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第18章

「ゼンディラさん、眼鏡、めがね!」


 隣の座席のロドニーから注意を受け、ゼンディラはナノコン入りではないほうの、スタイリッシュな形をした眼鏡をかけた。ゼンディラ自身の感覚としては、眼鏡をしてもしなくてもさして変わりはないようにしか思えなかったが、間違いなくこれで有害な太陽光のほうは遮断されるということなのだろう。


「まあ、眼鏡もコンタクトも装着せず暫く過ごしても、問題はないといえばないのですよ。でも一応、普段からなるべく眼鏡かコンタクトをするよう習慣づけておくに越したことはないですからな」


「これは……なんとも本当に、美しい………」


 展望スクリーンには、輝く水晶のような海と、その先に金とも銀ともつかぬような砂丘が続いていた。それはまさしく、色彩の洪水としか言いようがなかった。その後目にしたエメラルドのような草原も、ルビーを敷き詰めたようなルキアと呼ばれる赤い絨毯のような花々も――美しく澄んだ空をゆくオレンジ・フラミンゴの群れや、鏡を鋳たような湖も、そこに浮かぶ白鳥によく似た水色がかった冠羽を持つ鳥たちも……ゼンディラは次々視界に入ってくる光景のすべてに、ただ陶然としたものだった。


「いやいや、ゼンディラさん。こんなのはまだまだこの惑星パルミラのほんの一部に過ぎませんて。あ、ミミちゃん!ゼンディラ先生のお荷物持ったげて!」


「い、いえ、結構ですよ。こんなボストンバッグ一個くらい……」


 だが、ミミちゃんと呼ばれたうさぎ型ロボットは、長いタレ耳をぶんぶん振ると、『ううん、ミミ、持つ!!』と言って聞かなかったのだった。


「どうもありがとう」


 リス型アンドロイドのロロは、ロドニーが特に何も言わなくても黙って後ろをついて来たのだが……実はこれらとまったく同じ大きさのうさぎとリスがパルミラに存在していると知った時――ゼンディラはあらためて驚くということになるのだった。




       *   *   *   *   *   *   *



 本星エフェメラは、今は亡き地球より若干大きかったが、逆に惑星パルミラは地球と比較して若干小さかったと言える。気候のほうは、熱帯・乾燥帯・温帯・冷帯・寒帯……といったように分かれており、極一部を除いては、人の居住区として適していない場所というのは――これはあくまで、彼らの超高等科学技術を持ってすればという意味ではあるが――ほとんどなかったと言えたに違いない。


 だが、惑星パルミラの地表において、人間が居住している地域はそのほんの十分の一程度であった。通常、一度ヒト型生命体がひとつの惑星を開発しに入植したとなると、大抵の場合起きることは似たようなことの繰り返しである。その惑星を探査し尽くし、エネルギー資源その他、すべて吸い尽くしてのち……ひどい場合はその荒涼たる、もはや自然には回復の見込めぬ開発対象惑星を捨てるということも、この広い宇宙では何度となく繰り返されてきたことであった。


 とはいえ、ここパルミラでは勝手が違った。入植した人々は、自分たちがパルミラ(歓喜)と名づけた惑星の、ある意味奴隷ですらあったのだから。最初に入植した約三百人の開拓民たちは、目が見えない悲劇に見舞われてもめげることなく、その後鉱物病なる病いを発症しても、惑星パルミラに対する感謝を決して捨てなかった。そう――そこにはある秘密があった。彼らの目が見えなくなって一部の者が嘆きそうになっていた時、彼らは鉱物たちの囁く声を聴いたのである。犬や猫たちに起きたことが自分たちにも起きつつあり、幻聴まで聴こえはじめたのだろうかと、最初彼らは訝った。だが、そうではなかったのだ。彼らがその風にのって聴こえる鉱物の声……「目が見えるようになる鉱物のある場所を教えてあげよう」という声に聞き従うと、その洞窟にはペールグリーンの、今日、鉱物学者たちが<ベリル系>と呼んで分類している鉱物が闇の中に光り輝いていた。


