お帰りなさい
魔獣のスタンビードが起きそうだというだけあって、スピアの森は様変わりしていた。
ここ数年、スピアの森も、森の奥深くまで行かなければ危険はなかった。
けれど今日はまったく違う。
森の手前だというのに多くの魔獣たちがうごめている気配が分かり、禍々しい雰囲気を醸し出している。
そんな危険な状態のスピアの森へ、今、ギルフォード、メイソン、ゾーイの三人は、愛馬に乗り進んでいた。
「うわー、今日ほど被食者の気分を味わった日はないかもねー……」
「確かに、ものすごい魔獣の数ですね……」
「生きた心地がいたしません……」
三人が森を進んでいても、魔獣たちはなぜか全く近づいてこない。
ただ遠回しに視線を送って来て、それが無くなればいつでも噛みついてやる。
そう思っているかのようにギルフォードたちの周りをうろうろとし、ギルフォードたちの行動を見張っているかのようだった。
「レイの魔獣除けは凄いね、一定距離から魔獣が近づいてこないよ」
「確かにそうですね、やはりこれも愛し子の力でしょうか……」
「でも生きた心地はしませんが……」
ゾーイの言葉に確かにとギルフォードもメイソンも苦笑いだ。
レイからもらった魔獣除けの薬玉は、こんな状態のスピアの森でもよく効いてくれた。
「さあ、先を急ごうか」
「「はい!」」
愛し子を害せば国が亡びるとは昔から言われている言葉だが、まさかこれほどの状態になるとは誰が想像しただろうか。
各地の異常事態やこのスピアの森異常さが、愛し子という存在がどれほど神に愛されているのかを表しているようだった。
きっとこの各地に起きている危険状態は王城にも伝わっているはずだ。
果たして父はそれをどう思っているのか。
愛し子を妻に娶れなどもう言えなくなっている気がして、ギルフォードは内心ホッとしていた。
「兄上が心配だな、胃を痛めてそうだ……」
「ジェラルド様のためにもレイの下に急ぎましょう」
「レイ様は気落ちされているかもしれませんし、心配ですね」
魔獣に遠くから見つめ続けられる恐怖から逃れるように、三人の会話は自然と続いた。
そしてふっと呼吸が楽になったと思えば、レイの家へ続く石畳の道が見えてきて深く息が出来ホッとする。
馬から降り、石畳の道を進む。
レイによく似合う可愛い屋敷が見えてきて、やっとレイに会えると思うと自然と口元が緩んだ。
「あれ? あれはレイかな?」
家に近づくと中庭で何か作業をするレイと、若い男の姿が見えた。
「おーい、レーイー!」
「あれー? ギルフォードさん? 帰って来たんですか?」
国に一大事が起きていることなど気付いた様子はなく、のんきな笑顔を浮かべ手を振るレイを見てギルフォードの肩から力が抜ける。
(良かった、泣いてなかった)
メイソンとゾーイもギルフォードと同じ気持ちだったようで、ホッと息を吐く音が背後から聞こえた。
「レイただいま、いい子にしてたかい?」
いろいろやらかしていたのは知っているが、レイのポヤポヤした笑顔を見るとなんだか心が和みそんな言葉を掛けていた。
スピアの森で多くの魔獣に囲まれていた反動かもしれない。
「はい、めっちゃいい子でしたよ! 仕事も頑張ってたし!」
胸を張り自慢げに答えるレイは子供そのもの。
いろいろやらかした件も周りの大人の判断の甘さなのだろう。
だけど奴隷は別だ。
子供が奴隷を買うなどあり得ない。
ギルフォードはちょっと圧を込めた笑顔でレイに声を掛ける。
「レイそちらの男性はどなたかなぁ? 僕が出かける時にはいなかったと思うけど?」
「あ、こっちはケンです。私のお兄ちゃん、新しい家族ですよ、えへへへ」
レイがケンの手を引きギルフォードたちの前に立たせれば、ケンが礼儀正しく挨拶をする。
「貴方様があのギルフォード様ですか……私はケンと申します。宜しくお願いいたします」
「……」
悪びれる様子もなく奴隷を兄だと紹介するレイに、ギルフォードはガクリと力が抜ける。
それと共にケンからの視線に鋭いものを感じ、警戒されていることが分かる。
この子に普通を求めてはいけない。
そんなことはとっくに分かっていたのにと、ギルフォードは額に手を置いた。
「はぁー、つまり僕がちょっといない間にレイには兄が出来たんだね」
「はい、そうですね」
「どうしてそうなったか詳しく聞きたいんだけど、今日は泊って行ってもいいかな?」
「別にいいですけど……」
レイが自分に一歩近づいたギルフォードを見てなんだか困った顔をする。
もしかして迷惑なのか?
