしていたのはこの呪いのせいだったのか! とサジテ国には怒りしかない。
「よし決めた! その呪い解いちゃおう!」
「「「えっ?」」」
「呪いを解くんだから解呪でいいのかな? 『解呪』」
ケンの首に触れレイは呪いを解いた。
ギルフォードが「ちょ、ちょっと待って!」という間に、ケンの首の紋様はきれいさっぱり消え去った。
「良かった、ケン。どう、消えたよ、呪い」
「は、はい、なんだか目の前がハッキリしたような……心がスッキリしたような、そんな感じがします」
「なら良かったー!」
「「「……」」」
ケンの顔を見れば目に力が入ったような、シュッとしたイケメン度がもう一段上がったような顔をしている。
それにこれでもうレイに申し訳ないと思う気持ちは消えるだろう。
これからが本当の兄弟としての出発なのかもしれない。
「ケン、レイって呼んでみて」
「レイ……レイ! アハハハ、凄い! レイ、嬉しさしかないです!」
ギルフォードが頭を抱え「呪いを解くなんて聖職者でも難しいのに……」と呟いている。
メイソンとゾーイも同じようで、食べる手が止まっていて人形のように動かない。
「えへへ、ギルフォードさんがこの先もし女性に呪われたら私が解呪してあげますからね、任せてくださいねー」
「なんで女性限定なのさ! あり得そうで怖いんだけど!」
ギルフォードの言葉を聞き、皆が笑い出す。
ケンもニコニコ笑っていて、レイは嬉しくなった。
「ああ、そうだ、レイ、女性で思い出した。これお土産」
「えっ?」
ギルフォードが自身の腰にある鞄から、お土産なるものを取り出しテーブルの上に置いた。
「女の子には可愛いものが良いって聞いて、猫の置物、どうかな、可愛いと思う?」
ギルフォードのお土産は水色のガラスで出来た猫の置物。
その猫は魚を咥えていて可愛らしさよりも凛々しさが強い。
前世の熊の置物を思い出すお土産に近くて、レイは自然と笑っていた。
「ギルフォードさん、有難うございます。私お土産なんて生まれて初めてもらいました、凄く嬉しいです!」
本心でお礼を言えば「く゚っ」といってギルフォードが胸を押さえた。
レイの初物が胸に響いたらしい。
この人はちょっとうざいところがあるけれど、本当にいい人だ。
「あ、ギルフォードさん、ギルド長から聞いたかもしれないですけど、ケンもギルフォードさんの教え子になってますからね、宜しくお願いしますね」
「えっ?」
「ギルフォード様、ご指導よろしくお願いします」
「えっ?」
どうやらギルフォードはケンが自分の教え子だと聞かされていなかったようだ。
メイソンとゾーイも知らなかったようで三人とも面白い顔になった。
「もお! そういうことは先に言ってよー!」
ギルフォードの雄たけびが面白くってレイもケンも笑う。
生まれて初めてのお土産にケンの解呪。
それに皆で楽しんだバーベキュー。
今日もいい思い出が出来たと、レイにとって大満足な一日となった。
こんばんは、夢子です。
今日も読んでいただき有難うございます。
またブクマ、評価、いいねなど応援も有難うございます。
ケンにはこの国の奴隷のタグはついたままです。