 宇宙船<ピルグリム号>に乗ってやって来た人々は、その声に聞き従い、その鉱物から抽出した成分で目薬を作ることに成功した。眼病がかなり進んでいる人には効果がなかったが、それでも眼病の進行を遅らせる効果があるのは間違いなく、極初期の症状の場合には完全に治ることもあったわけである。人々は思った。『この声は、風にのって一体どこから聴こえてくるのだろう?』と……この目薬のお陰で目が見えるようになったり、眼病が軽減した人々は言った。『この惑星にはもしや、精霊型人類か何か、我々の目に見えぬ存在が先に暮らしているのではないか』と。また、こうも思った。『彼らは実に親切だ。新参者の我々にこんなにも優しく手を差し伸べてくれるのだから』と。


 もっとも、彼らが肥え太った頃を見計らい、恐ろしいエイリアンが洞窟の奥、あるいは地中深くか海底から姿を現す――そのような事態も考えられなくもなかったが、精霊型人類に邪悪な種は少ないことが一般的に知られていたから、彼らはこの<声の主>を善良な存在として受け止めることにしたわけである。やがて彼らは、その声がどこから聴こえてくるものなのかも突き止めた。驚いたことには、彼らのいた居住区よりも、その場所は1万キロメートルばかりも離れていた。にも関わらず、その<声>は彼らの耳……というよりも脳の中に直接響いてきたのだったし、<声の主>が自分の居場所を知らせてきたからこそ、彼らは勇気をだして「そこへ行こう」と決意することが出来たのである。


 宇宙船<ピルグリム号>に乗ってきた人々の中には、この<声の主>について、「神ではないか」と思う者も実はたくさんいた。その当時で科学技術のほうは高い完成段階の階梯を登り詰めつつあったから――彼らには彼らなりにそう考える根拠が存在していたわけである。たとえば、現在では、地球が存在する前にいくつか(もし神と呼ばれる存在がいたとして)「神が地球を形造る前に練習した」ように思われなくもない惑星が発見されている。哺乳類ではなく、卵から生まれる爬虫類型人類が隆盛を極めた惑星がいくつか発見されており、その内のいくつかは隕石によって滅ぶことなく、今日も文明を発展させ続けているのである。その他、いくつかの進化のバリエーションを試してのち、神は地球にそれまでの習作を元に新たな人類を誕生させたのではないか……と、そのように考える文化人類学者たちもいる。


 その後、地球発祥の人類が宇宙へ飛び出し、この広い宇宙には自分たち以外にも進化の階梯の異なる存在が多数いるとわかった時――神の存在など、その頃には完全に否定できるだろうというのが旧来の科学者たちの考えであった。だが、異星人にとっては、彼らは彼らで彼らにとっての神や神々がおり、友好関係を築きそれを維持し続けるためにはそうした地球人類にとっての新しい神や神々を否定するのは賢い選択でなかったと言える。何故なら、そうした場合……恐ろしい戦争に発展しかねぬ事態というのがその後もずっと続いたからある。


 また、ゼンディラと同じように、宇宙中にいる神や神々すべてを超えたような神が存在する、ないしはそれらの神々を内包しつつ、さらにそのような神々をも超越した神がいる――あるいは絶対にいないとは否定しきれない……といった立場に立つ者もいた。


 宇宙船<ピルグリム号>の乗船者たちの中にも、そうした立場に立つ者がおり、「おそらくは不可能であろうが、もしかしたらいつか最終的に人類のうちの誰かが……宇宙のどこかにある神の住まう惑星へ到達できるのではないか」と、そのように夢想する者というのは案外多かったのである。もっともそれは真剣な信仰問題としてでなく、「だったらいいなあ」くらいの感覚で信じている――といった程度のことではあったろう。だが、これほど科学の進歩した時代になっても、<神>という存在は完全にその息の根を止められてはいなかったのである。


 ゆえに、<ピルグリム号>の乗船者たちも、惑星パルミラの大気中に瀰漫する例の成分にやられていたせいもあるにせよ、「もしや我々はこれから、この全宇宙の創造者と出会うのではないか」として、非常に興奮しながら<声の主>の元へ向かったわけであった。とはいえ、神かもしれない存在がいるように思われる洞窟の前まで苦労して辿り着けたのは良かったが……その洞窟内には人間にとって有害な物質が空気中に溶け込んでいたため、先発隊として出発した二十名全員が死亡した。用心して、防護スーツを着用していくべきだったのだろうが、彼らはもう惑星パルミラの生活に慣れてきており、それまでも惑星内のあちこちを探索し、似たような洞窟内に素晴らしい宝石が<自生>しているのを発見しては狂喜していたわけである。ゆえに、<声の主>を善良な存在と信じきっていた人々は、すっかり用心を怠ってしまったのだった。