それが面白くなくてもう一歩近づけば、今度はあからさまに顔を歪めた。
「ギルフォードさん、くっさっ!!」
「えっ……?」
「めっちゃ魔獣っぽい臭いするー! 生ぐっさ! うえっ、近寄らないでー!」
「えっ……?」
地味にショックを受けるギルフォードに対し、追い打ちをかけるように鼻を指でつまむレイ。
メイソンとゾーイも臭いようで、レイの視線が二人の方へと動く。
「三人ともすぐにお風呂入って! 外から回って、ギルフォードさんとメイソンさんは露天風呂、ゾーイさんは仕方がないから室内風呂ね!」
「えっ……あ、うん……」
「分かった……」
「は、はい……」
「三人とも綺麗になるまで家には入れないからね! しーっかり洗って臭いを落として来てよ!」
「「「は、はい!」」」
レイはもう無理だと言ってギルフォードたちから離れて行き、ケンが三人を風呂まで案内することとなった。
そんなに臭いのかなー? とギルフォードが落ち込めば、レイ様は綺麗好きなのでとケンがくすっと笑い、そこまで臭くないですよと慰めてもくれた。
なんだかちょっと自分の方がレイには詳しいと言われているようでギルフォードはちょっとだけイラっとしたけれど、女性であるゾーイはその言葉に心底ホッとしているし、メイソンも密かにホッとしているのが分かる。
レイが迎え入れた奴隷だけあって、ケンもまたレイとは違ったのほほんとした雰囲気だ。
だが主を護ろうとしているのか、視線だけはどこか鋭さを持っているし、なぜかギルフォードにだけあたりが強いような気もしたりする。
(もしかして恋敵的なあれ? それともレイを取られちゃうとか思ってるのかな?)
なんにせよレイをちゃんと主と敬っていることにはホッとしながらも、臭いと言われへこんだ心はなかなか治らない。
特にギルフォードは女性関係では幼いころからチヤホヤされていたのだ。
一応女性であるレイに「臭い」と言われたことは地味にショックだった。
「こちらから風呂場へ入れます、女性の方はどうぞこちらから室内風呂をお使いください、男性のお二方はこちらの扉から露天風呂の方へどうぞ」
とても元奴隷とは思えない様子でケンが風呂場へと案内してくれた。
そう言ったところもドルフから勘違いをされただろう。
手拭いは中に用意してありますと声を掛けてくれるあたり、ケンは気の利く奴隷のようだ。
それにレイに対し悪意が全く無いようで安心する。
奴隷は使い方によっては身を亡ぼす道具にもなる。
王族だけにそのことを心配していたギルフォードだったが、ケンの様子に懸念だったと安心をした。
レイを愛し子だと知って近づいてきたならば、消さなくてはならないとそう思っていたからだ。
「あ、あの、皆さま、私はレイ様に感謝しております。ですからレイ様を支えしお守りする気持ちがあっても害そうなどという気持ちはありませんので、一緒にいることをお許し下さい!」
レイの下へ戻る前、ケンはそう言って皆に頭を下げた。
レイからギルフォードがレイの教育係だと聞いているのか、それともこの三人がレイの友人だと思ってのことなのか、必死に願う姿には切実さを感じた。
「ケン、僕たちにレイの行動に対して何か言う権利はないよ、彼女が愛し子なのは君も知っているんだろう?」
「……はい……それは、知っております」
「だったら一緒にあの子を護ろうよ、君にはレイのためにも強くなってもらうからね」
「は、はい、ギルフォード様、よろしくお願いいたします」