 この二十人の先発隊は、<ピルグリム号>の中でもリーダー格の優秀な人物が多かったため、彼らの死を人々は嘆き悲しんだ。そして、次に<声の主>の呼び声が聴こえてきた時――彼らは一度は「神かもしれない」と思ったものを、今度は逆に「悪魔や悪霊の声かもしれない」として、非常に用心したわけであった。だが、<声の主>はこう呼びかけたのである。『まさか死ぬとは思わなかった。非常に申し訳ない。今、あなた方がそのまま吸っても問題ない空気の状態にすべく、洞窟内を浄化している』と……この声を聴いた時、彼らははっきりと確信した。「この存在は間違いなく我々が考えるような神ではない。何故なら、もし神ならば、我々が洞窟へ入ったら死ぬということを前もってわかっているはずだからである」と。


 こうして、頭に直接聞こえる<声の主>が神でないことに半ばがっかりしつつも、彼らは残りの半分ではほっと安堵したのであった。そして、「神でないとしたら、この<声の主>は一体なんなのだ」ということに強い興味を惹かれ、『洞窟内を美しい酸素で満たしたらまた連絡する』と言った<声の主>の声を無視し、防護スーツを着用した五十人ほどの一団が、武器を携帯して押しかけていったわけである。だが、<声の主>がもし神であったとすれば、『なんと無礼な輩よ』ということで、いかにも起きそうな事態――洞窟が崩壊するなど――といったことは、むしろ避けられたわけであった。


 彼らが導かれた先の、深い洞窟内で出会ったもの、それは光り輝くエメラルド・グリーンの宝石の塊であった。<鉱物生命体>である彼――あるいは彼女――は、押しかけてきた無礼な人間の一団を決して怒ったりはしなかった。何分、仲間が一度に二十人も苦しみながら死んだのである。彼/彼女は、そうなる事態を予測できなかった非を潔く認め、二十人の遺体を彼/彼女の指示した洞窟内の別の場所へ持ってくるよう言ったのである。『間に合うかどうかはわからないが、うまくいけば精神だけは生き続けることが出来るだろう』と……。


 当然、宇宙船<ピルグリム号>の人々は聞いた。「精神だけ、というのはどういう意味なのか?」と。一方、<鉱物生命体>の答えは『やったことがないので、やってみなければわからないし、うまくいくかどうか保証も出来ない』というものだった。人々はこわごわ彼/彼女に重ねてこう聞いた。「それはもしや、もはや死ぬことも出来ない酷い状態にもなりうるか、あるいはこんなことならそのまま死なせておくべきだったという結果に終わる可能性もあるのかどうか」ということを……。<鉱物生命体>は言った。『いや、それはない。死んだ者の肉体は甦らない。だが、もし精神だけで生きられるとしたら、わたしの提供する世界で、それなりに快く生きていかれるに違いない』人々は戸惑いつつ、<鉱物生命体>の言うとおりにはしなかった。<声の主>が提供する世界……それはいかなる世界なのか、誰にも理解不能だったからである。


 だがその後も、<鉱物生命体>はピルグリム号の人々に実に親切であり続けた。<鉱物生命体>のほうでも彼ら「人間」について学び続け……血の池にも見える、スター・ルビーの如く輝く池に子供が近づけば、池のほとりの小石に『危険だよ!入ったら体が溶けちゃうよ!』と叫ばせたり、同じく見た目は浅葱色で、淵は黄色く彩られた湖を人々が探索しようとすると、彼らの言語ではどう語るのが適切か、すでに学んでいた鉱物生命体は――その湖がどの程度の強い酸性であるかを、これもまた湖の近くを歩いていたオコジョにテレパシーで語らせたりしたわけであった。


 こういった次第であったから、惑星パルミラの<鉱物生命体>が、のちに人々が鉱物病なるものによって死に至ろうとは、その時はまだ考えつきもしなかったのも無理はない。だが、彼/彼女はやはりこのことに対して「自分に責任がある」というように感じたらしく(というのも、鉱物病を治すにはどのような薬をどのような配合で調合すれば良いか、彼/彼女にもわからなかったからである)、再び<ピルグリム号>の人々にこう申し出たわけであった。『自分とひとつになることで、生きている間からおそらく幸せになることが出来るだろうと思う』ということを……。


 この頃には、最初の時とは違って、人々の間で考えが変わってきていた。広い惑星の中の、どこに美味しい実のなる果樹があるかを教えてくれたり、魚を獲るのにいい川を教えてくれたり、あるいは逆に彼らの間で何か困ったことがあって質問すると、いつでも丁寧かつ親切に自分の知っていることを教えてくれたことから――こうして<ピルグリム号>の人々と<鉱物生命体>の間には絆と呼んで差し支えない信頼関係がその後、十分に育まれていたわけであった。


 もしかしたら、空気中に瀰漫している例の多幸感を覚える成分のせいもあったかもしれないが、鉱物病にかかった人々の中には――この頃には、エメラルドの<鉱物生命体>のことを、誰もが惑星パルミラの魂と同一視し、ただ、パルミラとか、あるいはパルミラ様と呼んだりしていた――「どうせ死ぬなら、パルミラとひとつになりたい」と考えたり、「パルミラさまの提供する世界へ行きたい」と言う人間のほうが、ただそのまま死ぬよりも良いと考えるほうに傾いてきていたのである。


 こうして彼らは、パルミラが最初言っていた通りの場所へ死ぬか死なぬかという頃合を見計らって篭もるようになっていった。すると、どうであろう!彼らの体の鉱物的な何かと、外側から忍び寄ってきた地下に生息していた鉱物体とか融合し、最後にはひとつとなったのである。だが、生きている人間が外から見た分には、彼らの体は色とりどりの鉱物の棺に納められているようにしか見えなかったことだろう。当然、まだ残っている生きた人々はパルミラに聞いた。「彼らは一体どうなったのですか」と。パルミラは言った。『彼らはみな、精神/心/魂だけの世界で幸福に暮らしている。わたしもとても満足だ』と……人々はさらに尋ねた。「どうかお願いします。彼らが今どのような形で幸福なのか、その証拠を見せてください」と。パルミラは困惑した。というのも、彼/彼女としては最上級の友愛の気持ちからした申し出だったのに、そのことを信頼してもらえてないようだったからである。『申し訳ないが、証明は出来ない。だが、彼らはみな生きていた頃よりもずっと生き生きしていて幸福だということだけは、わたしにも保証できる』……。




       *   *   *   *   *   *   *



「君はこの話、僧としてどう思うかね、ゼンディラ?」


 惑星生物学博士にして、鉱物研究家のリー・シャトナーがゼンディラにそう聞いた。宇宙船<ピルグリム号>に乗船していた人々は約三百名ほどであったわけだが、今も惑星パルミラに滞在している人々は全員で三百名を出ない。理由は様々あるが、その中でも一番大きなものは、この惑星を全宇宙の平和のために秘匿し続けねばならぬ必要性のためであったろう。


 ゆえに、惑星パルミラにおいては、五つある研究施設を中心に、居住施設がある以外、人間の住む高層マンションといった建物は一切ないのであった(唯一の例外は、あちこちに点在する観測所と呼ばれる小さな建物だけである)。


「さあ、どうでしょう。わたしとしても、天国というのはようするに、精神だけ、心だけ、あるいは魂だけで暮らせる喜びの世界……といったように漠然とイメージしてきました。そして、死後にそのような世界があると『はっきり確認できる』ことが、全人類の悲願とも思うのに――やはり、わからないのですね。その、あなた方が『死後に列石された』と呼ぶ人たちの精神や心といったものが、今どのような形で存在するかといったことは……」


 この時ゼンディラは、惑星パルミラの南大陸にある、第五施設<フェイゲン研究所>にいた。このあたりの気候は熱帯で暑かったが、研究所内は空調施設が完備されているため、とても涼しい。


 ゼンディラはロドニー=ロドリゲスが所属するこの第五施設にまずやって来ることになり、そこにいる約五十名ほどの研究員たちに紹介されることになった。ちなみに、第一施設の<パルミラ研究所>は、例の鉱物生命体が存在する洞窟の比較的近くにあり、第二施設の<マルサリス研究所>は、同じ中欧と呼ばれる地域の延長線上に存在し、第三施設の<カペルスキー研究所>は北欧地域に、第四施設の<マンハイム研究所>は第五施設と同じ南欧地域に存在していたわけである。ゼンディラは、そうしたければそのすべてを見学できる許可を受けていたものの――「君の場合、とりあえず一番用のあるのは第一施設だろうね。そこはESP研究所も兼ねた施設だから」といったように、シャトナー博士から最初に言われていたわけであった。