ギルフォードがニコリと微笑めば気を張っていたであろうケンの肩の力が抜ける。
それほどレイの傍に居たかったのだろう。
王城での家族とのやり取りの後だけに、その気持ちが痛いほど分かる。
レイの傍はなぜか心地いいのだ。
ギルフォードだってレイとの友人関係を手放すなど考えられない。
「あ、あの、臭い……いえ、着ていた洋服はそちらの籠に入れておいて下さいとレイ様が、臭うので洗う前に魔法で洗浄したいそうです」
「そ、そうなんだ……僕たちそんなに臭うんだぁ……」
また地味にショックを受けるギルフォードたち。
レイに悪気はないのだが、臭いものは臭いのだ。
綺麗好きなレイを基準に考えるこの家では、この扱いは仕方がないのかもしれない。
「それと靴も防具などもその場に置いておいて欲しいそうです。汚らわしい……いえ、長旅で汚れているだろうからって、その、レイ様が心配しておりましたので」
「うん、わかったよー」
言葉をどうにか取り繕うケンに抑揚のない声で返事をしてしまう。
一体自分たちはどれ程不快な臭いを発しているのか……
ただ魔獣のいるスピアの森を通っただけでこの扱いだ。
昨日の旅装のままこの家に来ていたら、レイに門前払いを受けていた可能性はあるだろう。
「あとで替えの服をお持ちしますね」
「替えの服?」
「はい、レイ様は皆さまの服もお造りになられていたので」
「そうなのか、レイが僕たちの服を……」
「はい、張り切って作られていらっしゃいました」
自分の着ている服を触りながら、ケンが嬉しそうに微笑みそんな言葉を言った。
その笑みを見て、ギルフォードにはケンの気持ちが分かる。
レイはきっとギルフォードたちがいつ来ても良いようにと準備してくれていたのだろう。
なんだか『自宅に戻ってきた』ようなくすぐったい気持ちになって、ケンと似たような笑顔を浮かべていた。
「あ、夕食はバーベキューだそうです」
「ばーべ、きゅう?」
「はい、凄く美味しくって楽しいものらしいので、私も戻って準備を手伝って参りますね」
失礼しますと言ってケンはレイのいた方向へと戻って行った。
奴隷でありながら躾もちゃんと出来ていて、その上体も鍛えているのか体躯もしっかりしている。
歩き方を見ればある程度のことは分かるが、だからこそ尚更ドルフの心配も分かるというものだ。
「いったいケンは幾らしたんだろうか……」
「あの見た目で、あの若さで、あの能力、人柄もよさそうですし……白金貨はいくでしょうか……」
考え出したギルフォードとメイソン。
ロビン・アルクの遺産があるとはいえ、白金貨するほどの奴隷を維持する子供などどう考えても目を付けられる可能性しかない。
「あの、お二人ともレイ様への心配は分かりますが、まずはお風呂に入りませんか?」
ゾーイの言葉にハッとする。
いつまでも臭いままではいられない。
レイに「臭い」と拒絶されるのはもうこりごりだった。
「よし、急いでお風呂に入ろう!」
「ギルフォード様、しっかり洗わないとレイ様にまた避けられますよ。メイソン、頼みましたよ」
「ああ、力を入れてしっかり洗おう」
「いや、それ皮むけるから!」
じゃれる幼馴染三人に、やっといつもの笑顔が戻ったのだった。
こんばんは、夢子です。
いつも基本こんばんはなのは夜に修正が多いからです。
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ギルフォードたちの臭いはレイ的にはゴミ置き場の臭いって感じです。W