「私はこの話、とても面白いと思っているのだよ」


 シャトナー博士は、大好きなパスタをフォークに絡ませつつ、あとは固形の栄養物を時折口にしながら言った。話をしていたのは研究員たちの食堂でのことで、この時施設長である彼とゼンディラの他に、まわりには二十名近い研究者たちがいた。この中で妻や子供といった家族同伴でパルミラまで来た者は少なく、大抵が変わり者の独身者がほとんどを占めている。


「何故といって、いわゆる人工的な天国というのかね。そうしたものをヴァーチャル・リアリティ空間に造りだすということは、出来るわけじゃないか。実際、自分でそのような場所を作りだし、肉体のほうはコールドスリープ状態で眠っている人たちもいるね。だけど、その場合だって永遠にそんなふうにし続けてられるわけじゃないんだから。コールドスリープの維持費用その他、毎月結構な金のかかることだし、法的手続きさえ済めば、ある程度のところで打ち切られてしまうのが関の山だ。その後彼らの意識とやらがどこでどうなったものやら、こちらも誰にもわからない」


「オレは結構、パルミラの<鉱物生命体>とひとつになるって悪くない案のような気がしますけどね」


 シャトナー博士とゼンディラの話に耳を澄ませていた、元は惑星サンディマ出身の研究員、セルジオ・サルバトーレがそう言った。ココナツクリームの肌に、意志の強そうな高い鼻、厚いのに薄い色の唇と、強いクセのある黒髪……それらは、惑星サンディマの惑星民の特徴すべてを備えている。ちなみに、彼の専門の研究分野は惑星海洋学であった。


 すると、同じく惑星海洋学によって博士号を取得している、ジョシュア・ウェリントンが反対の意を唱えた。彼は本星エフェメラにあるアーミッシュ地区の出身者であり、成人してのちは故郷を捨て、首都エフェメイルにて憧れの最先端テクノロジーに囲まれ、自由を謳歌していたのだが――ある事件の揉み消しと彼自身の優れた頭脳を引き換えに、パルミラまでやって来ることになったのであった。


「そうかなあ。僕はここに来てまだ三年かそこらで、その<鉱物生命体>であるパルミラとも直接会ってませんけど……どうなんですか?その列石されたとか言う人々は、今もそのままの肉体を鉱物の棺の中に保ってるそうですが、鉱物生命体にチューチュー栄養分を吸われて中身はカラッポとか、ありえなくもないんじゃないですか?」


「ジョシュはくだらないSF映画の見すぎなんだよ」


 セルジオは喉の奥でくっくと笑って言った。


「ESP能力者の子たちなんかが、パルミラ本人と今もよく話をしてるって言うじゃないか。もっとも、その子たちでさえ、列石された人々とは会話できないということだったがね。でも彼らに言わせれば、パルミラの言っている言葉自体は<真実>だそうだよ」


「え~っ!?そんなの眉唾ものじゃないか。少なくとも僕は絶対イヤだな。第一、ここパルミラだって、長い宇宙の歴史の中ではこの先どうなるかなんてわからないんだぜ。何より、本星エフェメラがなんらかの理由で崩壊したら、ここもすぐそんな新しい勢力に攻めこまれて終わりを迎えるかもしれないんだから」


「いや、だからそのためにこそ、ここパルミラが存在していて、さらには秘密の存在として隠されてるんじゃないか」


「秘密なんてったって、いつまで隠し続けられるもんかね。ここの五つある研究施設の人間たちだって、決して一枚岩ってわけじゃない。僕とセルジオの意見が合わないみたいに、研究に明け暮れる毎日がイヤになったり、人間関係に疲弊して逃げたくなる人だってきっといるはずさ。そしたら、なんとかして他の惑星へ逃げて、さらにはそこで実はパルミラという惑星があってだね……なんてって、ぺろっとしゃべっちゃうかもしれないじゃないか」


「なんだ、ジョシュ。おまえ、ここの研究生活がイヤになったのか?」


 他の友人が冗談めかしてそう聞くと、ジョシュアはカレーを食べる手をとめ、肩を竦めて見せた。


「まさか。ここほど僕みたいな陰気な研究の虫に合ってる施設はないよ。だけど、きっと僕みたいな人間ばっかじゃないだろうなって話をしたってだけのことさ」


「いいや、ここにいるのはみんな、おまえと似たり寄ったり、五十歩百歩の研究の虫みたいな連中ばかりだよ」


 セルジオがそう言うと、その場にいたほぼ全員がどっと笑った。ゼンディラもなんとなく微笑みつつ、その後も続いたみなの会話に耳を傾けたが――あとから彼が知ることになったのは、ここの研究施設の者は誰も、大抵が<訳アリ>の研究者ばかりだということだった。たとえば、惑星メトシェラにいたレディウムやオーレリアのように、なんらかの理由によって法に触れることをしてしまい、罪を不問とする代わりにパルミラで一生を終える研究者もいれば、本星エフェメラからそのようにリクルートされてくる優秀な研究員もいるということだった。


 だが、大抵の学者たちがここ、惑星パルミラへやって来るなり、この星の虜になってしまうという。何より、彼らが口にする、鉱物病にならないための『石抜き』――そのために人工コロニー<ルステラ>へ行くとわかるのだ。途端、人生が何やら意味もなく虚しいように感じられ、彼らはすぐにもまたパルミラへ戻りたくて堪らなくなるのだから……。


 今は、惑星パルミラ中に瀰漫していることがわかっている、ある種の多幸感をもたらす物質を長く吸い続ければ吸い続けるほど……もはやここパルミラから出ていくことは意志の力によっては不可能となると言われている。ゼンディラは1~2か月の滞在予定で来ており、一応彼にしてもその話をロドニー=ロドリゲスから聞かされた時、「じゃあわたしも、パルミラを去ろうかという時には駄々をこねる子供のようになる可能性があるということですか?」と聞いてはみた。だが、1~2か月では、本星エフェメラへ戻る頃には影響も抜け、それほどでもなくなっているだろうという、そうした話であった。


 ゼンディラは、これまでもずっとそうであったように、<フェイゲン研究所>の人々にもすこぶる受けが良かった。彼らもまた惑星メトシェラなどという聞いたこともない惑星の文化や習慣等について知りたがったし、そうした時、ゼンディラのほうでも未知の惑星パルミラについて質問しては、逆に色々教えてもらうのだった。


 だが、その中でもやはり、ゼンディラがもっとも話していて有益であるように感じたのは、施設長のリー・シャトナーとした会話であったろうか。ゼンディラはその後、他の四つある研究施設のうち、第二研究所以外を順に訪問したのだったが、惑星パルミラの基本情報をシャトナー博士から聞けたことは、彼にとって実にためになることであった。


「ここの研究施設ではね、唯一食事だけは期待できないのが玉に瑕といったところかもしれないね」


 一緒に食堂から出ると、シャトナー博士は「美味しいコーヒーをご馳走しよう」と言って、ゼンディラのことを彼の私室のほうへ招いてくれた。他の研究員たちもついて来たがったが、「君たちには仕事があるだろう」と言って、彼は追い払ったのである。


「もちろん君はこう思うだろうね。『なんだ、たかがコーヒー一杯か』なんてね。だけど、物資の補給は一月にたったの一度きりさ。だから、大抵月末になると誰もが空っぽになったコーヒー缶を恨めしそうに眺めることになるんだ」


「いえ、でしたら結構ですよ」


 ゼンディラはにこやかに笑って言った。


「わたしも、そんなにコーヒーって好きなほうじゃないですし……今、わたしが飲みたいのは故郷でシェイラ茶と呼ばれていたものです。でも、どこにも売ってたりはしません。これだけ、宇宙中の特産品と呼ばれるものを取り寄せられる、高位惑星系の――ええと、通販サイトって言うんでしたっけ?そこの分厚いカタログにですら、載ってないんですからね」


「そうか。それは大変高価な飲み物だね」


 シャトナー博士の私室は、ゼンディラにとってどことなくメルヴィル=メイウェザーの執務室を思わせるところがあった。といっても、<フェイゲン研究所>は、五つの研究棟が放射状に伸びる構造をしており、地下三階、地上七階の建物で、シャトナー博士の部屋は、中央棟の最上階に位置してはいたのだが。


 壁の片側には、シャトナー博士がパルミラへやって来る前まで――旅したありとあらゆる惑星で収集したという稀覯本が本棚にずらりと並び、床には惑星キンケイドの特産品として有名な、精緻な絵柄の綴られた朱色の絨毯、他の壁や棚のほうは、これもまた博士がこれまでの人生で旅してきた宇宙中の惑星で手に入れた非常に珍しい土産物や民族工芸品などで満ちていた。


 他に、奥に台所、その隣のほうが寝室になっているといった構造のようで、ゼンディラはシャトナー博士の執務室兼居間のような場所へ通されると、そこにあるなめらかな触り心地の茶のソファへ腰かけた。それから、壁に飾られた剣や仮面、フサフサした房のついた大きな帽子や、木製の奇妙な人形類など……ゼンディラの美的感覚としてはあまり「趣味がよい」とは思えないにせよ、おそらく大変価値があるのだろうそれらの装飾品をなんとはなし眺めまわした。


「この木製の人形はね、惑星グリンゴンで買ったものさ。一見不気味に見えるけど、一体持ってるとその人形が私の不幸を代わりに引き受けてくれるそうだ。どうだね、ゼンディラ。もし欲しければひとつ、ただであげてもいいけど?」


「い、いえっ、特に結構です」


(みんなそう言うんだよなあ)と思い、シャトナー博士は軽く肩を竦めた。この部屋へ来た部下たち全員に同じように言ってみたが、「いえ、いりません」とか、「むしろそんな人形持ってると、呪われそうでイヤです」などと言って、グリンゴン人形は極めて不人気なのだった。


 ゼンディラは、コーヒーに対しても「結構ですよ」と言って断ったはずなのだが――シャトナー博士はやはり、ゼンディラの分のコーヒーも淹れて持ってきてくれた。他には、こちらもやはり月末には恨めしい思いで甘味に飢えることになるという、貴重なチェコレート類も一緒に出してくれた。


「ところでゼンディラ、君は自分の母星を出た時……既知宇宙には他に数百億もの惑星が他にあって、そこに住む人々が幾百万、幾千万もの神々を信じていると知った時……実際のところ、どう思ったかね?」


「そうですね。その中でわたしの住む惑星メトシェラにて、人口の70%以上、80%近くの人が信じているアスラ教が誰にも知られていないというのは――ある意味当たり前のことでもあるのに、やっぱりちょっとショックだったでしょうか。かといって、それでわたしの信仰が難破したとか、そうしたことでもなく……いえ、少し違いますね。その時のわたしには、自分にとって他にもっと大きなショックとなる出来事があったゆえに……むしろ逆に信仰心の強くなるところがあったのだと思います。そして、裁判惑星にて瞑想を深めるうちに――と、同時に、そこで読むことの出来た電子書籍なるものにいくつか目を通したり、あるいは翻訳変換できないものは音声読み上げソフトというのを使って聞いたのですが、少しずつわかってくることがありました。それから最終的にこう結論したのです。その惑星で信じられている神がなんという名で呼ばれていようと、その教義や祭式がどのようなものであろうと……わたしの信じるアスラ神もまた、そのような神々のひとつに過ぎないということではないのだと。説明が難しいですが、わたしのいたアストラシェス僧院の僧が、このように申していたことがあります。ゾシマ長老と言って、実は元は本星エフェメラの特殊工作員の方だったのですが……『この宇宙中のどこを探しても神はいない。何故なら、この宇宙そのものが神なのだから』と。そう言われた時、わたしはまだ自分の惑星の外にあるという宇宙がどんなものかすらよく知りませんでしたから、本当の意味で理解は出来ませんでした。でも、あとからわたしが色々知ることになるとわかっておられたのでしょう。無知なわたしに、随分辛抱強く色々な話を前もって聞かせてくださっていたのです。『ゼンディラ、実はこの宇宙には信じられないほど多くの宇宙の神と呼ばれる存在がいる。かといって、アスラ=レイソルが助けを求めた宇宙の神ソステヌが力なき偶像だということではない。だが、宇宙の果てまでこのソステヌを求めて捜し回ったところで、どこにも見当たりはすまい。何故なら、この全宇宙そのものが神でもあるのだから』と。他に、別の長老はこう申してもいました。『自分の内側に神を見出せぬ者は、外をどんなに捜しても決して見つかるまい』と……」


「うむ。君はまだ若いのに、随分達観したところがあるようだね。これが本星の甘やかされて育った小僧っ子ということになると……まったくもって、君の半分も分別がついてないなんてこと、ザラにあることなんだがね。それはさておき……」


 シャトナー博士は、本棚のほうへコーヒー片手にすり寄っていくと、そこに置かれた分厚い書物を手に取った。そして、それをテーブルの上へ置き、数ページめくり、ゼンディラと向き合う形でソファへ腰かける。


「たぶん、地球産の宗教の中で一番有名な書物だろうね。この旧約聖書なる分厚い本を信仰なくして読むのはおそらく、相当骨折りなことだろうが……私はね、ここパルミラへやって来てから、この古くさい書物を大学時代、随分苦労して読んだのを思いだしつつ、もう一度最初から読んでみたよ。何故かというと、創世記に楽園の記述があってね、ようするに人の魂というのは死後、この楽園に帰っていくにも等しいことだと思うのだが――まるでここ、惑星パルミラのことを言っているようじゃないかと、そう思ったからなんだ」


 ゼンディラも、地球で広く信じられていたという三大宗教については学んで知っていた。他に、ESP機関の教師たちの中に、宗教や哲学が専門の先生がおり、疑問に思ったことを色々聞いたりして、官舎のほうで夜遅くまで議論して過ごしたものだった。


「たとえば、創世記の最初のほうにある有名な失楽園の記事……昔はフェミニストの女性たちが随分揶揄したらしい、女性が男性よりも劣っていると長く信じられる根拠になった原因として有名な――人類の始祖であるアダム、その伴侶とされたイヴが園にいた蛇に騙され、善悪を知る木の実を食べてしまうんだね。『その木はまことに食べるのに良く、目に慕わしく、賢くするというその木はいかにも好ましかった』とある。だが、神はその実以外の樹木に成っている実は食べてもいいが、唯一善悪を知る木の実だけは食べてはけないと命じていたわけだよね。だが、ここパルミラに実っている果樹ときたら……本当に美味しいんだ。鉱物病の特効薬となるような薬がいまだに開発されてないから、ここの研究員たちはさ、年に一度あるお祝いの時だけもいで食べるんだけど、毎月月末がやって来るたびに思うよね。『将来鉱物病になろうがどうしようが知ったこっちゃねェッ!人生は今だけがすべてだ』とばかり、貪り食べたいような衝動に駆られるというか……」


「ああ、なるほど。アダムとイヴが誘惑に負けた理由が、ここにいると非常に強く認識されるということなのですね」


 ――実は、鉱物病にかかると、大抵の場合は手足の先から「鉱石化」と呼ばれる症状が出るのだが……その症状を発症したが最後、脳の、人間の中でその人をその人たらしめる個性を構成する部分も徐々に同じ状態となっていくがゆえに、クローンといったスペアの体にオリジナルの脳を移植することが出来ない(移植しても、まったく同じ症状に冒されるようになる)。また、死の直前までの記憶データを移植することなら可能なはずであるが、こちらもなんらかの不具合が出る場合が多く、それが何故なのか、今も原因のほうは解明されていないという。


「そうなんだ。他に、聖書には天国について、こんな記述があるね。こちらは新約聖書の黙示録というところだけど……キリスト(救世主)を信じる信者たちが死後に――あるいは生きたまま――入る天国の描写として……ちょっと長いが、引用してみようか。とにかく、たくさん宝石の名前が出てくるものだからね。



 >>『その城壁は碧玉で造られ、都は混じりけのないガラスに似た純金でできていた。

 都の城壁の土台石はあらゆる宝石で飾られていた。

 第一の土台石は碧玉、第二はサファイア、第三は玉髄、第四は緑玉、第五は赤縞めのう、第六は赤めのう、第七は貴かんらん石、第八は緑柱石、第九は黄玉、第十は緑玉髄、第十一は青玉、第十二は紫水晶であった。

 また、十二の門は十二の真珠であった。どの門もそれぞれ一つの真珠からできていた。都の大通りは、透き通ったガラスのような純金であった』


(黙示録、第21章18~21節)



 まあ、これは天国を形造る建物が文字通りこの通りだというよりも――天国という場所は人間の想像力も及ばないほど素晴らしいところだという比喩表現なんじゃないかと私は思うんだがね……転じて、ここ惑星パルミラを見てみるがいい!どこもかしこも鉱物鉱物、すべてが鉱物で出来てるんじゃないというくらい、宝石のような美しい鉱物類で埋め尽くされてるようなものじゃないか!」




 >>続く。






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